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scene.42 フェリシア=リンドヴルムは張り切る



 夏季休暇だからといって馬鹿正直に休暇を満喫するような時間は、私にはありません。

 何故なら私の手は未だ大陸の端にまでは届いていない……もしオーランド様がラーガルから逃げてしまえば捕まえるのに少し苦労してしまいます。それではいけないので私にはまだまだ休暇はありません。 

 



「参ります」


 リンドヴルム城の修練場。

 手に握るのは細剣(レイピア)、相対するは徒手空拳のフレドリックお兄様。


 戦いは苦手です。痛いのは嫌いですから。

 けれど、無力であってはならないとも思います。


 だから………


 意識を戦闘の為に切り替える。


 全身の血管という血管を龍の血脈に塗り替える。

 私は龍、流れ(いづる)者、私は龍、流れる者。

 私は龍、流れを読む者。



 戦闘は唐突に始まる。


 修練場のど真ん中で無防備に立つお兄様へ細剣を打ち出す。彼我の距離を瞬きの間に詰めた私の突きが音を置き去りにして兄に迫る。絶対の一撃、必殺の一撃。何人も避けられぬ距離まで迫った一撃はけれど……(リンドヴルム)には意味をなさない。私が打ち出した不可避の一撃はいとも容易く……まるでそれが当たり前であるかのように兄の身体から遠ざかる。

 もちろん知っていた。不可避の一撃など(リンドヴルム)には何の意味もなさない。一撃で仕留められるほど易い相手ではない。ブレるようにして視界から消える兄目掛けて追撃を放つ。一度、二度、三度……流れが止まるまで永遠に、私とお兄様は縦横無尽に修練場を破壊する。


 お兄様に踏み鳴らされた石畳は悲鳴をあげて砕け散り、細剣に貫かれた壁には無数の穴が空く。しかし、無限に続くかに思えた私の攻撃はここまで……流れは静かに変わる。万物には流れがある、人の身では決して抗う事の出来ない大きな流れがある。

 それは戦いにも当然あるもので、無理に流れに逆らおうものなら激流に押し流されてすぐに潰されてしまう。故に私は静かに流される。幾度となく細剣を打ち出しその悉くを回避された私の身体は無防備で、隙だらけになった急所を兄が見逃すはずもなく……必殺の一撃が脇腹に叩きこまれる。

 本来であれば、もはや何人も避けられぬ一撃。であれば、せめて致命の一撃を防ぐためにもインパクトを僅かでもずらすように飛びのくのが必定。


 けれど……私もまた(リンドヴルム)


 もちろん知っていた。

 私の目には初めからこの光景が見えていた。

 戦い始めたその瞬間からこの流れが全て見えていた。


 この目に映るのはいつだって1秒先の未来(ながれ)



「はいッ!」



 裂ぱくの気合と共にお兄様の拳を避ける

 不可避の一撃は(リンドヴルム)には意味をなさない。


 戦いを目で捉える次元など、とうの昔に通り過ぎた。


 攻防は再び……細剣を高速で打ち出す。

 瞬きの合間に5度、

 一度振るうたびに自身の動きを最適化する

 次の瞬きの合間に8度


 リンドヴルムは永遠に流れ続ける。

 故にリンドヴルム同士の戦いに終わりはない。


 だから、お兄様の動き(ながれ)を堰き止める。


 1手、また1手

 1歩、また1歩


 そして私は1秒後のお兄様めがけて……死を放つ



「死になさい」



 だから、これで終わり。



「っておおおおい!!!言う事が物騒なんだよ!!」


 いえ……終わるはずだった。


 必中の間合いで放たれた細剣による一撃はしかし、お兄様の右手で容易く受け止められてしまった。



「ふう……中々死にませんね」


「死なねぇよ!マジで殺すつもりだったのか?お、俺が何か悪い事したか?」


 お兄様は目を見開いて言った。


「いいえお兄様。ただ……早く夏が終わればいいのにと思っているだけです」


「わははは!まーたオーランドの事ばっか考えッやめっ!!本当に殺す気か!」


 何か言いかけていたのでとりあえず殺そうと思って無防備なお兄様めがけて細剣を打ち出したけれど、やはりこれも簡単に避けられてしまった。お兄様には未だ遠く及ばない。この人はどうやったら殺せるのでしょうか。



「はあ……夏は長いですね……」


「そんなに気になるなら一緒に王都で過ごせばよかったんじゃないか?そんなにでかくは無いがリンドヴルムにだって王都邸宅はあるんだしさ」


「それもそうなんですけどね……王都からだとお隣さんとの文通に時間がかかるではありませんか」


「お隣さんってレブレグイユか?メグレズのほうか?同盟国について色々さぐってっとまーた親父になんか言われるぞ」


「構いません。私に何か言いたいのであればグリフィアを通すようにしてもらいます。私はリンドヴルムではなくオーランド様の妻になる女ですから。」


「へいへい」


 模擬戦で流れた汗をぬぐいながら他愛もない話をする。

 同盟国だからと言って油断はしない。

 不穏な流れは全て調べ上げる。


「まあでも─」


 しばらく続くかと思ったお兄様との会話はけれど、



「フェリシアお嬢様、お茶の準備が出来ました」


 修練場の入り口から入ってきた使用人の言葉で一瞬で終わった。


「あらそう?お兄様それでは失礼いたします」


「はいはい……全く……忙しい奴だな」


 呆れ声のお兄様の声を背中に受けながら私は修練場を後にした。



 ◇ ◇ ◇


 

 その後は側仕えに促されるままに湯浴みをし着替えを済ます。

 お茶を飲むためではないし、

 戦闘訓練で汗をかいたからでもない。



「こちらでございます」


「ありがとう存じます、下がって構いませんよ」


 側仕えから受け取ったのは一通の封筒。

 もう何度も見た愛しい人の筆跡……


 お茶の準備ができました、これはオーランド様からのお手紙が来たと言う合図。他の手紙はさておき、オーランド様からの手紙が来れば即座に読み上げ、急ぎ返事を認めるのはあまりにも当然の事。だからと言って汚れた身で開封するなどあってはならず、身を清めるのも致し方ないというもの。



 用意されたお茶を一口飲み、ゆっくりと手紙に目を通す。


 オーランド様がギルバートと買い物に行ったことは知っているし、リリィが体調を崩したことも知っているし、マリアと一緒に日陰で涼んでいたことも知っている。オーランド様が何やらマリアと揉めたという事も知っている。


 リリィが姿を消したことも、もちろん全部知っている。


 ここ数年で私の目や耳達はよく働くようになった。

 知りたい事を見てくれるようになった。

 ラーガルの檻は完成しつつある。

 


 でもそれはそれ、これはこれ。


 オーランド様からの報告はまた別……


 報告と報告の間に生まれる齟齬。

 私はそこからオーランド様を推測する。

 そしていくつかの推測の結果、私は檻を作る事にした。


 あの方が何処かに行かれる前に閉じ込める檻を作らなければならない。王都の檻は完成した。次はラーガル全土を囲まなければならない。その次は大陸を。


 オーランド様はいつだってここでは無い何処かを見ている。ご自身の事に興味を持たず……何処か他人事のように自分自身を偽られ、ただ周囲を優しく照らされる。

 あまりにもご自身に無頓着なので、それこそある日突然何も告げずに気の向くままにフラリと何処かに行かれてしまうのでは無いかと思ってしまう。オーランド様は自分と言うものが希薄であり、ご自身に対して興味を持たれていない。何らかの目的を持っているようにも感じるものの、勉学に向ける並々ならぬ熱意も修練に対する鬼気迫る姿勢も……その先が見えない。


 数多ある栄光の未来は約束されていて、多くの者が彼に期待を寄せていて、多くの者が彼を愛しく思っていて………彼もまたそれに全力をもって応えようとしてくれるけれど……



 オーランド様はただの一度だってご自身の未来を語った事がない。



 (リンドヴルム)の目をもってしても流れが読めない。

 未来が途切れているようで不安になる。

 突然いなくなりそうで怖くなる。



「……さて」


 

 手紙に目を通すと同時に出立の準備です。

 普段であれば時間のかかる考察も今回は無し。

 手紙の内容は至ってシンプルなものでした。


 リリィが居なくなった事

 どうすればいいのかわからず困っている事


 これだけが記されていました。



「急ぎましょう」


 ようやくオーランド様が見せてくださった弱みです。

 リンドヴルムで隣国調査をしている場合ではありません。

 未来の妻として何か役立てる事は無いかと……オーランド様の敵を排除するためだけに砥いだ牙が役に立てるのかもしれない。


 王都の情報は手に取るようにわかるものの、それでも手紙による時差は出てしまう。

 今更私が行ったところで何の役に立てるとも限りませんし、王都に到着するころには解決しているような気もしますけれど……



「どうして皆様カラドリアに行かないのかしら……」



 オーランド様はマリアと揉めた直後で行き辛いとして……

 周りの子は揃いも揃って馬鹿なのかしら……


 私の下に集まった情報にはマリアしか映っていないのだけれど……違うのかしら?


 

 考えるのは移動中にでもしようと思い、手紙を読んでから数分後に最低限の身支度だけをした私はお兄様にだけ声をかけて家を飛び出した。供周りはそのうち追いかけてくるでしょう。


お読みいただきありがとう御座います!

誤字脱字報告感謝しております!

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[良い点] 更新ありがとうございます。 どうしてこんなに(ヤンデレ)なるまで放っておいたんだ!
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