scene.40 限界を超える時
『今までお世話になりました。
オーランド様には返しきれない程たくさんのものを貰いました。
ですが申し訳ありません。私には返せるものが何もありません。
せめてもの償いに短剣を受け取ってください。
フェリシア様にも申し訳ありませんとお伝えください。』
「クソッ!なんだってんだ……」
机を思い切り殴りながら胸の中の言葉を吐いた。
何がどうなっている……リリィが消えた。
短い手紙と……短剣を残して消えた。
ありえない………
これはおかしい………
こんな事はあってはならないはずなんだ。
「短剣はママの形見だから手放さないって言ってたじゃねぇか……どうなってんだよ……」
ただ居なくなるだけならそれも受け入れる事が出来た。
側仕えの体調1つ碌に見れない俺に愛想を尽かしたって事なら受け入れることだってできた。側仕えに疲れたとかグリフィアが嫌いになったとか、そう言う事なら全て受け入れられた。
だけどそうじゃない、何かが違う。様子がおかしい。
リリィの部屋に入ると机の上に手紙と短剣が置いてあった。
どんな時でも肌身離さず持っていた短剣が、無防備にぽつんと。
それはあり得ない。それだけはあってはならないはずだ。
あれだけ大事にしていた短剣を手放すだろうか?
俺が幻獣鎧を手放せないように……
リリィもまた短剣だけはどんなことがあっても手放さないと言っていた。
そう…………どんなことがあっても、だ。
死んでも手放さないと彼女は言っていた……死んでもだ。
それを手放したという意味をよく考えろ……
俺同様に母上も何も聞いていなかったらしく、グレゴリーもいつリリィが出て行ったのかまるで気付かなかったと。もしやと思い主人公であるギルバートに話を聞いたものの、やはり何も知らなかった。
「あぁああぁあああ!!!クソッ!クソッ!!クソッッ!!!」
俺は両手で頭を抱えて何度も地面を踏んだ。
確かに様子がおかしかったのは間違いない。
でもそれは、体調を崩したからだとばかり思っていた。
原因はどこにある……
短剣を手放す程の原因が何処かにあったはずだ……
「馬鹿が………原因など今はどうでもいい!」
リリィの居なくなった部屋で両手で頭を抱えながら必死になって考えていたが、今やるべきことはそんな事ではない。
そして恐らくはそんな暇も無い!
『心配する暇があれば私は身体を動かしますもの。心配してその者が快癒するならしますけども―』
マリアは言っていた。
心配するより身体を動かせと。
だから、俺はただ頭を抱えるのをやめた。
言い知れぬ焦燥感に身体を貫かれながらもリリィの部屋を飛び出し……
「グレゴリーーーッ!!!!」
部屋を出ると同時に大声でグレゴリーの名を叫んだ。
「はっ、こちらに」
呼ぶと同時に、グレゴリーは俺の後ろに跪いていた。
<纏>自体は俺の方が練度が高いとグレゴリーは言っていたが、それでもグレゴリーの驚異的な速度にはまるでついていけない。グレゴリーのこの動きに、碌な<纏>が展開できないリリィは軽々とついていく……全く凄い奴だよ……
「リリィを探すが、今の俺は少々混乱している。何からすればいいかグレゴリーの助言が欲しい、話せ」
平時ならともかく、今の俺は思考が纏まらない。
頭の中は疑問と焦りで埋め尽くされ、最悪の結末ばかりが浮かび上がり、まともな思考が何一つ出来ていない。
このまま無暗に動けばリリィとは二度と会えなくなる気がする。
だから俺は自分を信じない事にした。
そもそも、俺は悪役の事をこの世界の誰よりも信じていない。
俺は俺が誰よりも嫌いだし、誰よりも信じていない。
きっと今俺が思うように動けばいつもの如く、最悪の展開になる。
悪役が望めばリリィは容易く手の平から零れ落ちるだろう。
故に思考は他に委ねる。
故に俺は悪役を排除する事で最善を導き出して見せる。
「やはりまずは冒険者ギルドではないでしょうか。万が一にもダンジョンに潜られていれば容易には追えません。ダンジョンは都度変化する独立した異界……内部に入り込まれていればこの時点で追跡は不可能です。故に、本日リリィがダンジョンに入ったか否か探索申請が出ていないかを確認致しましょう。」
「なるほど、他にはないか?」
「門番を巡り王都の出入履歴を開示してもらえればと思いますが……こちらは私の一存では」
「わかった、それはグリフィアの名を使う。必要ならシャーロットにも頼む。他にはないか、なんでもいい…………オーランド=グリフィアが命じるッ!!!!手の空いている者は今すぐに俺の下に来いッ!!!!」
「ぼ、僕は昨日オーランドさんに教えてもらった場所を…王都を見てきます!リリィさんの髪は目立つから……」
グレゴリーのすぐ後に走ってきたギルは困惑しながらも出来ることをしようと提案してくれた。
正直、もう王都にはいないと考えているが……灯台下暗しとも言うからな。俺やグレゴリーでは出てこない良い提案だったかもしれない。
「ありがとうギル、場所によっては危険が伴うこともあるからグリフィアの使用人と数人編成で王都を回ってくれ。いいな、絶対に1人にはなるな」
「わかりました!」
その後もグレゴリーと話をしている間、俺は何度も屋敷に響き渡るくらいの大声を出して使用人を集め、グレゴリーの提案を基に1人1人に指示をだしていくことにした。
混乱状態の俺が動けば必ず事態は取り返しのつかない結末に至る。
俺は悪役の力を何一つ信じていない。
生きる事すらまともに出来ないだろうと見限ってすらいる。
だが、俺の周りにいる人間の力は誰よりも信じている。
なんせ悪役の周りに居るのは主役ばかりだからな。
俺と違って世界が味方してくれる凄い奴らばかりだ。
いいかリリィ
悪役ってのは人が嫌がることをするから悪役なんだよ
お前が逃げると言うなら悪役はお前を逃がさない。
世界はいつだって悪役が望まない方向に進んでいく
もう何度も諦めてきた。そう言うものなんだと。
だけど、俺は今度こそ限界を超える事にした。
短剣を握りしめ、俺は今度こそ悪役の限界を超える事にした。
たとえ俺の死が不可避であったとしても……
オーランド=グリフィアに初めから未来がないとしても……
この未来だけは掴もうと決意した。
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