scene.37 マリア=カラドリアは見たくない
『せっかく来てもらった所申し訳ないのですが、リリィは体調を崩しておりまして…申し訳ない。俺が彼女に甘え過ぎていたせいで体調の変化に気付きませんでした……』
体調不良などと何をやっておりますのリリィは……
主であるオーリーにあんな顔をさせて馬鹿なんじゃありませんの
そんな事を考えながらあのリリィの体調不良と言う珍事、これを楽しまずして何を楽しむのかと勝手知ったるグリフィア邸に入った。リリィの部屋はオーリーのすぐ隣にある。なんと羨ましい……しかも毎夜毎夜、私とオーリーの愛の語らいを妨害してきてなんと忌々しい……
「リリィ、からかいに来ましたわ!」
リリィの部屋には何度も入ったことがある。
今でこそ毎晩のように殴り合う仲ではあるものの、少し前までは一緒に買い物をしたり勉強を教えてあげたり一緒になってオーリーにくっついていた。
オシャレが分からないと言うリリィと一緒に服を選んだり、どうすれば可愛くなれるのかと悩むリリィにお化粧を教えてあげて、どっちがオーリーの隣にいるのが相応しいか取り合った。
「マリア……様…」
部屋に入ると、見た事が無い程に疲弊し涙でお化粧を崩しながら椅子に座っているリリィの顔が飛び込んで来た。想像していた症状とはまるで違い、直前まであったからかってやろうという楽しい気持ちはなくなった。
◇ ◇ ◇
「病人は病人らしく寝ているといいですわ…鬱陶しい。マリア=カラドリアにベッドまで運んでもらえるなど光栄に思いなさい。本来、私がベッドに運ぶのはオーリーだけで、私をベッドに運ぶのはオーリーただ1人ですのよ?おーほほほほ!」
いつもなら即座に対抗の台詞が飛んでくるのだけど…
「……申し訳ございません」
ベッドに寝転がしたリリィはずっと謝っていた。
私はオーリーが好きで……
他の人がどうなろうと知った事ではない。
赤の他人が泣こうが喚こうが死のうが生きようが、オーリーが居るのならいいしオーリーが振り向いてくれるならそれで私の人生は完成すると思っている……けれど……
「……体調が悪いのでしたら薬くらい用意してさしあげますわ。大人しく症状を言いなさい、すぐに用意し…ち、違いますわよ?リリィが落ち込んだ顔をしているとオーリーがいつまでも心配してしまうから仕方なく…仕方なくですわ!」
リリィは多分……私に出来た初めての友達だから。
好きだとか愛だとか…オーリーとは少し違う。
ただの馬鹿な子だったけど……
馬鹿な子は馬鹿なりにマリアだけを見てくれた。
それが少し……心地よかった。
「……申し訳ございません」
「ああもう鬱陶しいですわね!謝ってないで早く症状を言いなさい!リリィがそんな状態なら今夜のオーリーは襲いたい放題ですわね!おーほほほほ!」
全く反応しないリリィに苛立ちを覚えてそう言った瞬間、
「それは許しません!」
いつも通りの馬鹿力で私の腕を掴んで来た。
<纏>の展開が少し遅れてしまい腕には軽い痛みが走った。
いつもならここから殴り合うけれど……
「なんなんですの……元気じゃありませんの。さっさと腕を離しなさいリリィ、ついでに何処がどう悪いのか早く言いなさい。オーリーの為にだけ存在する私の貴重な時間をわざわざ割いてあげていますのよ?」
「し、失礼いたしました…」
元気になったかと思うとまた勢いを失った。
なんなんですの……
「リリィ、いいから話しなさい。謝ってばかりではわかりませんわ」
屋敷の庭では今もオーリーがマデリンと戯れていると言うのに、どうしてこの私がこんなことを……そう思いながらも、どうしても捨て置けないくらいにリリィは大切な存在だった。
だから、リリィが話した内容はこの私をも恐怖させた。
◇ ◇ ◇
「あ…あなた……オ、オーリーを殺しますの?」
だとすれば私はリリィを殺さなければならない。
そもそもどうしてリリィがオーリーを殺さないといけないのかよくわからないけれど、オーリーがそう言ったのであればきっとそうに違いないですもの。
「殺すわけないでしょう!」
「じゃあなんですの?わけがわかりませんわ」
「私だってわけわかんないよ!でも、でも……オーリーは確かに言ったもん『リリアナ=フレスヴェルグは近い将来にオーランド=グリフィアを殺す可能性がある。あくまでも可能性だがその確率は恐ろしく高い』って……凄く……真面目な顔だった……」
「冗談にしても面白くありませんわね。そもそも、オーリーはその手の冗談を口にすることはありませんし……」
オーリーは他人を貶める事を言わない。
冗談でも死ぬだの殺すだのは言わないし、そういう言葉が出る度に酷く悲しそうな顔をされるのでオーリーの周りで死に関する話題はタブーに近い。
「そうですわね……オーリーが何かを知っているとして……それよりもリリィ…貴女……フレスヴェルグの人間だったのね。でしたらオーリーは没落したフレスヴェルグの遺児を警戒しているのではないかしら?」
「だからって私はオーリーを殺したりなんてしない!そんな事をするくらいなら私は自死を選びます!そもそも私はフレスヴェルグだなんていわれてもよくわからない……そんなのもうどうだっていい……」
「おやめなさい。自死は禁忌よ。軽々しくそのような事を言うのはやめなさい」
フレスヴェルグ……もうずっと昔、数百年前までラーガル王国に存在した貴族の家名。
今でこそ当然のように知られているラーガルの物語には削り取られ失われた物語が存在する。
輝けるラーガル 黄金の剣
守護奉るは美しき盾 何人も貫けぬ最強の盾
築き上げるは千年王国 比類なき銀の調
ラーガル王国の物語に数多く登場する『剣』『美しき盾・最強の盾』『銀の文字や銀の調』という言葉はそれぞれ、剣はラーガルを、盾はグリフィアを、文字や調はアトワラスを指しているとされている。
けれど、これは正しくない。
剣は元々ラーガル王家を指した言葉ではない。
かつて、英雄王ラーガルと肩を並べた冒険者は3人
ラーガルには殆ど残されていないけれど
他国の古書のいくつかにその文字が残っている。
闇夜を照らす赤き剣 切り拓くは赫灼の大剣
盾はグリフィアを 文字や調はアトワラスを……
そして、剣は元々『フレスヴェルグ』を指す言葉だった。
現存する殆ど全てのラーガルの物語からこれらの文言が綺麗に削り取られている。まるで存在する事が許されないかのように、悉くが削り取られている。グリフィアやアトワラスと言った古い貴族の蔵書にはその名が残っていることもありますし、オーリーの家の本にも残っていたけれど……ラーガルからフレスヴェルグの名は綺麗に削られた。
「それにママは言ってた!フレスヴェルグはどんな事があってもラーガルを守りなさいって言ってた!オーリーやシャーロット様を害するなんて私は絶対にしない!」
「……それはおかしいのではなくて?」
何故なら
「フレスヴェルグは反逆の罪で消された家系ではありませんの。そこまで興味がないので調べておりませんが、名を残す事すら許されないと歴史から葬り去られた家系だと聞いておりますわ。だからこそオーリーはフレスヴェルグの遺児を警戒しているのでしょうし……もう誰もフレスヴェルグなど覚えていない中で流石ですわね!オーリー!」
私も近いうちにフレスヴェルグについて詳しく調べてみましょう。オーリーの役に立てるかもしれませんわね。
「違う!!ママは違うって言ってた……わからないけど…わかんないけど違うって言ってた!だから私に短剣を託してくれて……どんなに苦しい生活の中でも、一度だってラーガルに恨みを言ったことなんてなかったもん……」
「そう……」
<終末の星屑>
世界に変革をもたらすとされている神造遺物
一体いつの時代からあったのか
誰が作ったのか、どういう原理で動いているのか
担い手に合わせて成長する再現性のない世界に唯1つの究極
カラドリアが保管するものは全部で4つ
『α』『γ』『δ』『η』
そして、オーリーの持つ『ε』
リリィが持つ『ζ』
伝承では残り1つ『β』がある。
7つ担い手が揃う時に世界は再び変革の時を迎えるとされているけれど……いくら探せども担い手は見つからない。<終末の星屑>の発動条件がまるでわからない。それに、現状確認している担い手は2人……オーランド=グリフィアとドレイク=グリフィアだけ。
実のところこれもよくわからない。
オーリーは『父上も俺と同じで成長する鎧だ』と仰られていたけれど、それもおかしい。つまり『ε』は世界に2つ存在していることになる。<終末の星屑>は再現性が無い究極なのだからどう考えてもおかしい。グリフィアが秘匿する宝物庫、幻獣『プリドウェン』の亡骸があるとされている場所へ立ち入ることが出来れば何かわかるかもしれないけれど……
それはもういい……約束は約束。世界に変革をもたらす神造遺物より私はオーリーが大切。<終末の星屑>の事はもう少しすれば沢山できるはずのオーリーと私の子供にでも任せるとして……
「短剣は元々フレスヴェルグが持っていらしたのね」
偶然……でしょうか?
『ε』はグリフィアが
『ζ』はフレスヴェルグが
そして、『α』はアイリが…ラタトシアが持っていた。
ただの古い指輪なので要らないと言うものだから喜んで回収させてもらった。
近い……決定的な何かが近い……気がする。
何百年も探し求めていたものがこの数年で3つも?
いいえ、数年などではない。
『ε』『ζ』『α』を見つけたのは6年前、私がオーリーと出会った年……これを偶然と切り捨てても良いのかしら……そんな偶然が果たしてありえるのかしら……
何かが近い気がする。
「マリア……私どうすれば……」
リリィの告白のせいで思わず色々と考えてしまった。ふと意識を戻すと久しく見ていなかった困り顔のリリィが私を見ていた。
もうずっとこうやって頼られる事なんてなかったけれど……
どうしてかしらね………
それほど嫌な気はしません。
「リリィ、貴女いくつですの?その程度の事ご自身でお考えなさい………と言いたいところですけれど、仕方ありませんわね。私に出来る事であれば手伝ってあげます……オーリーにそれとなく話を聞いてきてさしあげますわ」
リリィは初めての友達で
「ほ、本当ですか!」
手のかかる妹のような存在だった。
悲しんだり落ち込んだりしている姿は………そうね
そうですわね……あまり、見たくありませんわ。
「ええ、この私に任せなさい。ですから、一夜だけ!オーリーと私の愛を邪魔せずにいただけないかしら!一回だけで構いませんわ!!」
「いえ、それはダメです」
見ると、ベッドの上のリリィはいつもの真顔に戻っていた。
オーリーに近づく者を許さないお堅い側仕えの顔に。
でもどうしてか……その顔が少しだけ面白くて笑ってしまった。
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