scene.35 勤勉すぎる側仕え
ここ最近は事あるごとに毎度頼り切っていたせいか、とうとうリリィが体調を崩した。その為、夏休みの予定を大幅に変更することにした。
本人は『大丈夫です』とか『リリアナの事について詳しく知りたい』とか食い下がっていたが騙される俺ではない。慣れない学園生活で授業をこなしながら俺の側仕えとして動き、モーニングコールからベッドメイキングまで朝から晩まで俺の周りの雑務を全部やってくれていた彼女はきっとかなり前から体調が悪かったはずだ。
なんてことだ……完全に俺のせいだ……
と言う事で、
「ダメだ、リリィは夏季休暇を取れ。これはグリフィアとしての命令だ。傷病手当は出すから気にするな」
何度言っても休もうとしないどころか、昨日話したリリアナ=フレスヴェルグの調査についてしつこく聞いてくるリリィに強制的に休暇を取らせることにした。
だがら、今日も今日とて朝早くから俺の部屋にやってきて世話を焼こうとしてくるリリィを引き留めてそう告げた。
「しょ、ショウビョ?」
見た感じ体調は戻っているようにも見えるが、彼女は頑張り屋さんだからまるで当てにならない。
「あーうん、リリィが体調を崩したのはこっちの責任だからな……そうだな、休暇中でも給料は払うって意味にでもとってくれ」
「なるほど……ですが、それはなりません」
「それがなるんだよ。いいから休め、俺は今までリリィに命令をしたことはなかったと思うが…これは俺からの初めての命令だ。お前が俺の専属側仕えであると言うのなら従ってもらう。2学期が始まるまでは休め、その間俺の為に動くことは許さん」
「な…そ、そんな……わ、私はどうすれば……」
「どうするもなにも休めって言ってるんだよ、好きな事をしていいぞ。もちろん屋敷は好きに使えばいいし、必要なものは手配させる」
「その命令はやはり………リ、リリアナ=フレスヴェルグが関係しているのですか……」
「ん?何故そこでその名がでる。そっちは俺の方でなんとか調べるから気にしないでくれ、リリィが休む事となんら関係ない。話は以上だ………頼むから、しっかり休んでくれ」
それだけ言うと俺は部屋を後にした。
◇ ◇ ◇
そうして、適当に朝食を済ませて庭に向かうと
「はッ!ふッ!!」
「重心は地面と平行に。体幹は全ての基礎、剣は腕で振ってはなりません。全ての力は地面を通して伝わります。足の先から剣先へ力の伝達、まずはこれを意識しましょう」
「はいッ!」
今日も朝早くからギルバートが修行をしていた。
グレゴリー先生に剣の基礎、体捌きの基本を教えてもらっている姿はかつての俺やリリィを思い出すようでなんとも微笑ましい。ギルは良い子だ。何事にも全力で、この世界に悪意があるなど疑わず真っすぐで、周囲に感謝を忘れず……本当に気持ちの良い性格をしたやつだ。
だから時々考えてしまう……
あいつが主人公でさえなければ、と。
修行中の主人公を横目に、俺は俺で朝の柔軟を開始する。
王国随一の大貴族の家というだけあって、グリフィアの敷地は広い。
あっちで剣、こっちで魔法、そっち格闘。各々が好きに組み手をしたところで何ら邪魔にならない程度には広い庭があるというのは素晴らしいな。
まあ……
「オーーーリーーー!」
いくら広いからって勝手に改造するんのはどうかと思うが。
見ないようにしていた改造された庭の一角にはまだ朝も早いと言うのに堂々と寛いでいる女がいた。
「って!おお!!」
無視しようか迷いつつも何となく見ると
「マデリンさん!お久しぶりです!」
最近はあまり会わなくなってしまったマリア=カラドリアの護衛、赤黒い髪を後ろでシンプルに束ねた男装の麗人マデリンさんが立っていた。今日もお美しい!
俺はストレッチをやめて小走りに近づいていった。
「おはようございます、オーランド様」
「おはようございますマデリンさん!」
「ちょっとオーリー!先に私に挨拶ではなくて!」
「おおマリア……おはよー」
「な、なんなんですの……そういう扱いも嫌いではありませんけども!おーほほほほ!」
朝から騒々しいマリアではあるが、挨拶は一応する。挨拶は最低限の礼儀であり、それはいくら相手があのマリアであろうと変わらない。まあそれはどうでもいいのだが……
「マデリンさん、今日はどうしてこちらに?マリアの護衛ですか?」
やはり俺は年上の方が好きなのかもしれない
マデリンさんの『ザ・仕事のできる女性』という雰囲気は最高だ。これはヒロインズやリリィやアイリには出せない魅力だ。もう40手前くらいのはずなのになんと若々しい人なのだろうか。
「いいえオーランド様。本日はリリィ様に手合わせを願いたく参りました。学園が夏季休暇に入りこちらに戻ってきておられると…」
「なるほど……」
かつてリリィの家庭教師だったマデリンさんだが、リリィの戦闘センスは図抜けたものだった。12歳になる頃にはマデリンはリリィに剣では決して勝てなくなった。14歳になる頃にはグレゴリーが笑うくらいには強くなった……うらやましい。
そして今ではマデリンがリリィに手合わせを願うようになった。
「せっかく来てもらった所申し訳ないのですが、リリィは体調を崩しておりまして…申し訳ない。俺が彼女に甘え過ぎていたせいで体調の変化に気付きませんでした……今は休息を取らせていますので手合わせは後日でもよろしいでしょうか?」
「そう言う事でしたか、謝罪など勿体ない。元々手合わせはこちらの勝手です、リリィ殿には十分な休息をお願いいたします」
「あ、はい!とりあえず2学期が始まるまでは休―」
「そうですわオーリー、側仕えが体調を崩したとてそれはその者の落ち度。どうして主であるオーリーが謝る必要がありますの?ましてや専属ともなれば手足がもがれようとも仕えてこそではなくて?」
「どんなブラック企業だよ!?」
「ブラック?」
「リリィは専属側仕えではあるがその前に俺の仲間だ。マリアだってアイリが怪我をしたり病気になったら心配するだろ」
「しませんわよ?なんで心配する必要がありますの」
しないんかい!
血も涙もないやつめ……
「心配する暇があれば私は身体を動かしますもの。心配してその者が快癒するならしますけども……オーリーが怪我をすれば私が抱き上げてさしあげますし、オーリーが病に侵されれば口移しで食事を与えますわ!謝罪も心配も不要!リリィなど放っておいても元気になりますわ!おーーほほほ!」
「そうか、病気になってもマリアにだけは知られないようにするわ」
相変わらず言葉はアレだが……言わんとしている事はなんとなくわかる。
「マデリン」
「はい、お嬢様」
「リリィが居ないのであれば今日はオーリーと組み手をするといいですわ。本当は私が手取り足取り腰とりお相手をしてさしげたいですけど……今日は少しグリフィアの屋敷で涼みますわ」
マリアはそう言うと手に持っていた飲み物を飲み干し、コップをテーブルの上に置いて立ち上がった。そして、手をひらひらと振ってグリフィア邸の中に入っていった。
「畏まりました………では…オーランド様、久方ぶりの手合わせと参りましょう。採点させて頂きます」
去っていくマリアに頭を下げ、再び顔を上げたマデリンは臨戦態勢になっていた。マデリン女史は一見すると表情の変化がわからないが、よくよくみると感情に合わせて動いている。と言っても、表情差分は2つ『通常時』と『戦闘時』これだけだ。
いつかこの人を笑わせてみたいが、その夢が叶う前に俺はここを去るだろうな。
少し離れた所から聞こえてくるギルとグレゴリーの声をBGMにして、俺は久しぶりにマデリンに戦闘の手ほどきをしてもらった。
陽が真上に登るまでの数時間、俺はマデリンに何度も何度も挑み、何度も何度も地面に転がされた。相変わらずお強い事で……全く……こんなに強いマデリンを完封できるんだから、リリィは大した奴だ。
さっさと元気になって貰いたいもんだな。
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