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scene.31 アイリーン=ラタトシアは困惑する



 初めて会った時、私には何が起きたのかがまるでわからなかった。

ラーガル王国へ亡命の最中、家臣の男にいいように組み伏せられ泣き喚いている時にそれは起きた。


 赤と紫の線が空中を飛び交い、地面から轟音と共に無数の剣が飛び出してきたかと思うと、ラタトシアの騎士だった者2人も、古くから王家を支えてくれた近衛の一族の者も、何一つ抵抗する事なく細切れの肉塊になってしまった。


 怖かった。何もかもが。

 今までの生活が壊れた事も、父と母が、兄が、姉が、

 皆が殺されてしまった事も。

 信じていた家臣にまで裏切られ弄ばれてしまう事も、

 目の前で彼らが肉塊になった事も………


 何もかもが怖かった。



 それでも1つだけわかった事もある。

 私は助けられたのだと。


 もう何の意味もないラタトシアの王族という肩書きだけど、それでも感謝を伝えなければと



『とりあえず、これを着てください』


 

 助けてくださりありがとうございましたと、言わないと。


 でも駄目だった。

 身体が言う事を聞いてくれなかった。

 私の身体は意思と関係なくふるふると震え、どれだけ頑張っても口からは声が出なくなっていた。


 その後、彼は震える手で私の手を握り、森の中から街道に向かって案内してくれました。

 私が震えていただけだと思っていましたが、今ならわかります。

 あの日、あの時、オーリーお兄ちゃんは震えていました。


 あの時は自分の事に精一杯で、そんな事にも気付けなかった……



 ◇ ◇ ◇



『あなたッ!!』


 

 しばらくの間、何故かカラドリアの家で丁重に扱われることになったものの、1週間程経過した日、私はマリアさんに思い切り頬を殴られてしまいました。



『助けてもらったのならありがとうございますですわ!そんな事も習わないのですか?ラタトシアは!あろうことか!!オッ!オーリーを怖がってッ!!』


 それまで私に無関心を貫いていた同い年くらいの綺麗な少女は、人が変わったように激怒してきた。

 カラドリアの一族であり、喜と楽の感情以外を表に出さないマリアさんが本当の怒りを顕にしたのはこの時が最初で最後でした。


『貴女の事情なんて知ったことではありませんが、貴女を助けるために人を殺したというのにオーリーを怖がるのはおかしいのではくて?私、おかしなこといっておりまして?』


『貴女なんなんですの?』


 底冷えするような瞳。

 その瞳には私への明確な敵意と殺意が籠もっていた。

 それでも、彼女の言うとおりだった。

 私は何をしているのだろう……



 引きずられるようにしてオーリーの屋敷に連れて行かれて、全力で身体を動かして。なけなしの力で声を振り絞っての謝罪。礼儀も何もない。ラタトシアの王族としては最低の謝罪だったけど。


『………そうかい。そりゃどうも。』


 その時、オーリーはようやく……

 ほんの少しだけ表情を緩めてくれた……


 マデリンさんも言っていた。

 オーリーは初めて人を殺めたのではないかと。

 もっと早く伝えなければならなかった言葉だった。

 あの場で言うべき言葉だった。

 貴方の魔術はとても素敵でした、助けてくれてありがとう、と。


 あの後すぐに私はカラドリアの屋敷に帰されましたが、その後に帰宅されたマリアさんの顔は見た事もないほどに憔悴しきっていたので、きっと私のために頑張ってくれたのだと思います。マリアさんには感謝しかありません。



 それからの日々は幸せでした。


 マリアさんはとても厳しいけどいつも気遣ってくれて、私のもっていた指輪にとても興味をもっていたので、どうせ要らないものなので譲ったらそれはもう喜ばれたこともありました。ただ古くからラタトシア王家が保有していただけの何の意味もないただの指輪ですが、マリアさんもカラドリアの人なので装飾品が好きなのかもしれないです。


 リリィさんはいつも元気で、私の手を引っ張って遊んでくれて、

 マリアさんとはマデリンさんに師事して共に戦闘技術を学んで、

 必要なものは全てマリアさんが用意してくれて、ラタトシアに居た時よりも贅沢な生活を送って、


 でも一番幸せだったのは……

 オーリーから魔術を教わっている時間でした。


 彼は私の魔術を褒め天才だと言いますが、どう見てもオーリーの方がずっと上にいました。

4属性の全ての魔術を扱える魔術師などラタトシアにはいなかったのですが、流石はラーガル王国です。


 オーリーはいつも優しくて、いつも温かくて、そんなオーリーにいつだったか兄の姿を重ねてしまった事がありました………つい『お兄ちゃん』と呼んでしまったことがありました。本当にうっかりしてしまいました。どうしたものかと思ったものの、オーリーの反応は想像していたものとは違いました。


『よし……じゃあ今日から俺はアイリのお兄ちゃんってことで、もっと甘えてきていいんだぞ?妹なら』


 顔が熱くなりました。笑って流されると思ったら真剣に受け止めてそんな事を言うものだから…

 でも、その頃の私はまだまだ寂しくて、もう居ない家族の幻影をオーリーに重ねて過ごしました。




 それがいけなかったんだと思います。




『ケルシーもマリアもそんな目くじら立てるなよ……アイリは年下の子供だぞ?』



 14歳になった今も、オーリーは私の事を可愛い妹のように扱ってくる。本当に困っています。

 私が甘えると何でも肯定して受け入れてくれるお兄ちゃんになってしまいました。

 確かにマリア様やケルシー様、フェリシア様に比べると私の発育は些か遅れているようには感じますが、それでももう立派な女性です。


 この関係をどうにかしたくて一歩でも前に進みたくて……

 一度、オーリーに好きだと伝えた事もありました。


 でも……


『俺もアイリが大好きだよ。大丈夫、心配するな。何があってもお兄ちゃんが守ってやるからな!』


 私はもう大人なのでそんなに甘やかさなくても大丈夫だと伝えた事もありました。でも……


『そうだよな……ごめんな……ちょっとお兄ちゃんうざかったよな……』


 そう言ったオーリーはそれまでに見たこともない程に異様に落ち込んでしまって……どうしようもなくなってしまいました。落ち込むオーリーを見たくなくて、私は結局甘やかされる道を選びました。



 それに何より……



『アイリはオーランド様を兄のように慕っているだけよね?そうよね、アイリ』



 オーリーの婚約者であるフェリシア様が……

 私が妹でなくなることを許そうとはしてくれません。


 マリア様はフェリシア様には絶対に逆らうなと言っていたのでどうしようもありません……



 

 私はもう妹では居たくありません……

 オーリーに1人の女の子として見て貰いたいのに……



 困りました……


お読みいただきありがとう御座います!

誤字脱字修正感謝しています!



今日はワクチン2回目で明日から副反応で寝込むかもしれないので、もうちょっとだけ投稿しておきます

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