scene.25 シャーロット=ラーガルは怖がりながらも…
「これには深い事情がありまして……」
「そうですか。シャーロット様が仰られるのであればさぞかし深い事情なのでしょうね」
ラーガル王国の王家、王位継承権第一位の私を前に楽しそうな笑顔を浮かべて座っている女性がいる。
オーランド=グリフィアの婚約者である、フェリシア=リンドヴルムだ。
「それはええ、まあ……」
「私やケルシー様、あのマリアですら我慢しているといいますのに。どのような事情でオーランド様に初めて出来た男性の友達と遊ぶ時間を邪魔されたのですか?」
非常にまずいことになってしまった。
オーランドの部屋に勝手に遊びに行った事がフェリシアにバレてしまった。
ここ数日オーランドがギルバートと2人きりで寮の部屋で勉強をしている事は知っていましたし、彼がギルバートに剣の手ほどきをしたり、基礎体力作りの為に共に汗を流している事も知っていた。
そして彼とギルバートが遊んでいる時は邪魔者が手出しをしないという事も、もちろん知っていました。
だからこそ、全員の意識が逸れるまで待ちに待った。あの3人がオーランドを意識から外して他の事をやる瞬間を、リリィが男子寮から離れる瞬間を只管待ったというのに……
ギルバートには適当な用事を言い渡して部屋を出てもらうだけで、後は完璧だったのに。
恐ろしきはリリィの野生の勘。あの日は確かに図書館に籠もっていたし、彼女は大量の本を用意しなにやら勉強の準備をしていたはず。私の敗因はリリィを侮ったことでしょう……
「その、ギルバートは私の友でもありまして……それにこの学園へ招待した手前もあります、如何な平民と言え私に出来る事はしようと。勉学で困るところがあるならば教えるくらいはしようかと、思いまして……」
チラチラと笑顔のフェリシアを見る。
大丈夫、本当の事も言っているから大丈夫のはず…。
彼女は頭が良く、一切手を抜かない。リンドヴルムは武の一族だったはずなのに、突然変異のように頭が良い。簡単にやり込める事ができると思って油断すると足元をとすくわれる。それも足をすくった相手を逆さ吊りにして無防備になった身体に容赦なくナイフを突き刺してくるような徹底振りだ。正直かなり怖い。
昔色々あってから、彼女は王都に頻繁に来るようになり、家の力も借りずにたった1人で少しずつ独自の情報網を形成していった。婚約者の日常をリンドヴルムに居ても手に取るように把握するための情報網だ。彼女はオーランドと日に何通もの手紙のやり取りをしているが、その他にも日々膨大な数の手紙を王国の各地、更には周辺諸国にまで送っている。
今のフェリシアは王都のあらゆる情報を掌握している。迷子の猫だって地面に落ちているお金だって、フェリシアが知りたいと思えばすぐにわかるような驚異的な情報収集能力。
『オーランドの事をもっと知りたい』と言う一心だけで、このたった数年で彼女はラーガル王国で最高レベルの諜報組織を創り上げた。今ではリリィと言う驚異的な武力を持った駒まである。表向きはラーガル王国の為に創り上げた組織だと報告しているが私は知っている……あれはただオーランドをもっとよく知る為に創り上げた機関だ。最愛の婚約者の情報収集をするためだけにフェリシアが創り上げた組織だ。
昔、オーランドが切った髪を大切に保管していたり、オーランドとダンスをする為だけに遥々リンドヴルムから王都に来たり、オーランドに無礼を働いたと言う理由だけで私に貴族の粛清を命令したり……
それに、本人が完璧に隠しているせいで私もつい最近まで知らなかったけれど、もうずっと前からフレドリックに剣の修行をつけて貰っていて今では想像絶する強さだとか………フレドリックがうっかり溢さなければ知る由もなかった。
友として大切に思う反面、この女が恐ろしいと感じる事も多い。
「もういいですよそれは。ただ……昔も言いましたよね。順序があると」
「……はい」
フェリシアが目を開く時は嘘を許さない時だ。
大きな嘘も小さな嘘も、些細な嘘も。
オーランドに対する悪意を、その全てを許さない時だ。
私はいずれラーガルの王として君臨する時が来るかもしれないけれど、この女とだけは敵対してはいけないとラーガルの黄金の血が告げている。何なのよ……この女から放たれるプレッシャーは……
「実際、私だってギルバートなる平民にオーランド様を取られて気に食わないという気持ちは同じですからね。そういう意味ではシャーロット様はよい案を思いついてくれました」
「良い案?」
「ギルバートの友になって一緒に勉強を教えるという建前は使えますね。オーランド様に何を言われても『いいえ、私はギルバートに勉強を教えているだけです』と言い張れますし。折角オーランド様に初めてできた男性友達との時間はここで終了とさせてもらいましょう。シャーロット様が介入してこなければ一学期の間くらいは大目に見てあげるつもりだったのですけどね」
ごめんオーランド!
「これに懲りましたら軽率な行動は気をつけてください。オーランド様はまだそのような事を望んでいませんし、時が来ましたらまあ…………一夜くらいであれば、考えなくもありません」
勝ったわ!
「嬉しそうな顔をするのは構いませんが、これからのシャーロット様次第ですからね。そもそもシャーロット様とてそろそろご婚約の相手を決めなければならないのではないのですか?いくつか噂話程度は手に入れていますが、実際の所はどうなのですか」
「その話は……もちろんいくつかあがっています」
オーランドとは思い出さえ残せればそれでいい
それさえあれば後は王族としての勤めを生涯果たせる
「………そうですか」
愛する人と結ばれる可能性なんてものは貴族社会でほぼあり得ない。私たちは家の為に生きて国の繁栄の礎になる生き物。初恋の相手と結ばれるなどあり得るはずも……
だからこそフェリシアはオーランドを絶対に離さないし、私や他の子の気持ちを汲んである程度の事は大目にみてくれている。本当なら嫉妬で怒り狂っていてもおかしくないはずなのに……私はフェリシアを怖く思いながらも、それと同じくらいにその優しさに甘えている。
「だからその、一夜くらいという話は……」
「考えなくもありません」
フェリシアの笑顔を見たとき、懐かしいやり取りをした気がした。
◇ ◇ ◇
「という事で、フェリシアも一緒に勉強を教える事になりました」
「え?何故ですか?」
私の言葉にオーランドは本当に不思議そうな顔をしていた。
「私もギルバートと友になりました。私はオーランド様の傍にいたいのではなく、友であるギルバートに勉学を教授したいと考えているだけです」
「い、いやいや……どんな理屈ですかフェリシア様。そもそもギルと本当に友達になられたのですか?先日は変なプレゼント渡していましたし……」
「変なプレゼントではなく衣服です。女性用の可愛らしい衣服です。ギルバートもあれが気に入ってくれたのか、私とすぐに友になってくれましたよ」
「嘘付け!ギルはどうすればいいのか困惑してたわ!結局一度も着てないって言ってたぞ!」
「照れているんですね」
オーランドとフェリシアは楽しそうに話をしている。
こんなに近くに居るのに……
私の想いはオーランドには伝えられない。
悲しいし辛いしどうにかなってしまいそうな時もある、それでも楽しそうな2人を見るとそれはそれでやはり嬉しくなる。オーランド=グリフィア、フェリシア=リンドヴルム、どちらも子供の頃から私を支えようとしてくれた大事な臣下であり、大切な友だから………
それに………
オーランドが護衛騎士になってしまえば私の方が一緒に居る時間はずっと長いから、焦る事はないわね!
シャーロットは微塵も反省していなかった。
お読みいただきありがとう御座います!




