scene.01 これまでとこれからと Ⅰ
子供にとって時間の流れは緩やかだと聞いたが、あれは嘘だ。
まだ1人で生きていけるだけの準備が出来ていないまま、俺は15歳を迎えてしまった……
ここ数年で冒険者ランクは確かにあがった。
巷では若き天才冒険者だのラーガルの神童などと言われることもあるが、冗談ではない!俺の目標はそんなところには無い。
15歳になれば襲い掛かってくるであろう主人公とヒロイン達から少しでも距離を取り、極力関わらないようにして生活しつつ己を鍛え上げて死を回避する。これが俺の目標だ……だというのに……
「オーランド様、こちらにいらしたのですね……どうされたのですか?皆様がお待ちですよ」
ラーガル王城のバルコニー
かつてフェリシアにダンス練習に付き合ってもらった場所…
そこで王都を見下ろしていた俺に声をかけてきたのは、
「フェリシア様……すみません。少し……感慨深いものでして……」
フェリシア=リンドヴルム……美しい紫の髪、いつも嬉しそうに優しい笑顔を絶やさず、強さと美しさを兼ね備えたリンドヴルム家の女にして、オーランド=グリフィアの婚約者。俺を呼びに来た今のフェリシアの姿は、紛うことなくゲームに出てきたヒロインそのものだ。
「そうですね。とても……懐かしいですね……ですが、私たちも15になります。そろ…そろそろ……2人だけの新しい思い出を作ってもよいのではないでしょうか?」
そう言ったフェリシアの手が俺の顔に伸びてきた所で、
「オーランド!……と、フェリシア……2人ともこのような所で何をしているのですか?」
ラーガル王国の王女、シャーロット=ラーガルが声をかけてきた。
「何を、と申されましても。婚約者と2人でナニをしようともシャーロット様には関係がないのではありませんか?」
美しい金の髪、黄金より輝く金の瞳。
この数年で息を飲むほどに美しく成長したシャーロット王女殿下は、子供の頃からフェリシアと仲が良い。
お互い常に笑顔を向け合いながら忌憚なく談笑されている姿をみると、ラーガル王国の未来は明るいと思う。俺も安心してラーガル王国を逃げ出せるというものだ。
「ええそうね……ですが、この場は私の言葉に従ってもらいます。婚約者の貴女がナニをするのも結構ですが、時と場所と相手の気持ちを考えることです。さあ……オーランド、こちらにいらしてください」
楽しそうに話していたシャーロットはツカツカと近付いてきてそのまま俺の手を取り、ここ数年で急激に成長した豊満な胸を押し付けるようにして腕を組んできた。
マジで勘弁してほしい。俺だってもう15の男であり、前世で19歳で死んだ俺にはこの類の刺激に対する耐性は無いのだから……もっと気を遣って欲しい。
「シャーロット様、距離が近くはないでしょうか?」
「あらあら…何を仰っているのですかフェリシア?今宵の主役はオーランドよ?王家の私がエスコートするのは当然でしょう?ふふふ」
「そうですね……うふふふ」
俺としてもシャーロットの距離が近すぎるように感じているが、2人が楽しく笑ってるしここでくだらない事を考えるのはよそう。そもそもシャーロットは王女だ。女性として見るほうがどうかしている。
「あ!こんな所にいたんですね!オーランド様ー!」
笑顔の2人に目を向けているとまたしても声が聞こえてきた。
そこには…
「ケシー……」
「ケルシー……」
満天の星空の如く煌めく黒い髪
見るもの全てを飲み込むような黒い瞳をした絶世の美女
ケルシー=アトワラスが満面の笑みで突進してきていた。
「あ、ロティーもフェリシア様もいらしたのですね!奇遇ですね!」
奇遇も何も視界に入ってただろ…と思っていると、王女とは反対側にぴったりとくっついてきた。
「ケルシー様……どうしてオーランド様にくっつかれるのですか?」
「え?ダメなんですか?オーランド様……私と腕を組むのは……お嫌ですか……?」
フェリシアはケルシーとも仲が良い。
まあフェリシアの場合はいつも笑顔で機嫌が良さそうなんだが、いつもケルシーの事を心配してあげている。
「嫌ということはないですよ。ですが、ケシーも16です。そろそろ私以外にエスコートをする殿方を見つけなければなりません、あまり近くにいると周りの方に誤解されてしまいますからね」
こんな美女に上目遣いでそんな事を言われて嫌だと言えるわけがない。
ケルシーはどうやら俺の事は嫌いではないらしいのだが……他の男性との交友関係を築いていないらしく、彼女が参加するパーティーや舞踏会では必ず俺が呼ばれてエスコートする羽目になっていた。
グリフィアとアトワラスの関係が良好である事を内外に知らしめると言う意味もあるのでそれも少し前までならよかったのだが、彼女も16歳だ。流石にそろそろまずい。16歳の未婚の貴族令嬢が婚約者でもない異性とべたべたくっついているのは非常に外聞が悪いからな。
そして、そんな彼女をフェリシアはとても心配しており、会う度に毎回のように『早く良い相手が見つかるといいですね』と笑って心配してあげている。常に笑顔で何を考えているのかよくわからないフェリシアではあるが、優しい女性に育ってくれたようで何よりだ。
「でしたら大丈夫です!私はオーランド様が大好きですから!」
満面の笑みで答えるケルシーは元気溌剌に成長した。
「そう言っていただけるのは光栄ですが、本日の私はシャーロット様にエスコートされる身です。しばしの間、離れていただいても宜しいでしょうか?」
しかし、心配する俺やフェリシアの気持ちを知ってか知らずか、元気よく返事をするケルシーはどうにも子供っぽい。
見た目こそとんでもない美女ではあるが、いつからかは覚えていないが子供の頃からすぐに俺にくっついてくる癖は16歳になった今でも直っていないし、言動も直情的でとても単純なものばかりだ。
ゲーム序盤は寡黙で笑顔すら見せないようなキャラだったはずだが……これから大人の女性になっていくのだろうか……主人公の前だけで格好付けて静かになるとかそういう感じなのだろうか……うーん……
「わかりました!」
子供っぽいが、聞き分けがいいのはケルシーのいいところかもしれない。
昔のリリィを見ているようだ。
「……ところでオーランド様!今日の私の髪は……その……如何でしょうか?」
ケルシーは少し変わった。
ゲームでは自分の黒い髪が嫌いで嫌いで泣いていたのに……
この世界の彼女は黒い髪をとても気に入っている。
ことある毎に俺に髪を褒めてもらおうとする。
もちろん誰に聞かれても女性の容姿を褒めるのは当たり前の事なのだが…
「ケシーの髪はとても綺麗ですよ。昔から言っていますが、私は黒が好きですからね」
ケルシーの質問の答えはいつも1つ
俺の前世、俺の魂が叫んでいる『黒髪最高』と…
黒い髪はこの世界で天然記念物であり、絶滅危惧種であり、保護対象だ。必ず守らなければならない。
「もうっ!行きますよオーランド!」
「あっ!ちょっと……それじゃあ行って来るよエリー、ケシー!」
シャーロットがもう待てないとばかりに腕を引っ張ってきたので、引きずられるようにして城の中へ歩いていく
「オーランド様!」
「オーランド様……婚約者の私が見ている事をお忘れなく」
元気いっぱいのケルシーと笑顔のフェリシアに見送られ、
シャーロットに導かれるまま歩を進めた。
◇ ◇ ◇
「オーランド=グリフィアが我が娘にして次代の王…シャーロット=ラーガルの騎士に至る事を、若くして上級冒険者<口>に至った才覚のある貴殿の星がやがては次代の王を守るラーガルの盾となることを願い、第三十五代ラーガル国王フェリックス=ラーガルがここに新たなる騎士を迎え入れる!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
王の宣言と共に、城内に貴族の歓声と拍手が響き渡った。
今日は俺が王女様の護衛騎士………である父ドレイクの『補佐』に就任した事を国内外に宣言するパーティーだ。シャーロットの護衛についたわけではなく、あくまでも護衛騎士補佐だ。補佐て……
まあ補佐とは言うものの、これは次代の王を護衛する人間が就く地位だ。
現在のお父様はラーガル王の護衛騎士長であり、シャーロット王女の護衛騎士であり、王国近衛騎士団長でもあるわけで、走って10分のグリフィア邸に帰る事も出来ないほどに非常に忙しいらしい。王家の護衛騎士自体はそれなりの数がいるのだが、現ラーガル王と我が父ドレイクは俺とシャーロットのように古くからの友であり、王がお身体と心を患ってからというもの一番の友であり一番信頼している父に何でもかんでも任せるようになってしまった。その結果、父は異様なほどに忙しくなっている。
現在は王が外に行く事もなく、諸外国との戦争もないと言う事で殆どの時間は王命によってシャーロットの護衛に回しているのだが、そろそろ次代育成をしなくてはいい加減に手が回らないという事で父がラーガル王に進言した『シャーロット様の護衛騎士の育成していいっすか?』と。そして俺は次代王家の護衛騎士としてこれから父の補佐について少しずつ仕事を引き継いでいくわけで、今日はそれを大々的に発表する為のパーティーということだ。
ゲームのオーランドもこんなのだったのだろうか……?
実は凄いやつだったのかもしれないが…
ゲームじゃその辺のことは語られてないからわからんな……
パーティーの主役である俺は大勢の貴族と挨拶を交わし、踊り、酒を酌み交わした。
シャーロットはラーガルとグリフィアが強固な絆で結ばれているとアピールする為に本日の主役である俺の横から一切離れようとしなかったし、
ケルシーは穴が開く程じーっと俺の事をみていたし、
フェリシアはずーっと笑顔だった。
数ある物語の中からこの作品に目を通していただきありがとうございます
拙い文章ではありますが少しでも楽しんでいただければと思います。