夜、二人で
ある女性が、夜、空を見上げていた。
星になど興味がない女性だ。
その日も見ようとして夜空を見ていたわけじゃない。
遅くなった仕事の帰り、住んでいるマンションのエントランスに入る前、明日の天気がふと気になっただけだ。
星じゃなく、雲をながめていたわけだ。
ただなんとなく。
そのとき、彼女は夜空に動く二つの光を発見した。
星ぐらいの大きさの光。
飛行機かな?
最初はそう思った。
夜空の中、きらめく光が移動するのを見るのはそれほど珍しいことじゃない。
そして飛行機は毎日飛んでいる。
だが、その光は違うのだとすぐに気がついた。
飛行機の場合、複数の光が同じ方向に動く。
おまけに点滅する。
そのとき彼女が見ていた光は、瞬くこともせず、互いにゆっくりと、どこかおずおずと、近づいていた。
じゃあなんだろう。
彼女は不思議だった。
けれど、それほど気にも留めなかった。
ぼんやりとながめていると、やがてその二つの光は一つになった。
すれ違いはしなかった。
重なって、光が少し増したように見えた。
そして動きを止めたところまで見て、彼女はマンションの中へと入っていった。
エントランスを抜け、エレベーターに乗る。
彼女の部屋は三階で、夫と共に暮らしている。
部屋の扉を開けると、夫はまだ起きていた。
「遅かったね」
彼はそう言った。
夕食の用意はしてあった。
共働きの二人は、家事の当番を決めている。
この日は彼の番だった。
彼女は着替えを終えると、食事をはじめた。
夫はお茶を飲みながら本を読んでいた。
天文学の本だった。
それに気がつくと、彼女は何の気はなしに、先ほど見た光の話をはじめた。
ページをめくる手をとめて、夫は彼女の短い話を聞いた。
「ねえ、不思議でしょう。一体あれは、なんだったのかな。もしかして、UFOかも」
そうやって話を終えると、夫は時計を見た。
「あとで、その光の場所を教えてくれないかな。疲れているところ悪いけど」
食事を終えたあと、二人でベランダに出た。
さっき女性が見あげた場所よりも、空は広く見えた。
その日も暑い夜だったが、気持ちのいい風が漂っていた。
妻は夫に、大体の方角を指差して教えた。
もうすでに、あの光のありかはわからなかった。
いくつかの光の強い星だけが、都会の空に散っていた。
「ああ、やっぱりそうだ」
夫が言った。
妻は不思議そうな顔をして、その説明を求めた。
「そんなこともあるんだね。今年もまた、二人は短い逢瀬を重ねたわけだ。今ではもう、元の場所へと戻っているけど」
「どういうこと?」
「君が見たのは、ベガとアルタイルだ。つまり、織姫と彦星さ。さっき、ちょうど、七夕になったんだ」
彼は腕にあった時計を彼女に示した。
もう十二時をこえていた。