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伴奏  作者: 槇 慎一
2/17

2 わからないことばかり


 私と仁は、平日の朝からヴァイオリンの練習をしている。


 慎一さんは音楽大学講師で、平日は大学で学生のレッスンがある。私も音楽教室に在籍していて、土曜日にレッスンがあり、その時間は仁を慎一さんに任せてピアノを続けている。


 ヴァイオリンの小石川先生が推薦してくださった弦楽アンサンブルは、仁のような小さい子供はいなかった。技術的なことは問題なさそうだったけれど、もう少し大きな子供向けの指示は、仁には難しかった。言葉の意味、速さ、次の行動へのスピード……私は保護者席で聞いて、仁が対応に困っていたことを二度と困らないよう、日常生活に取り入れた。


 そのうちの対策の一つは、楽譜を書けるようにすることだった。ヴァイオリンの譜面、アンサンブルの譜面、ピアノの譜面を比べて、簡単な曲から五線紙に写させた。その取り組みは、私が見ていても感心する程だった。


 聴音も開始した。私が妊娠中、慎一さんのお母さんが私に聴音を教えてくれた。いずれ大学の講師が出来るようになるための内容で、主に大学生向けの内容だった。私は、今の仁の音楽的な能力からそこに至るまでの筋道を考え、仁がすぐに出来そうなことから、仁が次々にやってみたくなるように、ほんの少しずつ難易度を上げていった。私の想像通り、仁は自分がわかるレベルのことを何回も繰り返すより、常に少し新しいことをやりたがった。慎一さんに似ているんだろう。私は直ぐに出来なかったし、出来たことを繰り返すことが好きだった。


 これらのことを、私は日記のように書き留めて、慎一さんに見てもらい、アドバイスをもらいながら過ごした。週に一度、慎一さんに仁の練習を見てもらった。慎一さんは、私が考えるスピードよりも速くて、高度な内容と仕上がりを要求した。仁は必死でやろうとしたが、追いつかず、子供ながらに悔しそうにし、丁寧さを欠いていく。そんな時、私は一旦休憩させたかったが、仁が辛いと音をあげるまで黙っていた。慎一さんにも考えがあってのことだろう。


 ついに初めて、仁は慎一さんにお願いした。 

「パパ、休ませてください。少しの間、一人で復習させてください」

「いいだろう」

 慎一さんは許可を出した。仁は疲れよりも悔しさを露にして、一人寝室で練習をした。仁にとって、慎一さんは『音楽に厳しい人』で、私は『全てを見せても大丈夫な人』だという感じになっていった。


 仁は、慎一さんに練習するところを見せなくなった。仁は私が練習を見ていても何も言わなかったし、私が側で見ていても見ていなくても、集中して練習した。


 驚いたのは、慎一さんの要求についていけなくなったところから自分でやり直していたことだ。丁寧さを欠いていったところからの全てを、自らやり直していた。細部にわたって注意して弾けなかったことを懺悔するようにやり直していた。時には涙を流していた。向こうを向いて練習していたから、私にはわからなかったが、ヴァイオリンが濡れていた。私は後でそれを優しく拭いた。私はそういったことを常にノートにメモしておき、慎一さんが忙しい中でも、その成長と心情と、細かい情報をいつでも共有できるようにした。慎一さんは、もちろん仁の能力も努力も認めていて、直ぐに出来ないことを叱ったりすることはなかった。能力の高い子供達が集まったアンサンブルで、仁がついていけなくて悔しい思いをしないように配慮していることは、私にも理解できた。 


 仁は、やはり皆と比べて年齢も小さかったし、能力の高い子供達が更に努力している中でついていくことは大変そうだったが、自分で理解できたとか理解できていないかを考える暇もないほど集中して食らいついていた。


 初めての演奏会に参加する日が近づいていた。

 普段のアンサンブル練習では、休憩時間でも、仁は一人でそのまま練習を続けていた。指揮者や指導者の先生方に直接指導していただく様子を度々見るようになった。

 今のところ、心配することはなかった。











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