転移の経緯
夜が明け、洞窟の入口から差し込む柔らかな光が薄暗い内部を照らし始めた。ひんやりと湿った空気の中、女性はゆっくりと瞼を開き、軽く伸びをしながら上半身を起こす。
「ふわぁぁーー」
「起きたか」
「起きたですよ」
女性はまだ少し眠たそうにまばたきをしながら、周囲を見回す。
「何か食べるか?」
「あれ、それ私のじゃない?!」
「え、そうだよ」
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前日の夜、女性が乗ってきた船を確認するために戻った時のことである。
「よし、ここだな。あれはなんだろう?」
夕暮れの弱い光に照らされた船は、打ち上げられたまま砂浜に横たわっていた。近づくと、船上には大きないけすと白い箱が置かれており、波音に混じって金属の軋むような音が微かに聞こえる。
「よいっしょっと」
船縁に手をかけて乗り込むと、船体はぎしりと軋んだ。
「漁船だったのか? 何があるんだろうな。というか、この白い箱…クーラーボックスか」
身を乗り出して覗き込むと、大小さまざまな魚がいけすの中をゆらゆらと泳いでいた。水面が揺れ、魚影が銀色に反射する。
「これは、きっとあの女性のものだろう。食料もないし、少しクーラーボックスに入れて持っていくか」
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「ちょっと拝借させてもらいましたよ」
「まあいいけど」
「漁船に乗ってきたの? そもそも、どういう経緯でこの島に漂着したんだ?」
「まあまあ落ち着いて。話すと長くなるから端的に言うと、つい3日前に異世界から船の上に転移して、その直後にとんでもなく大きい渦に呑まれてね。気づいたらこの島に打ち上げられてたんだよ。そっちも私と同じ世界から来たんでしょ?」
「まあそうだろうな。ということは、あの同じサイトにアクセスしてこの世界に来たってことだよな」
「そうだね。おそらく同じサイトから飛んできたんだろう」
「じゃあ、何を選択してここに来たんだ?」
「選択? そんなもの無かったよ」
「え? じゃあ全く同じ条件じゃなかったのか。船上に転移したのは望んだ結果じゃないと」
「そうだね。昔から船で世界を旅してみたいとは思ってたけど、別に漁師になりたいわけじゃなかったし。まあ結果的に食料には困らなかったけど」
「なるほど。多少は願いが反映される可能性もあるのか。クリックしてからどれくらいで転移した?」
「おそらく3、4ヶ月くらいだったと思うよ」
「まじかよ。そこも人によって違うのか。船にはいけすやクーラーボックス以外に何かあったか?」
「いや、特には無かったはず」
「そうか。じゃあ、どうやってこの魚達を捕まえたんだ?」
「それは私の“バインド”ってスキルだよ。あなたにも使ってみようか?」
「いや、ちょっと遠慮させてもらうよ」
「そ? 残念」
「クリックしてからの期間と、もたらされる環境や能力には何か関係があるのかもしれないな」
「どうだろうね。そっちはどうなの?」
「自分は無人島を選択したけど、大体4年半くらいが経過してから昨日この世界に来た」
「ながっっ。じゃあ、この島には何かすごいものがあるのかもしれないね」
「そうだな。何かあってくれればいいけど。とりあえず、飯にするか」
「いいよー。レベルアップで手に入れた料理系スキルがあるから、それ使おうか」
「見たことない魚だったし助かる。頼んだ」
「じゃあ、『料理生成』」
《了解しました。食材と完成品を指定してください》
「この赤い魚をムニエルにしてください」
《了解しました》
次の瞬間、魚が淡い光に包まれ、その形が滑らかに変化していく。光が消えると、白い皿の上に香ばしい匂いを放つムニエルが出来上がっていた。
「すごっ、うまそうだな」
「でしょでしょ」
「いただきます」
「いただきます!」
一口食べると、ふっくらした身がほろりと崩れ、香りが広がる。
「うまっ。しっかり調理されてる」
「そうなの。皮はパリッとしてて、中はふっくら。うまいよね」
「そういえば、名前聞いてなかったな」
「あ、確かに。私はまだこの世界の名前を決めてないけど」
「自分もだ」
「じゃあさ、私が決めてあげようよ」
「だったらお互いに名前をつけるか」
「んー…そうだなー。“アレク”はどう?」
「構わない。そっちは“ステラ”でどうだ」
「もちろんいいよ」
その瞬間、お互いのステータス欄に名前が自動的に刻まれた。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした!」
食べ終わると、いつの間にか皿は光となって消えていた。
「アレク、次はどうする?」
「そうだな。飲み水と食料は確保した。次は今夜寝られる寝床の確保だ」
「わかった。何をすればいい?」
「寝床を作るには場所を選んで、素材を集めて、組み立てる必要がある。まずは素材を集めるところからだな」
「場所はここで良いんじゃない?」
「そうだな。洞窟なら雨は防げるし、見た感じ浸水も動物もヒビもない。問題ないだろう」
「じゃあ、素材集めだね」
「そうなるな。必要なのは外敵や風を防ぐ入口、冷気を遮るための簡易ベッド、夜間に活動できる照明…そのための素材を取りに行こう」
「でも、素材を加工するのはどうするの?」
「それには考えがある」
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それは昨夜、ステラが寝静まった後のことだった。
「そういえば、まだ魔力が1残ってたな。レベルを上げられるかもしれないし、寝る前に使い切っておくか。『国家解析』」
《了解しました。魔力を1消費し情報を送信します》
[国名] 未設定
[住民の数] 2
[健康状態] 良好
[資源の在庫] 0
[建設の進捗] 0%
[犯罪発生率] 0%
「すごいな。まだ何も進んでいないからデータは少ないけど」
《レベルアップを報告します。ステータスポイントを付与し、スキル『素材加工』を取得しました》
「なんだそれ? じゃあ『スキルオープン』」
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・土地解析
島の地形、地盤の硬さ、水源、埋蔵資源を瞬時に高精度なデータマップとして表示。
・素材解析
未知の植物や鉱石、魔獣の素材の成分、用途、加工難易度を解析。代用品や毒性の有無を判断。
・国家解析
住民の数、健康状態、資源の在庫、建築進捗、犯罪発生率といった、国全体の運営状況をリアルタイムでデータ化し表示する。
・アイテムボックス
自分の持っているアイテムを、異次元空間に収納し、必要な時に取り出すことができます。容量は魔力に応じて決まり、時間や重さの影響は受けず新鮮な状態が保たれ。なお、魔力は取り出す時のみ消費する。
・素材加工
素材を集めてくるだけで、あとは簡単に組み立てるだけで想像した姿に完成するような仕組みに変える。また、素材に一つレベルに応じて好きな特性を付与する。
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「じゃあステラ、素材集めの旅に行くぞー」
「行くぞー、おーー!」
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[名前] ステラ
[年齢] 20
[レベル] 5
[職業] 冒険者
[スキル] 料理生成 バインド ???
[魔力] 100/100
[体力] 2/2
[攻撃力] 3
[防御力] 3
[素早さ] 100
[政治力] 1
[交渉力] 100
[洞察力] 1
[ステータスポイント] 0
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