新たな住民『ロシュ』
ミドロア王国の港町にあるグランデ商会の宿で静かな夜を過ごしたステラとガランは、翌朝、まだ薄い朝日が差し込む頃に目を覚ました。旅の疲れは完全には抜けていないものの、今日の協議が重要であることを二人は熟知しており、すぐに支度を終えて宿を出た。
前日にロシュから指定された集合場所である港の中央に位置する石造りの展望桟橋へ向かうと、すでにロシュが待っていた。爽やかな朝風を受けながら、彼は丁寧に頭を下げる。
「ステラ殿、ガラン殿。本日はお忙しい中ありがとうございます。」
「昨日は丁寧な案内をありがとう。今日もよろしくお願いするわ。」とステラ。
ガランは周囲を見渡しながら短く頷く。
「今日の協議で、だいぶ方向性が決まるはずだ。頼むぞ。」
ロシュは笑みを浮かべ、まずは正式な説明へと入った。
「まず、通貨および流通制度の件についてですが……。今回のヴェルセリアとの貿易において、王国は、我々グランデ商会に『両国間の通貨調整と国内流通管理』の全権を委任しました。王国内での流通経路、卸し価格、市場配分などは全て我々が担います。」
「つまり、王国側の流通は商会が全面管理をするということね。」とステラ。
「はい。その上で、通貨制度の議論を本日お願いしたいのです。」
そう話しながらロシュは二人を港近くの大きなレストランへ案内する。港町で有名な場所らしく、朝だというのに店内は活気に満ち、香ばしい焼き魚の香りや独特のスパイスの匂いが漂っていた。
「前の世界の料理とは違うな……これは食欲がわく。」とガランは興味深そうに席に着く。
三人が朝食を取り始めると同時に、本題へと入った。
「では――まずは共通通貨制度について、ヴェルセリア側のお考えを伺いたい。」
ステラは落ち着いた表情で話し始める。
「ヴェルセリアでは、王国の通貨価値に合わせた独自通貨を、新たに製造する方針よ。そのための素材はすでに確保できる見込みがあるわ。」
ステラは少し声を落として続けた。
「実はアレンが出発前に土地解析を行い、金、銀、銅の鉱脈を確認しているの。それも十分な量よ。加工できる技術も十分にある。」
その言葉にロシュは目を見開いた。
「……なんと。独自通貨を作られるとは。いや、商会としては非常に歓迎すべき話です。しかし……偽造対策は万全でしょうか?」
「もちろん。それについてもアレンが案を出してくれたわ。ヴェルセリアの希少な鉱物である魔鉱を微量に混ぜて鋳造することで、偽造はほぼ不可能になる。」
「魔鉱……! あの光を帯びる素材を通貨に用いるのですか。確かに……それなら偽造は不可能でしょう。」
ロシュは深く頷くと、胸の内から長く悩んでいた荷が下りたように安堵の息を漏らした。
「ついでにもうひとつご相談があります。」とステラ。
「通貨の製造はヴェルセリアで行うけれど、その管理……特に交換比率や流通調整は専門性が高いわ。グランデ商会に委託したいと思っている。」
ロシュは一瞬驚いたように目を瞬かせ、そしてゆっくり微笑んだ。
「……実は、その件については、こちらからもお願いしたいことがありました。」
「お願い?」とガラン。
「はい。ヴェルセリアにグランデ商会の支店を出したいのです。物品の売買、飲食店の運営、さらには通貨管理も含めて、総合的に取り扱いたい。王都の本店から私が派遣され、そのまま支店長を務めるつもりでした。」
「あなたが支店長に?」とステラ。
ロシュは胸に手をあて、丁寧に答える。
「はい。これからヴェルセリアは重要拠点になります。私自身が責任を以て運営したい。」
その姿勢にステラは微笑んだ。
「……それは心強いわ。あなたなら信用できる。」
ガランも力強く頷く。
「俺も賛成だ。港の案内を見ても、仕事ぶりは信頼できる。」
こうして、通貨制度については全ての条件が一致した。
続いて流通に関する議題へ移る。
「ミドロア王国内での運搬や地方配布は商会に任せたい。ただヴェルセリアに支店を出す許可の代わりと言ってはなんだけど、王都で『ヴェルセリア産商品を中心とした商会運営』の許可および支援をお願いしたいの。」とステラ。
ロシュはやや考え込む素振りを見せた後、笑顔で答えた。
「もちろん可能です。条件としては……利益の一部を頂く形になりますが。」
「それで構わないわ。」とステラ。
「では、決まりだ。」とガランも満足したように言った。
三人はそのまま朝食を終え、店を出て港へ向かう。商会所属の船がすでに準備されており、すぐにヴェルセリアへと向けて出立した。
数時間後、水平線の向こうにヴェルセリアの島影が見え始めた。
「……おい、ステラ。」とガランが驚きの声を漏らす。
「昨日と……全く違わないか?」
ロシュも身を乗り出し、目を見張った。
「信じられない……。港が……港の形をしているどころか、完成している……昨日は更地のようだったはず……?」
船が近づくにつれ、規模はより明瞭になる。桟橋、保管場所、検査所、防潮堤までが整然と並び、すでに一国の貿易港として成立していた。
「たった一日で……?」とロシュは完全に言葉を失っていた。
船が桟橋に横付けされると、アレン、ミラン、ケリーが出迎えていた。
「二人とも、交渉ご苦労だった。……それで、そちらの方は?」とアレン。
ロシュは慌てて姿勢を正し、深く礼をする。
「グランデ商会代表代理、ロシュと申します。ヴェルセリアに支店を設けさせていただく予定です。本日はそのご挨拶に参りました。」
「歓迎する。これから共に、良い関係を築いていこう。」とアレンも丁寧に返す。
ロシュは振り返り、ヴェルセリアの住宅地が見える方向を見つめる。
「……本当に、最近突然現れた島とは思えない。文明が……街ができている。」
その後、一行は住宅区間へ移動し、アレンはステラから交渉結果を聞いた。
「通貨、流通、商会の支店……どれも完璧だ。よくやってくれた。」とアレン。
ステラは笑みを浮かべながら尋ねる。
「ところで、いない間に何があったの? 港が……あんなに……。」
「港を作った。」とアレンは簡潔に答えた。
「……言い切ったわね。」とステラは呆れと感嘆を同時に含んだ声を漏らす。
さらにアレンは続けた。
「それと、今朝は金・銀・銅の鉱石も取ってきた。」
彼がアイテムボックスから山のような鉱石を取り出すと、ステラは目を大きく見開いた。
「……これ、本当に“今朝”なの?」
「暗くなる前に加工できるようにしておこうと思ってな。」
商会のロシュでさえ絶句していた。
その後は、旅の疲れを癒すためにもロシュの歓迎会が開かれ、夜まで和やかな雰囲気が広がった。そして宴が終わると、ロシュは会議場にあるベットで他の人は自分の住宅でそれぞれが静かに休息へと向かった。




