かつての道
洞窟に農地を作り終え、拠点へ戻って食事を済ませると、アレクとステラはそれぞれの部屋へと散っていった。
薄く木の香りが残る出来立ての寝床に身を横たえたアレクは、見慣れぬ木材の節が走る天井をぼんやりと見上げる。身体は重たいのに、頭の中は妙に静かだった。
前の世界なら、寝る前まで次の工程やスケジュールを考えていたはずなのに、今夜はただ今日一日を思い返していた。
そんなとき、仕切りの向こうからステラの小さなつぶやきが聞こえた。
「……そっか。今日はもう、一人で寝ることになるんだなあ」
「ん…?何か言った?」
「いや、何も。そんなことよりね、今日もこうして一緒にいられてるのって、当たり前じゃないんだなーって考えてただけ」
「そうだね。僕たちはこの世界のことを何も知らない。どんな危険があるのかもわからない。そんな中で生きてるって、改めて実感したよ」
「うん……。ねえ、ちょっとそっち行ってもいい?」
「え、うん。いいけど」
布の擦れる音がして、ステラが仕切りをめくりこちらへ入ってきた。
ランプの柔らかな光が彼女の長い髪を淡く照らし、影が床に揺れる。
「どうしたの、ステラ?」
「いや……少し不安になって。それと――アレクは、どうしてこの世界に来たいと思ったの?」
アレクは少しだけ息を吐き、目線を天井へ戻した。
「そうだな……。昔から好奇心が強くて、街づくりに興味があったんだ。大学で都市工学を学んで、その関係の会社にも入れた。でも、思うような仕事はなかなか任せてもらえなくてね。そんな時、あのサイトでこの世界のことを知って……違う世界なら、自分の手で街をつくれるんじゃないかって思ったんだ」
「なるほどね。だから寝床や農地を作るとき、あんなにスムーズだったんだ」
「まあ、それもあるけど……自分でもよくわからないんだけどさ。前の世界では知らなかったような知識も持っている気がするんだよ」
「え、そうなんだ……私はそういうのは特にないけど」
「そういえば、ステラはどうしてこの島に来たんだ?」
彼女は少し頬を掻いた。
「私はね、言語を学ぶのが好きで、大学では国際関係を勉強して、そのまま外交官としていろんな国を見てきたの。だから、その延長線上で『違う世界』にも行けたら、もっとワクワクするんじゃないかなって思った」
「興味本位で来たのか……すごいな」
「まあ、そうだね」
「で、この世界は楽しい?」
ステラは少し笑った。洞窟のライトに照らされた顔は、どこか子どものように見えた。
「うん、すごく楽しいよ。見たことのない景色とか、知らない知識とか、次々に出てくるんだもん」
「そうだね。僕も、一人だったらこんなに楽しくやれてないと思う」
「うん。まだまだ知らないことだらけ。これからもっと楽しくなるよ、きっと」
「期待しておくよ」
そんな会話を交わしながら、2人はそれぞれ未来への不安と期待を胸に、深い眠りへと落ちていった。
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翌朝。
ランプの明かりが消え、洞窟の入り口から差し込むわずかな朝光が部屋の中に淡く広がる。
支度を整えたアレクが、勢いよく声を上げた。
「さあ、農場の様子を見に行くぞ! ステラ!」
「行くぞーーーーーー!」
元気よく声が洞窟に反響した。
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少し前、2人が眠りについた頃――
近国ミドロア王国の王城では、朝の定例会議が開かれていた。
分厚い石壁に囲まれた会議室には、魔光灯の青白い光が静かに揺れている。
重厚な扉が開き、一人の報告官が慎重な足取りで入ってきた。
「……近海にて、原因不明の魔力反応を確認しました」
羽ペンの動きが止まり、ざわつきが広がる。
「規模は?」
宰相ベリアルの問いに、報告官は言葉を選ぶように続けた。
「魔獣の移動では説明がつかないほど、大規模です
「場所は?」
「王国領外ですが、航路から大きく外れてはいません」
地図が広げられ、報告官が指を置く。
その瞬間――再び扉が急いで開かれた。
「報告! 突然、島が現れました!」
息を切らせた新たな報告官が書面を配りながら告げると、室内の空気が一段と重く沈んだ。
島の出現は稀ではない。だが、火山活動も地殻変動も伴わない出現は異常だった。
「……場所は?」
先ほどと同じ位置を指す報告官。
そこは、魔力反応が確認された地点と一致していた。
「島を中心に魔力の循環が発生していると考えられます」
最初の報告官が続ける。
ベリアルは短く唸った。
「どちらにせよ脅威になり得るな」
結論は迅速だった。
「調査団を編成しろ。最小人数でいい。無用な刺激は避ける」
調査目的は、1つ目が島の実在確認
2つ目が地形調査
3つ目が魔力観測
4つ目が住人の有無
魔力学者、測量士、護衛兵などで構成される小規模部隊が急ぎ編成される。
「もし、そこに何者かがいた場合は?」
護衛隊長ガランが問う。
ベリアルは目を細め、静かに言った。
「敵と決めつけるな。だが、無関係とも思うな」
こうしてミドロア王国は動き出す。
その島が、近い将来――世界の在り方すら変える存在となるとは、この時まだ誰も知らなかった。
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