06話
「翠ー、一緒に帰ろー」
「あ、うん」
松井先生に怒られていたところだったから助かった。
自分と重なって嫌だからってその度に怒られていたら困るんですよ、ええ。
でも、冷たい顔だけは最近のお気に入りだ、悪く言われすぎて慣れてしまったのか。
「あ、拓馬って心配性だから気をつけた方がいいよ?」
「ね、ねえ、やっぱりダメなの?」
「んー、いまはもう優くんが好きだからね、それに勝手に一方的に振っちゃったわけだし」
残された方は「万理……」と漏らして泣いていたんだけど。
「こんなこと言うのはあれだけどさ、翠が相手をしてあげてよ」
「相手はたくさんしているよ」
スマホをチェックしたらたくさんメッセージがってことも多いし。
過保護っていうか正直に言って寂しがり屋なんだ、最近はよく分かる。
たまに面倒くさい時もある、だって早く寝ろとか言っておきながら電話かけてくるんだよ?
おかげでこっちは結構な頻度で寝不足だよ、家にも頻繁に連れて行かれることもあるしね。
「万理さん、花田さん、こんにちは」
「こんにちは」
今日は水曜日だもんね、そりゃこうして会うか。
「それじゃあね翠」
「うん、またね」
こちらもこれから約束があるから行かないと。
そういえば、家族と万理ちゃん以外から名前で呼ばれたことがない。
「で、今日はどうしたの?」
「こいつが花田さんに会いたいと」
そんな思いきり隠れたまま言われても困る。
腕だけが見えているから軽くホラーだよ、抱きつきおばけかな?
「唯、ほら」
名前まで女の子っぽいんですが!
私はまた負けなければならないのか。
「あ、あの」
「うん」
「……航平くんがすみませんでした」
「え?」
佐野くんも意外だったのか「な、なに言ってるんだよ」とちょっと困っているようだ。
分かる、だっていきなり謝罪されても分からないし。
でも、どうやら私を傷つけてしまったことを謝ってくれているらしいとすぐに分かった。
「偉いね、本当はこの子が謝らなければならないのに」
「……僕にも責任があるんです、僕が中途半端な態度を続けていたから……」
だからってこちらを悪く言うってどんだけ悪やねん。
この子はこんなにいい子なのに相手が佐野くんじゃあね、もっと中身を綺麗にした方がいい。
「大丈夫だよ、だから安心してね」
「はい、ありがとうございます」
うーん、女の子の服を着させてもいいかな?
あれでもそうしたら女である私は今度こそ完膚無きまでに負けてしまう!
「佐野くん、この子貰ってもいい?」
「駄目ですよ。それにほら、あなたのことを見ている人がいます」
え、と振り返ったら寂しがり屋のお兄さんが。
「翠、行くぞ」
「なんでここが分かったんですか?」
「そいつから聞いた、行くぞ」
二人に挨拶をしてここから離脱。
横を歩く大学生さん(多分)は少しだけ不機嫌そうだった。
そりゃそうだ、あれだけの距離移動をこの頻度で繰り返していたら大変だし。
「お前の作った飯が食いたい、家まで来てくれ」
「え、私の家でいいじゃないですか」
今日はまだ時間が早いからいいものの、また泊まるようなことになったら噴火だ。
まず間違いなく私は黒焦げにされる、だからこの際家に来てもらっというた方がいい。
「駄目だ、ふたりきりがいいんだ」
「いまはまだいませんよ、お母さんは」
「今度こそ最後までしたいんだ」
酔っているなこの人、腕を掴んでみたら体温が高かったし。
気にせずにそのまま私の家まで連れて行く。
単純にね、あそこから家に帰るのが大変だというのもあるんだよ。
「どうぞ」
「後でお前の部屋に行きたい」
「いいから食べてください、おまけに途中でお母さんが帰ってきたら大爆発しますよ」
今日は特に不安定のようだから気をつけないと。
勢いだけでなんでもすると後悔する、特に拓馬さん側は。
恐らく虚しくなると思う、あの子にも勝てない女だもん!
「美味い、ずっと作ってきたのか?」
「彼氏欲しさに二年生になってから頑張っただけです」
「ふっ、意味なかったわけか」
「いえ、実際に食べてもらったんですが……変人扱いされてしまいました」
クラスの男の子全員に作って食べてもらった。
おかしいよなあ、食べてくれたのに変人扱いするって。
しかも美味しいとまで言ってくれたのに、女の子からも微妙な顔されるしさ。
「は、食わせたのかっ?」
「そんな昔から私を狙っていた男の子みたいな反応をしないでくださいよ」
いまは違うけど昔はそうだったんだよ。
みんなが彼氏が彼氏が彼氏がさ~って言うから期待した。
が、こちらはそれまで年齢=を貫いてきた人間、効率的なやり方が分からなかったのだ。
だからあれは私なりの努力だったのに、結果は残念といったところに終わってしまい……。
「もうするなっ、お前に彼氏ができたら困る」
「できませんよ。というか、本気で私で満足するつもりですか?」
「お前は理想だ」
そこはせめて「そうだ」とか言ってくれたらいいのに。
だってもう万理ちゃんとは終わっているんだから略奪とかってわけでもないしね。
「おかわり」
「食いしん坊ですねえ」
まあ、美味しそうに食べてくれるならそれでいい。
食べ終わった後はほぼ強制的に部屋へと移動することになった。
遠慮なく私のベッドに転んで目を閉じてしまう拓馬さん。
「なんか小せえな」
「ベッドがあるだけマシですよ、拓馬さんの家ではちょっと痛かったです」
「途中から痛くなかっただろ?」
寝返りもうてなくて結構大変だったけどね。
しかも私を抱きながら「万理……」って何度も漏らしていたから複雑だった。
「一つ約束してください」
「なんだ?」
「私って決めて動いているのなら万理ちゃんのことはもう忘れてください」
「元々出してないだろ?」
「夢でよく見ているんじゃないですか?」
逆方向へと向いてしまう。
いきなり切られればあれだけど、未練たらたらすぎる。
「……そんなすぐに捨てられるかよ」
「じゃあ虚しくならないんですか? 私と仲良くしようとして」
「ならない、それとこれとは別だ」
「そうですか、中途半端な態度さえやめてくれれば私はいいですよ」
こちらがその気になってから万理ちゃんのところに戻る、とかでなければ。
いまのままなら女として求めてくれる稀有な人だしね、こんな人はなかなかいないからね。
「今日はすみません、来てもらって」
「ううん、大丈夫だよ」
小澤くんにこうして呼び出されたのは初めてだ。
いつ見ても拓馬さんが言っていたようにしっかりしている子だと思う。
少なくともなにか不満があったところで表に出したりはしないような子。
「万理さんのことなんですけど」
「うん」
みんなこうして口にしておきながらすぐに続きを言わないというのが流行っているようだ。
「どうせならもっと仲良くなりたいんですけど、どうしたらいいですかね?」
「こんなこと言うのはあれだけど、積極的に求めていくしかないね」
「それはつまり……」
「まあ、抱きしめるとかキスとか、かな」
非モテになんてことを言わせるんだっ、残酷だぞ!
でもそうだよね、小澤くんは万理ちゃんと付き合っているんだよね。
なんか意外だった、小澤くんは正直恋愛とかにあんまり興味がなさそうに見えたから。
それでも貫通してしまうほどの効果だったのかもしれないけど。
「花田さんはこの前の方とそういう関係なんですか?」
「ち、違うよ」
「そうですか、とても優しそうな方でしたね」
それは否定できないこと。
だけど私に近づく理由はもしかしたら万理ちゃんに会うためかもしれないと想像している。
だってやっぱりおかしいし、頻度があまりに高すぎるし。
「一つ残念なのは、その方と別れた直後だということなんですよね」
「あ、知っていたんだ」
「はい、全て本人が言ってくれました」
複雑そうな笑みを浮かべて「聞きたくはなかったですけどね」と小澤くんは口にした。
私も聞きたくないなあ、興味があるような態度を見せておきながら未練たらたらの拓馬さんの話を。
「あれ、優くんと翠じゃん」
「万理さん」「万理ちゃん」
ちょっと待てっ、浮気とか思われたら厄介だぞ!
「そこにいたのか、探したぞ」
「え、拓馬さんも?」
「そこで会ったんだよね」
「おう」
なんかごちゃごちゃしてきたぁ!
万理ちゃんとふたりきりになんかにしたら駄目だ。
私の可能性が潰える、せっかく女としての自分を求めてくれる人なのに。
「それじゃあな、俺はこいつに用があるから」
「うん、優くん行こ」
「はい、失礼します」
でも、ちゃんと万理ちゃんのことが好きなんだよね? それならいいか。
問題なのはこの人の中でまた燃え出さないかということ。
「あいつとなに話してたんだ?」
「万理ちゃんとどうすれば仲良くなれるのかって聞いてきたから答えただけですよ」
あの子の話では拓馬さんができなかったことをしろと。
直前にそういう例を見ているからそれぐらいしか言えない。
この人にとっては嫌な話だよね、なんでそれなのにふたりきりになっちゃうかなあ。
どんなに頑張ったって戻ってこない、万理ちゃんが彼女というわけじゃない。
「やめてくださいね、いまさら取ろうとするのは」
「しねえよ」
「それならいいですけど」
最悪私は誰とも付き合えないままでいいから変なことはしないであげてほしいんだ。
でも不安がある、もし拓馬さんの気を引くためだったら?
そのために小澤くんを利用しているのなら到底許されることではない。
年下だからってなんでもしていいわけじゃない、それぐらいはあの子も分かっているはずだけど……。
「あの、私に近づいてきてくれているのって万理ちゃんのことが気になるからですか」
「まあ、正直に言えばそういうのもあるな」
「そんなことだろうと思っていました」
万理ちゃんも求めてからにすればよかったのに。
もっと求めてって言っておけば拓馬さんがこういう気持ちにならなくて済んだ。
この人だって求められたら応えないわけにはいかないだろうに、なんてもったいないことを。
「諦めてください」
「自分に集中したいなら、か?」
「いいえ、もう万理ちゃんは小澤くんの彼女だからです」
女々しさを見せていたらただただ嫌われるだけだ。
あの子はリセットしようとしている、だから普通にああして話すことができているんだと思う。
どんなに頑張ろうと終わったことだ、拓馬さんのためにも捨ててもらうしかない。
「厳しい話になりますけど負けてしまったんですよ」
「黙れ」
「これが現実です、もうあなたの側に万理ちゃんは戻ってきません!」
「黙れってっ」
言いたいことを重ねてぶつけられたから大人しく黙る。
一応女としての自分も含まれていたかもしれない、だって復縁されたらまた一人だもん。
がむしゃらにいかないと貴重なチャンスを自ら手放すことになってしまう。
「帰る……」
「気をつけてください」
「おう……」
ただ、嫌な女なのは確実だから可能性はそもそも低いけど。
自分のことしか考えられていないのも分かっていた。
拓馬さんからの連絡が途絶えた。
それでも学校に集中しているだけであんまり気に入らなかったけど、スマホを見ると結構凹む。
なにかがあっても気軽に行ける距離ではないことが困るところだ。
「松井先生は気になる人とかいますか?」
「花田さん、私はあなたの友達ではありません、そういう話は友達としてください」
「ちょっとぐらい付き合ってくれてもいいじゃないですかー」
「何度も言いますが友達ではありません、諦めてください」
ちぇ、少しはしてくれてもいいのに。
その後もスマホをチェックしてははぁとため息をつくのを繰り返していた。
あまりにやりすぎて外が真っ暗になってしまい慌てて外へ。
「なんだいなんだい、事実を言っただけなのに」
元からその気がないのならね、ああいうことを言わなければいいんだよ。
「でさー」
「そうなのか」
二人でいるところを見たらなおさらそう思った。
拓馬さんはともかくとして、万理ちゃんは大胆すぎる。
恐らく小澤くんを待っているんだろうけど、これは浮気行為と言えるのではないだろうか。
それとも私が恋愛脳すぎ? 付き合ってからも男友達とぐらいあれだけ仲良さそうに話すもの?
元彼っていうところが今回の危ない感じのひとつでもある、やはり利用しているのかな……。
「すみません万理さん、お待たせてしましたっ」
「遅いよーって冗談だけどっ、帰ろっか!」
「はい。失礼します」
こっちはわざわざ遠回りをしてあげたよ。
二人を見つめる拓馬さんの顔はどんなものだったんだろうか。
「あいつら普通に仲良さそうだよな」
「そうですね……って、な、なんで横にいるんですか!」
「気づいたからだ、なに遠回りしてんだよ」
だってあのまま歩いたらばれるし、あの二人にもばれるし。
誰かの後ろを歩くのが好きじゃないのだ、ストーカーとかって勘違いされても嫌じゃん?
「元気でしたか?」
「まあな」
なら連絡がないぐらいいいか。
そもそも元親友の元彼を狙おうとするって性格が悪いし。
それでもまあ好きだと言われたら……絶対に受け入れるだろうけど。
「お久しぶりです」
「一週間ぐらい空いただけだろ」
私にとっては長かったんだ。
かろうじて関係が続くか終わるかのたったの二択だから。
今回は前者だったということになるが、いつ終わるか本当に分からないから怖い。
「お前の家に行くぞ」
「いいですよ、ご飯でも作りましょうか?」
「おう、頼む」
それなら安定して美味しいオムライスを作ろうと思う。
ケチャップでは拓馬さんの似顔絵を、画力はないんだけどさ。
「おぇ、な、なんだこのおぞましい絵は」
「えぇ、拓馬さんですよぉ」
「いや、グロだろこれは、味は……美味いけどさ」
逆にオムライスを不味く作れる人がいたら見てみたい。
具材を炒めてご飯を投入してケチャップどばあとして炒めるだけ。
というかこの人、ちゃんと食べているのかな。
身長が高いのに細すぎる感じがするんだよね、太ももとかも私より細い気がするし。
「なんであなたの家はあんなに遠いんですか、近くにしてくださいよ」
「無茶言うな。大体、近くだったらなにしてくれんだよ?」
「ご飯ぐらいなら作ってあげますけど」
「んー、それだけを理由に引っ越しはできねえな、ありがたいことではあるが」
冗談で言ってみただけだ。
おまけに家がここら辺りにあったら毎日万理ちゃんと会おうとすると思うから難しい。
「もっとメリットはないのか?」
「デメリットしかないですね、大学も遠くなるでしょうし」
「行ってないんだけどな」
「えっ、それじゃあなにをしているんですかっ?」
「妄想だ」
ああもうだから万理ちゃんとは無理なんだってっ。
ショックが大きすぎて引きこもって――はないか。
ただまあどんなことがあっても以前までには戻らないんだから。
「ごちそうさま、美味かったぜ」
「はい、お粗末さまでした」
こちらがどれだけ言っても届かない。
それならば逆に自由に行動してもらって敢えてまた振られるまで待つ?
本当ならそんな性格の悪いことをしたくないけどいまのままじゃどうしようもないのだ。
「あ、ご飯粒ついてますよ、じっとしていてください――はい、取れました」
「ありがとな」
「いえ、これぐらいしかできないですから」
少しでも胃袋を掴めていたら嬉しい。
今回も解散とはならずに拓馬さんは私の部屋へ行ってしまった。
こっちは残しておくと母に叱られるから食器を洗ってから向かう。
「ちょ、寝てるし……」
賊と言われても信じられる。
賊さんと違うのはなにがしたいのか分からないということ。
なんのために来るのか、私を一応そう見てくれているのか、やっぱり万理ちゃんなのか。
うーん、結局一番気にしているのは自分だということかと片付けてベッドの端に座る。
「寝ると凶悪さが少し減るなあ」
もっと笑みとかを浮かべてくれれば大変モテそうだ。
バレンタインデーとかクラスメイトの女の子全員から貰っていそう。
「ま、優しいから全く凶悪じゃないんだけど」
頬を突っついてみても起きる気配がない。
理想とする展開は私の手を拓馬さんが掴んで引っ張る、みたいな。
恐らくそうはならずに指を掴まれてボキッと折られそう。
「……うざい、邪魔するな」
「わっ、す、すみません」
これはあれか、先程のショックを寝ることで発散させていると。
それならソファでもいい気がするけど、一応女としては気軽に寝られるのも複雑だった。
女として見られていないような気がするし、逆にそういうつもりなのかあ!? と困惑するから。
乱高下は避けたい、常に一定とまではいかなくてもほぼ安定した状態でいたい。
「お前も一緒に寝ろ」
「抱き枕じゃないんですけど……」
まあしょうがないしょうがない、私を抱くことでよく寝られるのならそれで結構。
夜は絶対に寝られなくなるけど仲が深められるのならそれに越したことはない!
女としては一番優先されることだということだ、睡眠よりもよっぽど!
「……お前を抱いてると落ち着くよ」
「それなら良かったです」
これで最後は他の女の人にーってなったら振られた原因が拓馬さんにもあると思っちゃうからね。
……もしこれが最近の男女にとって普通ならかなり怖いことだなと少し体を震わせたのだった。