01話
「花田さん、花田翠さん」
「へ? あ……」
「気づいてくれてありがとうございます、でもいまは授業中ですからね、集中してくださいね」
「はい、すみませんでした」
残りの授業時間は集中して過ごす。
なにを考えていたんだっけ、あ、そうだ、なんでこんなにもなにもない日々なのかということだ。
周りの子は彼氏を作って浮かれている時にこちらは……授業を受けて家に帰るだけ。
友達はいるけど女の子だし、なんなら別の教室だし。
変化を求めて行動してみた結果は変なやつ認定されただけだった。
「起立、礼、ありがとうございました」
と、今日最後の授業が終わり解散になる。
部活動に行く子たちは早々に消え、残っている子たちは集まって楽しそうに会話をしている。
こちらはリュックに荷物を閉まって帰るだけなんですけどね。
「あ、花田さん、あなた今日掃除当番ですからね」
「そういえばそうでした、ありがとうございます」
ああ、なんかこういうのっていいな。
年上の女性教師に冷たい(無表情)顔で見られながら言われるのって。
少なくともいつもとは違う時間なことには変わらないから。
「翠ー、一緒に帰ろー」
「あ、私は掃除なんだ、ちょっと待たせちゃうけどいいかな?」
「いいよー、どうせ暇だしー」
この子は唯一の友達である山本万理ちゃん。
小学生からの仲だから大変助かっている、これからもずっと友達のままでいたい。
「え、翠もついに彼氏が欲しくなったの?」
「うん、みんなを見ているとね」
手を動かしながらそんな雑談をする。
万理ちゃんにも彼氏さんがいるというのも多く影響をしていた。
しかも写真を見せてもらったことがあるけど大学生の人で身長が高いし格好良かった。
同じ高校生相手でも私がこうなのに大学生となんてどうやって知り合うんだろうね、不思議だ。
「よし、これぐらいでいいかな」
「丁寧にやるよね、もっと適当でいいじゃん」
「そういうわけにはいかないよ、待たせてごめんね」
「別にいいよ、帰ろっ」
全然関係のない話だけど、この時間は中学生がちょうど部活を始める時間でもあった。
その光景を見ていると部活をやっていた時の自分を思い出して懐かしくなる。
あわあわしていたっけ、全くついていけなくて辞めたいと考えた時もあったなって。
「お、あの子背がたかーい」
「本当だね、万理ちゃんの彼氏さんとどっちが高い?」
「んー、あの子の方が高いかも、百八十センチぐらいなんじゃない?」
すごいな、恐らくあの子の両親も大きいんだな。
私は百五十六センチだから並んだら顔を見るのが大変そう。
ま、並ぶ機会なんて絶対にないんだけど――と、考えた翌日のことだった。
「雨ですね」
「あ、うん、え゛……」
高校と中学の近くにある建物の下で雨宿りしていたら並ぶことになってしまった。
「あ、すみません、小さいから中学生かと……」
「き、君に比べたら誰だって中学生とかに見えちゃうんじゃないかな」
「ははっ、そうかもしれないですね」
んー、でも中学生だと判断していたのに敬語っておかしくない?
こういう元々丁寧な性格の子なのかな、もしそうなら女の子に大変モテそうだけど。
「昨日、ここを通っていましたよね」
「え、な、なんで分かるの?」
「自分、目がいいんです」
だからってよく私だって分かったなと。
仮に見えていても興味がなければその日の内にどこかにいきそうなのに。
「今日は一緒にいないんですか?」
「うん、別行動中なんだ――あ、あの子を狙おうとしているのならやめたほうがいいよ、彼氏がいるからね」
やっぱり年上には惹かれちゃうものなのかな。
万理ちゃんは明るく接してくれるから気になってしまうのは分かる。
でも、彼は「そういうつもりで聞いたわけでは」と言って苦笑いを浮かべていた。
「あ、僕は小澤優と言います、名前が見た目と合っていませんけど」
せっかく自己紹介をしてくれたのならとこちらもしておいた。
多分意味のないものだけど、中学生の男の子に知られても大して不都合はないし。
「あ。雨が止んできましたね」
「うん、そろそろ帰ろうかな」
これもまた少し違った時間ということでいいことだよね。
傘を忘れた私を褒めてあげたい、だからってなにが始まるわけでもないけれど。
「気をつけてね」
「ありがとうございます」
「こっちこそありがとねっ、じゃあね!」
ああ、私が美人な女性であれたのならここから恋が始まるのに。
卑下するつもりはないけどいままでそういう話とは無縁の人間だったからなあと。
積極的に行動した結果があれだったから待ってみた結果、なぜか二年生の今日までなにもないと。
こうしている間にも万理ちゃんは彼氏さんと仲を深めているのにぃ、なんでなんだぁ!
「え、今日あの子と話したのっ?」
「うん、ちょっとだけだけどね」
なにもかも済ませた後に万理ちゃんに報告をしていた。
万理ちゃんからも聞くことでモチベーションを保つためでもあった。
「へえ、敬語だったんだ、なんか意外かな」
「万理ちゃんの彼氏さんは違うよね」
「うん、ちょっと俺様系だからね、そういうところもいいんだけど!」
ちょっと偉そうでもしっかり彼女のことを考えてくれているんだろうな。
そうじゃなければここまで好きになれたりはしないだろうし、私もちょっとその方がいいかも。
なんというかリードしてくれそうだもんね、未経験者としてはそれほどありがたいことはない。
「仲良くしてみればいいじゃん!」
「いや、たまたまお喋りしただけで興味ないでしょ」
「大丈夫っ、私がその機会を用意してあげるよ!」
「そんな接点もないのにできるわけないじゃん!」
「ま、楽しみにしていてよっ」
それから六日が経過した。
「あれぇ? 全然あの子と会えないんだけど!」
そりゃそうでしょうよという発言だった。
接点がないのだ、おまけに水曜日以外は普通に部活動があるんだから。
それに私は知っている、あんなことを言っておきながら彼氏さんを優先していたことを。
「で、でもさ、今日がまた水曜日だからさ!」
「休みでも会えないと思うけどね」
しかもああいう子の相手をするのは大変だと思うんだ。
想像は間違っていなかった、発見できたのはできたけど周りには複数の女の子がいた。
「あちゃあ……まあ、ムリだね!」
「そもそもいけるとも思ってないよ」
なんかお兄さんと複数人の妹みたいな。
それかもしくはハーレムみたいな、おおぅ、いい笑みを浮かべていらっしゃる。
「小澤くーん!」
「あ、万理ちゃんっ」
直前にムリだって言っていた子の勢いじゃない。
周りに女の子が何人いようと突撃できるその勇気は評価したいけれど。
そもそもこれで話せるようになったとしてもなにも話題がないよ?
しかもそのうえで女の子からの視線が突き刺さるだろうし、万理ちゃんに見られるのは恥ずかしい。
「お姉さん誰ですか?」
「私は小澤くんの友達ですっ」
「なんで高校生の人が……?」
すごい、あれはなかなか真似できることじゃない。
あれだけアウエーな感じなのに笑顔は絶やさない。
が、その中心である小澤くんが礼をしてから歩いていってしまっために終わりを迎えた。
「ありゃ難しいねえ」
「自分もムリだって言ってたじゃん」
「確かにっ、諦めて他を探した方がいいよ」
「そもそも求めてないってば」
同級生か年上がいい。
後輩も可愛いけどこっちが引っ張らなければならなくなるし。
願っただけでできるのなら苦労しないからこのままを続けるだけだ。
「あれ、生徒手帳じゃない?」
「本当だ」
無遠慮に万理ちゃんが確認して「これは小澤くんのだね」と呟く。
こんな偶然ある? あれだけの子たちがいたなら気づきそうなものだけど……。
「はい、翠が渡してあげて」
「えぇ……」
でも、放置ってわけにもいかないし。
というか、いまから頑張って追えばなんとかなりそうな気がする。
いまから追ってくると彼女に言って走り出した。
一応これでも中学は運動部だった、走ることは得意だ。
「いたっ」
歩くスピードが遅すぎぃ!
これを渡さなければならないという目標があったから女の子がいようと気にならなかった。
「小澤くんっ」
「あ、花田さん」
おぅ、視線が突き刺さるよ。
万理ちゃんの時と違ってレベルが違う気がする。
「これ、落としていたから」
「あ……わざわざありがとうございます」
「うん、今度は落とさないようにね、それじゃあね」
わざわざ年下の子たちに頭を下げてから離脱。
「やっほー」
「うん、ただいま」
やはり彼女の隣にいるのが一番落ち着くなと再認識できた日になった。
「花田さんは残ってください」
あれぇ……私はもしかしたら松井先生に嫌われているのかもしれない。
「他の先生の時には授業態度がいいと聞いています、なのにどうして私の時はそうなんですか」
「え、でも大人しく受けているつもりなんですけどね……」
「その点については確かにそうです、が! あなたはどこか上の空じゃないですか」
違う、午後にあることが多いからだ。
母が作ってくれたお弁当を食べた後だと毎回眠くなってしまう。
それを避けるために頭の中をごちゃごちゃにしようとしている、それが正直なところだった。
「あ、あの、松井先生はお昼の後に眠くならないですか? 私のはそれ――」
「大人ですから眠くなりません」
「す、すごいなあ大人の人って、松井先生は憧れの先生です!」
いつか体得したいしたいスキルだ。
これから何度も失敗を繰り返して、それでも少しずつ耐性を上げていくんだろう。
うん、見えていなかっただけでなにもないなんてことはないなと気づく。
「すみませんでした、気をつけます」
「はい、そうしてください。それとですね――」
ま、まだ続くのか。
まだ五時間目の休み時間だったのにそれも使ったうえに放課後にまではみ出した。
かなり拘束されたせいで万理ちゃんがもういないどころか、他の子だっていないぐらいで寂しい気持ちになったのは言うまでもなく、夜道を一人で寂しく帰ることになりました。
「こんばんは」
「えっ」
いや違う、おじさんとかではなく中学生の男の子だった。
最近よく中学生の子と話すなあと新鮮な気持ちになっていたら「花田翠さんですよね?」と聞かれてそうだと答える。
「優から聞きました、俺は佐野と言います」
「もしかして迷惑がられちゃってるのかな?」
「はい?」
「いや、別にそういうつもりで近づいているわけじゃないって言っておいてくれないかな?」
ここが最短の帰り道だから仕方がない。
さすがに会わないために遠回りはしたくなかった。
「あ、別にそんなことは言われてないですよ、なので安心してください」
「それよりよく分かったね、私だって」
「あなたの友達が教えてくれました、だからここでずっと待っていたんです」
「え、それはごめん、先生に拘束されててね」
身長は百七十センチぐらいかな、あまり高すぎないから首が疲れなくていい。
小澤くんとはまた違って整った顔だ、モテるんだろうなきっと。
「歩きながら話しましょうか」
「そうだね、もう暗いし」
見方によってはこれが逆ナンというやつでは?
怖いのはわざわざ待ってまでなにを言いたいのかということだ。
「万理さんから聞いたんですけど、花田さんは彼氏が欲しいんですよね?」
「うん、周りはみんな付き合っているからね」
中学生の子になんてことを言ってくれてんだぁ!
これじゃあ中学生の子に手を出そうとしているやばい人間みたいやんけ!
「だったら優とかどうですか? あいつ、一回も付き合ったことがないですから新鮮ですよ」
「私、付き合うなら同級生か先輩がいいんだ、年下相手だと私がリードしなければならなくなっちゃうからね、一回も付き合ったことがないからなにも分からないし。あと、なんか引っ張ってくれるそんな人がいいっていうかさ……って、中学生の子相手になにを言っているんだろうね」
忘れてと口にして顔を手で扇ぐ。
恥ずかしい、茹でダコさんの気分になれた。
「つまりそれって」
「うん? え――」
ぐいと顔を近づけてきて「翠」と呼び捨てにしてきた。
生意気なとは思わなかった、無表情というか真剣な顔が格好いいとすら思えちゃったけど。
「こういうのがいいってことですよね?」
「へ……あ、うん、まあ……」
「うーん、優はこういうのできないと思いますけどね、俺以外には敬語ですから」
ほぉ、じゃあ二人は仲良しなんだ。
って、だから小澤くんは狙っていないって!
「そうだ、連絡先交換してくれませんか? 協力しますよ」
「いや、話聞いてた? 私は――」
「っと、どうぞ、これ俺のです。あ、優のは本人から聞いてください」
き、聞いちゃいねえ……。
受け取ったけどさ、危ないことに巻き込まれるわけでもないし。
「先程はすみませんでした、生意気でしたよね」
「いや……別に大丈夫だよ」
「ん? 顔が赤いですけど大丈夫ですか?」
ああ、なるほどね、こうやってこの子はみんなを落としていくんだなと分かった。
まんまと落とされるわけにはいかない、そもそも彼女だって普通にいそうだしね。
だから私は年下じゃなくて最低でも同級生か先輩とが良くてですね、いやまあないけどさ。
「それではここで、失礼します」
「うん、気をつけてね」
いまごろちょろいとか思っているんだろうなあ。
こんなものかって、年上なんて余裕だなって醜い笑みを浮かべているかもしれない。
私は騙されないよ! 絶対に絶対にね!
とりあえずいまやることは、
「こら万理ちゃん!」
親友を叱ること。
中学生相手にぺらぺら喋られては困る。
大した価値はないから問題がないという話ではない、聞かされても相手が困るだろう。
「佐野くんも格好いいよねー」
「確かにそうだけどそうじゃなくてさあ!」
「なんで? 彼氏が欲しいなら積極的に動かないと」
その積極的に動いた結果がいまなんだ。
男の子からは変なやつ扱いされているぐらいだ、いまでもあの頃のことを笑われるもんね。
「あなたは彼氏さんに集中していなさい」
「えー、親友のために動いてあげているのにー」
「せめて高校内にしてよ……」
年下を狙うのは違う。
仮に年下であったとしても、こちらが狙うのではなく好きになってもらいたいじゃん?
そんな乙女的思考をしてしまう、だからさっきみたいなのは……正直グッときた。
だけど分かっている、適当、試してみただけだろう。
小澤くんに近づこうとしている人間をああしてチェックしているのかもしれない。
違うんだ中学生くん、私はただたまたまあの子と会っただけなんだ。
「その割には全然動かないじゃんかー、年下の方がその点やりやすくない?」
「まあ、恋愛的なことを考えなければね」
普通に友達になれるのならなっておけばいいのかな。
通話をいいところで切って先程のを登録した。
「嘘じゃない、か」
佐野航平くん。
フルネームばれちゃっているけどいいのかな?
「わっ、で、電話っ」
で、出るべきかどうか、いや、出るべきだよね……。
「も、もしもしっ?」
「あ、翠ちゃん? あたしは航平の姉なんだけどさー」
「は、はい」
「いまから近くの公園まで来て、それじゃあねー」
「あ、ちょっ」
おわた……傍から見たら中学生に手を出そうとするやばい高校生だもんね。
非常に行きづらかったものの、行くしか私には選択肢がなかった。