第57話 永遠の眠り
メフィストさんの血の裁量で抱きかかえられるように、花びらを散らしながらゆっくりと柩から緋月様は出てきた。銀色の長い髪の一部が垂れて揺れると、ステンドグラスの七色の色を反射して虹色に光っている。
達美さんの作ったドレスはやはり美しく、裾の長い部分が柩から出ると、純潔さが際立ち、神々しくさえ見えた。
同時に茜さんの方もメフィストさんによって柩から抱きかかえられ、2人は宙に浮いている状態だ。
「アダム様、頼みましたよ」
「うん……」
ゆっくりと2人はメフィストさんの血の裁量から離れ、アダムの腕に抱きかかえられる。その姿はまるでアダムが2人の子供を抱いているように見えた。
「ひづき……ぼくら、ひとつになれるんだって……あかねも……よかったね……」
アダムは2人にそう言うが、返事は返ってこない。
「メフィスト……ひづきがずっとへんじしてくれない……おこってるのかな……?」
その質問に、再び僕は目頭が熱くなった。
アダムはやはり、緋月様が死んでしまったということを明確には理解していないようだった。不思議そうな顔をして、緋月様の方を見つめている。
僕や区代表たちは答えられなかった。
「……怒っているわけではありません。おなくなりになっているのです」
「ねぇ……しぬって、どういうこと?」
2人を抱きかかえたまま、アダムは僕らの方を向いて問う。
「生命活動が停止している状態を指します。脳が機能しなくなった時点で、死んだと判定することもありますが、脳死については意見が分かれることもあり――――」
「もっと……かんたんにいって……わかんない……」
メフィストさんの難しい説明は、アダムには解らなかったようだ。そう言われてメフィストさんは少し口元に指をあてながら考える。
「もう二度と、話しかけても返事をしてくれない……ってことですかね」
佳佑さんがそう言うと、アダムは佳佑さんの顔を見つめた後に再び緋月様の顔を覗き込む。
「やっぱりおこってる……? ごめんね……ひづき……」
ゆさゆさとアダムは緋月様の身体をゆする。しかし、緋月様の腕はダラリと落ちて動く気配は全くない。
動かない緋月様を何度もゆすって「起きて」と声をかけ続けていた。
「そうではありません。アダム様、生命活動が失われたのです」
「せいめいかつどうって……なに?」
「呼吸の停止、心臓の鼓動の停止、細胞に酸素が送られないことによって細胞が死に、自発的な行動ができなくなって――――」
「……わからない……ひづきはしなない……ねむってるだけ……」
緋月様の肩の辺りを、アダムはつついてみている。当然、緋月様は目を覚まさない。
「茜様と対比させてみてください、茜様はお亡くなりになっていますよね?」
「あかねとひづきはちがう……ひづきはしなないし、としもとらない……ぼくとおなじ……」
「……緋月様は茜様と同様、永遠の眠りにつかれたのです」
メフィストさんにそう言われ、アダムは緋月様を再びゆすった。その度に純白のドレスがひらひらと揺れる。
渉さんは解っていない様子のアダムを見て堪え切れなくなったようで、再び泣き始めてしまった。泣いている渉さんをアダムは不思議そうな顔をして暫く見ていたけど、何かを感じたのかメフィストさんの方へ視線を戻した。
「…………ぼくも……ひづきといっしょに……えいえんのねむりにつける……?」
「……アダム様のお気持ち如何ですね」
「そう……じゃあ、ぼくは……ひづきとあかねといっしょにねむる……」
そう言ったアダムの身体の中へ、緋月様と茜さんは沈んでいった。
ゆっくりと2人はアダムの中へと姿を消し、ドレスの最後の一片までアダムの中に取り込まれた。
アダムはしばらくじっとしたまま動かず、黙っていた。
「どうなったんだ……?」
2人を取り込んだ数秒程経った頃にアダムに顕著な変化があった。
巨人の体形から徐々に人間の形へと変貌していく。紫色の肌から人間の肌色へと変化し、銀色の長い髪、左目は赤、右目は薄い緑色となった。顔は中性的な顔立ちで、緋月様にも、茜さんにも似ていた。裸の状態だったが男性器も女性器もなく、無性のようだ。外観年齢は20歳前後だろうか。
メフィストさんは棺に被せていた白い布をアダムの身体にかける。
全員がその様子を黙って見ている中、虚空を見つめていたアダムの目は急激に潤みだし、ついには大声で泣き始めた。
「うわぁああああっ……あぁああぁ……っ……うあぁああぁ……!」
泣き崩れるアダムの姿に、僕らは酷く動揺した。
アダムは嗚咽しながらもずっと泣き崩れている。何が起きたのか解らない僕らはおどおどと互いの目を目配せしあって慌てることしかできなかった。
「お、おい、なんだってんだ?」
「……ご本人から聞いてください」
「そんなこと言っても……火がついたように泣いてるしよ……」
女性の扱いは慣れている葉太さんでも、泣きじゃくっているアダムには手も足も出ない様子だった。優輝さんに「情けないわね」と毒を吐かれている。
とはいえ、号泣しているアダムに対して近寄ろうとする者はいない。
「アダム様、落ち着いてくださ――――」
唯一落ち着き払っているメフィストさんがアダムの方へと近づき、肩をトン……と叩く。その瞬間にアダムはメフィストさんの腕を血の裁量で切り裂いた。
その衝撃で後方にメフィストさんは倒れてしまった。
全員がその場で硬直した。まさに危惧していたことが現実になったと感じた事だろう。人類の終焉まで思い描いた人もいたかもしれない。
「僕に……っ……触らないでよっ!!!」
アダムは緋月様のようなコウモリの翼を形成し、教会のステンドグラスの部分を突き破って大声で泣きながら飛んで逃げて行ってしまった。
「…………」
メフィストさんは何事もなかったかのようにゆっくりと身体を起こし、立ち上がって自分の切り落とされた腕を拾い上げ、切断面と接合して動きを確かめていた。
「お……おい! どっか行っちまったぜ!?」
「やはり同化などするべきじゃなかったな」
「危険よ、追いかけて」
走って教会の扉へ向かおうとする区代表たちの行く手を、メフィストさんは血の裁量を使って妨害した。
「まぁまぁ、お待ちください。皆さま。今アダム様を追いかけても、下手をしたら私のように痛い目に遭うだけですよ」
「放っておけないだろう!?」
「今は放っておいた方がいいでしょう」
「どういうことだ?」
焦ってイライラしている達美さんが尋ねると、血の裁量を身体に戻しながらメフィストさんは答えた。
「泣いている子供は、泣き止むまで放っておけばいいということですよ。下手に泣き止ませようとしても逆効果です」
散った花を一輪拾い、それをクルクルと回しながらメフィストさんは言葉を続けた。
「今、アダム様は今まで理解できなかった悲しみや怒りといった感情を理解したはずです。それに、緋月様や茜様の知恵や記憶なども取り込み、果たされなかった願いの無念なども怒涛のようにアダム様の中で巡っているのでしょう。それらが渦巻きながらも、なによりアダム様が緋月様の死を受け入れられないのだとお見受けしましたが」
「自暴自棄になって周囲の物を破壊しつくしたりしないだろうな……?」
「多少暴れることはあるかもしれませんが、緋月様も悪魔細胞との同化初期は酷くお荒れになられたそうですし、大目に見てあげてください。まだ理性が知識に追い付いていないのです」
メフィストさんは棺の中へ持っていた花を置いた。
「どこに向かったか予想できないですか?」
「そうですね……わたくしの憶測ですが、おそらく緋月様のお部屋などではないでしょうか。混乱しているときは自分が一番落ち着く場所にいくものだと思いますので」
「なら智春、一先ずお前が先に確認しに行け。被害が出ないように監視していろ。アダムを刺激しないようにな」
「はい、わかりました」
妃澄さんにそう言われ、僕は教会の扉を開いてから上半身に着ている服を脱ぎ、翼を形成して赤紙の本部へ飛んで向かった。
僕も悪魔細胞の扱いが大分解ってきて、飛んで移動することにも大分慣れてきた。翼を形成すると服の背中の部分が破けてしまう。緋月様のように背中に翼の形成用の穴が元々空いている服を注文している最中だ。
――僕も緋月様みたいにマント羽織ろうかな……
そう思いながら僕は緋月様の部屋の窓まで着いた。メフィストさんの言ったことは当たっていたようだ。
緋月様の部屋の窓が開いており、その中から大声で泣く声が聞こえてきている。特に物を壊す音は聞こえてこない。ひたすらに大声で泣いているようだ。
僕はその声を聞きつけた人が外から入らないように、近くの空いていた窓から赤紙内部に入り、緋月様の部屋の廊下に待機した。翼をしまい、服を着る。鏡がないのでネクタイを結ぶのに再び手間取る。
廊下で僕は中の様子を聞いていたが、アダムはずっと大声で泣いていた。時折、ドンッ! という音が聞こえたりするが、物を破壊している様子はない。
泣き止むまで待っていようと思っていたが、アダムは全然泣き止む様子はなかった。普通の人間だったら喉がどうかしてしまうのではないかと思う程、アダムは泣き続けている。
僕はそれを聞きながら廊下で扉に背をつけて座り込んだ。
――ずっと側にいた人が、いなくなっちゃったんだもんね……
アダムが泣いている中、僕も自然と涙が溢れてきた。
短い付き合いの僕ですらこんなに悲しいのだから、ずっと一緒にいたアダムからしたら悲しくて仕方がないだろう。
それに、緋月様と茜さんの両方の想いを知って、成就されないその双方の気持ちは本当に苦しいものなのかもしれない。
しばらく僕が待っていると、ようやくアダムの大声で泣く声は聞こえなくなった。
僕が恐る恐る扉を開いて中を確認すると、アダムはいつもいた緋月様の部屋の隅にいた。そこに座り込んだまま、白いシーツに顔と身体をうずめて動かなくなっている。
――大丈夫だろうか……まだ声をかけるのは早いか……?
「智春、入っておいでよ……」
アダムからそう呼ばれて、僕はギクリと肩を震わせた。アダムは綺麗な顔を少しあげて僕の方を見た。その顔は酷く涙に濡れている。
アダムに呼ばれるまま、恐る恐る僕は部屋に入ってアダムの隣に座った。
「少し……落ち着いた……?」
「…………光がずっとふさぎ込んでる意味が解った……」
今まで解らなかった感情を知るという感覚が僕には解らなかったが、相当に衝撃的なことだったろう。
そう感じるのと同時に、僕は違和感を覚える。アダムがやけに流暢に話すので、アダムと話をしてる気がしなかった。声も以前のような不明瞭な複合音声のような声ではなく、中性的な声をしている。
「皆悲しんでるよ。僕も、他の区代表も、国民も……」
「…………緋月と茜が幸せになってくれなかったことが……何より悲しい……」
そう言ったアダムはまだ大声で泣き始めてしまった。
僕は困ってしまったが、どう励ましたらいいかわからずにただ隣にいることしかできなかった。
グズグズと泣いているアダムは、一度落ち着いたかと思われたが、アダムが話し始めようとするとまた堪え切れないのか大声で泣いてしまう。それを何度か繰り返しているうちに少し落ち着きを取り戻したのか、たどたどしくアダムは話し始める。
「……緋月がいなくなっちゃった……緋月は何も……悪くないのに……っ……」
「……アダムの中で生き続けるよ……アダムが生きてる限り」
「そんなの嘘だよ……緋月は死んだんだ。もうどこにもいない……」
「…………大切な人がいなくなっちゃったら、悲しいよね……僕も母さんが亡くなって、それに緋月様もいなくなっちゃって……悲しいよ」
「僕は……悲しいのと、怒りと……虚しさと……色々……」
アダムはギュッと纏っている白い布を握りしめた。
「何に怒ってるの……?」
「緋月が頑張ってたからイヴはいなくなった……でも、皆は緋月の努力を知らない……知らないで何事もなかったかのように安穏と生活してる……それに……僕がもっとしっかりしてたら……緋月は死ななかったのに……」
彼にも責任感というものが芽生えたようだった。最前線で緋月様と一緒に戦っていた彼だからこそ、尚更そう感じるのだろう。
「緋月様が国民の為に隠してたからね……」
「知らないのに緋月のこと悪く言う……黒旗に潜入してるときのことを思い出すと、尚更そう感じる」
「そうだね。僕もそう感じる部分もあるよ。弟と言い争いになったときに、緋月様のこと何も知らないくせにって怒鳴っちゃったよ」
「……緋月は悪いこと……してたのかな……?」
僕らがそうして話していると部屋の扉がガチャリと開いて、勢いよく少し息を切らしている光さんが入ってきた。
「お……おう」
光さんは僕とアダムを交互に見て、それから動きが止まる。
どうやら見た目が変わり果てたアダムに対して、どう接したらいいか解らなくなってしまっている様だった。
光さんを見たアダムはまたボロボロと泣きだし、光さんの方へ走って行って抱き着く。その際に白い布がハラリと落ちてアダムは裸になってしまった。
急に抱き着かれた光さんは酷く動揺して、なんとかアダムを引きはがそうと躍起になっていたが、アダムの方が力が強く、引きはがすことができない。
「うぁあああぁあ……光ぃ……っ……あぁあああぁ……!」
「おい! アダム……! いてぇからはなせ! あと耳元で大声で泣くんじゃねぇ! うるせぇんだよ!」
そう言われたアダムは光さんから身体を離した。アダムの華奢な身体の白い肌を直視できないのか、光さんは顔を逸らす。
「そのかっこしてんなら服を着ろ……!」
そう言われたアダムはグズグズと泣きながら、落ちてしまった白い布を拾い上げて自分の身体にまとった。身体から落ちないように布を手間取りながらも縛る。
光さんの前でアダムはまだ泣いている。
「ぐずぐず泣くなよ……」
「……光だって僕の隣で泣いてた」
「はぁ!? 別に泣いてねぇし!」
光さんは見え見えの虚勢を張って見せた。それを見て、アダムは少し身体を逸らせて光さんを見つめる。
何を求められているのか解らない光さんは困惑している様子だった。
「な……なんだよ……」
「いつもみたいに僕のお腹にパンチしないの……?」
「はぁ? お……お前な……そのかっこじゃしづれぇよ……」
目を泳がせながらガリガリと光さんは頭を掻いた。
アダムは良く解っていないらしく、首を横に傾げる。
「光は僕にパンチするとき、いつも楽しそうだったから……僕にパンチしたら元気出るかなと思って……」
「ばっか! お前! それじゃイミちげーだろ! 人聞きわりぃからやめろ!」
「……それだけ元気になったなら大丈夫そうだね」
そう言ってアダムは弱々しく笑った。
その笑った顔が緋月様の顔に少し似ていた為、光さんは内心動揺していた。光さんはおずおずとアダムの頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと乱暴に頭を撫でる。
「はぁ……急にお前が大泣きしてとび出すから、他のれんちゅうがシンパイしてたぞ」
「ごめん、感情が溢れ出して色々壊しちゃいそうだったから……」
「ちゃんとあやまれんのか?」
「うん」
――自分は素直に謝れないくせに……
僕は光さんに対してそう思ったが、黙っておいた。
「じゃあお前、そのかっこやめろ。ギンパツでその顔じゃ、緋月にまちがわれんだろ。死んだことになってんだから」
「なら目立たない黒い髪にするよ」
一瞬でアダムの銀色だった髪は黒い髪になり、そうなったことで随分印象が変わった。光さんから見ても緋月様の面影が薄くなったことによって、接しやすくなっただろう。
「あと服着ろよ。そんなじゃはずかしいだろ」
「僕は別に……中性体だから性器とかないし……」
「ばっか……! 人間は服着るもんなんだよ!」
一瞬キョトンとした顔をしていたアダムだったが、嬉しそうな顔をして「うん」と頷いた。
「なに笑ってんだよ……。おいクソガキ、こいつのための服、てきとうにもってこい」
「服ですか? 僕の部屋ちょっと遠いですけど……」
「緋月の服でいいだろ」
「……ちょっと待ってください。緋月様の遺品の服を僕に漁らせようとしてませんか?」
「あぁ? こまけーこと気にしてんじゃねぇよ。さっさと行け」
「………………」
僕は「なんで僕が……」と思いながらも、渋々アダムの為に服を見つけに行った。
緋月様の部屋に入ると、相変わらずそこは何もなかった。ベッドはぐちゃぐちゃになっていて、掛布団は半分程度床に落ちてしまっている。
僕はあまり光さんたちを待たせるわけにはいかなかったので、クローゼットに手をかけた。
緋月様のクローゼットの中には達美さんのブランドらしき服が何着が置いてあったので、それほど派手ではない服を選んで持って行った。
その服を着たアダムはやはり窮屈そうにしていた。服が小さいからという理由ではなく、服という物を着慣れていない様だったが、我慢してアダムは着ていた。
それから僕らは区代表の一人ひとりに連絡し、アダムが一時的に混乱して暴れてしまったということを謝りに行った。
アダムは光さんの言う通りに行動していた。アダムが光さんに従順であったため、光さんはどんどんアダムに対して偉そうになっていた。
まるで親分と子分の関係のようになっている。
「アダム、ほら、謝れ」
「ごめんなさい。僕が取り乱して怖い思いをさせて」
区代表たちは素直に光さんの指示に従っているアダムを見て驚いていたが、僕は光さんに何の文句もいわないアダムに驚いていた。
一人ひとりに暴れてしまった訳を僕と光さんで説明し、全員に頭を下げると難色を示した人もいたけれど、一応全員に納得してもらえた。
全員の説得に随分時間がかかってしまった。達美さんと妃澄さんの説得にものすごく時間がかかってしまった。後回しにするほど信用が得られないと思った僕は、先に達美さんと妃澄さんの説得に向かった。
「俺は緋月様やお前たちほどアダムと親しいわけじゃない。不祥事があればすぐにアダムを排除する為のあらゆる手段を行使する。赤紙の一員ならば、微罪でも処刑。だろう?」
妃澄さんはそう言ってアダムのことを認めてくれた。アダムは喜んで飛び跳ねて喜んでいた。妃澄さんに認められたことが相当に嬉しかったのだろう。無邪気に飛び跳ねて光さんに抱き着いていたが「くっつくな! 鬱陶しい!」とじゃれている姿を見て、驚いていた妃澄さんだが、最後には笑ってくれていた。
「あー! しつこいぞお前ら! 鬱陶しい! 俺は忙しいんだ! アダムが良いか悪いかなんかここで議論してても解決しないだろう!? そういうことにしておいてやるから帰れ!!!」
達美さんは怒りながらも最後はアダムを信じてくれた。
素直に許すということができない達美さんらしい言い方だったと……思いたい。本当に怒っていたような気もしなくもないけど……。
最後、連絡手段の解らないメフィストさんを探し出した。アダムの嗅覚はやはり衰えていないらしい。メフィストさんの悪魔細胞の匂いというものを感知し、僕と光さんを抱えて飛びながら探した。
メフィストさんがいる場所は、六翼の天使の教会だった。
教会内の結婚式の装いは綺麗に片付けられていた。しかし、まだ花のいい香りがしている。
「メフィスト、痛かった? ごめんなさい」
「いいのですよ。急に緋月様、茜様と同化したのですから一時的な混乱は仕方ないでしょう。他の方々は納得してくださいましたか?」
「うん。達美と妃澄と佳佑と葉太はかなり渋ってたけど、智春と光が説得してくれて納得してくれた」
佳佑さんと葉太さんも大分アダムのことをいぶかしんでいた。あの女好きの葉太さんは中性的なアダムに対しては男という断定をしたようで、積極的に口説いたりはしなかった。
葉太さんが渋ったのは意外だったので、少し葉太さんのことを見直した。
「そうですか。ところでアダム……酷なことだとは思うのですが、頼みたいことがあります」
「何?」
メフィストさんは少し言いづらそうに少しアダムから顔を背けて言った。
「ここにいるシャーロット様、ノエル様、そしてその伴侶も同化していただけませんか?」
そう言われたアダムは険しい表情になった。
緋月様と茜さんと同化したときの激しい感情の波は、アダムにとって好ましい体験ではなかっただろう。
「シャーロット様が亡くなられた今、もうこの教会は管理ができないのです。この六翼の天使と呼ばれるノエル様は最高位の魔女。彼女もまた悪用されてはならない存在……この世から完全に隔離しなければならない存在なのですよ」
「彼女たちこそ、火葬にして海に撒くんじゃ駄目なの?」
「そうですね……魔女を取り込むことによって魔術が使えるようになるかもしれないですよ?」
アダムは納得できなさそうに嫌そうな顔をしている。
「というのは半分冗談ですが、2人とも0年以前を生きる最高位の魔女なのです。アダム様は自分がどこからきたのか知りたくはないですか? 古来の魔女がアダム様の一族をどうして封じたのか等、これから疑問に思うこともあるでしょう。その疑問を解く重要な鍵になると思いますよ」
「僕は……ずっと緋月の側にいてそんなこと考えたこともなかったけど……そう言われちゃうとなんか気になっちゃうな……」
嫌そうではあったけれど、最終的にアダムは了承した。アダムは元の巨人の姿になってノエルさんとその伴侶、そしてシャーロットさんと同化した。
ゆっくりとアダムの身体に沈んでいく3人はいずれも安らかな表情をしていたように思う。
アダムは3人と同化したことによって、また暴れるのではないかと思われたが、一人ひとりと同化していく中でそういったこともなく、落ち着いている様子だった。
大声で泣きじゃくることこそはなかったけれど、やはりアダムは泣いていた。崩れ落ちるように四つん這いになって悔しがるように泣いている。
「みんな可哀想……でも、皆頑張ってた……」
涙をぬぐいながら、アダムは立ち上がった。
「お。おい……大丈夫なのか?」
「やっぱり……キツイよ。誰かの人生を引き受けるっていうのは簡単なことじゃない」
グズグズと泣いているアダムに対してかける言葉が見当たらなかった。
1200年以上生きるシャーロットさんが何を想っていたのか見当もつかないが、容易な道のりだったということは想像できる。
何度も何度も戦いがあったはずだ。人の醜さも沢山見てきたはずだ。
アダムに人類に対する憎しみが芽生えたりしないのだろうか。
「少し、情報量が多くて……頭の中の整理をしたいから僕はもう休もうかな……」
「食事はしなくてもいいの?」
「あぁ……そう言えばずっと食事してなかった……でも食堂ももうやってない時間だし、どうしよう」
どうやらアダムもずっと食事を摂っておらずに、若干の疲れを感じているらしい。普通の人間なら3日も食べないだけでふらついたりするだろう。それが一か月も続いているのだから。
「それなら、沢山量が食べられるお店知ってるよ。一緒に今から行かない?」
「俺もはらへったー。クソガキのおごりで食いに行こうぜ」
「メフィストさんもどうですか?」
「わたくしは大丈夫です。軽食を取りましたので、おかまいなく」
メフィストさんは結婚式が終わってから片づけを終え、シャーロットさんがずっと守り抜いてきた『白の教典』を読んでいるらしかった。
まだ読書が終わっていないからという理由で断られる。
教会の外に出たアダムはなんだかげっそりとしているように見えた。今日は色々な人の記憶や知識を取り入れたり、感情を手に入れたりして疲れたからだろう。
「どこへ行くの?」
「ルナティックっていうお店だよ」
「俺、まえにそこ行ったことあるぜ。めちゃくちゃなりょう出してくるとこだろ?」
「そうです。僕は食べきれませんでした……」
「…………あ? おいクソガキ、それはだれと行ったんだよ?」
光さんにそう聞かれてギクリと肩を震わせた。
元気になってくれたのは良いが、嫉妬深い光さんにこの話をするべきじゃなかったと僕は少し後悔する。
「緋月様と一緒に……」
「あぁん!?」
「光も緋月と一緒に行ってるんだから、智春も緋月と一緒に行ってもいいよね?」
「ダメだ! 俺がさそってもぜんぜんダメなのに、なんでお前のさそいはいいんだよ!」
「緋月は公平に色んな人と付き合ってたから、光もそんなに怒らないで?」
「お前……とつぜんかしこくなって言うようになったじゃねぇか……」
若干言い争いながら僕らはルナティックに到着した。
少し時間も遅かったけれど、開店しているようだったので入店する。相変わらず変な置物が置いてあるのが目立ち、僕はそれに目を奪われる。
「いらっしゃいませ。3名様でよろしいですか?」
「はい。個室空いてますか?」
「空いております。個室がよろしいですか?」
「個室でお願いします」
僕らは個室に通された。
そこは以前、僕と緋月様が食事をした個室だった。それを見ると、なんだか心が痛む。
ここに来たのはそんなに前ではないのに、やけに懐かしくすら感じる。
「あの、店主さんがもし少し手が空いていたら少し話がしたいのですが」
「かしこまりました」
店員さんが下がってから、僕らは気まずい沈黙が流れる。
恐らく、ここに来たときのことを全員が思い出しているのだろう。特に緋月様の記憶を引き継いだアダムは何度もここへ来た過去の記憶を想起しているように見えた。
「渉さんも呼べばよかったね」
「渉はダイエットしているから、ここには来なかったと思う」
「ダイエットなんかしても、体形かわんねぇじゃねぇかよ。気にしすぎなんだっつの」
「光、そういう言い方は良くないよ?」
「……ちっ……緋月みたいな物言いしやがって」
毒づきながらも、それほど嫌そうではなかった。しかし、やはり物悲し気に見える。
緋月様だったら、同じように光さんにそう注意したと僕も思う。
コンコン。ガチャ。
「はいはーい、お呼びですか? …………ん? なんか見た事ある顔ぶれね」
前回と同様にやはりノックの返事を聞かずに店主の孝臣さんは入ってきた。相変わらず倒れそうなほど細い体形が印象的だ。
僕や光さんのことを明確に覚えていない様子だったが、光さんの左手の刺青を見て店主は「あっ」という顔をした。
そして僕の顔を見て僕らが誰なのか完全に思い出したようだった。
「あぁ! 緋月と一緒に来た人たち! ……と、そっちの人は?」
アダムは礼儀正しく会釈をして名乗る。
「はじめまして。僕も緋月の側仕えです」
「あら? こんな綺麗な子見たことないけど……?」
「基本的には内勤でしたので……」
「そう……緋月の件、本当に残念だった。葬式も赤紙内でやるんでしょ? 私も緋月には世話になったから参拝したいのよ。本当に残念。あなたたちも、残念だったね」
孝臣さんは持ち前の元気な声ではなく、悲し気な声でそう言った。
「はい……元気を出すためにも、今日はたくさん食べたくて」
「うん、任せてちょうだい。こんなときだから、私の料理食べれば元気でる!」
「おうよ、今日は倒れるまで食うからじゃんじゃん持ってこい!」
「はいよ!」
元気に返事をして孝臣さんは出て行った。
この後、僕らは運ばれてくる料理をひたすら食べ続けた。
最初は談笑しながら食事をしていたが、徐々にお腹が苦しくなってきた頃、光さんの口数は減っていた。倒れるまで食べると言っていたが本当に食べすぎて倒れてしまう。「一歩も動けない」と悲痛な声を上げて店の床に倒れ込んで込んでいた。
僕とアダムは相変わらず食事量に関しては無尽蔵だった。
ある程度食べた後に、僕は自分の財布に入っている金額で支払いが足りるかどうか心配になってきた。
お腹がいっぱいになるという感覚があまりないが、僕は適当なところで切り上げた。
アダムはまだ食べたりなさそうだったが、孝臣さんが「もう食材がない」と音をあげたのでそこで食事会は終わった。
会計は持ってきたお金でギリギリ足りたので、ホッと胸を撫でおろした。
「アダム……俺をかつげ……」
一歩も動けなくなっている光さんをアダムは背負った。
「驚いたわあなたたち。緋月が2人いるのかと思った! また来てね。今度は絶対に負けないんだから!」
「ごちそうさまでした」
食事を終えて飛んで赤紙に帰った。
光さんの部屋に到着したところで、なんとか自分の足で立ち上がって光さんはベッドに倒れ込んだ。
光さんの部屋に初めて入ったが、中は荒れ果てている。まるで泥棒が入ったかのように物が滅茶苦茶になっていて、壁にも殴ったような跡がいくつもあった。
最近できたものなのか、随分前にできたものなのか判別はつかない。
「俺はもうねるから、かえれ……」
「解りました。ゆっくり休んでください」
パタリと部屋の扉を閉めると、アダムは光さんの部屋の扉を心配そうに見つめていた。
「光、大丈夫かな」
「ちょっと食べすぎただけだよ」
「ううん、そうじゃなくて。ずっと落ち込んでたから元気になってくれて良かったけど……無理してる感じだったから」
「……ゆっくり良くなっていくよ。アダムも今日突然色々あって疲れたでしょ。ゆっくり休んで」
「うん、僕も休むよ」
アダムはそう言って緋月様の部屋の方へと向かって行った。アダムの方も心配だったが、一人で考えたいこともあるだろう。
僕も自分の部屋に戻り、ずっと緩めなかったネクタイを緩めた。着慣れないスーツを脱いで僕もベッドへ倒れ込む。
結婚式までまだ長いと思っていたけれど、もう終わってしまった。
――アダムはこれからどうするんだろう……
日下部さんや聖也たちを取り込んで、アダムは正気を保ち続けられるのか?
確かに彼女たちは悪魔細胞によってこの世に蘇った。アダムの元へと還るのが自然なのかもしれない。
――でも、本当にそれでいいのか?
曲がりなりにも命を手に入れて、「必死に生きている」と言っていた聖也の言葉を僕は思い出す。
生きる希望や意味を持って生きていると言ってた聖也の言葉は虚勢だったのだろうか。緋月様がいてギリギリに保たれていたバランスが、崩れてしまったのかもしれない。
――シャワーは明日の朝浴びればいいか……
アダムが心配だったが、自分のこれからのことも心配しなければならない。
緋月様の長い命はここで失われてしまったかもしれないけれど、僕の人生はこれからだ。
死者は悩むことはない。
しかし、死者のことで悩むのはいつも生者の役割だ。
もう緋月様は悩むことはなくなった。そう考えれば良かったのかもしれない。
僕はそうして眠りに落ちた。




