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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
52/62

第51話 六翼の天使の教会司祭




【緋月 160年前(1040年)】


その頃は、罪人に対する私の厳しいやり方に反発する人は少なくなかった。

1010年に10区制度を始めた当初は波乱の毎日だったけれど、1020年に区を別つ壁の設立完成。1区には所狭しと人がいた。

しかし、徐々に軽犯罪や重犯罪を犯した者は区間移動し、1区からは人がどんどん減っていった。

間引きだと非難されることも多くあったけれど、もう人が住める地はここしか残っていない。土地や資源の奪い合いが始まって内乱が起こったり、規律が乱れたりすれば今度こそ人類は滅びると私は非情な方法を取り続けた。

前科のある者の子供を国が預かるという制度に、かなりの人数が反発した。それでも私は赤紙の権力を行使し、強行した。

当初は子供が生まれても届け出ずに隠す親が多かった。それはそうだろうと理解は示せるが、私は例外を許さなかった。徹底的に取り締まり、強制力を見せつける結果となった。

そのせいもあったのか総人口が減って、出生もしづらい状況が続いた。その対策として後に子供一人当たりの配当金策を講じた。

一時は遺伝子情報を収集し、事前検査して優良と判断された人の卵子と精子の提供を募り、人工授精して代理母からの出産という工業的な事業も行ってみたものの、思う様に出生率はすぐには上がらなかった。

出生率が徐々に上がり、子供区を1030年に01と02に分けた。


そして1040年頃、区間移動が定着した頃に国民による反発がピークに達した。10区の非情な処刑方法、それに赤紙の内部の処刑の件もあった。

この頃、水鳥麗を神と崇めている少数集団の存在に私は着目した。手ごろな歳の青年になりすまし、私はその集団に溶け込んだ。

そこで見つけたのが水鳥麗の本物の遺体だ。

干からびたミイラのようになっていた彼女の遺体を神として崇拝し続けるその集団の異常性は利用価値があると私は考えた。

私は水鳥麗という人間を調べ、過去に246人殺している殺人鬼だということを知る。

そして、その集団に精神疾患者を保護し、ゲノム編集を否定する私に対しての敵対心を根付かせた。矢面に立ち続ける私にとって、私への憎しみを根付かせるのは簡単だった。

そうして私はその名もない集団に『黒旗こっき』と名付けた。

私は仕事と研究の合間に黒旗に通った。


そんなある日、六翼の天使の教会の司祭と名乗る白い髪の若い女性が、赤紙の緋月をしているときに訪ねてきた。

私は多忙であったので誰が訪ねてきても面会はおこなっていなかった。私が忙しく書類に目を通していたところ、彼女は突然部屋に現れた。

どうして入ってこられたのかは解らなかったが、初めて彼女を見た時に何やら異質な感覚を覚えた。

アダムもそれを感じ取ったのだろう。不思議そうに彼女を見ていた。


「どうやって入ったの?」

「ごめんなさい。どうしても急用だったのです。門番の方には眠っていただきました」

「……急用があっても、勝手に入ったらいけないよ」


どうやって眠らせたのか解らないが、特に手荒いような物音は聞こえなかった。

その白髪の姿の女性に対し「もしかしたらイヴかもしれない」という疑念が強かった私は、アダムに目配せしたけれどアダムは不思議そうに見つめるだけで敵意を出さない。


「それで、あなたはどちら様?」

「私はシャーロット。六翼の天使の教会の司祭をしています」

「あぁ……あの赤い髪の天使の……」


大昔から伝わる伝承は聞いたことがある。

大昔は魔女がこの世を支配していて、赤髪の六翼の天使が魔族と結託して魔女の世と人間の世を別ったとかなんとか……。

とても現実味のない話で信じられない。


「その司祭が私に何の用?」

「最近……異様な者に目をつけられて困っています」

「ストーカーってことかな」


その程度ならわざわざ私のところに来るほどでもないだろうと思いながら聞いていた。


「それが……人間ではないようなのです。言うなれば、あなたと同種の者」


その言葉を聞いて、私は反射的にピクリと指先が動いた。


「どうしてそれが解るの?」

「私は……信じてもらえないかもしれませんが、魔女なので少しは解ります」

「魔女?」


誇大妄想の類かと私は目を細め、シャーロットを見つめた。

教会の司祭だから少し変わっているのかと考え、私はそのまま話を聞いていた。


「……悪いけど、信じられないな。話が突飛すぎる」

「では……魔術を見せましょう。あなたを信用してお見せします。私が魔女だということは黙っていてください」


シャーロットは自らの手の甲を持っていた短剣でスッ……と切った。数秒して血が玉になって傷の上に浮かび上がる。

私はそれを黙って見ていた。

私の方に近づいてきて、怪我をしている手の甲を見せてきた。


「今、確かに私は手の甲に傷がありますね? 特殊メイクや手品ではないことを確認してください」

「……確かに、怪我をしてるね」


近くで見る彼女の手は髪と同様に真っ白で、傷痕一つない様子だった。そんな手にこんな風に傷をつけてよかったのだろうか。

シャーロットが自分の手を、その傷のある方に重ねた。すると、彼女の手から奇異な光が発生した。私は反射的に後ろに下がって血の裁量を出し、構える。

彼女が重ねた手を放すと、傷ついていた手の傷がなくなっていた。わずかな血の跡だけ残し、それをシャーロットは持っていたハンカチでふき取った。


「私は治癒魔術を使う魔女です」

「驚いてる……にわかには信じられないけど……」


私はシャーロットの手を取り、その傷がなくなっているのを確認した。

それでも、イヴが自分の傷を自ら治したという可能性があり、私はまだ警戒していた。

私がいぶかしんでいるのを見て、シャーロットは空中に水の玉をいくつか作って私に見せてきた。宙に何の仕掛けもなく浮いているそれを見て、否応なしにもそれを信じる他なかった。


「怪我以外も、内臓疾患、精神疾患も治癒できます」

「なんだって……?」


私は驚きながらも自分の血の裁量をしまい、再び席についた。


「しかし、私ももう歳をとりました。そう頻繁には魔術を使うことは出来ません」

「……そう歳には見えないけど?」

「私は約1060年生きています」

「せ、1060年!?」


私はこのとき57歳。

57年生きていて、随分生きているような感覚があったけれど、それを圧倒的に上回る1060年という規格外の年数に私は驚いて言葉を失った。


「それって、0年よりも前から生きてるってこと……?」

「0年は、六翼の天使が世界を別った日から換算しています。私が0年からの観測者なのです」


とんでもない歴史の観測者と対面して、私は言葉に詰まる。何から話を聞けばいいのか解らないけれど、一番初めの「急用」について話を戻した。


「…………驚いてるけど、その話は置いておいて……急用の方を聞こうか」

「ありがとうございます。まず……私はつけ狙われています。あなたが長い間戦っているあの者だと思います」

「……見分けがつくってこと?」

「見分けはつきませんが……近くにいるときに独特の違和感のようなものを感じます。あなた方は悪魔と呼んでいるようですが、あれは今は異界に住む『魔族』の一種です」

「独特の違和感ね……」


これはイヴの捜索に使えるのではないかと私は期待を抱いた。


「私と、あなたの後ろにいるアダムの気配というか、違和感は別々に感じる?」

「いえ……近くに異質な者いる……程度のことしか感じ取れません」

「そうか……」


この様子だと、私が近くにいるとイヴの関知はできないと落胆する。一瞬期待しただけにより一層私は落胆した。


「ところで、どうして狙われてるの?」

「おそらく……私が魔女だと感づかれたのでしょう」

「急用ってことは最近の話なんでしょ? なんで急に感づかれるようになったの?」

「私ももう……随分老いましたから。自分の放つ魔力を制御することができなくなってしまい、感づかれたのでしょう」

「魔力を放ってるって言われても、特に何も感じないけどな」


私が目を凝らしてみたり、匂いがするかどうか確かめてみるが、私には何も感じない。


「ぼく……すこしわかる……なんだか“き”のようなもの……かんじる。イヴとは……ちがう……」


後ろで不思議そうな顔をしていたアダムはそう言った。


「“気”? なんか抽象的な事言われてもわっかんないなー」

「魔力の抑え方は研究して会得したのですが、今やそれを持続するのも困難な状態です」

「ふーん……なんか色々事情がありそうだね」

「……差出がましいとは解っているのですが、かくまってほしいのです」

「そうだな……匿うというよりは、暫く監禁、軟禁するような生活になるけど、それでもいいかな」

「安全であるなら、それで構いません。ただ、一つお願いがあります」


何を言い出すのかと、私は黙ってシャーロットの方を見ていた。


「教会内に祭られている六翼の天使とその伴侶を一緒に監禁していただけませんか」

「……いいけど……なんで?」

「あれは、本物のご遺体なのですよ。私の不在時に奪われたら困ります」

「本物の遺体?」

「そうです。魔女と世界を別った混血の魔女と、その伴侶の人間です」

「へぇ……」


魔女の伴侶は人間だったのかと、一瞬思慮を巡らせる。


「ってことは、ミイラにでもなってるのかな」

「いえ、ご生前の姿そのままです。私が定期的に身体の状態を維持できるように魔術をかけています」

「どうして?」

「……いざというとき、生き返らせられるようにとは思っているのですが……」


突飛な話が出てきて私は手に持っていたペンを落としてしまった。


「生き返らせる……!?」


私以外にも故人を生き返らせるなんてとんでもないことを考える者がいるとは思わず、思わず声が上ずってしまう。


「1000年を超える年月、死者を生き返らせる魔術を研究し続けました。あともう一歩決定打があれば……しかし、私の一存で生き返らせるのもどうかとずっと迷っておりまして――――」

「ちょっと待って。魔術の理論だとそんなこと、可能なの?」

「はい。可能だと考えています。しかし、一歩届かず……」


――あと一歩のところまで研究が来ているのか……


研究が行き滞っている私にとっては、あと一歩と言っているシャーロットの魔術は魅力的だった。


「どうして生き返らせようとしてるの?」


ずっと迷っていると言っているということは軽率な理由ではないのは解るが、その理由によっては許容できないこともある。

その古来の魔女を生き返らせてこの世を滅ぼそうと考えているのなら、到底許容できない。

固唾を飲んでシャーロットの返答を待っていると、言いづらそうに彼女は話し出した。


「……彼女たちは、生前に結ばれずに非業の死を遂げました。魔女と人間は相いれない時代でしたし、やはり彼女が魔女だったからこそ、その人間のそばにはいられなかった」

「…………」

「私は彼女たちが遺したこの世界でずっと彼女たちの伝記を語り継いできました。1000年も経つと人々からは徐々に忘れられ、教会に通う人も移り変わって行き、彼女たちの信じている人ももういなくなりつつあります。悲しいですけど、魔女がいなくなった世界で魔術を信じるのも難しいでしょう。仕方のないことです」

「そうだね。それに戦争もあってそういう記録が忘れられることも加速したし」

「世の中も、けして平和そのものという訳ではありませんけど、もう十分平和になりました。それに、魔力漏洩を防ぐ方法も見つけましたし、2人が幸せに暮らしていけるのではと考えたのです。正直に言うと……私もずっと魔女だということを隠し、長い年月生き続ける孤独もあります。彼女は私の友ですから。毎日見続け、返事を返してくれない彼女に対して寂しいと思う部分もあります」

「………………」

「しかし、利己的に故人を生き返らせたりしていいのかと、ずっと考え続けています。それに、この新しくなった時代に、彼女たちが馴染めるかは解りません。私ももう長くは生きられないですし……」

「…………そう」


私がずっと考え続けていたことだ。

私は暇があれば茜が生き返った後のことばかり考えていた。

この時代に馴染めるのか、生き返らせても私の方が長生きするのかなとか、茜は生き返らせてほしくないかもしれないとか……。

その気持ちはよく理解できた。

だからシャーロットにそれ以上私が言及することはなかった。


「半分……いや、7割程度は信用する。しばらく軟禁になるけど」

「それで結構です」

「じゃあ、早速今から回収しに行くか……アダム、一緒に行こう。シャーロットも」

「はい。信用していただいてありがとうございます」


私はシャーロットを血の裁量で絡めとり、大窓から外に飛ぶ。アダムはそのままの大きさだとあまりにも目立つので、蛇の姿になって私に巻き付いてもらった。

シャーロットの案内通りに六翼の天使の教会に降り立つと、黒旗がやけに物々しい雰囲気なのに対し、こちらの教会は純白で神聖な雰囲気を醸し出していると感じた。


「思ってたより小さい教会なんだね」

「ええ。設立当初から規模は変わっていませんし、積極的に布教もしておりませんから」

「ふーん……」


扉を押して開くと、七色のステンドグラスが美しく光を反射させて取り込んでいた。ステンドグラスのモチーフは鬼のようなものや、白い龍、変わった服を着ている女性などだ。


――変わった雰囲気だな……


真っ直ぐな道の中心には赤い絨毯がひかれており、少し擦り切れている部分も見受けられた。たくさんの人がこの絨毯を踏んで歩いたのだろう。

その道の先の中心部に、ひときわ大きなガラスケースがあり、赤髪の六翼の天使が横たえられていた。中にはたくさんの花が敷き詰められている。色とりどりの花の中に横たえられている彼女はただ眠っているように見えた。

同じケースの中、天使の右側に銀髪の男性が寄り添うように横たわっている。


「これが遺体なの? 物凄く綺麗だね」

「そうです。彼女が世界を別った伝説の魔女、ノエルです」

「なんで翼が生えているの?」

「いえ、彼女は魔族と魔女の混血なのです。かなり特異な存在で魔術の才もずば抜けていましたが、心根は優しく愛情深い方でした」

「そうなんだ。まぁ、詳しい話は軟禁室で聞くことにするよ。……このガラスケース、どうやって外すの?」


ガラスケースは私が外そうとしても持ちあがらず、かといって外せるようになっているような継ぎ目もない。

私があちこち見ていると、フッ……と突然ガラスケースがなくなって、中にあった花の甘美な香りに一帯が包まれた。


「私の魔術壁です。持っていかれると困るものですから」

「へぇ……魔術っていうのはすごいんだね」


非情に興味深いと私は思った。

手の込んだ手品のようにも見えなくはないけれど、それは私の疑い過ぎなのだろう。


「ここを離れていいの?」

「仕方ありません。ここで結婚式をしたりするのは楽しかったですけれど……」

「へぇ。結婚式もしてたんだ。今時珍しいね」

「大昔はよく挙げていましたが、今日こんにちは全然ですね」


名残惜しそうに教会の中を見つめていたシャーロットを私は急かしたりしなかった。

1枚1枚ステンドグラスを見つめながら、祈りをささげているようだった。


「ノエルとその伴侶を運んでくださいますか?」

「うん。運び出すものが他にあれば持っていくけど」

「教会内部の資料は事前に処分してあります。頭の中に全て入ってますので、問題ありません」

「そう……」


私も物事を忘れにくいけれど、シャーロットもそうなのだろうか。

そんなことを考えながら花の海の中から私はノエルと、その伴侶の男を抱き上げた。

赤い髪はサラサラしていて、6枚ある翼は持ち上げるとずっしりとした重量感で、死人とは思えなかった。腐敗しているわけでもないし、体温はなくひんやりとしているが死後直後というような印象だ。それだけしっかりした遺体だということが解ったけれど、死後1000年を超えている遺体というと、ちょっとしたことで千切れてしまうのではないかと不安に思い、慎重に抱えた。

その伴侶の人間の方は銀色の髪が長い男性だった。どことなく茜に顔の雰囲気が似ているような気がする。


「行きましょうか」

「そうだね」


各々を抱きかかえたまま、私は外に出た。

血の裁量で3人を持ち上げて飛んで運ぶのはかなり目立つけれど、いたしかたない。


私はシャーロットたちを外からも内からも安全な厳重なセキュリティのある部屋へと幽閉した。そこには家具の一式があり、要望によっては必要なものを与えた。

隔離している際に、私はシャーロットに悪魔細胞の研究資料を一部手渡し、シャーロットの研究と相まって故人を生き返らせることができる研究を続けた。

聞くところによると、ノエルという魔女は世界を滅ぼせるほどの魔術が使える魔女らしい。そんな危険な存在を生き返らせて大丈夫かと疑念はぬぐえなかったけれど、シャーロットはノエルのことを称賛した。


「愛する者の為に命を賭して世界を別ち、平和をもたらしたのです」


と、シャーロットは言っていた。

徐々にだが、日が経つにつれてシャーロットへの疑念は薄まって行き、研究も本格的になっていった。


そして、理論上の蘇生術が完成したのが1045年のこと。

小動物の蘇生は成功していたけれど、人間で試してみなければ意味がなかった。完成した理論を人間に試すことをシャーロットは迷っている様子だった。やはり、死人を生き返らせるのは道徳的に気が引けたのだろう。

私は、黒旗の中でミイラ状態になっていた水鳥麗に着目した。大昔の故人ということであればだれかに見つかったとしても気づかれにくいという理由で私は提案した。

あれだけ酷い状態からの蘇生が可能なのであれば、茜を蘇生させることもできるだろうと考えた。

私は黒旗内部にあった水鳥麗の死体を盗んできた。

シャーロットは殺人鬼を生き返らせるということに困惑していたけれど、最終的に納得して水鳥麗を生き返らせることになった。


実験は、半分成功し、半分は失敗した。

水鳥麗は確かに生き返った。

けれど、生前のことは最低限の言語以外は何も覚えていなかったし、著しい感情の欠落が見られた。特に喜怒哀楽の“喜”、“楽”が目立って欠落している様子だった。

唯一覚えていたのは自分の名前程度のもので、生前に命を賭けてまで最期まで愛していた木村冬眞のことを覚えてはいなかった。

私はその結果があまりにもショックだった。

茜が目覚めた時、私のことを覚えていなかったらどうしようという不安にかられた。

水鳥麗の記憶障害は時と共に改善していくかと期待したが、少し覚えがある道具の使い方などについては思い出すこともあったけれど、木村冬眞についてのことは思い出せないようだった。

生前、彼女らが撮影した動画が残っていたのでそれを見せたり、過去の歴史を振り返って教えてみたりを試みたが、どうしても思い出せないようだった。

思い出そうと奮起している姿はよく見かけていたが、どうしても記憶の方は戻ってこないと日々落胆している姿を私は見続けた。

彼女の遺品は指にしていた指輪だけだったが、それも年月が容赦なく風化させていたようで、割れてしまった。それを今でも捨てられずにとってあるらしい。


失敗したからなのか、それとも成功したからなのか、水鳥麗は希死念慮が強く、度々自殺を計った。どうやら生前から希死念慮が強かったらしいのでそれはそのまま引き継いだということになるのだろう。

実験が失敗したという言葉で何もかもを片付けることはできなかった。

生き返らせた水鳥麗は、悪魔細胞と部分結合しており、生前246人を手にかけた伝説の殺人鬼。その腕は落ちていない様子だった。

自分の自殺を良しとしない私と何度か一戦交えることもあったが、彼女は強かった。悪魔細胞の使い方も潜在的に理解しているようで、手ごわい相手だ。しかし、再生能力は普通の人間とさして変わらず、私が致命傷を与えるわけにはいかなかった。


水鳥麗は抑鬱病で、部屋で寝込むことが度々あった。時折部屋に覗きに行くけれど、いつも大体ベッドにぐったりとして食事も大して摂ろうとしなかった。

なによりも生き返らせた手前、破棄するように殺すという事ができなかった。本人が自殺しようとするたびに、私たちは懸命に彼女を生かそうと尽力した。

彼女は諦めるわけではなかったけれど、徐々に私にも馴染んでくれた。馴染んだ……とはいえ、元々人に懐かない凶獣をどうしたらいいか解らなかった。


「10区の処刑者をやってみたい」


ある日、水鳥麗はそう言った。

けしてそれは本心で言っていたわけではない。自殺させない私への嫌がらせ目的の発言だ。

かなり悩んだのだが、私はそれを承諾した。

承諾したとき、水鳥麗は驚いているような顔をしていた。自業自得だと私は言葉の撤回は許さなかった。

渋々とアダムと一緒に10区に行かせたときはあまりの手際のよさに驚いた。相変わらず私への嫌がらせか、数人の処刑のはずが10区の人間全員を一掃した。そのことは全区で大々的に報道されてしまった。

してやられたと思ったが、その才覚に私は水鳥麗を10区の代表者に非正規に就任した。

私の手があかない合間に処刑者をしてもらうことになったが、顔が知れるとマズイので専用の顔を隠す道具を作ったりした。

名前もそのままだと呼ぶに呼べないので、改名を提案した。水鳥麗はそれを快諾した。


「記憶もなくなって、以前の自分とは別人だし。いいかもね」


そう言って自ら“日下部れい華”を名乗りだした。

日下部は適当につけたらしいが、“れい華”という名前は実名からもじったらしい。“れい”の部分は以前の名前のまま、“華”の部分は


「“華”は……徒花あだばなからとってみた。私は、実を結ばなかった。むしろ、害悪だった。でも、冬眞にとっては華だった。それだけのこと」


と、言っていた。

自分のことを“華”と言い出す辺り、その謎の自信に少し苦笑いにもなったが、本人はいたって真面目に言っていたらしい。

私はそれ以降、彼女を“れい華”と呼ぶようになった。


それからまだしばらく、生き返らせる研究に勤しんだ。

蘇生術について研究と並行し、ずっとイヴのことを探し続けていたけれど、見つからなかった。これという確信もない状態で人間をつるし上げるわけにもいかない。

シャーロットの寿命が近づく中、なりふり構っていられなくなった私は精神疾患者を側に置くという荒っぽい方法に出た。

私の近くの側近にイヴが成り代わって現れるだろうと踏んでそうした。

長年側近をつけなかった私の側近採用や、区代表に精神疾患者を起用するという方向転換に、多くの赤紙員、第三者委員会、王政関係者は反対した。

まして、人選に関しては私が直接探してきたから波風が立ってもしかたなかった。

私は反対の声を聞き入れず、実験を続けた。


人間を蘇生させたり、生き返らせるという前に私は祖父が研究していたように、まずイヴ同様のアダムから新たな悪魔を作ってみることにした。

第二のイヴが発生する可能性もあった為、かなり慎重にことを運んだ。もし失敗した場合、イヴを殺す手掛かりになると思えばやる意味はあった。

難航はしたものの、アダムの細胞からフラスコの中で培養を行い、知恵がついてきた頃には徹底的に教育を施した。

あまりに知性をつけるのは危険だと判断したが、私の血液を適度に投与して知性をつけさせた。祖父がしていたようにエネルギーの投与を制限した結果、暴れるほどの力がない賢い個体が出来上がった。

小柄な鬼の姿をしている彼は本を多く読みきかせたからなのか、やけに堅苦しい話し方をするようになってしまった。私とシャーロットは彼に『メフィスト』と名付けた。

古来の失われた言葉で“光を愛せざる者”という意味だ。

私はメフィストをシャーロットと共に研究室に閉じ込め、研究を続けさせた。


メフィストはそれほど感情豊かではなく、打算的で狡猾な悪魔だった。

その提案の内の実験体【LISA】はまずまず成功したと言っていい。

これはシャーロットが保存してた古来の魔女『リサ』の細胞を使用したクローン研究だ。

この個体に『理沙』と名付けた。シャーロット曰く、生前のリサの生き写しだという。かなり精密な蘇生術になった。

しかし、悪魔細胞と結合している為、定期的に注射を打って細胞が活性化するのを抑え込まなければならなくなった。

表向きは悪魔細胞の実験に献身的な人選をしたということになっている。さすがにクローンを作ったなどと周りに知られると、大騒ぎになってしまう。

私の手が足りなかったのもあるが、対イヴの兵器としてラファエル隊というものを作った。他4人は随分前に亡くなった精神疾患者のクローンを作った。

手始めに5人程度をと思ったのだが、予想以上に育成が大変だったので私は一先ず5人のみで様子を見ることにした。


私は日々事件に追われていたが、ある日に元子供区01区の最優秀者が殺しの請け合いをしているという情報を得た。

下調べをしてみると、性格も非情に温厚な子だったということが解る。

そんな子が殺しの請け合いをしているなんておかしいなと私は考えた。よくよく調べていると赤紙の職員が委託しているらしいという情報を掴んだ。

そこで助けたのがわ子(渉)だ。

非情に真面目で何をやらせても優秀なわ子を見て、私は自分の側近にしてみようと突発的に思いついた。

もちろん反対もあったけれど、わ子は非情に優秀だったため文句は次第に減って行った。


そしてほどなくしてレイ(光)を側近にした。

このときはかなりリスクのある選択だと思ったが、レイはどこか茜に似ている節があってどうにも放っておけなかった。

酷い心的外傷後ストレス障害を抱えており、レイは暴れた。

わ子と折り合いが悪く、いつも喧嘩ばかりしているので頭が痛くなることもあるが、もう少しレイには大人になってほしいと思う。


そんな中、私はラファエルの皆の手を使って精神に問題を抱えている者に悪魔細胞の適応反応を見るという試験をしていたところ、智春を見つけた。

地道にサンプルとアダムの細胞を結合させているときに、いつもと違う反応をする血液があった。

私は顕微鏡を見ながら、見間違いかもしれないと手を震わせた。

自殺しかけていたところを理沙が発見し、入院しているというから、私はすぐにその子を確認しに行った。

意識は戻っていなかったが、その顔を見て私は更に動揺した。


如月きさらぎ……」


やけに如月に似ている智春に、思わずその顔をしばらく眺めてしまった。

私が看護師や医師に容体を確認していると、彼が目を覚ましたらしかった。ナースコールが押されたようだったので、私が様子を見に行った。

目を覚ました彼はベルトでベッドに固定されていて、声も出せない状態のようだった。

彼をぜひとも私の配下に置きたい。それが最初に抱いた正直な気持ちだ。イヴもこれほどの器があると知れば狙ってくるだろう。

半ば丸め込むように、私は彼を赤紙の私の側近にした。

それが吉とでるか、凶とでるか解らないけれど、もういくところまでいくしかないという大詰め感が自分の中にあって止まることは出来なかった。




◆◆◆




【緋月 現在】


――ハッ……


私は少しの間、意識を失っていたようだ。目を開くと崩れた研究室の武骨な天井が見える。

台の上に横たえられて止血されている。傷痕は残っているものの、傷口は塞がっていた。

私が身体を起こすと、メフィストとシャーロットが私の方を見た。


「どのくらい気を失ってた?」

「時間にして5分程度です」

「シャーロットが治してくれたの?」

「ええ。危ないところでした……」

「そう……シャーロット、来て」


イヴに対して不覚をとったと私は険しい表情をしながら、身体の稼働を確かめながら大穴の空いている方に向かおうとする。けれど、メフィストが向かう方向に立ちはだかった。


「なりません。あなた様が死んでしまいます」

「どいて」

「研究室に会った神経毒のストックも全て破壊されました。勝算はかなり低いかと」

「でも行かないわけにはいかない」

「行かせません」


私がメフィストと口論になっていると、壊された廊下の方から妃澄や達美が走って入ってきた。全員息を切らしている中、琉依だけは息を切らしていなかったのがやけに目に付く。


「その血はどうされたのですか!?」


私の服にべったりとついている血に驚いて一目散に薫が駆け寄ってくる。


「……! 緋月様の玉の肌に傷跡が……!」

「大丈夫。イヴに襲撃されて……ちょっと派手にやり合ってさ」

「それで、どうして緋月様がお怪我を?」

「…………時間がない。メフィスト、説明しておいて」


立ちはだかっていたメフィストの横をすり抜け、私はシャーロットを連れたまま翼を形成して羽ばたかせて飛び立った。


「お待ちください! いけません!」


メフィストの声が後ろから聞こえたけれど、それを聞き入れるわけにはいかなかった。


「緋月、分が悪いのは解っているはずですよ」

「シャーロットは魔術あと何回使えそうなの?」

「……あと、使えても1回です」

「老体を酷使して申し訳ないね」

「…………別にいいですよ。惜しい命でもないですし」


羽ばたきながらアダムの巨体がうごめいている辺りに向かって飛んだ。激しく交戦しているようで、アダムが暴れているのが見えた。

場所はそう遠くない市街地だ。人が逃げまどっているのも見える。

赤紙員が懸命に避難誘導をしているが、もう太陽は完全に沈んで視界が悪い。逃げ遅れている人もいるだろう。


「ノエルは……結局生き返らせなくていいの? もう、寿命も近いでしょ」

「……いいんです。輪廻転生という概念もありますし……もうどこかで別の人生を生きているかもしれません」

「私はそういう方向は信じてないけどな……水鳥麗は生き返ったけど、記憶ないし。もしかしたら別の人なのかも」

「生前の記憶はそんなに大切ですか? 記憶がなくても、その人には変わりないと思います。水鳥麗も、木村冬眞とのことを覚えていなくても、彼を愛しい気持ちまでは失くしていないと思いますよ」

「なんか、こじつけな感じもするけど……」


そう思いながらも、思い当たる節はある。

『黒の教典』とお呼ばれるようになった自分の手紙を強奪した。元々は彼女のものだったから、窃盗……いや、強盗の件は不問にしようと思っていた。

本人も当然そのつもりか、あるいは処刑されてもいいと本気で思っているのだろう。

相変わらず、何を考えているのかわからないやつだ。


――でも、今は最前線で戦ってくれてる……


私は激しい衝突音のする方向へと急いだ。

これが最後になると信じて。




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