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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
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第49話 お前に解るか?




【緋月】


もうすぐ、決着がつく。

そう思うと私ははやる気持ちを抑えられずにいた。

私が負けるかもしれない。私が勝つかもしれない。しかし、勝ったとしても、仲間を失うかもしれない。

それを恐れた私は、本当は区代表を連れていきたくはなかった。だが、各区代表全員が「手伝う」と言った。

国の一大事に黙っていられないという意見で満場一致というわけだ。

「あたしたちじゃ足手まといだって言うの?」と、優輝に怒られてしまった。


――なんか……実の子供じゃないんだけど、親の心境なんだよな……


ラファエルの皆を作って育てていたとき、親というものはこういうものなのかということを考えることが何度もあった。

自分の遺伝子を受け継いでいる子孫はいないが、それでも幼体から成長していく過程を見ていて、親というのは大変だと感じた。


――悪魔細胞の一部適合者を育てるのは本当に大変だったな……


辺りの物は壊すし、5人もいたから全員に目が行き届かないし、かといってシャーロットやれい華に子守をさせるわけにはいかなかった。

メフィストと2人で一生懸命育てた。

成長は早く、言葉の覚えも早かった。教えたことは大体何でも憶えられたけど、それでも長い年月をかけて徐々に解って行くことが、彼らには全部は教えきれなかった。

理沙は特におてんばで困ってしまった。

今になってみれば、全員が良い方向に育っていってくれて良かったと思う。


私は赤紙の面々と初めて会ったときのことを思い出した。

妃澄、達美、佳佑、連一、葉太、園、琉依、優輝、薫…………全員何かしらの精神疾患があった。今もそれと闘っていたり、うまく付き合っていけているようだ。

精神疾患と呼ぶか、それを個性と呼ぶかの違い程度にしか私は感じない。

多数決を取った時に多い方が『普通』という概念になるというだけで、正しい姿なんてものは存在しない。

少数派を奇異の目でみるのは理解できるが、私にとっては私の求める『正常』な人間の方が少ない。

慈愛に満ち、一貫した倫理観を持ち、人間以外も平等に扱い、常に努力家で、必要以上に命を搾取しない、決められた法を守り、法が間違っていると思えばきちんとそれを変えていけるように努力し、勉強熱心で、人を貶めず、他者に依存せず自力ですべての判断をし、しかし自分の為に生き、自分の為に死ぬ。


そんな人間見たことない。


人間は人を貶め、自分に都合のいい倫理観や正義を掲げ、怠惰で、必要以上に命を奪い、バレなければ法を犯し、たとえ間違っていたとしても口では言うが行動はせず、知ろうとすれば何でも知れる状況にあっても知ろうとしない。他者に依存し、誰かのせいにして、誰かのために生きようとするが、結局それは自分の為だってことに気づかず善意を押し付ける。身勝手な死を選び、後悔する。


そんな人間ばかり見てきた。

私もそうだ。長い年月をより『人間』らしくなるように生きてきたつもりだ。自分が人間でないことは否応なしに自覚している。

私が悪い方向に行けば、人類を根絶やしにすることだって不可能ではない。しかし、そうしなかったのはそれでは本当にバケモノになってしまうから。

浅ましく生きている人間は、私にとっては私よりも化け物だと感じることはある。結局、身体の仕組みがどうであれ、心が醜くなればそれはもう『人間』ではない。

それが200年生きてきた私の答えだ。




◆◆◆




【緋月 211年前】


「用もないのについてくるな!」


私はアダムに対して冷たく言い放ち、その小さな身体を思い切り殴った。アダムは顔が削れたがすぐに再生し、表情が全く読めない顔を私に向けてきた。

怒りも何もない、ただその眼には空虚があるだけだ。


「……ちっ…………」


心底イライラしていた。

本当なら顔も見たくなかったし、関わりたくもなかった。

茜が死ぬ原因の大もとになった悪魔。私がこんな身体になった理由の元凶。

私はそれが憎くて仕方がない。


「なんだ? 腹が減ったのか? 人を食べたいのか?」

「……たべたい……へったのか……ひと……」


私の言葉が解らないようで、私が何を言っても反復するだけで、意思の疎通ができなかった。

私はイヴの奇襲後、死んだ母の為の代わりの役や、他の団員をまとめる仕事をしないといけない立場だったが、茜を殺された怨恨で正常な判断が全くできない状態だった。

如月が私の代わりに赤紙をまとめてくれたが、それも長くは続かず、町の人間も赤紙内部も混乱が収まらなかった。

私の化け物の姿を目の当たりにして物怖じしない人は少なく、私に意見をしてくる人はいなかったけれど、私を赤紙から外すという話や雰囲気もあった。


「緋月様、あなたが今必要なのです。どうか赤紙を再建してください」

「私を化け物だと詰った人間どもが、今更私にこびへつらうのか!」


ガシャン!!


血の裁量が制御をなくし、部屋の壁に爪痕を残す。酷く興奮している私にそれでも如月は物怖じしなかった。


「あなたは人間です」

「……《《アレ》》を見てもお前はそう言うのか?」


あのイヴを追い詰めた異形の姿。

到底人間とは呼べなかった。

人間が元になっているというだけで、私はもう人間ではない。

なぜだ。なぜ私が。私である必要があったのか。

私の身体から無数に出ている細胞や血液が硬化したり液状化したりを繰り返していて全く安定していなかった。

いつ殺されるかとも解らないその状況で、如月は臆せず私に向かってきた。


「来るな……! 何をするか解らない……」


来ないでくれ。見ないでくれ。こんな姿。こんな異形の姿。醜い姿……――――


「緋月様……」

「くるな!!」


硬化した細胞と血液がその身体を無数に貫き、引き裂いた。

その感触に私は恐ろしくて顔があげられなかった。自分が何をしているか解らない。


何も聞きたくない。

何も知りたくない。

何もしたくない。

私には何もできないんだ……――――


「緋月様、お顔をあげてください」


如月の声が聞こえて、私は顔を上げた。


――嘘だ、さっき確かに引き裂いた感覚が……


切り裂かれていたのは如月ではなく、アダムの方だった。


――何故……? 如月を庇ったのか?


ぐちゃぐちゃに引き裂かれたアダムを見て私は冷静さを取り戻し、自分の身体に血液を戻した。


「あなたは傷める心を持っているじゃないですか。ならあなたは人間です。誰が何と言おうと、僕はあなたのことを人間だと思います」


飛び散ったアダムはまた再生し、元の姿に戻った。


「……にんげん……ひづき……かなしんでる……ばけものじゃない……」

「お前……言葉……」


話が全くできなかったはずのアダムは私の前にきて、私を見つめた。


――私の血が少し混じって知性がついたとでもいうのか?


「なんで如月を庇ったんだ……そんな情動がお前らにあるっていうのか?」

「ひづき……ははおや……こうやって……かばってた……まちがってた?」


何の話をしているのか、すぐには私は解らなかった。


「イヴ……そとでたとき……ひづきころそうとした……そのとき……ははおや……ひづきかばってた」


私は母の背中の大きな傷を思い出した。

イヴが兄の身体を乗っ取った時、事件があった研究室にこいつがいたことを思い出した。母が私を庇っていたところを見ていたのか。だからってなぜそれをマネするんだ。


「いのち……なくなったら……かなしむ。なのに……なんでころそうとする?」

「…………」


如月はそっと私に上着をかけてくれた。

所かまわず血の裁量を出したせいで、服がボロボロになってしまっていたのを気遣ってくれたのだろう。


「緋月様、あなたはまだ年齢に見合うほど大人ではないのです。理解はできても、感情面がまだまだ未熟ですね。その悪魔のように」


その如月の笑顔は眩しいほどだったのをよく覚えている。




◆◆◆




【緋月 現在】


それから私はなんとか立ち直った。

如月のお陰だ。

智春を見た時は驚いた。まるで如月の生き写しのように似ていたからだ。

横目で智春を確認すると、不安そうな顔をしてまっすぐ前を見つめてる。如月がいつも前を向いていたのと面影が被る。

アダムもそれを覚えていたから、あの時……智春が適合するって言ったとき手を貸したのかもしれない。


――アダム、ごめん。あの時……冷たく当たったこと……


私はずっとそれが胸の内にひっかかったままだった。

どんなに優しい言葉をかけようと、どんなに甘やかそうとも、あのときのことをアダムは忘れたりしないだろう。

謝罪をしようと、あのときぐちゃぐちゃになるほど切り刻んだその痛みや、傷は表面的には治っても、心の傷は簡単に塞がったりしない。

きっとアダムも傷ついたはずだ。

知性はそこまで発達していないまでも、何をされたのかは解ったはずだ。

なんと謝ったらいいのか解らないまま、私はイヴを追いかけ続けながら茜の研究に没頭してそのことは頭の隅に追いやって行ってしまった。

この大切な作戦の間際、やけにそれを強く思い出した。


アダムの方を見ると、いつもどおり何を考えているのか解らない表情で区代表を運んでいる。


「ひづき……ちかくにいる……」


場所は1区の端にあるコンテナ置き場の辺りだ。

この辺りは街灯も多く、暗視スコープを使わずとも目視で見える。暗い場所で戦うのは区代表たちが不利。

こういうときのために赤紙では体術を全員が行えるように訓練してきた。動体視力を鍛える訓練もした。

表向きは手荒い罪人の確保のため、本当は対イヴ戦。

体術でどうこうできるものじゃないけど、全く何もしていないよりも生存確率は上がるだろう。


「そう。じゃあ区代表は全員降りて配置について。戦うことよりもまず生き残ることを考える事。いいね?」


全員が「はい」と返事をした。頼もしい声だと私は感じ、彼らを信じることにした。

アダムは区代表を下ろし終わると、再び私の元に戻ってきた。


「あの……そうこのなか……いる……」


アダムが指をさした先には大きなコンテナがあった。そこの扉は少しだけ開いている。

私は麻酔銃を血の裁量で持ち、構えた。


「智春とれい華は外で待ってて。私とアダムが行く。アダム、武器形態になって」


私の身体にアダムはまとわりついた。私の血の裁量の邪魔にならないように幾重にも鋭い刃を形成する。

何度も、この時のためにアダムと練習してきた。

それを思い出しながら、私はそのコンテナに近づいていく。風向きはこちらが風下。イヴは私たちにまだ気づいていないだろう。


――あと、10メートル……


憎い怨敵が目の前にいると思うと、私の鼓動は早まった。


――あと、8メートル……


母さんの仇……茜の仇……


――あと、5メートル……


お前に解るか?

生まれてからずっとお前を殺す為だけに生きてきた私の憎しみが。


――あと3メートル……


お前に解るか?

200年も茜を生き返らせようと研究する毎日がどれだけ恐ろしいか。


――あと1メートル…………


私はコンテナの扉に指をかけ、引きちぎれんばかりに勢いよく開いた。


バンッ!


コンテナ内の音が反響して大きな音が響き、うるさいほどだった。

光が差し込まないその中でも、私の目にははっきりと見えていた。

そこには白髪の男が1人。

見間違えるはずがない。何度も見た兄の顔。


イヴだ。


私に気づき、立ち上がったがそのときにはもう遅い。

麻酔銃から放たれた針は幾重にもイヴの身体に突き刺さっていた。




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