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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
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第46話 一条の光




【智春 現在】


緋月様が自分の過去を全て話し終えた後、僕らは緋月様の悲しそうな顔の意味を知った。

渉さんは堪えきれなかったのか、うずくまって泣いてしまっていた。肩を寄せている蓮一さんも涙を流して二人で震えている。

僕もいつも見せる緋月様の悲し気な顔を思い出すと胸が痛く、息が詰まる想いだった。僕の視界も涙で歪んでいる。そこにいた区代表たちや王も同じ気持ちだっただろう。

赤紙の区代表たちも何人かすすり泣く声が聞こえた。


「茜が死んでからずっと私は茜を生き返らせることだけを考えて生きてきた。自分でも正気じゃないと思うことは度々ある。でも、どうしても……諦められなかった」

「そんなの……全部俺らが受け止めてやるよ!」

「そうですよ……ひづきさま……うっ……そんなことが……あったなんて……」

「……葉太、蓮一、ありがとう。でも私にはその資格がない……」


ばつの悪そうに、緋月様は顔を背けて水槽の中の彼を見つめる。


「私は……茜が生き返った時に、脅威が及ばない国になるように尽くして生きてきた。もう、私たちは誰からも虐げられないように……。イヴを追いかけているのはもちろん怨恨もあるよ。でも、茜が生き返った時にまたイヴの脅威や、その他の脅威が及ばないようにしたいんだ。だから国がよくなることは、茜の為にしていることだよ。全部……茜の為なんだよ……」


その場にいる全員が言葉を失う中、口を開いたのは光さんだった。


「…………俺のこと、トクベツだって言ったのは嘘だったのかよ……」

「嘘をついたことは1回もないよ……レイのことは特別だと思ってる」

「お前のトクベツってなんなんだよ!?」


光さんは研究室から走って出て行ってしまった。


「…………大事に想っていること、レイには解ってもらえなかったかな」


困ったようにまた緋月様は笑った。

光さんは緋月様のことを慕っているから、緋月様が想う人の話はきっと耐えられなかったのだろう。

僕も、胸がつかえるような気持だった。


「みんな、ごめん。レイを追いかけてくるから」


緋月様は光さんを追いかけて出て行った。みんなが呆然としていると、老人のような声が聞こえてきた。


「皆さま、彼の御方のお気持ちをご理解ください」


アダムの隣にいた小柄の人間ではない生き物は、僕らにそう語りかけてきた。小さな燕尾服を悠々と着ている。手をその小さな胸に当てて、しみじみと彼は語った。


「彼の御方からご紹介に預かりました、わたくしはメフィストと申します。彼の御方に作られし命にございます。30年程、彼の御方のお傍で実験の補佐をしてまいりました」


――緋月様に作られた……


その流暢で知的な話し方はアダムと対照的だった。


「茜様の蘇生について補足いたします。完全適合者である智春様の細胞を培養し、そして茜様へ悪魔細胞とあなた様の細胞を調和させ、実験はもう最終段階にあるのです」

「その人は……生き返るということですか?」

「あとは私の魔術をかけるだけです。そうすれば彼は生き返り、緋月は悲願を遂げます」


魔術と言われて僕は信じられなかったけれど、園さんの頬の傷が治った経緯を号泣している渉さんが補足してくれた。

魔女なんて非現実的なものがこの世にいるということが信じられなかったけれど、達美さんや妃澄さんが何も言わないのを見て「本当なんだ」と感じた。


「なら、どうしてまだ生き返らせないんですか?」

「……ふむ……今、茜様が生き返ってしまわれると、彼の御方の判断を鈍らせてしまいますので。ここ何日もずっと迷っておいでです。何よりも彼の御方が恐れているのは、生き返った茜様が以前の茜様と同じなのかということです。自分をもし忘れてしまっていたらということが恐ろしいのですよ」

「…………」


他の赤紙の面々は全員口を開かなかった。誰一人、緋月様の話をしようとしなかった。

泣いている人も何人もいた。中でも薫さんは号泣していた。園さんは珍しく笑っておらず、厳しい表情を見せていた。

意外だったのは優輝さんが泣いていたことだ。何があっても緋月様のことで泣いたりしないと思っていただけに、僕は驚いた。


「優輝さん、大丈夫ですか?」

「駄目よ……あたし……自分が恥ずかしいわ。緋月に色々あるのは何となく察してたけれど……予想以上だった。あたしがくだらないこと気にしてた間に、緋月は国の顛末を考えていた……完全あたしの敗北よ」

「そうでしょうか……」

「そうよ。あたしがものすごい小さいことでもめてるみたいじゃない」


アダムはなんで全員がそんな顔しているのか解っていない様子で首をかしげている。

涙でぐちゃぐちゃになっている渉さんと、呆然喪失している僕たちは重苦しい扉の前に残された。




◆◆◆




【光】


いつからだったか。緋月に対してドクセンヨクが芽生えたのは。

初めて俺と出会ったときは、よく分からねぇ女だと思ってたし、人間ですらないことに少しのきょうふやケンオカンすら感じていたのに。

緋月に引き取られた後、俺が過去のことを思い出して何度も暴れても、緋月はいつも俺が落ち着くまで俺に向き合ってくれた。けしてぼうりょくてきなしゅだんに出たことなんて一度もなかった。

俺がふつうの人間にしたら死ぬような、刃物を持って暴れた時も緋月はそれすらもキョヨウした。

俺がオヤジにつけられた『光』って名で呼ばれるのを、いやがっていたのをいち早く気付いたのも緋月だ。

付き合いだってほんの少ししかなかったのにそれに気づいた。


「あだ名で呼ぼうか。じゃあ……『レイ』って呼ぶね」

「はぁ? かすりもしてねぇじゃねぇかよ」

「『レイ』っていうのはね、昔の遠い土地の言葉で『一条の光』って意味だよ」

「イチジョウ? なんだそれ」

「あはは、また今度一緒に勉強しようか。レイ」

「おい、かってに決めるなよ!」


そんなやり取りをして、かってに『レイ』と緋月に呼ばれるようになった。最初は変な感じがしたが、緋月に何度もそう呼ばれるたびに、緋月が俺のこと渉と同じでトクベツ扱いしてくれていると感じて嬉しくなったりした。

初めてシットのようなかんじょうをいだいたのは、3区のヨウタが緋月を口説いていたときだったかもしれない。

葉太は大人の色気があり、俺はまだ自分がガキだったことを突きつけられた気がした。なおさら気に入らなかった。


「なぁ、そろそろ俺と寝てもいいんじゃねぇか? 緋月」

「葉太は女とみれば見境がないな。動物区にでも行って野生の雌の動物と添い寝してきてもいいんだよ」

「ひでえこと言うなよ。少なくともお前の連れてるそこのガキよりも上手いぜ? 俺は」

「この子とそういうことをしたことはないよ。無粋な勘繰りも大概にしないと精神病棟で薬物治療させるよ、葉太」

「ふん、どうだか?」


緋月はまるで相手にしていないような態度だったが、葉太が俺を見てニヤニヤ笑っていたのがむかついた。


「おい緋月、ヨウタとどういう関係なんだよ」

「葉太とはただの仕事仲間だよ。嫌いだけど」

「上手いとかなんとかって、なんのことだよ」

「えーと……その…………――――」


今思えば、緋月が口に出すのをいやがった意味が解る。

あの時は何も答えてくれなかった。セックスの上手さがどうとかなんて緋月の口から言えなかったのも、俺の性的ギャクタイを受けていたことに気遣ってできなかったのもある。

他の男がいくら言い寄ってもそれをキョヨウしないことは、安心することでもあるけど、そこまで頑なにあの男のことだけを想っているという証でもあった。


「勝ち目ねぇじゃねぇかよ……」


俺はけんきゅうしつから飛び出して、夢中で走ってきた。9区のとびらの前に座り込んでひざを抱えた。

気持ちがぐちゃぐちゃだ。考えがまとまらない。今までの緋月との思い出が全部ひていされたようなカンカクになった。

少しは俺のこと、見てくれてたと思っていたのに……!


「ボケ緋月……」


つぶやいて数秒後、身体に風を感じた。

それと同時に、俺の大好きな匂いがする。それに、ぬくもりのないホウヨウをされた。俺はひざを抱えたまま顔を上げなかった。

銀色の髪が俺の手にかかったのを、振り払えないまま俺は悪態をつくしかなかった。


「はなせよ、ボケ緋月。どっか行け」

「いやだ」


優しい声だ。

その声に俺は安心する。「どこにも行くな」と、俺は言えない。


「俺の目の前から消えろよ……」


口から出てくる言葉は、俺の気持ちとは正反対のものばかりだった。

それも「いやだ」と、緋月はそういうと思ってた。

それなのに何故か答えがなかなか返ってこない。


「…………私が消えても、レイはちゃんと生きていける?」


緋月にそう言われたシュンカンに感情があふれて、自分ではどうしようもなかった。泣きながら緋月の顔を見た。いつもの困って笑うとき顔だ。


「ふざけんなよ!」


俺は緋月を振り払って、そのまま緋月を押し倒した。


オヤジの顔を思い出す。


オヤジの女の顔を思い出す。


それも全部俺は振り払った。

目の前にいるのは緋月だ。


「ふざけんなよ! 俺は……俺はお前がすべてなんだぞ! こんな風に放り出すなら何で助けたんだよ! 俺のこと何でも知ってんだろ!?」


緋月の服をらんぼうに脱がそうとする。いつも抵抗するのに、緋月はていこうしなかった。


「レイ……ごめん」

「ふざけんな! 黙れよ!!」


女の服のぬがせ方なんてわからなかった俺は、力まかせに緋月の服をたくし上げた。

初めて見る緋月の身体。やけに肌が白く、生きていないような冷たい身体だ。


「え……」


そこには紅く、10センチほどの大きさの宝石のようなものがしんぞうのぶぶんについていて、そこからおぞましいモヨウのある硬いものが出てむすうに身体に巻き付いていた。

まるで呪われているようだった。

初めて見た緋月の身体にヨクジョウするより、俺ははげしいケンオカンを感じた。


「なんだよ……これ……」

「……醜いでしょう? これが私の『核』だよ」


緋月はおもむろに、俺の手を取って自分のその胸にあるカクへと持って行く。

緋月の胸のやわらかさを感じるよりも、そのカクに触れたシュンカンに緋月のカンジョウが俺の中に押し寄せてきた。


怒り、悲しみ、痛み、苦しみ、愛しさ、悔しさ……――――


頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱されて、いしきを失いそうになって俺は緋月の胸から手を振り払った。


「はぁ……はぁ……ぐ……オエェッ……」


俺は緋月の上からどいて、吐くものもないのに俺は吐いた。


「……イヴを殺すために、エネルギーを蓄積させる必要があった。この姿、見せたのはアダムを除いてレイだけだよ。茜にも見せたことない」


俺は緋月の身体をもう一度見た。

緋月のことは何でも受け入れられると思ってた。

でも、緋月が長年いだいていたカンジョウのカタマリが、そのカクにおぞましいもようとなってあられているのかと思うと、そのカンジョウを俺は受け入れられる気がしなかった。


「レイはこんな私を受け入れられるの? 私は……レイに背負わせたくない。レイを大事に想っているから」


俺が何も答えられないでいるのを見て、緋月は服を着直して俺に背を向けて翼を広げた。

去り際に


「やっぱり、打ち明けるべきじゃなかったかな」


と小声で言ったのが聞こえた。

その言葉が、俺に深々と突き刺さった。

初めて緋月に突き放された感覚だった。


俺は動けないまま、緋月の最後の言葉が響いて離れなかった。




◆◆◆




【緋月】


私はふらふらとれい華の部屋に来た。

なんだか気の抜けた感覚だ。自分の中に抑えてきたことのほとんどを打ち明けたためだろうか。

それとも、レイにあんな顔をさせてしまったからだろうか。


――やっぱり、言うべきじゃなかったかな


もう後悔しても後に戻ることは出来ない。


「何? 辛気臭い顔して入ってこないでよ」

「れい華に頼みがあるんだ」

「……嫌だ」


れい華は内容も聞かずに跳ね除けた。それに私は苦笑いをする。


「レイのこと、頼みたい」

「は? 嫌だよ」

「私がいなくなったら、レイが――――」

「自分でやってよ」


冷たい声でれい華は言う。


「勝手なこと言わないで。こんなに好き勝手やっておいて、自分だけいなくなろうっての?」

「あはは、そうだよね。でも、イヴを追い詰めたんだ。私も“身の危険”っていうのを感じてるよ」


私の言葉に、納得できなさそうな表情をしながらも、れい華は興味なさそうに話を戻した。


「そう……行くんでしょ? ラファエルの人らも」

「いや……ラファエルの子たちは連れていかない」

「なんで?」

「うーん……精神科病棟で働いてもらってる方が助かるから……かな」

「情をうつし過ぎなんじゃないの? だってラファエルはイヴと戦う為に3年前に《《作った》》んでしょ?」


そう言われて、ふと彼らのことを思い出す。


「そうだけど……聖也たち……やっと自立してきて、笑顔も多くなってきて……」


水槽にいたとき、初めて言葉を発したとき、初めて歩いたとき、初めて私の名前を呼んでくれた時……――――

イヴと戦うその日の為に戦士として育てようとしたけれど、私はどうしてもできなかった。

母さんが自分にしたことを、私は彼らにできなかった。

無邪気な笑顔を見ていると、自分が恐ろしいことをしようとしたと後悔の念が募る。精神疾患者からのクローンなだけあって、全員が精神的な問題を抱えている。それに苦しんでいる姿を見ると、心が痛んだ。


「私のときみたいに失敗しなかったってこと?」

「れい華のこと失敗したなんて思ってないよ。むしろ、連れていってもいいと思えるほど強いんだから」

「はぁ……そう。まぁ……私も『黒の教典』が読めて心残りはないよ。イヴとの決着つけて、私は安息を得る」


得意げにれい華はそう言った。相変わらず自信家であり、虚勢を張るのが得意らしい。


「嘘だね。心残りあるでしょ?」

「…………いや……解らないからさ。解ったら、そう感じるんだろうけど」

「解らないんじゃなくて、解りたくないんだと思うけど」

「……そうかもね。緋月や水鳥麗を見ていると……愛情って恐ろしいなって思うよ。どこまでも人を狂気に追いやってしまう」


私は、彼女の言葉に非常に違和感を覚えた。

それを指摘するべきかどうか悩んだが、私は少しの間を置いてからそれを口に出した。


「…………そろそろ、偽名を名乗るのを辞めてもいいんじゃない?」


その言葉に、彼女は私からいつものように目を逸らした。


「自分のことを、他人のように言うのはよくないよ。水鳥麗」


彼女は弱く笑って


「その名前は捨てたって言ったでしょ」


そう言った。




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