第43話 アダムとイヴ
【緋月】
ベッドに横になったのなんて、何十年ぶりか解らなかった。ベッドなんて捨ててしまおうかとすら思っていたほどだ。
――まさか役立つ日が来るとはな……
身体がほぼ動かなかった。こんなに身体が思い通りにならないのは久しぶりだ。
おそらくあと2本、3本あの毒を打たれていたら本当に死んでいたかもしれない。
――おかしいな、私、死にたかったはずなのに……
あの時、レイとわ子が入ってきた瞬間、ぐちゃぐちゃの身体をまき散らしながらまたイヴは逃げてしまった。イヴはまだ生きている。だからまだ私は死ぬわけにはいかない。
1本全て注射したのに、イヴは多少解毒方法の心得があったのだろう。私は数ミリリットルで動けなくなっているというのに、しぶといやつだ。
私のベッドの横には赤紙上層部の人間の人だかりができていた。各区代表、わ子、レイ、王と王付きの者たち。
智春の姿がないことだけが心残りに思う。
「緋月、どういうことなのか話してもらうぞ! 王も来ているからな!」
「待ってください、緋月様は今重症なのですよ!」
私は頭だけなんとか動かして、達美と王の方を見た。怒っているというよりも、心配そうな顔をしていた。
「緋月、大丈夫なのか?」
「ヤス……ははは、みっともないとこ見せちゃったね」
「緋月が無事でよかった」
国の王である保徳はやわらかく笑った。王族の豪奢な衣服と、紅いマントに白いファーがついていて、宝石の散りばめられた金の王冠をかぶっている。
如何にもおとぎ話に出てくるような王の格好だ。
「事の重大さに急に精神的に具合が悪くなったなどと言いだすまいな!?」
「緋月様はそのようなお方ではありません! 達美様、言葉が過ぎますよ!」
達美とわ子が言い争いを始めるのを制止させたいのに、一挙一動がものすごく辛く、それをするのは叶わなかった。
私の部屋のベッドの周りには、ベッドを囲う様に全員が私の方を心配そうに見ている。まるで自分が重症の死に際の老人のようだと思った。
――事実、見た目を差し置けば重症の老人なのだろうが……
「いいよ、わ子。話すから……身体は起こせないからこのままで失礼するけど……」
「黒旗の教祖がお前だという話と、あの場で何が起こったか、きっちり話してもらうぞ」
「ちゃんと話すよ、達美。ごめんね」
これを話すには、途方もなく昔から話さなければならない。
「解りやすいように、一番始まりのことの始まりから話すね。長くなるけど、全部関係あるところだから聞いていて……」
私はあまり思い出したくないけれど、昔のことを思い出しながら話し出した。
「…………私は、記憶もない程小さい頃に母に悪魔細胞との適合をさせられた。でも、それには事情があるから別に恨んでなんかいない。まぁ時々、本当にどうしようもなくなったときは“どうして私が”って思うことはあるけど」
その事柄について私は苦笑いもできなかった。
本当に途方もない昔の話だから、ここから黒旗へ繋げていくのには大変だと感じた。
「実はずっと隠し続けてきたけど、アダムとは別に悪魔が一匹いて、ずっとそいつを追っているんだ。それが『イヴ』っていうの」
「イヴ?」
「200年も前からずっと、人を無差別に食らってこの世に混乱と絶望をもたらした。今まで何万人もおそらく犠牲になっている。イヴを始末するために私はイヴと同じ化け物になった」
「それはおとぎ話というか……絵本のお話でしたよね。しかも話の中で緋月様はそれを倒したって……」
わ子が切迫した表情で私の顔を見てくる。
「あの話はね……本当にあったことが書かれている絵本なんだよ。あの話では倒したことになっているけど、実際にはとどめを刺しそこなって逃したんだ。それを私たちと先代は隠した。国民がお互いを疑心暗鬼になって殺し合いを始めたら大変だからね……」
もうそれを知っている人間は全員死んでしまったけれど、私はそのときのことをよく覚えている。
相当な苦肉の策だった。
それからこんなに時間が経ってしまうとは思わなかったけれど、時間は無情に過ぎて200年という月日が経ってしまった。
「どういうことだよ。そんなでかいのがいたらすぐ分かんだろ? 見たことねぇぞ」
葉太も真面目に話を聞いているのか、私の話を珍しく茶化さなかった。
「悪魔細胞が、自在に細胞を変化させられるのは知っているよね? 人間に成りすまして水面下で活動をしていたんだよ。色々な人間に姿を変えて……だから長年解らなかった。無実の人間を殺すわけにはいかないから……怪しいと思っても確信が持てなかった」
「だからあの時に光さんの姿になって、緋月様を油断させて殺そうとしたんですね」
園が口元に手を当てて私に聞いてくる。この状況でさえ園は不敵な笑みを浮かべていた。私が黒旗でレイの姿をしたイヴを刺したときは珍しく驚いた顔をしていたのに、可愛くない奴だと私は感じる。
「俺に?」
「そうだね。いつか私の近い人に成り代わってくることは警戒していた」
イヴに対する警戒から、私は長年側近をつけなかった。けれど、いつになってもイヴは姿を現さない。痺れを切らしたのは私が先だ。側近をつければ、側近に成り代わって私に近づいてくると踏んだ。
そういう目的もあって側近をつけるようになったとは、さすがにこの場では口にできなかった。
「昔は誰も寄せ付けなかったんだけどね、私はなるべく多くの人と深く関わって色々なことを知って関係を築いてきた。私とその人しか知らないことを増やせば成り代わられても解ると思ったから。それに、精神疾患がある子はその病状において嘘がつけない。それが成り代われたとしても、演技では補填できない。赤紙の上位者を選別するときに、何かしらの精神疾患があることを暗に条件にしていたのはその為なの」
だからわざと精神疾患者をそばに置くことにした。沢山の患者を診てきたが、演技でできるものではない。
それを聞いた全員が複雑な心境になっただろう。しかし、これ以上騙すわけにはいかない。
この中にはイヴはいない。その確信があるから私は話せる。
「園、正直君を結構疑っていた。実際に私に注射器を向けた時はそうかと思ったけど……」
私がそう口にした瞬間、レイが園にすぐさまつかみかかった。
「てめぇ……緋月に何しようとしてんだよ。今すぐ殺してやろうか!?」
「ごめんごめん、どうなるのか、ちょっとやってみたかったんだよ」
「どうなるかって……死んだらどうするつもりなんだよ!? このボケ!! ごめんですむか!!」
「それは試してみないと解らないでしょう?」
「てめぇええええっ!!!」
レイが今にも園を殺さんばかりの勢いだけれど、どれだけすごまれても園はヘラヘラと笑っていた。他の赤紙の面々も、信じられないようなものを見るような目で園を見た。
「レイ、落ち着いて。大丈夫だから」
「けどよ!?」
「園はそういう人だと知っていたから。先天的サイコパス……サディズム。でも、それを責めたりしないでほしい。園はそういうやつなんだ。良心が欠如していて性癖が歪んでいても、善悪の判断はできている」
私はなんとか首の向きを動かして、園の方を見た。
「お前の他の罪については、問わない。おかげでイヴの動きもなんとなく伝わってきてたから不問にする」
「ふふふ、そこまで解ってるなんて、流石ですね」
「なんだよ、コイツの他の罪って」
それを言うべきかどうか私は悩んだ。
明かせば、園は明らかに死刑にされてもおかしくない罪を犯していた。
「あんまり、言いたくないんだけど……」
「なんだよ、言えよ。もうお前を殺そうとした以上のことで俺も怒ったりしねぇよ」
「そう? じゃあ言うけど……知らなかったとはいえ、片割れの悪魔と黒旗の連絡係をしていた……よね? 推測だけど」
「ばれていましたか」
園が平気な顔をして言うと、レイは思い切り園を殴った。他の面々も園を拘束しようと動こうとする。
「やっぱり今ぶっ殺してやる!!」
――ほらね……だから言いたくなかったのに
レイは園に馬乗りになって更に殴ろうとしていた。わ子がそれをギリギリとめる。
園は抵抗しようと思えばできるだろうが、あえてそうしないようだった。
「放せよ渉! こういうやつをぶっ殺す為に俺らには殺しのケンゲンがあるんだろうが……!!」
「緋月様が不問にするとおっしゃっているのです! 落ち着きなさい!」
「これはもう赤紙に対する反逆罪では済まないぞ!」
達美も声を荒げると園を掴みあげて拳を振りぬいた。骨と骨がぶつかる鈍い音がして、とても痛そうだったけれど園はこんなときでも笑っている様子だった。
「達美、手を大事にしなさいって言ってるでしょ?」
「お前もふざけている場合か!?」
私が達美の手の方を気にしたことに、園は不敵な笑みを浮かべた。妃澄も他の面々も鬼のような形相をしているにも関わらず、園は気にしている様子もない。
殴られたときに口の中を切ったのか、血の付いた舌でペロリと唇を舐めて赤く染まる。
「レイも達美も園から離れて」
私の呼びかけに、レイは乱暴に園から手を離した。達美も殴った手を握り、相当に険しい顔をしている。
「二度と緋月に近づくな。変態野郎が」
「ふふふ、そんなに怒らないでくださいよ」
私は園の件で皆が納得していないのを肌で感じながらも、話を再開した。
「イヴが絡んでそうな不審な失踪事件を追いかけまわしても、結局姿かたちを変えられて、成り変わられたら私とアダムには判別ができなかった。片端から犯罪者を断罪するのは、イヴを追い詰めたかったから……この国の体制の全てはイヴを殺すために作り上げた……独裁と言われようとも」
厳しい罰も身を裂くようなつらい処刑も、私は何度もしてきた。
「これがイヴであるように」と何度も祈ったけれど、イヴであるわけがなかった。
全ての人に厳しい監視をしたけれど、イヴは狡猾で尻尾を容易には掴ませず、結局こういう形になってしまった……。
「そのイヴという悪魔は……殺せるものなのですか?」
妃澄が不安げに私に聞いてくる。
「正直、神経毒を注入してバラバラにすれば死ぬと思っていたんだけれど……あの程度では死なないという事だけは解った。イヴが作っていた神経毒では無理だったけど、私が長年研究してきたものを試してみようと思う。あとはアダムに食べさせるという方法があるけど、試したことはない……何にしても、手探り状態って感じかな」
「逃したということは、再び見失ったということですか?」
蓮一も心配そうに私の方を見てくる。
長い髪がサラサラと揺れているのを見ると、以前よりもずっと可愛くなっている印象を受けた。ぼんやりとそんなことを考える。
「いや……私とアダムの血の裁量がイヴの体内に入った。アダムがその匂いを嗅ぎ分けられる。それをイヴが体外に排除しきるまでがリミットだ。もうこれ以上逃がすわけにはいかない……私が動けるようになったらすぐに追わないと……」
「なら俺たちだけで十分だろ。場所がわかるなら殺しに行こうぜそんなやつ。アダムがいればいいんだろ?」
レイが得意げにみんなに向かってそういった。「そうだ」という意見もあがれば「危険だ」という声もあがる。
「駄目だよ……神経毒の作用で、悪魔細胞の働きは確実に弱体化しているとはいえ、あいつも私やアダムと同じ……普通の人間が太刀打ちできる相手じゃない。弱っていると自覚がある今、追い詰めたらなおさら危険だよ」
「そんなやつが今、街にいるなら危険なのではないですか?」
「佳佑が言う通りだぜ、そんなの放っておいたら大変なことになる」
佳佑と葉太の言葉に全員が同意するように首肯した。
「悔しいけどあいつは賢い。自分もろくに動けない上に、今騒動を大っぴらに起こしたら即座に居場所がばれることくらい解っている。そうなったらすぐさまアダムを差し向けられることもね……」
もうずいぶん長い付き合いだ。敵のことを信じるなんておかしな感覚だけれど、あいつは騒動を起こさずに解毒に専念するだろう。
「それでも、人が犠牲になる可能性があるなら、向かわせるべきではないですか?」
「蓮一の言う通りではある……でも、アダムは私と一緒じゃないと真価を発揮しないんだよ。アダムの知性や情緒面が未熟なのは見てわかると思うけど、イヴに嵌められるとアダムは勝てない。だから私と一緒じゃないといけない。アダムと私じゃないと……」
長い間通じ合ってきた私たちでないと、成し遂げられないと私は確信していた。
「国の外に逃げる可能性はないのですか? 海に逃げ込まれたら……」
「それはないな……私たちの悪魔細胞は非情に重く、水に浮かぶことができないんだ。海に逃げるっていうのは無理だよ。それに、アダムによると、まだそう遠くへ行っていないらしい」
「うん……1く……あっちのほう……」
アダムは1区の方角をぼんやりと指した。
今すぐ向かいたいが、この状態では満足に戦えない。イヴが劇的に動いたら私も寝ている場合ではないけれど、今は首を横に向けるのもやっとな状態だ。
「で、あんたはいつ動けるようになるのよ?」
イライラしたように優輝が私に言う。
優輝は私のこと嫌いなはずのに、なんだかんだ私のことを心配している様だった。
「……解らない。できるだけ早く動けるようになるように努力する」
「緋月様、無理なさらない方が……」
佳佑が私の手を取って、その綺麗な顔を向けてくる。
佳佑がやけに立派になったように感じる。精神病棟で見かけた時よりもずっと血色がよく見えた。
「黒旗の騒動は私のせいだし……のんびりしていられないよ」
「緋月様が黒旗の教祖だというのは、本当なのですか? 雪尋様の妄言ではないのですか……?」
わ子の問いは全員が疑問に思った事だろう。
私が黒旗の教祖だと、錯乱した雪尋が言っていただけだ。その言葉に、全員が疑問を持ちながらも私の肯定で全員凍り付いた。
今もまだ信じられないのだろう。
「……黒旗って私が作った組織なんだよね。私が姿を変えて、赤紙に反発する勢力をわざと作ったんだよ」
「なぜ……ですか?」
「ここでイヴに繋がるんだけど、赤紙の反対勢力を作れば、イヴはそれにあやかろうとするはずだと思った。私やアダムに無謀に仕掛けることはしない様子だったから。戦争となれば、あいつは必ずその好機を逃すはずないって。案の定、あいつは見事に引っかかった」
「緋月様が出かけると言っていたのは、教祖を演じる為だったということですか?」
「そうだよ、わ子。私はときどきアダムと交代で教祖をしに行った。アダムはあまり話せないから、病弱であまり話せないって言う設定でね。黒旗は赤紙の被害者感情を煽り、緋月を殺すという過激な思想を刷り込んでいった。イヴをおびき寄せる為」
「流石は緋月様! 感服いたします! 私もその完璧な作戦、参加させてください!!」
皆、呆気に取られていたけど、薫と園だけは笑っているのが見えた。
相変わらず変な奴だ。園とは違い、悪意を感じないのが薫のいいところだとは思うけれど。
「じゃあお前も姿を変えて怪しい奴に、片っぱしからカマかけたらもっと早かったんじゃねぇのか?」
「それは怪しいものだと思う。アダムは視覚情報は弱いけれど、匂いやその生き物の個体の生命反応で誰か判別できる。だからイヴにも私がいくら姿を変えてもバレてしまう」
「なら、緋月様が教祖だということもばれていたのではないですか?」
「それをばれないように、謁見室では悪魔細胞の活動を鈍らせる香を焚いていたんだよ。正直私もあれはきつかったな……アダムもあれは嫌だったよね。黒旗の近くに行くのも嫌がってたし。病気のフリじゃなくて本当にむせるときあったから」
アダムは行くのを本当に嫌がっていたけれど、イヴを倒す目的のために行ってくれていた。
――それもこれも、このときの為……
私はベッドの上で首ひとつまともに動かせない自分に苛立った。
「長い間……イヴを探してきた。このときのために睡眠ガスの導入も早くしてもらった。間に合ってよかったよ。騒動になっても怪我人が最小限で済んだと思う……。これは長い長い仕込みだったんだ。沢山の人を巻き添えにしてしまった。それに、赤紙に反感を持っている人間を弄ぶ形になってしまったし……国を私物化した罪は、例えようもないほど重いと思ってる」
今まで、心が痛まなかったことなんて一度もない。
いつも赤紙の非情なやり方について、考えさせられてきた。罪人にことごとく厳しい処置をとってきた。罪を犯す人も、また別の罪に苛まれていたのに。私はそれをずっとないがしろにしてきてしまった。
そうせざるをえなかった。
もちろん、この騒動の落とし前をつけなければいけないし、その先も考えていかないといけない。
「緋月様、どうして私が手引きしていたと解ったのか、教えていただけませんか?」
園が懲りずに、私にどうしようもない質問をしてくる。ほぼ全員が園をにらみつけていた。
「……洗礼の儀式に使う液体を園が持ってきたでしょ? フード被っているだけだったし、マスクしてても声で丸わかりだよ」
「フードの男って、お前のことだったのかよ!」
「おやおや、全部掌の上ということでしたか。ふふふ」
「あれがただの液体じゃなくて、悪魔細胞の含まれている液体だってことは解っていた。さしずめ、イヴがもっといい適合者を探すのに使うんだろうなって思って、あえてそれを採用して使っていたから。あぁいう宗教って怪しげな超能力みたいなのがあると、より信憑性も増すしね。それはイヴの案に乗ってやったってわけよ」
あんなに露骨な手段を良く使おうと思ったものだと感じたけれど、私はあくまで知らないふりをした。
「では、智春君は完全適合者だと解ったうえで行かせ、エサにしたということでしょうか?」
言いづらいことを聞いてくるなと私は目を泳がせた。本当に園は嫌な男だ。
「……それはある。あれだけ完全に適合している人間は見たことがないし、その後に園がやたらに智春君にご執心なのも解っていた。イヴに手引きするように言われていたんでしょ?」
園は何も言わずにニコニコと笑っていた。今にも誰かが園を殺してしまいそうな空気を私は感じる。
「園のこと、責めないであげて。全部想定内だよ」
そこまで話し終えて、少し私は話し疲れてきた。
私は大して動かない身体をなんとか動かして、ベッドから崩れ落ちるように出た。
物凄く身体が重い。まるで重力が十倍にでもなったかのようだった。
「緋月様、まだ動かれては……」
わ子が真っ先に駆け寄ってきて私の身体を支える。その中、必死に私は這い蹲って痺れる身体を懸命に動かして身体を起こした。
「みんな……私がしたことは、許されることじゃない。利己的な理由で国の反対勢力を作り、此度の混乱と大騒動を引き越した。園の罪も解っていながら、自分の目的を達成させるために容認していた責任は私にある。だから……私の処分はみんなに任せる。しかし」
わ子から腕を離し、正座する。
「イヴを排除するまで……力を貸してくれ……いかなる罰も覚悟の上だ……」
私はそのまま手を床につけ頭を下げた。額が床につく。髪の毛がばさりと床についたのを感じた。
「緋月様! そのようなことをされてはいけません!」
わ子が私に頭を上げさせようとするが、私は頭を上げられなかった。返事がもらえるまで私は頭を上げるわけにはいかない。
皆、黙っている。
――そうだよな、私が頭を下げたところで許されることじゃない
国を利用した反逆罪だ。死をもって償うことすらできない私に、どんな言葉をかけていいのか皆解らないのだろう。
私がずっと頭を下げていると、達美が話し始めた。
「…………ふん、お前に言われずとも、そんな危険な存在は早く排除しなければなるまい」
「そうですよ。それに処分だなんて……緋月様がいてくれたから皆ここまで頑張れてきたんです。黒旗を肯定するわけじゃないですけど、心のよりどころは何にしても必要でした。だから緋月様は黒旗を解体しないのだと思っていましたから」
「佳佑の言う通りです。緋月様は“赤紙への不満を黒旗という媒体を通して少しでも心が救われたらいい”っておっしゃってたじゃないですか」
「ふん……黒旗にはあたしも手を焼いたこともあったし、あんたが教祖だって知って尚更むかついたけど……今思うと赤紙を恨んでいる以外は……慈善事業をしていたのはいい教えだったと思うし……」
それぞれが口々に意見を述べるが、誰一人として私を責めようという人はいなかった。私のことが大嫌いなはずの優輝ですら、私を責めない。
「王様、お願いです。緋月様をお許しください」
わ子が私の隣で頭を下げる。
「けっ……俺からも頼んでやる」
レイははにかみながらそう言った。
私はみんなの温かい言葉に泣きそうになった。
私はずっとイヴを倒すことばかりを考えていたけれど、みんなと出逢えてよかった。心の底からそう感じ、私は手が震えた。
私のその様子を見て、王は私に静かに語りかける。
「それでは緋月、此度の騒動が解決した後に罰として……」
王の言葉に私は息をのんだ。
どんな処遇でも受けるつもりだった。私は覚悟をして目を閉じる。
「……お前に罰として、たまには私の話し相手をすることを命ずる」
王のその言葉を聞いて、私は堪えられなかった。
今までも何度も泣きそうになったけど、こらえきれずに私は思わず涙を落した。私は絨毯をきつく握りしめる。
――なんだよ、罰として話し相手って……そんなのずるいじゃないか……
「ありがとう……みんな……本当に……」
声が震えた。
泣き顔を見せないように私は尚更頭を上げられなかった。
「緋月……お前まさか泣いてんのか?」
「泣いて……ない……」
「じゃあ顔上げてみろよ」
「今は無理……」
私はその後、涙が止まるまで顔をあげられなかった。




