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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
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第40話 お前など生まれてこなければよかった




【れい華の部屋】


「…………」


『黒の教典』を持って、何度も何度も綴られている文字列をれい華は目を通していた。

水鳥麗の文字は、綺麗とは言えないが神経質な字をしていた。小さい文字でびっしりと書かれている。

『黒の教典』は紙が老朽化し、乱暴にめくるとやぶれてしまう。それでれい華は何ページを破ってしまった。


「具合はどう? 私の方はまぁまぁかな」

「冬眞の裁判の日、必ず行くから」

「この前ね、庭で育ててた薔薇の剪定をしたんだよ」


とりとめないのない話をしている部分もあれば、重々しい話をしている部分もあった。

れい華は無表情でその文を目で追う。文字が大きかった部分が途中から小さくなったりしているところを見て「情緒が不安定だな」と考えながら破らないように1ページずつめくっていく。


「無罪になるべきだと思ってる」

「無罪になったら、一緒にいろんな場所へ行こう」

「行きたい場所、考えておいてね」


――現実的じゃないってことくらい、解ってたはず……


パタリと『黒の教典』を閉じて、ベッドの脇にある山積みの本の上に置いた。すると、扉をノックする音が部屋に響く。


「私。入っていい?」

「…………いいよ」


その声で、誰なのかはすぐにわかった。というよりも「私」などと言ってれい華の部屋に訪ねてくるのは一人しかしない。

中に入ってきた緋月とれい華の目が合うと、妙な緊張が互いの間あった。


「そこまで派手にやるとは思わなかったよ。窃盗はまずいんじゃないかな」

「窃盗じゃないよ」

「……うーん」

「そう思うなら、処刑すればいい。あぁ……でもギロチンは趣味じゃないな。痛そうだし」

「あのね……趣味じゃないとか、どうとかって問題じゃないでしょ」


緋月がベッドの隣の椅子に座って脚を組み、頬杖をついた。れい華はベッドの上で胡坐あぐらをかいて、緋月の方へと向き合う。


「……それで、れい華はもちろん手を貸してくれるでしょう?」

「それを最後にしてくれるなら」

「最後にするよ。約束だ。『黒の教典』を読んで、どうかな?」

「…………まぁ、考える部分はたくさんあるよ」

「そう……」


微笑みながら緋月は『黒の教典』を見る。れい華が薬指をカリカリとひっかくと、それを見て緋月は口を開く。


「指輪、しないのかい? 以前はつけていたんでしょう」

「私がつけていた指輪、割れちゃったから」

「新しいのはつけないの?」

「つけないよ。指輪がしたいわけじゃないし……ていうか、早く事を進めたいんだけど。いつになるの?」

「そうだね……1週間以内ってところかな」

「早くしてほしいんだけど」


れい華が急かすと「まぁまぁ」と緋月は宥めた。呆れたようにため息をつきながられい華は手をはためかせる。


「さっさと行って。私の処分は事の後ってことでいいでしょ」

「処分だなんて、人聞きが悪いなぁ」


立ち上がった緋月は髪を払いながら、れい華に背を向けて扉へと足を運ぶ。

見慣れたその後姿をれい華は黙って見送った。振り返ることなく閉じられたその扉の残光が目に焼き付き、何度かれい華は瞬きをした。


「…………1週間か……」


ベッドに身体を投げ出し、見慣れた天井を仰ぎながら自分の左手を掲げる。

薄闇にぼんやりと見える自分の左手の輪郭を目で追いながら、れい華は静かに目を閉じた。




◆◆◆




僕は、父さんの記録を見るために書庫を訪れた。書庫は独特のにおいがする。どことなく埃っぽいというか、古い紙の匂いがするというか、馴染みのない匂いだ。


――緋月様、部屋に戻っているかな……父さんのことは個人的な事だし、戻った方がいいかな


そう考えながらも、僕は書庫へ着いてしまった。

書庫は膨大な量の書類を保管している。本棚は数えきれないほどあり、そのすべてが書類でぎっしり埋まっている。

埃をかぶっているものから、新しいものまで整然と厳重な警備の棚の中に並べられていた。分厚い硝子のケースに重々しい鍵がついている。

書庫には人がおらず、カウンターの中に女性が一人いるだけで静まり返っていた。


――本当に管理などできているのだろうか? 受付の女性も一人しかいないし……


どうやら罪人の情報は電子データとして保管せず全部紙で保管し、その人が死亡をすると破棄されるらしい。精神科のカルテと同様に流出することを恐れてのことだ。

恐る恐る僕は受付の女性に話しかけた。


「すみません、記録が見たいのですが……どうしたらいいでしょうか」

「はい。身分証の提示をおねがいします」


僕が自分の身分証を見せると、受付の女性は僕の顔を見た。


「……緋月様のところの……」


理沙さんに少し傾向が似ている服を着ていて、頭にベレー帽を被っている。小柄で可愛らしい。髪の毛は軟らかそうでうねっているのが印象的だ。こう言っては失礼なのだろうが、まだ子供のように見える。

受付の中に大量の本が置いてあり、僕が声をかけるまで本を読んでいたようだ。ジャンルはバラバラで、辞書のようなものから堅苦しい本、童話まで様々だった。


麻耶まやも緋月様のところのです」


そう言った彼女は、背中から蝶の羽のような色鮮やかな翼を広げた。僕は驚いて何度か瞬きをしてその羽をみた。


「えへへー、どうですか? ちょうちょの羽。飛べるですよ」

「麻耶さん……は、ラファエルなんですか?」

「そうですよー。記録の保管係をしてるです。ところで、誰の記録が見たいんですか?」

「えっと……亮太です。僕の父の」

「はい、少し待っててください」


特にパソコンを使用するでもなく、真っすぐに大量の書類の保管されている書庫の森に消えていって、そして一束の書類を抜き取ってすぐに戻ってきた。

薄いファイルに数枚程度紙が綴じてある。


「これですかねぇ?」


表紙を見ると、父さんの顔写真があったので間違いはないと僕は思った。

どうしてすぐに解ったのだろうか。この膨大な量の書類の位置を正確に覚えている訳でもないだろうに。五十音順で並んでいるにしても、父さんの名前は別に珍しい名前ではない。

不思議に思いながらも、僕はそれについて彼女に尋ねることはなかった。


「ありがとう。確か持ち出し禁止でしたよね?」

「はい、なのであそこに机と椅子があるのでそこで読んでください」

「わかりました」


麻耶さんはニコリと微笑むと、背中の羽をしまった。

彼女は会釈すると僕から視線を外し、手元にあった本をパラパラとめくって読み始めた。パラパラめくってはすぐに閉じて別の本をまたパラパラとめくるという作業を繰り返している。


――なんか、不思議な感じの人だな……


僕は記録を持って空いている椅子に腰かけて、父さんの記録を開いて読み始めた。


『1160年 卯の月 第四の日生誕 亮太りょうたの記録。

罪状は『間接的殺人罪』『不倫罪』『暴行未遂』『公務執行妨害』『詐欺』


生い立ち:子供区02にて幼少期を過ごす。両親は母が4区。父は亮太出生後、五か月程度で4区から暴行罪にて8区へ移動。あまり両親が本人に面会希望することもなく、あまり会うことはなく育つ。面会をよくしている他の子供に対する嫉妬心を強く抱くようになったと供述。

学業における成績は普通。体育では平均よりも良い成績を出していた。

子供区から卒業後、父や母へ面会に行くが、あまりまともな精神状態ではない父親は亮太に対し「お前など生まれてこなければよかった」「おまえのせいだ」等とまくし立てたよう。亮太自身の解釈としては「自分が生まれて母の愛情が自分に向かなくなったことによって、母に暴力をふるったのではないかと」供述している。

仕事を始め、やはり子供区01を出た人間との差を影で感じるようになる。勿論具体的な差別を受けることはないが、なんとなく自分が浮いているような気がしたと。

そんな中、妻である佳苗(故)(かなえ)に出会い、優しさに惹かれ結婚。子供を二人もうける。智春ともはる雪尋ゆきひろである。子供をかわいがったが、徐々に自分の生い立ちと比較をするようになり、自己嫌悪や劣等感を感じるようになる。子供区01の出の佳苗と心の距離を感じるようになり、そんな中、違法な風俗店の亜紀あきと出逢う。

子供区02の出身の亜紀と意気投合し、やがて彼女に貢ぐ金を捻出するために、佳苗の名義でも金を借りるようになった。

そして佳苗が過労死し、智春が自殺をはかり本件発覚。1200年 卯の月 第八の日 7区へ移動となった』


記録はここまでで途絶えていた。

僕はそれを読み終えて何とも言えない気持ちになった。ファイルを閉じて表紙に貼ってある父さんの顔写真を見て、再び目頭が熱くなる。


――やっぱり……ただ、ただ父さんが悪い訳じゃなかった……


気持ちの行き場のない感情が込み上げてくる。


――どうして……どうして……こんなことになってしまったんだろう。何が悪かったんだ……父さんが7区に移動して戻らないことで、その負の連鎖は止まるのだろうか……?


僕は何が明確な『悪』なのか、見失ってしまったような気がした。ここ連日、黒旗関連のことでナーバスになっていたけれど、父さんに会って、記録を見て、解らなくなってしまった。

恐らく、父さんの両親の記録を見たら、やはりその人たちがすべて悪いと思えない記録が残っているのだろう。

それでも、罪をおかさないように生きている人たちは『弱者』なんだと、緋月様の悲し気な顔を思い出す。

弱者を護るためには、厳しい罰が必要なんだという思いもあるし、罪を寛容に認めることも必要なのではないかという複雑な気持ちだった。

僕はしばらくその書面を握りしめて動けなかった。




◆◆◆




【黒旗 教祖の接見室】


あの騒動から3日、黒旗の幹部は接見の間に全員集まっていた。

それなりに広い部屋であるはずなのに、30人程度の人が中にいると少し狭く感じる。全員が物々しい恰好をしているからだろう。全員が武装していて、その中に雪尋もいた。

禁止されている刃渡りの長い刃物や、ボウガン、弓矢、ナイフ等その武器は様々だ。それに加えて催涙ガスや、身体を一時的に麻痺させる兵器もある。


「明日……指示した通り、配置につけ……心してかかるのだ……」


雉夫のその一言で、その場にいた全員が雉夫に敬礼をした。


「明日の正午、赤紙を襲撃する。心しておくように」

「はっ!」

「雪尋、残りなさい」


雪尋以外の全員が部屋の外に出て行った。

雉夫と雪尋だけになった接見室は静まりかえり、いつもの怪しげな雰囲気だけが漂う。


「雪尋……お前には荷が重いか?」

「いえ、確実に仕留めて見せます」


雪尋は言っていることとは裏腹に、緊張と恐怖で手が震えていた。


「……すまないな」

「そんな! 俺の意思でやるのですから!」

「兄と対立してでもか? もう……たった一人の家族なのであろう……」


雪尋は握っている拳を更に強く握った。爪が掌に食い込み、痛いほどだったが雪尋はなおも強く拳を握り続けた。

智春のことを考えると無性に苛立ち、悔しい気持ちが込み上げてきた。


「それは、覚悟の上です」

「…………私にも兄弟がいてな……もう死んでしまったが、対立したことに対して、後悔している」


雉夫が弱々しい声で雪尋に語りかけた。後悔していると言った雉夫は悲しげな眼をして雪尋を見つめる。


「兄弟というのは……たとえ憎み合う関係になったとしても、最後の最期まで縁の切ることのできない存在なのだ……それをよく覚えておきなさい」

「……はい。雉夫様」


力ない雪尋の声の中には僅かな迷いがあったことは、雪尋自身も気づかなかった。




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