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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
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第35話 今日はおおめに見てあげようかな




妃澄さんのヴァイオリンを全員が清聴していた。

その姿は緋月様と並んでも見劣りしないほど美しいと僕は感じる。当時は天才ヴァイオリニストと呼ばれた彼は、ライトを当てられると僕と違って眩しいほどに輝いていた。

妃澄さんが演奏し終えた時、緋月様は本当に嬉しそうだった。

その笑顔が見られて嬉しかった半面、僕はその笑顔を自分が作れなかったことが残念に思う。


「おい、なんなんだよこれ?」


光さんが小声で僕にそう尋ねてくる。

いまだに急に妃澄さんに連れ去られたことに対して何が起こったのか解らないようで、料理をほおばりながら疑問符を浮かべていた。


「緋月様を元気づける為に、各人に僕からお願いしました」

「緋月を? 俺は頼まれてねぇ」

「えっと……最後のオオトリでお願いしようかと思ってました」

「オオトリ? 俺はニワトリじゃねぇぞ」


確かに髪型は鳥っぽいと思う部分もあるけれど。そうではなくて。


「えっと……最後の一番大切なところを光さんにお願いしようとしていたんですけど、先に妃澄さんに越されてしまいましたので」

「つか、俺なんも用意してねぇんだが……」

「アクロバットが得意だと伺いましたが、どうでしょう?」

「宙返りとかか? ヒズミの後じゃ地味すぎね?」

「お気持ちの問題です。どんなことでも緋月様なら喜んでくれますよ」

「そんなもんか……?」


本当は話すのが先延ばしになってしまったとは言えなかった。光さんに素直にそう話してしまったら、緋月様に筒抜けになってしまうだろう。光さんは隠し事が苦手そうだと感じる。


妃澄さんのヴァイオリン演奏が終わると、薫さんの大道芸が始まり、本人が言っていた通り、玉乗りをしながら綱渡りとジャグリングを行って会場を沸かせた。

絶妙なバランス感覚で、それだけでは飽き足らず片足立ちをしている。


「いかがですか? 緋月様、ご希望とあらば火が付いたものもジャグリングできますよ! ヒヒヒヒヒ……」

「それは……危ないから、やめておこうか。薫の身体が心配だからさ」

「もったいなきお言葉!! あぁ……緋月様……!!」


危ないからなどと緋月様は言うけれど、包丁のジャグリングについては何も言わなかった。

恐らくこのホールで小火にならないように、炎のジャグリングは「危ないから」と言ったのだろう。


優輝さんは弓矢で会場の端から端の距離で、アダムの持っていたリンゴを見事打ち抜いた。

矢が壁に穴を開けないように、アダムがリンゴを射抜いた矢を受け止めるクッション代わりの役割をしてくれたからこそ、この会場でできた芸当だ。

目にも留まらない速さで飛んだ矢は、空気を切り裂く音が聞こえた。


「優輝、すごいよ! ありがとう。矢の腕は健在だね」


そう緋月様が言うと「このくらい簡単よ」と、嬉しそうに言っていた。緋月様のことが嫌いだと優輝さんは言うが、やはり褒められると嬉しいようだった。

さすがに馬にのる流鏑馬やぶさめはできなかったけれど、十分な弓の腕前を披露してくれた。

優輝さんは動きにくそうな華美なドレスを纏っていたが、それに似合わない弓を引く姿は格好良かった。


渉さんと光さんは即席で見事なコンビネーションを見せ、ナイフ投げとナイフ除けの芸(?)をしてくれた。

「危ないからやめようよ」と緋月様は焦っていたが、心配することもなく光さんにナイフが当たることはなかった。


「下手になったんじゃねぇの?」


サクッ……


光さんが挑発した後、彼のすれすれを通ったナイフは、優輝さんの弓矢で使ったリンゴに見事刺さった。かなりの距離があったにも関わらず、正確に真ん中に刺さっている。

その腕前に誰もが息をのんだ。


「あなたがよけやすいように投げてあげたんです。感謝してください」


渉さんを敵に回さないよう、気を付けよう……と僕は肝に銘じた。

緋月様は光さんに怪我がなくて本当にほっとした様子だった。


蓮一さんがマジックを披露したとき、一番目を輝かせていたのは光さんだったと思う。

簡単なコインマジックから、トランプ、縄を使った縄抜け(これはマジックじゃないけど)、そして身体を3等分にするマジックは本当にすごかった。

終わった後、ものすごく疲れている様子だったけど……。


「すげぇ! どうなってんだ!? 緋月解るか!?」

「いや、全然わからない。え? 人間があんなふうに分裂することある? ……私なら簡単なんだけど」

「こえぇよ」


蓮一さんも緋月様に喜んでもらえたことを喜んでいた。


芸ではなく物を渡す組は、緋月様に次々とプレゼントを渡していた。


「緋月、受け取れ」


達美さんはそう言いながら、緋月様に長方形の板状の箱を渡すと、緋月様は少しいぶかし気な顔をしてこう言った。


「……爆弾?」

「プレゼントだ!」


達美さんがプレゼントだというと、緋月様は笑ってその箱を受け取った。

「開けるね」と言って緋月様が開けると、クライム・クラウンの最新のドレスのスケッチだった。白いドレスを緋月様が着ているのが描いてある。

物凄く上手だと思った。さすがトップデザイナーだ。それに線の細かさが達美さんの神経質な様子を如実に表しているようにも見える。

優輝さんが身を乗り出して「見せて!」と言っていた。どうやら達美さんの作品に目がないらしい。


「今考え中のドレスだ。最近スランプ気味だったが、強いられると描けるものだな」

「綺麗なドレスだね。達美からなんて珍しいから、爆弾かと思っちゃった。ありがとう。大切にするよ」

「失礼にもほどがあるぞ……」

「あたしに回してくれてもいいのよ? もちろんドレスの方をね」

「駄目だ。これは緋月の身体に合わせたドレスだ。お前には似合わない」

「おいおい、緋月の身体に合わせてとか、お前ら怪しいなぁ?」


葉太さんが茶化すと、達美さんは「そんなわけあるか!」と憤慨していた。


「僕からもあります」


佳祐さんも巻物のようなものにリボンがかけてあるものを緋月様に手渡した。

そこには『魑魅魍魎ちみもうりょう』と書かれていた。

達筆な字で、書かれているその下には可愛らしいウサギやネコの絵が描かれていた。

どういうこと……?

と、僕は思いながらも一方緋月様は喜んでいた。


「魑魅魍魎! いいね!」


なにがいいのか、周りの人は解っていない様子だったが、緋月様と佳佑さんは互いに喜んでいた。

何か通じ合うものがあるらしい。


「私からもどうぞ」


園さんが係の人に合図すると、ゴロゴロとシーツがかけられた大きな何かを持ってきた。大きさとしては等身大くらいだ。


「オープン」


バサリ。


園さんの掛け声でかぶせてあった布が落ちて、緋月様とアダムの躍動感のある石膏像が現れた。


「急だったもので、出来合いのもので恐縮ですけど」


ニコリと笑う園さんはこれを作って部屋に飾っていたのだろうか。

そう考えると、ゾクリと背筋が寒くなる。その石膏像は精密に作られていて、言わずもがな緋月様とアダムだと誰もがわかった。

それに大興奮していたのは緋月様ではなく、薫さんだった。

「私がほしいくらいです!」と大興奮で言っていた。


「あ……ありがとう。部屋に飾ろうかな……」

「ふふふ……本日の緋月様も帰ったら彫らせていただきますよ。本日は本当にお美しい」

「ありがとう。園……えっと、大事にするよ」


大分困っているようだったが、それでも園さんは困っている緋月様を見て楽しんでいる様だった。

本当につかみどころのない人だ。


全員が緋月様に贈り物をしたところで、緋月様からの言葉をいただくことになった。


「えっと……突然のことで驚いたけど、みんな本当にありがとう。みんなもあの後でつらいのに、私にばっかりこんなに尽くしてくれて、ごめんね。智春君が声をかけてくれたって聞いて、それがすごく嬉しかった。仕事も大切だけど、こうして息抜きするのも大切だね。みんなも適度に休んでね」


全員が緋月様の言葉を聞きとめる。他の区代表もあまり休みをとっていない人も多かったようだ。


「無理を強いてごめんね。みんなには本当に感謝してるよ。ありがとう」


緋月様が頭を下げると、全員が拍手をした。

そこから自由時間となり、緋月様は食事を楽しんでいた。

区代表もゆったりと時間を取る間が今までそれほどなかったのか、会話も弾んでいる様だった。


「達美、あたしの為にドレスの新作を早く作ってちょうだい?」

「やかましい。俺は仕事が忙しい。他のデザイナーが作ったドレスで我慢しろ」

「あんた、自分のブランドなのに他人にやらせることには抵抗ないわけ?」


「この前すっごく可愛いカフェを見つけたんだ。一緒に行こう渉ちゃん」

「いいですね。最近は蓮一とあまり出かけられていませんし」

「可愛い服屋さんもチェックしてるんだ」

「それは楽しみです」


「是非私にも緋月様のオブジェを作ってください」

「ふふふ……等身大ですか?」

「はい! 何十個あっても困りません!」

「そうですね、一つ50万円でどうです?」

「お金とるんですか!?」


「佳佑殿もたまにはご一緒にジムなど、いかがですか?」

「僕は……いいです。それより、僕も部屋にお花がほしいですね。分けてもらえませんか?」

「いいですとも! 光もどうですかな?」

「俺ぁ、花にはキョーミねぇ。ジムには行くけどな」

「なら今度こそ、力比べをしよう!」

「しねぇよ」


「なぁ、妃澄、お前、緋月のこと狙ってんのか? レッスンってなんだよ? いやらしいこと陰でしてんのか?」

「下種な勘繰りをするな。ヴァイオリンのレッスンのことだ」

「なんだよ、俺が誘ってもぜんっぜん首を縦にふらねぇのに、妃澄がちょっと誘うと緋月は乗るのか? 面白くねぇな」

「お前の誘い方が悪いんじゃないか? どうせ卑猥な言葉を並べ立ててしつこくホテルにでも誘っているんだろう」

「ははははは、よくわかったな」

「…………一生誘いに乗ってくれないな」


緋月様はもらったプレゼントの一つ一つを見ていた。その目はとても優しい目をしていたと思う。

食事はもう冷めてしまっているが、緋月様とアダムはそれを口に運んでは美味しそうにしていた。


「智春君が声をかけてくれたおかげだね。ありがとう」

「すみません、僕からは何もお渡しするものがなくて……」

「もう十分もらったよ。あ、君の体液をもっとくれるっていうのはどう?」

「あ……えっと……はい。たくさん食べて、血液を補充しておきますので」

「ふふふ、無理はしないでね。とは言っても、セーブしてるから採りすぎて倒れちゃうなんてことはないけど」

「おぉおい、イチャイチャすんなって言ってんだろぉ緋月ぃいいい」


後ろから僕と緋月様の間に入るように、ワイングラスを持った光さんが現れる。

顔が紅潮しており、足取りもおぼつかない様子だった。

瑠衣さんも光さんの後についてくるようにやはりワイングラスを片手に現れた。


「レイ……お酒飲んでる? もしかして」

「俺はもう20歳だ! 酒は飲める!」

「はぁ……許可証がなきゃ駄目なんだけど……?」

「達美殿が1日飲酒許可券作ってくれたぞぉおお」


ただの紙ナプキンに乱暴な字で「酒! 許可!」と書かれている。

正式な書類でも何でもない、ただのいわゆる“肩叩き券”のようなものだ。


「あははははは、酔いすぎだよ」

「うるせぇえええ、俺は最強だぁあああ!」

「最強とあらば、この琉依がお相手いたしますぞぉおおおお!」

「かかってこいやぁあああ!」


お酒を飲んでいた人たちは、普段の様子とは全然違った。

どこか人間味があるというか、硬い表情が柔らかくなっているし、わけのわからないふざけ方をしている人も何人もいた。


「今日はおおめに見てあげようかな」


そういいながら、緋月様はブドウジュースをワインのように飲んでいた。


パーティの翌日、お酒を飲んでいた全員が二日酔いで苦しんだという。

特に光さんは「もう二度と酒なんか飲まない」と言っていたほどだ。




◆◆◆




【黒旗本部】


黒旗の幹部が、怪しげな香を焚いている部屋で、雉夫の謁見が終わった後の片づけをしていた。

物々しい大きな黒い本が厳重に管理されているガラスケースを奥へとしまわれていく。


「今日も熱心な者たちが大勢来てくれたな。赤紙が処刑を行ったことで、より一層信者が増えた」

「必ずあの悪魔から国を奪還しましょう。その日が訪れるのも近いのですね」

「あぁ……あとはもう、準備が整い次第となるだろう」

「備えます。次回の謁見予定は1週間後でよろしいですか?」


予定を聞かれた雉夫は「それで構わない」と言う。


「水鳥麗様のご神体は……まだ見つかっていないのか? ごほっ……ごほっ……」


雉夫がせき込むと、幹部の一人が大急ぎで水を持ってきた。


「お身体の調子がすぐれないのでしょう。ご無理なさらないでください」

「あぁ……すまないな」

「水鳥麗様のご神体は、見つかっておりません。何か情報があれば良いのですが……それにしても、何故最近になって赤紙が盗んだという情報が入ったのでしょう」

「もう随分経つな……水鳥麗様のご神体がなくなってから……」


雉夫は震える細い手で口元を押さえる。


「何にしても……あの悪魔から国を奪い返すことができる……あの血塗られた悪魔から……赤紙の中を探せば……見つかるだろう」

「はい。必ず奪い返しましょう。雉夫様はもうお休みになられてください」

「あぁ……すまない……」


震える脚で雉夫は自室へと向かった。

その心許ない足取りに、幹部の1人が倒れないように付き添い、部屋まで送る。

エレベーターで最上階につくと、一礼して幹部は下がった。

部屋に入った雉夫は鍵をかけ、よろよろと重苦しい着ている法衣を脱ぐ。

その身体は痛々しいほどに痩せ細っていた。骨は浮き、血管が浮いてしまっている。


「雪尋は……本当にやるつもりなのか……?」


その独り言に返事はなかった。

ただ暗闇がその部屋に続いているだけだ。




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