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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
35/62

第34話 順位なんてどうでもいいのよ




【妃澄】


俺は天才ヴァイオリニストと謳われた。

3歳でコンテストに出るほどの才覚を表し、同じく音楽家の両親と幸せに暮らしていた。

だが、才能や容姿、財産などにめぐまれすぎるとろくなことにはならないらしい。


「今日も練習たくさんできたわね。偉いわ妃澄。私たちの誇りよ」

「妃澄は頑張り屋だな。すぐにこの国中の人間が妃澄のことを知ることになるぞ」


両親の期待とは別の方向で、俺は国中の人間に知られることになった。

ヴァイオリニストではなく、9区代表としてだ。

それを残念には思っていない。

緋月様に出逢って、そして緋月様に頼られるほどに成果を出し、緋月様の助けになっている。

今でもヴァイオリンに触れるのは怖いと思う時もあるが、それでも緋月様が俺の不安を和らげてくれる。

そして彼女の為であるのなら、俺は再びヴァイオリンを弾くこともする。


――大丈夫だ……大丈夫……


俺は自分にそう言い聞かせながらヴァイオリンの弦を弾く。いつも緋月様が俺に対してそうしてくれるように。

音色は天才と呼ばれていた時よりも質が落ちていると痛感するが、それでも緋月様は俺が弾くと必ず喜んでくれた。

もう持つことすらできないと思っていたヴァイオリンを持つことができるのは、緋月様のおかげだ。


――今日は一段と美しい


俺が仕事に熱心に打ち込めるのは、彼女が俺に理解を示してくれるからだ。

今でも、出逢った少年のころのように甘えてしまいたい気持ちがどこかにある。それでももう俺はあのときのままの子供ではない。

その頃を思い出しながら、俺は緋月様の為にヴァイオリンを弾き続けた。




◆◆◆




【妃澄 28年前】


俺は5才にして、自分のコンサートを開催できるほどにヴァイオリンの腕は磨かれていた。

毎日毎日、ヴァイオリンに触れない日はない。

それはそれは毎日楽しかった。

父はチェロ奏者、そして母はヴァイオリン奏者だった。2人は出逢うべくして出会い、そして俺が生まれた。

俺は母が演奏している姿に憧れ、ヴァイオリンを始めた。弦から奏でられる音色に魅了され、1歳頃から弦や弓に触れていたらしい。


「手が切れちゃうわよ」


母の優しい手の感触が大好きだった。いつも俺が演奏し終わると抱き上げて褒めてくれた父も大好きだった。


両親と俺は金色区寄りの1区に住んでいた。

かなりの高級マンションで、俺はマンションの上から街の明かりを見ながらいつも演奏していた。

子供区に入らなくてもいい特別な申請を両親がしてくれて、俺は子供区に入ることなく両親と暮らしていた。

絶対的に優良な市民に与えられる権利を両親が持っていたから可能だった。

友達が欲しいと思ったことはない。

俺にとってはヴァイオリンが友達だ。


「妃澄、今度のコンクールが楽しみね。最年少出場者だって聞いたわ」

「お母さま、絶対優勝して見せます」

「別に優勝なんてしなくてもいいのよ? 妃澄の弾くヴァイオリンを楽しみにしてくれる人の為に弾けばいいの。順位なんてどうでもいいのよ」


母は俺にそう言っていた。

当時の俺は1番になることしか考えていなかったが、俺は後にその言葉の大切さを知ることになる。


コンクール当日、俺は子供ながらに燕尾服を着こなし、髪をセットして、完全なコンディションでその日を迎えた。

当然のように俺は1番となった。


これが、俺の最大の転機となると俺は知らなかった。


観客席にいた両親に抱き上げられ、メディアも俺をもてはやした。

何度もフラッシュがたかれて、眩しくて俺が目を細めている中、突然視界が赤く染まった。

何が何だか解らなかった俺は、ただ最期、両親の首が鋭利に張られたヴァイオリンの弓で切り裂かれた光景で何もかもが塗りつぶされた。

叫び声がホールに響き渡る。


「俺は!! もう20年もヴァイオリンをしてるんだぞ!!! こんなガキにコケにされてたまるか!!!」


やけに痩せた中年男性が、喚き散らしながら俺の首を切り裂こうとした際に、両親が俺の代わりに餌食になってしまった。

血の色、血の匂い、血の感触、何もかもが俺の脳裏に焼き付いた。

血まみれのヴァイオリンの弓、おかしな音色で響き渡っていた。


俺が我に返ると、隣には銀色の髪をした顔に傷痕のある女性がいた。救急車に腰かけながら、その女性は俺の方を心配そうに見てくる。

その赤い目を見ると、俺は先ほど起こったであろう惨事を鮮明に思い出し、混乱した。

飛び出すように俺は劇場の中の血だまりで両親を探した。


「お父様、お母様!?」


いくら探してもその血だまりには両親はいない。

現場検証をしている人たちが俺の邪魔をしたが、俺はそれでも懸命に両親を探した。

それでも見つかることはない。

パニックになりながら俺はいつまでも血だまりの中に両親の姿を探し続けた。

銀色の髪の女性が、泣きじゃくる俺をただ黙って見つめた後、姿を消したことに俺は気づく余裕もなかった。


両親の葬式は何の実感もわかなかった。

家に帰れば父と母がいて、明るい光と音楽が溢れていたのに、今や家に帰っても家は暗いし、シン……と静まり返っている。

父と母を呼んでも、返事は帰ってこない。

一人、膝を抱えてうずくまってしまう。そして張りつめた弦が切れるように俺は毎晩泣き叫ぶことになった。

目を泣き腫らし、死んだような目をしている俺は、もうヴァイオリンを弾くことは出来なかった。


両親の葬儀が終わって、俺は子供区で寝泊まりするようになった。

住んでいたマンションを引き払い、子供区のやかましい雑踏の中、俺は耳を塞ぎながらもその中に両親の声を探すこともしばしばあった。

眠れない日々が続いた。


授業を受けているときと、他の子供との交流の時間以外は全部自分の部屋に引きこもって過ごした。

何も楽しくない毎日だった。

朝起きて、身なりを心なしかととのえ、授業を受け、少し休み、授業を受け、状態チェックを受け、家に帰れる子供は家に帰ってまたここへ来る。


――俺にはもう帰る場所なんてない……あいつが憎い……俺から何もかも奪ったあの男が憎い……!


それでも俺は、時々ヴァイオリンの弦を押さえる指の動きをしてしまう。

そのたびに俺は自分の手を壁に打ち付け、痛みを通り越して麻痺してくるまでそれは続いた。

俺は憎しみで我を忘れていた。

俺の両親を殺した男の顔が思い出されると、手あたり次第何もかもを破壊しつくした。自分の手がいくら傷つこうと、俺はそれをやめられなかった。


そんな日々が1か月経とうとしていたとき、再び銀色の髪の女性が現れた。


「緋月様! どうされたんですか!?」


教師たちは狼狽していたが、その緋月と呼ばれた女性はまっすぐ俺の元へやってくる。


「君があのときの天才音楽家の御曹司おんぞうしだね」

「……………」

「暴れてるって聞いたから来てみたけど、手、大丈夫?」

「こんな手、もういらない」


ヴァイオリンも弾けず、両親を助けられなかったこんな手、もう必要ない。

そう考えていた。


「…………聞くところによると、君は両親を殺した男を殺したいとか」

「当たり前だ……八つ裂きにしてもおさまらない……」

「……10区に移動になったよ。つまり、その男は殺される側になったってこと」

「それだけじゃ……気持ちに抑えがきかない……」

「そう」


俺の隣に座った彼女は、少し黙った後に俺にどうしようもない現実を突きつけた。


「…………君が殺したとしても、お父さんとお母さんは……もう帰ってこないよ」

「……わかってる……」


殺して戻ってくるのであれば、俺はなんとかしてその男を見つけ出し、そして乗り込んでいって殺している。

歯をギリッ……と噛みしめる俺を見て、彼女はポケットから棒付きの飴を何本か取り出して俺の前に見せる。


「飴、食べる?」

「………………」

「いらない? 少し、元気が出るよ」

「…………」

「何味がいい?」


いるともいらないとも言っていないのに、彼女は何本かあるうちの味を読み上げる。


「イチゴ、チョコ、プリン、キャラメル、ソーダ……」

「……飴はいらない」

「そう。美味しいのに」


そのうちの1つの包みを向いて食べ始める。横から何やら甘い匂いがしてきたのを俺は鮮明に覚えている。


「君に殺させてあげようか?」


その提案に、俺は目を見開いて彼女を凝視した。俺にだけ聞こえるような小さい声でそう言ったようだ。

その物騒な会話を周りの誰にも聞かれていない。


「本当?」

「とはいっても、直接手を下させるわけじゃないけど」

「そうしたい」


俺は即答した。


彼女に抱えられ、すぐに空を飛んで10区へと向かった。

空は曇天だった。どこまでも灰色の空が広がっていた。そして10区につくとそこには紫色の大きな身体の悪魔がいた。1人の男をつまみ上げるようにして手に持っている。


「ひづき……まだ……たべちゃだめ……?」


その悪魔は必死にもがく男をしっかりとつかんでいた。

俺はその男を見ると、身の毛が逆立つような殺意に感情が支配される。俺の両親を殺した男だ。


「妃澄君、あの男が君の両親を殺した男だよ。名前は博樹ひろき


博樹と言われた男は、ジタバタと逃れようともがいている。

もがいてはいるものの、すぐに疲れてはおとなしくなり、そして再びもがくという行動を繰り返している様だった。


「助けて……助けてください、緋月様!」

「て、言ってるけど、許してあげる?」


彼女は俺にそう聞いてきた。

そんなもの、答えは決まっている。

絶対に許せるはずがない。

どれだけ巨額の金を支払われたとしても、どれだけ心の底から謝罪されようと、絶対に許せない。


「駄目だ。許せない」

「そう言ってるけど? 博樹、最期に言い残すことはある?」


博樹はバタバタと必死に最期のあがきを見せる。


「許してください! 俺は……20年ヴァイオリンをしてきたんですよ! 緋月様も何度も聞いてくれたじゃないですか!」

「それとこれは関係ないよね? 人を殺していい理由にはならないと思うんだけど」

「悪かった……俺が悪かったって……!! 殺さないでくれ!」


手が怒りで震えた。この手で殺してやりたかった。

しかし男は手の届かないところにいる。俺は悪魔の身体をよじ登ろうとするが、掴むところがなくて登っていけない。

俺がそうしていると、悪魔は困っている様だった。銀色の髪の女性は、よじ登ろうとしている俺を止めた。


「妃澄君、君が“殺せ”と言ったら、アダムは博樹を食い殺す。好きなタイミングで言いなさい」

「緋月様、お願いです! 改心しますから! 助けてください!!」

「…………君は、妃澄君を殺そうとして“やめて”と言ったご両親を殺害したらしいね」


その言葉を聞いて、俺は目頭が熱くなり、視界が涙で滲んだ。


「君は、そう懇願する相手の意思を尊重してあげなかったでしょ? 自分がそう言って許してもらえると思った?」


彼女が言い終わったとき、俺はこらえきれずに涙を流していた。

もう二度と笑いかけてくれない母、もう二度と抱き上げてくれない父、その思い出のすべてが俺の胸をいっぱいにする。

俺は、力いっぱい、全ての憎しみを込めて、腹の内に煮えたぎるすべての怨嗟をその言葉のすべてに乗せて、言った。


「殺せ……!!」


俺がそう言った後

博樹は、脚の方から無残に、叫び散しながら食べられて行って、絶命した。

むごい死にざまだったが、俺にとってはあの事件の両親の姿を超えるむごいことなど何もなかった。


「…………少しは気が済んだかな?」

「………………」


何の実感もなかった。

何の達成感も、何の充実感も、何の満足感もなかった。

虚しかった。

なにもいなくなって、何もかもを失くした。

復讐心で成り立っていた心すらも、俺はなくした。


そんな俺に、彼女は静かに言った。


「いつか、君がまたヴァイオリンを弾くことがあったら、私に聞かせてくれないかな?」


ふと、その時母の言葉を思い出した。


――妃澄の弾くヴァイオリンを楽しみにしてくれる人の為に弾けばいいの


俺はただ、その言葉の意味を抱きしめた。


ただひたすら泣いた。雨も降ってきた。

彼女はそっと俺に傘をさしてくれた。自分が濡れているにも関わらず、俺が濡れないようにいつまでも傘をさしてくれた。


そうして俺は、この人の為に再びヴァイオリンを弾こうと考えたんだ。

その道は容易なものではなかったけれど、俺は残された母の言葉と、緋月様の言葉に支えられ、俺は赤紙に入った。




◆◆◆




【妃澄 5年前】


赤紙に入って、緋月様に再開した俺は、すっかりクラシックをやめてメタルばかり聞くようになっていた。

事件のことを少しでも忘れようとするために。

それでも、俺は精神科に通う最中、緋月様に再開した。

俺が意を決して声をかけると、緋月様は俺のことを覚えていてくれた。

「未だにヴァイオリンが持てない」というとりとめのない話をすると「そう焦らなくていい。いつか聞かせてくれることを期待している」と言ってくれた。


治療が進むにつれて、俺は弾くことはできなくても、触ることくらいはできるようになった。

徐々にフラッシュバックの回数も減ってきたような気がした。

それでもまだ弓に触れることができなかった。


転機が訪れたのは、俺がついに区代表になった後だ。

ヴァイオリンをやめた俺は、必死に仕事に取り組んだ。悪人を取り締まるということに、俺は生きる意味すら感じていた。

もう二度と自分のような思いをする者を出さないようにと懸命に仕事をし、成果を上げていった結果、区代表に選ばれた。


就任の日に面談をしに緋月様の元に行ったときは「最近どう? 弾けるようになった?」と声をかけられた。

緋月様は俺のことをはっきりと覚えていてくれた。


「まだ……弾けませんね」

「そっか……妃澄君自身は、再び弾けるようになりたいと思っているのかな?」

「思っております。緋月様に聞いていただけるよう、努力はしているのですが……」

「そう。別に私は時間は無限にあるんだし、妃澄君がおじいちゃんになってからでもいいよ」


笑いながらそういう緋月様に、俺は歯がゆさを感じる。


「……もう子供ではないのですから、“君”つけはおやめください。妃澄と呼んでいただけないでしょうか」

「ははは、そうだね。ごめんごめん。妃澄」

「それに、歳をとれば音を捉える力も衰えますし、そう悠長な話でもありませんよ」

「そうか、私は楽器は全然できないからな。教えてほしいくらいだよ」


自分で弾くのは無理かもしれないが、相手に教えるのはできるのかもしれないとそのとき俺は思った。


「俺でよろしければ僭越せんえつながら」

「本当? 大丈夫なの? 約束だよ」


その約束どおり、俺は休日にヴァイオリンを教える為に緋月様の部屋へ訪れた。

どこからか取り寄せたのか、とても高価なヴァイオリンを用意していたことを鮮明に覚えている。

俺はまず緋月様にヴァイオリンの構え方を教えた。

やはり美しい人というのは、何をしても様になる。そう思って俺は、どんな音色を響かせてくれるのかと期待したものだ。


ギィイイイィ……ギギィイイイィイィ……


緋月様が弓を弾くとあまりにも不愉快な音がして、俺は失礼とは解っていたが思わず眉間にしわを寄せてしまった。


「あはははは……ヴァイオリンって難しいね……」


笑ってごまかす緋月様に、俺は久しぶりに声を出して笑ってしまった。


「そ、そんなに笑わないでよ。初めてなんだからさ!」

「ははははは……すみません。緋月様にもできないことがあるのかと思うと、安心しまして」

「……妃澄は天才なんだから、比較されても困るんだけど」

「そうむくれないでください。きちんとお教えしますから」

「妃澄は意地悪だよね!」

「緋月様もでしょう?」


それから、時々俺は緋月様にヴァイオリンを教える為に通った。

一向に上達しない緋月様に、度々俺は失笑してしまったが緋月様はいたって真剣にヴァイオリンを弾こうとしていた。

なんだかそういう姿に、本当に俺は安心した。

緋月様にヴァイオリンを教えているとき、俺は家族が目の前で殺されたときのことを思い出し、たびたび気分が悪くなった。緋月様はそのたびに「大丈夫だよ」「大丈夫、落ち着いて妃澄」と声をかけてくれた。

記憶が鮮明によみがえる中、俺はいつも緋月様の声を頼りに現実を引き戻していた。


「申し訳ありません……」

「ごめんね、無理を言って」

「……いえ、貸してください」

「え……まだ持てないんじゃないの?」

「持ってみます」

「…………」


息を整えながら、俺は目を固く閉じて緋月様に渡されるがままヴァイオリンと弓を震える手で受け取った。

なかなか、目が開けられなかった。

手も震え続けているし、嫌な汗が噴き出してくる。


――やはり、まだ無理か……


そう思って手放そうとしたとき、緋月様はいつも通りの口調で話し始める。


「妃澄、大丈夫だよ。渡したそれ、ヴァイオリンじゃなくてギターとただの棒だから」


――え……?


パッと俺が目を開けると、やはり俺の手にはヴァイオリンと弓が握られていた。


「嘘。ヴァイオリンと弓だよ」

「…………緋月様、意地悪でいらっしゃいますね」

「妃澄が意地悪だから。ちょっと真似してみた。でも、持てたじゃん」

「………………」


俺は深呼吸して少し、顎にヴァイオリンを挟み、弓を乗せてゆっくりと目を閉じて弾くと、懐かしい音色がした。

まだ、未熟だったころの自分の音だった。


久々に奏でたその音が、やけに懐かしく感じて俺は1音弾いた後に腕をだらりと垂らした。

子供ではないのだから、緋月様の前で泣くつもりはなかったけれど、俺はその音にいろいろなことが走馬灯のようによみがえり、こらえきれなかった。


「……雨が……降ってきたね」

「…………はい」

「大丈夫、傘は持ってるから」


緋月様は俺に、傘を渡してくれた。

俺は、ヴァイオリンと弓を置いて傘を受け取ってさした。

顔を見られないように傘を向ける。


緋月様の床のカーペットは少し、突然降りだした雨に濡れた。




◆◆◆




【妃澄 現在】


俺が1曲弾き終わると、拍手が聞こえた。

一番大きく拍手していたのは緋月様だった。本当に嬉しそうに緋月様は笑いながら拍手を送ってくれる。


「ご清聴、ありがとうございました」

「妃澄、本当にありがとう。もう、すっごい私、元気出たよ」

「恐縮です」


部屋に行ったときや、車に乗っていたときは上の空だった、俺の目の前で緋月様は本気で喜んでくれている。


「いつか聞いてもらおうと、練習を始めたんですよ。最近は緋月様はお忙しくレッスンをするお時間もないようですので」

「あははは……最近はちょっと、色々忙しくてね」

「また、いつでも俺は空けますから」

「ありがとう、妃澄」


ニコリと緋月様は笑ってくれた。

その笑顔が見られて、俺は再びヴァイオリンが人前で弾けたことよりも嬉しく思う。


――母の言っていたことは、こういうことだったんだな


父と母も、沢山の人の為に演奏をしていたが、二人は相手のために演奏したく思っていたのかもしれない。

伴侶の為、そして俺の為に弾いてくれていたのかもしれない。

そんな日が俺にも来ても良かったと、本当に嬉しそうにしている緋月様を見て俺は思っていた。


「次は私が披露いたします!」


薫は準備を始めた。緋月様は和やかな表情でそれを見ている。

パーティはまだ始まったばかりだ。




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