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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
34/62

第33話 俺はお前と行きたいんだよ




渉さんと共に緋月様の部屋に行くと、騒がしい声が聞こえてくる。

緋月様は大型のモニターを並べて、それぞれのモニターに映像を映して見ていた。目をせわしなく動かして、10以上あるモニターをそれぞれ見ている。

そこに光さんが緋月様になんとか構ってもらおうとしていた。アダムは緋月様の隣で食事に夢中になっている。


「おい緋月、いつまでそんなくっだらねぇ仕事してんだよ。俺とまたケーキ屋行こうぜ」

「くだらなくないよ。今、監視カメラの映像をチェックしてるんだから、おとなしくしてて」

「はぁ? そんなもん、別のやつでもできんだろ? 俺とケーキ屋に行くのはお前しかできねぇんだよ。わかるか?」

「それこそ、理沙とか牡丹とか千鶴にお願いしたら?」

「俺はお前と行きたいんだよ!」

「もう……」


こんな調子だった。

そんな風にはっきりと緋月様を誘えるところは見習わなければならない。


――光さんなら緋月様を自然な感じで誘ってくれるかもしれない。いつも緋月様にお願いしてるし


光さんに頼めば無理なくお願いできるのかもしれないが、逆に光さんにお願いするとあっさり断られるかもしれないと同時に考える。


「緋月様、光の言うことを擁護するわけではありませんが、少しお休みになられたらいかがですか? お疲れのようですし」


渉さんが機転を利かせて緋月様にそう聞く。


「疲れてないよ。ほら、ご飯食べてるし」


緋月様は相変わらずジャンルがバラバラの食事を食べていた。

チャーハンにシュークリーム、スパゲティ、ピザ、サラダ……雑多に机の上において、それを食べながら緋月様はずっとモニターを目で追っている。


「しかし、いつもより食事が進んでいないように思いますが……?」

「え? そうかな……」

「確かに、いつもより食ってねぇ気がするな。どうしたんだ?」

「あぁ……気のせいじゃない? 集中してるだけだよ」


隣にいたアダムは変わることなく食事を続けているようだった。分けられた自分の分を食べ終わりそうになっている。


「ひづき……たべないなら……ちょうだい」

「……いいよ」


緋月様の分の食事をアダムは食べ始める。口に皿を傾けて一気に料理を口に放り込んだ。簡単に食事がアダムの中に消えていく。

その度に首についている数珠が淡く光ってた。


「私は大丈夫だから。それより、もう一回言うけど、仕事休みなんだから私の部屋来なくてもいいんだよ? 来てくれるのは嬉しいんだけど、私も何のお構いもできないし……」

「お前は俺を構え」


その光さんの物言いに、緋月様はあきらめたように一度モニターの映像を止める。


「わかったよ……10分だけね。10分で何する?」

「10分じゃケーキ屋に行けねぇだろ! それいつ終わるんだよ」

「しばらく終わらないけど? 具体的に言うと……量からしてあと15時間くらいはかかりそう」

「はぁ? 俺にさんざん仕事させたんだから、お前も俺の為に時間作れよ!」

「あのねレイ……仕事するのが普通なんだけど……」


コンコンコン……


緋月様が困っている間に、部屋の扉がノックされる。そして予想外の人物の名前が飛び出した。


「妃澄です。入ってもよろしいでしょうか?」

「いいよ」


そしてさらに予想外だったのは、妃澄さんがいつものパンクな恰好ではない姿で現れたからだ。

扉が開かれると、燕尾服を着た妃澄さんが緋月様の元へやってきた。

いつもワックスで髪の毛を逆立てているが、髪の毛を1本にまとめて縛っている。片側だけ垂らしている髪の毛がいつも通り左目にかかっていた。

妃澄さんは気にする様子もなく僕に向かって話し始める。


「緋月様の部屋にいたか。探す手間が省けてよかった」

「僕に……何か御用でしたか?」

「あぁは言ったものの、たまにはいいかと思い直してな。今から行くぞ」


今からと言われ、僕と渉さんは驚く。緋月様と光さんは「?」と疑問符を浮かべていた。

妃澄さんだけがすました笑顔で悠然と立っている。


「何の話? 燕尾服なんて着て、かっこいいじゃない」


緋月様がそう妃澄さんに言うと、光さんはムッとしたようで妃澄さんを睨みつける。

その視線を軽くいなし、緋月様に向かって手を差し出した。

光さんがすかさずその手を振り払って、獲物に襲い掛かる前の獣のような目で妃澄さんを睨みつけた。

「やれやれ」といった様子で妃澄さんは手を引っ込める。


「緋月様、今日は仕事なんて放っておいて付き合ってもらいますよ」

「えっ、なに? 急に……」

「会場もおさえてあります。行きましょう」

「会場? え? え?」

「お前らもモタモタするな。ついてこい」


妃澄さんに半ば強引に誘導され、僕らは妃澄さんの後をついていくしかなかった。


「ちょ、ちょっと待ってよ妃澄……」


緋月様は強引に去って行く妃澄さんになすすべなく、後を追いかけてくるしかなかった。アダムも緋月様に引っ張られ、蛇の姿となって緋月様にまとわりつく。


「妃澄ってば。私、仕事中なんだって」

「そうだぜ! 俺だって相手されないのに、図々しいぞヒズミ」

「まだ……ごはん……とちゅう……」


妃澄さんは燕尾服をたなびかせながら、緋月様の方を向き直らず歩きながら言う。


「緋月様、お仕事ばかりされているようですが、今日はお付き合いください。仕事など放りだしていただきます」

「私は好きで仕事してるんだけどな」

「悪魔細胞がどのように緋月様に作用されているのかは解り兼ねますが、休息は必要です」


先を歩いて、運転してきたであろう車に僕らに乗るように指示をする。

黒いクラシックカーで、高級感のあるデザインのお金持ちが乗っているような車だった。


「緋月様は助手席です、どうぞ」

「妃澄……私の話聞いてる? 仕事が残ってるし……アダムも食事の途中だったし……」

「もちろん聞いております。しかし、たまには俺たちの話をきいていただきたい。さぁ、どうぞ」


妃澄さんの強い押しに対して、緋月様は「はぁ……」とため息をついて複雑そうな表情をしながら助手席に乗ろうとする。


「クソガキが助手席だ。俺と緋月と渉が後ろに乗る」

「……いいぞ」


光さんは緋月様を引っ張って車の後部座席に乗り込んだ。

言われた通り、僕は助手席に座る。全員が乗ったことを妃澄さんは確認して、妃澄様はエンジンをかけて車を発進させた。


「妃澄、こういうのなんて言うか知ってる? 誘拐っていうんだよ?」

「ははは、合意の上じゃないですか。誘拐じゃありませんよ」

「……妃澄は意地悪だね」

「どこ行くんよ? 行先くらい言えよ!」

「着けばわかる。そうかからないから静かにしていろ」


何を口に出さずとも、僕と渉さん、妃澄さんは解っていた。解っていないのは緋月様と光さんだけだ。

緋月様は光さんがあれこれ言っている間、車の窓から外を頬杖をついて見ていた。やはりどこか遠くを見つめているいつもの様子だった。


――仕事しているほうが良かったのかな……


そんな考えがよぎってしまう。


「レイ、落ち着いて。後でケーキ屋に一緒に行ってあげるから」

「本当か? 忘れんなよ緋月」

「光……緋月様を困らせないでください」

「今困らせてんのはヒズミだろ!」


そうして車で移動すること20分程度、僕らは金色区に入っていた。豪奢な建物がいくつも立ち並んでいる。背の高い建物がずらりと並んでいて、町にいる人たちは全員が1区の人とは一線を画しているように見えた。


――金色区の人たちは、本当に幸せそうだ


10区や9区などを見ると、幸せそうなどという言葉とは程遠いけれど、緋月様が作ったこの国で犯罪やウイルスなどに怯えずに暮らしている人たちだ。

それでも個人個人悩みなどはあるだろうが、幸せそうに暮らしているのを見ると僕ら赤紙が厳しく取り締まっている甲斐があると感じられる。


高級ホテルの前の噴水のあるロータリーに妃澄さんは車を停めて、降りる。緋月様の側に回り込んでドアを開ける。


「どうぞ、緋月様」

「ありがとう」


スーツ姿の男性が近寄ってきたところに、車の鍵を妃澄さんは渡す。赤いカーペットが線上にのびており、それは緋月様の瞳の色と同じ色だった。

わざわざ緋月様が歩くようにあつらえたものだろうということが解る。


「緋月様以外は、向こうに更衣室があるから着替えてこい。緋月様はこちらへどうぞ」

「ドレスコードが必要な場所なの? なら着替えてから来たのに」

「いいえ、大丈夫です。こちらへ来ていただけましたらお着替えはご用意しております」

「胸のあいたドレスなら着ないよ」

「いくつかご用意しておりますので、お選びください」


緋月様は妃澄さんにエスコートされ、別の方向へ行くように誘導される。

黒服が一人僕らの元へ来て「こちらへどうぞ」と別の更衣室へ案内しようとする。


「服なんかどうでもいいだろ」

「光、着替えてきてほしいな。かっこよくなるよ」

「……そうかよ」


口車に乗せられた光さんは係員についていくことにしたようだ。

僕らは豪奢な個室の更衣室に通され、用意されていたスーツに着替える。

光さんはキチンとした服装をするのが気恥ずかしいのか、僕と渉さんが着替えている最中に個室の外で係の人と揉めている声が聞こえる。


「うるせえ。俺の勝手だろ!」


というのを最後に声は聞こえなくなったことを考えれば、そのまま出て行ってしまったと考えるのが自然だ。

僕もネクタイの締め方が解らずに、シャツとスーツを着た後に渉さんに締め方を教えてもらいながらやっとのことでネクタイが締められた。

渉さんのスーツ姿はやけに上品に見える。


「妃澄様は何をお考えなのでしょう」

「僕の提案を受け入れてくれたんだと思います」

「それにしても、意地悪でいらっしゃいますね」

「どうしてですか? 考え直してくれて、僕は嬉しいです」

「……これは智春君の提案なのに、自分が企画したかのようにふるまっているじゃないですか。そういうところが狡猾と言いますか……なんといいますか……」

「僕は別に……緋月様が楽しんでくれるならそれでいいです」


別に、緋月様に褒めてほしくてそう言いだしたわけじゃない。緋月様が前みたいに笑ってくれるなら、それでいい。

それ以上はない。


僕たちは髪を整えられ、会場へと向かった。

少し係の人が出入りしているだけで、他の利用者は誰もいない。貸し切りにしているのだろうか。


「智春、こっちだ」


妃澄さんが呼ぶ声のする方へ僕は行く。

豪華に装飾されている扉から中に入ると、大きな広間中央に左右に円を描くように大理石の階段が下りていた。シャンデリアがいくつも飾られていて光り輝いている。

大広間には白い円のテーブルが円状の部屋の端に並べられていて、区代表が座っているのが見えた。

琉依さんや葉太さんがあわただしく料理を持ってテーブルへと運んでいる。

達美さんや優輝さんも来ているのが見えた。それに僕と渉さんは驚く。


「今緋月様はお着替えと髪の毛のセットと化粧中だ。もう少し待っているがいい」

「わかりました。急だったので、驚きました。考え直してくれたんですね」

「気が変わった。俺たちも最近はずっと気が滅入っていたからな」

「達美さんと優輝さんも、来てくれたんですね」


僕がそう言うと、2人は面白くなさそうな顔をしてそっぽを向く。


「妃澄がどうしてもと言うから、来てやったまでだ」

「そうよ。色男の妃澄の頼みだったからきいてあげたの」


そうハッキリ言われると僕は傷つくこともなく、苦笑いをするしかなかった。


「お前も、俺ほどの人望がつくように精進することだな」

「ははは……そうですね」

「智春君! これを持ちたまえ!」


琉依さんが突然横から、大きな花束を持ってきてくれた。白い薔薇の花束だ。渡されるまま受け取ると、ものすごく甘い良い香りがした。

お店で売っている花のように大輪の白い薔薇が何十本も束ねられている。


「この花束は?」

「はっはっは! 智春君が言い出したのだから、君が花束を渡すといいぞ!」


妃澄さんの方を見ると「お前が渡せ」と言ってくれた。

渉さんは妃澄さんのことを狡猾だと言ったけれど、きっとそんな意図はないのだろう。

それを見て僕はなんだかホッとする。


「緋月様ご準備できました、お見えになります」


階段の上から係の人がそう声を上げる。


カツン……カツン……


ゆっくりとした足音が聞こえてくる。

遠くから、銀色の髪を綺麗にセットされた緋月様が出てくる。髪の毛を編み込み、上にまとめられていた。いつもそのまま手入れなどしていない様子だったが、艶のある銀の髪となっている。イヤリングをつけ、顔には淡く化粧をしていた。

明るい色のアイシャドウに、マスカラ、チーク、紅い口紅……

そして瞳と同じ赤いドレスを身にまとい、その長いドレスの裾を少し引きずりながら歩きにくそうに歩いている。

アダムは相変わらず緋月様の身体に巻き付いていた。それがまるでアクセサリーのようにも見える。


僕はその美しさに息をのんだ。人じゃないと、恐れていたことすら恥ずかしいと感じる。

これ以上、綺麗な人を僕は見たことがない。

改めて見るその緋月様は別人のように感じた。


「…………これは何のパーティなの?」


気恥ずかしさを誤魔化すように、緋月様はそう言ってはにかんでいた。

渉さんに背中を軽く押されて、僕は夢の世界から現実に戻ってくる。手に持っている白い薔薇の花束を、緋月様に近づき、手渡す。

その現実ではないような美しさの緋月様になんと声をかけていいかすら解らなくなってしまった。


「こ、これを……」

「白い薔薇の花束……? 花は智春君が選んでくれたの?」

「これは……琉依さんが選んでくれました」

「そう。ありがとう。部屋に飾るよ。すごくいい香りがするね」


次の言葉がなかなか緊張して出てこない。なんとか言葉を探して言葉を続ける。


「……あの……最近、緋月様の元気がなかったので……何か元気の出るようなことをと思って、区代表に集まってもらったんです。皆さん、すごく多才だと聞いたので」

「私が? あぁ……そうかな」


指先でカリカリと自分の頬を掻く。


「そう……だったかもね」

「さぁ、緋月様、お席にどうぞ」


妃澄さんが僕と渉さんと光さんのテーブルに座らせる。光さんは緋月様を凝視しているだけで何も言わない。

光さんもなんだか緊張している様だった。その光さんのドレスコードを見て、緋月様は苦笑いする。


「レイ、ネクタイ締めてあげるからこっちきて」

「は……はぁ? ネクタイなんか別に……しめなくてもいいだろ……」


光さんの言葉にはいつもの歯切れの良さがなかった。


「いいから。こういう場所では、きちんとしてない方が恥ずかしいんだよ?」

「…………」


立ち上がって緋月様は光さんのネクタイを手に取った。そして光さんのシャツの襟にかけ、手際よくネクタイを結んでいく。


「今度、ネクタイの締め方教えてあげるね」

「んなもん、いい」

「いつも私が締めてあげられるわけじゃないんだから」


ネクタイを締め終わると、光さんは眉間にしわを寄せる。

「息苦しい」と言いながらも、ネクタイを緩めようとしない。


「ほら、シャツをズボンの中に入れて。スーツのボタン締めて。あとズボンもうちょっと上げた方が――――」

「わかったよ、うるせぇな……」


言われるがまま、光さんは服装を正した。

正装をした光さんもまた、別人のように見える。


「緋月様、僭越せんえつながらヴァイオリンを披露させていただきますので、食事を召し上がりながらどうぞ」

「え……妃澄、いいの?」

「ええ、問題ありません」

「…………そう。ありがとう」


葉太さんが近づいてきて、テーブルに手をついた。


「緋月、俺と琉依が腕を振るった料理を食えって。冷めないうちな」

「葉太と琉依が作ってくれたの? ……琉依が作ったのはいいけど。葉太、変なもの入れてないよね?」

「ば、馬鹿! 入れてねぇよ!」

「はっはっは! 緋月様、大丈夫です。この琉依が見張っておりましたから!」

「お前は俺を見張ってたのかよ!」


緋月様はいぶかし気な顔をしながらも料理を口に運ぶ。すると表情がパッと明るくなった。


「美味しい。アダムも食べよ」

「うん」


緋月様の身体から滑り降りたアダムは、いつもの巨大な身体ではなく僕らと同じくらいのサイズになった。

サイズは変幻自裁らしい。なら、いつも僕らと同じくらいのサイズならいいのに……と考えたが、それでは人間は食べづらいのだろう。

普通の食事でいいなら、人間なんて食べなければいいのに。


「葉太、演奏をするから席につけ」

「はいはい、偉そうに命令しやがって」


葉太さんが席に戻ると、妃澄さんはヴァイオリンを弾き始めた。

その美しい調べは、ホール全体に響き渡った。




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