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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
33/62

第32話 なんと言われようとも、です




処刑から数日、僕らは休暇をもらっていた。

処刑に携わった人は特別休暇として一週間がもらえるらしい。黒旗への潜入も先延ばしとなった。

黒旗の動きが怪しく、此度の処刑騒動で興奮していることは変わりない。尚更内部調査をするべきなのではと考えたが、もし身分がばれたりしたらそれこそ大惨事になりかねない。


緋月様は相変わらず仕事をしていた。僕も行く場所がないときは緋月様の部屋で結局手伝いをしてしまっている。

「休みなんだから、休みなよ」と苦笑いで言う緋月様に「することもないので」と僕も苦笑いを返す。

僕らの口からは処刑の日に関する話は出てこなかった。


緋月様の部屋にずっといることもできず、ジムに行って気を紛らわせようとするけど、どうしても気持ちが乗らない。

自分の情けなさに打ちのめされるときもあれば、処刑の光景を思い出して気持ちが落ち込むこともある。


なにより、緋月様がなんだかずっと元気がないのが気がかりであった。

どこか仕事に身が入っていないというか、仕事と研究室の往復の生活をしているらしいが、仕事の合間にぼーっとボロボロのカーテンが揺れているのを見ていたりする。珍しく食事も進んでいない様子。

緋月様がそんな状態で、僕もずっとなんだか気がめいっていた。


「なんとかして元気づけたい」と僕は、3日目にして思い立つ。

緋月様が仕事を早々に切り上げて、どこかへと行ってしまったとき、僕は同じくして緋月様の部屋に来ていた渉さんと話をしていた。


「あれからずっと、緋月様元気ないですね」

「そうですね……元気を出す方が難しいと思います。親しく話をした者も処刑しなければならなかったですから」

「何か、元気になってくれることでもあればいいんですけど……」

「たまには緋月様にも息抜きをしていただきたいのは事実ですね。処刑後は特別休暇を全員に取らせてますけど、緋月様はお休みなっていないですし」


そもそも休んでいるところなど、見たことがなかった。

休憩しているところは見かけるけれど、1日休暇を取って遊びに行っていることなどない。

かといって仕事がものすごく好きというわけでもなさそうに思う。

僕は何かきっかけがあればと思ったとき、ふと緋月様の誕生日はいつなのだろうと考えた。


「……そういえば、緋月様は誕生日っていつなんでしょうか? お祝いとか、したことあるんですか?」

「誕生日祝いはしていませんね。緋月様はご自身の誕生日がわからないそうです」

「え……わからないんですか?」

「そう聞きました。それ以上は、聞いてはいけないことのように思ったので聞いていませんけど……」


自分の誕生日が解らないというのは、一体どういうことなのだろうか。

緋月様が生まれた時代にも誕生日祝いという文化はあったはずだ。


――教えたくないのかな……


確かに緋月様の誕生祭などがあったら、国中大騒ぎになってしまいそうだった。

特に緋月様のことを崇拝している薫さんなどは仕事を放り出してお祝いしに来兼ねない。


「お祝いとかじゃなくて……何か、元気を出してもらえそうなことってないんでしょうか」

「そうですね……」


渉さんも僕と一緒に少しの間首をかしげながら考える。


「あぁ、そういえば、妃澄様のヴァイオリンを聞きたいと最近おっしゃってましたね」

「妃澄さんのヴァイオリンですか?」

「ええ。妃澄様はヴァイオリンがとてもお上手なんだそうですよ。緋月様と妃澄様にとっては特別な思い入れもあるようですし」


やはり、付き合いの長い人たちはそれぞれ緋月様との思い出があるんだなと感じる。実際に何があったのかは解らないけれど、一人ひとり色々と思い出があるのだろう。


「なら、僕から妃澄さんにお願いしてみます」

「しかし、妃澄様のヴァイオリンは特別な時にしか弾かれないそうですよ? 私も拝聴したいと申し出たことがあったのですが……なにせ妃澄様はクラシックというよりはパンクというか……メタルというか……」


確かに、9区の妃澄さんの事務所はうるさいくらいメタルの音楽がかかっていた。本人も何かと派手な刺々しい恰好をしている。


「緋月様の元気づけのために弾いてくれないでしょうか」

「…………まぁ、頼むだけならタダですから。ちょうど9区に用事もありますし、行ってきてみてはいかがでしょう。あと、緋月様は花がお好きですよ。琉依様に言ってわけてもらって花束を贈ったら喜んでくれるかもしれませんね」

「花束……ですか?」


なんだか花束を渡すなんて気恥ずかしいと僕は考え込んでしまう。僕個人として渡すとなんだか意味合いが違うような気もする。


「あとは……薫様の大道芸もかなりお喜びになってました」


確かに服装は派手だし、顔に星のタトゥーしてるところを見ると、ピエロに見えなくもないけれど……。


「薫さんとは話したことがないので……不安ですけど……」

「薫様は緋月様のためとあらば頼みも聞いてくれるでしょう。そういう方です」

「他の区代表もそれぞれ特技があるんですか?」

「えーと……達美様は絵と裁縫がお上手で、佳祐様は書道、蓮一は手品、葉太様は料理、優輝様は弓道・流鏑馬やぶさめ、園様は……確か、オブジェ作成が得意だったと記憶しております」


趣味は人それぞれだが、葉太さんの料理が特技だというのは意外に思えた。

しかし、全員が多才だ。僕にはこれと言って特技はないのに、全員が何か特技や趣味があるようだった。


「全員、多才なんですね」

「ちなみに私はナイフ投げが得意です」

「ナ……ナイフ投げですか?」


それはいつ披露するべきものなのだろうかと、僕は考え込んでしまって、褒めるところが解らずに口ごもってしまう。


「光は……相手につっかかるのが得意です」

「それは……特技なんですか?」


絶対にそれは特技でも何でもない。


「あぁ、あと……光は身体を動かすことが得意ですね。スケートボートとか、あとはボルダリングですとか……」

「緋月様の前で披露してもらおうにしても、設備がないと難しそうですね」

「アクロバットなら設備がなくてもすぐにできますよ。バック宙返りとか」


――僕も、何かできた方がいいかな? 全員がもし協力してくれるなら、僕が何もできないのはどうなんだろう。でも、急に何かと言われても、すぐにできるようにもならないし……


本当になんの才もない自分が恥ずかしいとすら思えた。

光さんも勤務態度はめちゃくちゃだけれど、得意なことはしっかりある。「僕には何もないのに」と思うと、何か趣味でも見つけた方がいいのかなという気になる。

緋月様に悪魔細胞の完全適合者だと言われているだけの、平凡な人間だ。

それがやけに虚しく感じる。


「僕、全員にお願いしてみます。駄目元ですけど……全員で出し物みたいなことをしたら面白そうですね」

「たまにはいいかもしれません。緋月様のご予定をまず確認しなければなりませんね。私も協力しますよ」

「はい。解りました。僕は頼みに行ってきます」

「では私は緋月様のご予定を確認します。区代表が休みの日に行きそうな場所を教えますね。大体皆さま、ルーティンをこなしていると思いますので。最悪電話をすれば出てくれると思います。みんな嫌がりますけど……緋月様のこととなればある程度は許してくれるでしょう。優輝様と達美様以外の方なら……」


渉さんは走り書きでメモを渡してくれた。

まだ朝早いので、その場所にいるかどうかに不安を感じながらも、僕はメモを頼りに各区代表の元へと向かった。




◆◆◆




【妃澄さんの場合】


僕はまず9区の妃澄さんの元を訪れることにした。渉さんの読みは正しく、妃澄さんは事務所で仕事をしていた。

相変わらず独特の雰囲気でドクロやら十字架やらが物々しく飾られている。


「こんな朝からどうした? 休みのはずだが?」


妃澄様は疲れ切っている様子でデスクと向き合っていた。心なしか、目の下にクマがあった。眠れていないのだろうか。


「実は、緋月様が最近元気がないので、元気づける為に力を貸していただきたくて来ました。お忙しいところ、突然ごめんなさい」

「元気づける? それはやぶさかじゃないが、俺に何をしろと?」

「ヴァイオリンがお上手だと伺いました。緋月様が聞きたいと言っていたそうです。渉さんからそう聞きました」

「渉からか……なら確かだろうな」


妃澄さんはその辺に書類を投げる。


「だが、俺がヴァイオリンを弾くことと、緋月様が元気になるというのは相関性がないように思うが? 緋月様は忙しいからな。下手に押しかけても迷惑になるだろう。そもそも、智春が気にすることでもない」

「そうですが……」

「…………緋月様を気遣っているのは理解した。しかし、焦るな。俺も緋月様が元気がないことくらい見てわかる」


そう言って指を組み、僕の方を見ている妃澄さんは大人の男性だった。

目先のことに飛びついたりしないその雰囲気に、僕は猶更自分のことが子供のように感じる。


「はい……」

「お前は、救世主妄想メサイアコンプレックスだな」

「メサイアコンプレックス?」

「相手を不幸だと思い込み、自分が何とかしなければとあれこれしようとする。基底にある自尊心の低さを他者を助けることからくる自己有用感で補償する人間を指す」


けしてそんなつもりはなかったが、そうだと認定されると僕は反論をする術を失ってしまった。


「緋月様のことを不幸だと思うか? 緋月様を助けなければと、自分しかできないんだと、そう思うか?」

「そんなこと……ないです」

「緋月様に鬱陶しがられるぞ。緋月様は自分でなんでも何とかしようとするタイプだ。何かしてもらいたいなど、毛頭思ってないだろう。仕事に関していうなら、ある程度俺たちを頼っているものの、肝心なところはいつも特に相談はない。緋月様が独りで決めている」


頭ごなしな否定の言葉に、僕は自分を防御するほかなかった。それ以上残酷な言葉を突きつけられる前に心の壁を作って防御するような感じだ。

追い詰められている感覚に、窒息感を感じる。


「そうばつの悪そうな顔をするな。別に何かしようという姿勢が悪いと言っているわけじゃない。ただ、俺には必要性が感じられないだけだ」

「……一応、ほかの区代表にも話をしてみます」

「わざわざ来てくれたのに、残念だったな」


妃澄さんの容赦のない言葉に打ちのめされた。協力的な人だと思ってきただけに、その落胆は大きい。

僕はそう考えながら達美さんの場所へと移動した。




◆◆◆




その後、僕は各区代表の全員と会うことができた。

渉さんのメモの通りの場所にいた。休日だというのに、あまりみんな代わり映えしない生活をしているようだ。

僕のとった区代表の協力の可否のメモを渉さんに渡すと、苦笑いをしながら目を通す。


「皆さん、相変わらずですね」

「結局夜になっちゃいました……」


実際はこんな感じだった。


【達美さんの場合】


「は? なんで俺が緋月のために服を作ったり絵を描かなければならないんだ。大体、1枚描くのにどれだけ時間がかかると思って――――」


長くなるので省略。

案の定断られる。


【瑠衣さんの場合】


「花? いいぞ! 好きなだけ持っていけ! とはいっても、全部持っていかれたら驚くがな。はっはっは! それよりも俺と緋月様の腕相撲大会というのはどうだ!?」


腕相撲をしても、緋月様の圧勝だと思うけれど……ガーデンに入る許可をもらい、僕は後で花を切らせてもらうことにした。

琉依さん本人は何か特技はないのだろうか? と思い、聞いてみると


「俺か? 俺は……料理が得意なんだが、なかなか披露する機会がなくてな。緋月様はいつも食堂の料理長の料理ばかり食べているし……」


と言っていたので、是非作ってほしいとお願いした。


【蓮一さんの場合】


「手品ですか? 久しく行っていませんが……緋月様が僕の手品で元気になってくれるなら、やりますよ。いいですね。たまにはそういうのも」


蓮一さんはあまり話をしたことはなかったけれど、快諾してくれた。

コインの手品を即席でやってもらったが、コインがどこに消えたかわからなかった。相当な腕前らしい。

僕も今度教えてもらおうか。


【佳祐さんの場合】


「いいですよ……でも、なんて書けばいいんですか? …………『魑魅魍魎ちみもうりょう』とか、緋月様なら喜んでくれると思うんですけど」


どうして『魑魅魍魎』で喜ぶのだろう。

深く考えないようにした。


【葉太さんの場合】


「はぁん? 俺が緋月のために料理? へっへっへ……それは面白そうだな……緋月の身体ってのは媚薬が効くのか料理に混ぜて試して――――……そんな顔すんなよ。冗談だっての、冗談」


あまり冗談に聞こえなかったが、まさか本当にそんなことをすることはないだろう…………多分。


【園さんの場合】


「ふふふ……何か企んでいるんですか? 面白そうですね。オブジェといってもそれほど大きいものでなければすぐに作れますよ。紙粘土とか。モチーフは何がいいですかね……? 緋月様の胸に刺さるようなもの……いつもアダムを蛇の姿にさせていますし、蛇が好きなのかな?」


相変わらずつかみどころのない人だったが、協力してくれるということで着地した。

緋月様は何が好きなんだろう?


【薫さんの場合】


「ヒヒヒヒヒ……緋月様のためなら、何でもしますよ? ジャグリングは前に見ていただいたときにかなり喜ばれてましたから。今度は綱渡りを玉乗りしながらしてその上でジャグリングをするというのはどうですか? フヒヒヒヒヒ……あぁ、緋月様……あの赤い瞳に吸い込まれたい……! 緋月様のあの長い髪をコレクションし――――」


初めて話したけれど、緋月様のことになると暴走気味になるらしい。

大丈夫なのだろうか。いろいろな意味で……。


【優輝さんの場合】


「あたしがなんで緋月の為にそんなことしなきゃいけないわけ? ていうか、それでもし、あたしが的を外しでもしたら笑いものじゃない。嫌よ。あたしは緋月にだけはサービスしないって決めてるの。智春になら、してあげてもいいわよ……? あぁ、でも未成年だったわね。残念。手出したらあたしの首が飛んじゃうわ」


…………優輝さんと話をすると、ほかの区代表とは別の意味でものすごく緊張する。



以上が簡単なことの顛末てんまつだ。

達美さんと妃澄さんと優輝さん以外は全員協力的であった。ほとんど全員が事務所にいた。


「達美様と優輝様が協力的ではないのは解っていましたが、妃澄様もとは……意外です。私の方も緋月様にご予定をうかがってみたのですが、相変わらず仕事をして研究室に行っての繰り返しで……時間は空いていません」


緋月様の部屋に向かって廊下を歩きながら、僕は妃澄さんに言われたことをずっと考えていた。


「どうしたんですか? 浮かない顔をされていますが……」

「一番初めに妃澄さんのところに行ったんですけど……僕、救世主妄想メサイアコンプレックスだって言われちゃいました。それがずっと……なんというか、引っかかってて……」

「……手厳しいですね、妃澄様は」

「渉さんも……そう思いますか?」

「そんなこと、断定する必要ありますか? ありのままの自分でいいと思います。それがなんと言われようとも、です」


そう言っている渉さんは誇らしげだった。

けして背を向けることなく、自分と真摯に向き合っている姿勢が見えた。


――僕は自分と向き合えていない……


人に言われたことで一喜一憂してしまうし、何か芯を持っている区代表の人たちや、ラファエルの人たちが羨ましいと思っていた。


――自分に自信がないってことも、受け入れるべきなのかな。こんな僕でも、いいのかな……


「協力してくれる方たちと日取りを合わせて、緋月様にサプライズしましょう」

「はい」


渉さんに言われた言葉で、僕も心なしかいつもより胸を張れた気がした。




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