第30話 簡単に決断したわけじゃない
僕は全身が筋肉痛だった。
前日、ジムで考え事をしながらトレーニングをしていたら、少しばかりやりすぎてしまったからだ。
――ジムに行くにしても、もう少し計画を立てよう……トレーニングスケジュールを作って効率的に行けばいいのかも
そう思う矢先、僕は悪魔細胞のことを考える。適合したらトレーニングなんて必要なくなるはずだ。
しかし、緋月様には「やめておきなさい」と言われてしまった。
――緋月様はどうして適合したんだろう。不老不死とかに憧れてたのかな……
しかし、そんなことを僕は聞けるわけがなかった。渉さんにも立ち入ったことは聞かないようにと言われている。
――でも、気になる……触れちゃいけないってわかっているけど
色々と考えながらも緋月様の部屋の扉を何度かノックし、開けた。
「おはようございます」
部屋に入ると、相変わらずボロボロのカーテンが風で揺れている。僕は緋月様や渉さんの様子を見て、重々しい空気が漂っていることに間もなく気付く。
緋月様が頭を抱えながら、書類に何度も何度も目を通していた。
「あ……おはよう、智春君」
いつもよりも元気のない返事が返ってきた。
「どうか……されたんですか?」
「うん、ちょっとね……やりたくないことをやらないといけなくて」
「やりたくないこと……ですか?」
緋月様は書類を渉さんに手渡すと、また頭を抱えてしばしの間考えていた。
「今日は……赤紙の内部の清掃準備をするよ。割と緊急で会議だね」
「清掃……ですか?」
「そう。この前8区で違法薬物の大型取引があったでしょう? あれ、どう考えても赤紙か、第三者委員会か、王政府の誰かが取引しないと、違法薬物って手に入らないんだよね。1区ならまだしも、8区でなんて、どう考えてもおかしい。8区代表の達美から、8区担当の赤紙全員の薬物検査報告を受けてる。少なくとも8区の2名、違法薬物反応が出た」
「それって……赤紙の人間が罪を犯したってことですよね……?」
「だから清掃なの。言い換えると、処刑ってこと」
――!
処刑と聞いた瞬間、ニュースで処刑台で泣き叫んでいた赤紙の人を思い出す。
残酷な内容であったため、大々的に処刑の映像は放送されなかったが、処刑されるまでの映像は流れていた。
あれを見て、赤紙に対する残虐性について糾弾されていたのも、まだそう昔のことではない。
「しかも今回、8区だけじゃない。各区最低でも1人は内通者がいて違法薬物が検出されてる。一番多いのは園が管轄してる3区。5人も出た」
「そんなに……ですか」
渉さんも暗い表情で渡された書面に目を落としている。光さんは黙って暗い顔をする緋月様の方を見つめていた。
「智春君が8区の違法薬物取引現場を押さえたのは、内通者の口を割らせたからなんだよね。そうしたらどんどん容疑者が出てきて……困ったよ。赤紙の人間だけじゃなかったんだけどね」
落胆している緋月様の横で、光さんはニヤッと笑った。
「おいクソガキ、聞いて驚けよ? 緋月は、ありとあらゆるゴウモンを知ってるんだぜ?」
「拷問……ですか?」
「こらこら、レイ。智春君を脅かさないでよ。拷問方法は知ってるけど、実践はしてないでしょ? 拷問方法を片端から提示しただけ。恐怖心だけで口を割らせた」
「聞いてるだけで痛くなってくるような話を、次から次へと平然とした顔で言ってるんだぜ?」
「智春君はまだ未成年なんだから。そういう話はまだ早いの」
牽制されているにも関わらず、光さんは面白おかしく言葉を続ける。
「俺が一番ゾッとしたのが、金属の牛の中が空洞になってて、そこに人間を入れて下から火で――――」
「レイ。やめなさい」
「……ちっ」
光さんは残酷な話を楽し気に話をしていたが、緋月様に牽制されると舌打ちをして沈黙した。
「人間っていうのは……拷問が好きだよね。私が考えた拷問じゃないよ。大昔の人が考えた拷問危惧、拷問方法なんだから。あたかも私が考えたみたいに言わないでくれる?」
「んなブッソウなこと知ってる方も知ってる方だぜ……お前、絶対やったことあるだろ……」
「必要に応じてやるだろうけど、やったことはないよ」
資料の束がいくつも入っているケースを、緋月様は軽々と持ち上げて立ち上がった。
「智春君も来たし、行くよ。アダム」
アダムはまだ眠そうに身体をまるめてうずくまっていた。光さんがアダムに向かって飛び蹴りをすると、ポヨンと光さんは弾かれる。
「いくぞアダム。カイギだ。カイギ」
「かいぎ……」
「そうだ。蛇になれ」
「わかった」
アダムは蛇の姿になって緋月様の身体にまとわりつく。
「もう……やになっちゃうよ」
「今回は大々的になりそうですね」
「そうだね……もう第三者委員会と、王政府、区代表も集まる時間だ」
何が始まると言うのだろう。
僕はおずおずと緋月様の後ろ姿を追いかけた。
◆◆◆
その囚人たちは全員が赤紙の制服を着ていた。手錠と縄をつけて連なるように並べられている。
恐怖に震えているのか、身体が左右に震える人も、泣いているもいた。手錠をしている手が震えて、カチャカチャと音が鳴っている人もいる。
国王や第三者委員会の面々と、赤紙区代表の人たちが連なっている。それぞれ自由な席の配置だが、ほぼ3組織は固まって座っていた。
僕や渉さん、光さんは赤紙側の一番端の席に座る。
「もう揃ったね。時間になったし、始めるよ」
「15分前には揃えというんだ……これだから王政府と第三者委員会は……」
達美さんは指をせわしなくトントンと動かしながら、文句を言っている。
「さて……違法薬物反応がここにいる全員から出た。それに、各区に流通させていた事実も認定済み。すみやかな処刑を行う。その告知の為に集まってもらった。被害者たちの状況については手元にある資料を見てほしい。薬物使用によって妄想や幻覚、幻聴症状が出て、尚且つ3区に移動になった人も少なくない。言葉巧みにそそのかし、1度無料で使用させ、罪悪感、脅迫感を与えて通報を抑制した悪質な事件だ」
手元の資料を見ると、被害者というのは薬物を買わされた1区市民のようだった。
1度使用させ、味を占めさせてから脅しをかけて顧客として囲い込んでいったらしい。
「緋月よ、区間移動だけで許してやったらどうだ? 前からその規律は厳しすぎるとの声が上がっている。悪質だと言っても……命を差し出すほどのことでもないだろう」
一番上の段に座っている国王が穏やかな声で緋月様に問うた。緋月様は首を横に振る。
「駄目だよ。赤紙に入るとき、入った後も“罪を犯したら死罪”だって言ってきたのに、それでもやったんだから。本人たちも覚悟の上でしょ」
「誰にでも過ちはあるだろう」
「うっかり何の粉かわからないけど持ってました、くらいなら許してやってもいいけど、こいつらは違法薬物だって解ってて使っているし、且つ流通させてる。自分で使うだけならまだしも、人様の人生に違法薬物を浸透させた」
「総勢18名を処刑するなど、国民も黙っていないぞ。明らかにやりすぎだ」
第三者委員会も口を挟む。いつも通りの険しい表情で緋月様を糾弾した。
「何言ってるの?」
冷たい声で緋月様がそう言うと、ざわめいていた場の空気が凍りつき、誰もが口を閉ざした。
いつもそうだ。まるで皮膚を突き刺すような冷たい声だった。
「人数の問題じゃないでしょ? 一人一人の問題なんだからさ。じゃあ徐々に小出しに処刑していけばいいの? 結局同じだよ」
「……じゃあ、7区辺りに移動させるのはどうだ? あそこなら反省もするだろう」
「…………法と秩序を守るべき私たちが犯してはならない一線をこいつらは超えたんだ」
けして折れない緋月様に、第三者委員会も王政府も苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「どうかんがえてもやりすぎだ」という声が次々と聞こえてくる。
「お偉方、説得しても無駄だぜ? 緋月はやるっつったら絶対やるかんな。マジで俺も気を付けねぇと殺されかねないと思ってんだからよ」
葉太さんが手を軽くふりながらそう言う。
「気に入らないけど、あたしら全員、緋月の意見にさんせーいってわけ」
優輝さんも葉太さんに同調する。
他の区代表の人たちも口々に緋月様に同調するようなことを言い始める。
「ふふふ……仕方ありませんね。そこが一般人と我々の大きな違いですから」
「緋月様の意見は確かに厳しいですけど、赤紙という組織はだからこそ威厳を保てています。責任はしっかりとってもらわないと、国民に示しが付きません」
「当然です! 緋月様の意見は絶対! こうして協議する必要もない! さっさとその汚らわしい連中を葬って差し上げましょう!」
「俺も、禁じている薬物を国民に流通させたことが問題だと思う。国民は依存症の治療のために人生が狂ったものも少なくない。今、違法薬物は自主キャンペーン中だ。買ったものも今差し出せば罪には問われないことにしてる。ずいぶんそれで集まった。あとは摘発が増えるだろう」
言い争いになりそうな空気の中、緋月様が再度しめる。
「社会に混乱を招いた代償は、命でも重くないよ」
「償う機会も必要だと、私は思うがね」
国王は呆れたように、そう言う。
――償ったら、更生するのだろうか……本当に……?
更生しないということを前提に、3区と7区の壁は設定されている。それでも生活はできる。そこで一生を遂げるしかない。
「甘い。違法薬物程度で死刑は重いと感じての発言だろうが……殺人と違法薬物使用の境目などない。緋月の言う通り、犯してはならない線を超えた。ただそれだけだ」
達美さんは腕を組んで、国王に対して緋月様に負けない横柄な態度で応じていた。
達美さんと第三者委員会とのにらみ合いとなる。
「で……赤紙勢は全員賛成だけど、ほかの皆さんは? まだ反対するつもり? お互い時間もないんだからさ、議論が平行になるのは賢明じゃないと思うけど」
強引に緋月様は話をまとめようとする。
これは前と全く同じ流れだ。
緋月様の独裁という形で何もかもがそこに収まってしまう。
「…………緋月は……いつも私の意見を聞かないな。なんのための国王なのか、わからなくなる」
「私は、表立って政治をする柄じゃないんだよね。ただ、罪人を取り締まるのが私の仕切ってる赤紙の役目」
処刑される予定の全員は跪いて、ガタガタと震えている。
光さんは退屈そうに長い方の金髪をかき上げた。
「相変わらずゴーインだな緋月は」
「知る限りで、この件で緋月様が折れたことはありませんね」
「俺はしょっちゅう緋月に折れさせてるけどな」
得意げに言う光さんに、渉さんは頭を抱える。渉さんは呆れているようだった。
そこで、僕は囚人たちの異変に気付く。
「あの人……ゆっくり立ち上がってます」
一人が立ち上がって、ゆっくり緋月様の方へ近づいて行っている様だった。その様子に緋月様も気づいてそちらを向く。
「…………ありがちな話ですよ」
冷たく言い放つ渉さんは、まっすぐ繋がれている人たちを見ていた。
「……嫌だ……俺が悪かったですから! 緋月様お慈悲を! 反省しましたから!!」
縋りつくように一人が緋月様の脚を掴んだ。
全員が紐で繋がっているから、両脇も引っ張られるように前にひきずられている。
「駄目だよ。もう引き返せない。わかっていたことでしょ?」
「緋月様! お願いです! 家族がいるんです! 子供も……!!」
「…………」
緋月様はその縋りついてきている人に対して、膝をついて向き合った。長い銀の髪が床につく。
そしてここぞとばかりに再び男は乞うた。
「お願いします! だから殺さないでください! 緋月様……!!」
涙ながらにそう語る彼は、本当に反省している様だった。
子供や家族がいるという話に、やはりその場に動揺が走る。
――やっぱり、処刑するのはやりすぎなのでは……
その僕の考えとは裏腹に、緋月様は再び冷たく言い放った。
「矛盾してることを言ってると、解らないの?」
緋月様は表情一つ変えなかった。
「子供までいるのに、どうして薬物なんかやったの? 家族のこと、薬物やる前に、どうしてそれに気づけなかったの? 薬物を流通させて、他の家族を崩壊させたってこと解ってるよね? もしかしてだけど、子供を引き合いに出して容赦してもらおうとしてる?」
そうまくし立てられるなか、アダムが緋月様の身体から顔を出したのを見ると、男は慌てて後退る。
「その浅ましさが私を更に不愉快にさせるって思わないの?」
「ひいぃいいっ!」
バタバタと身体を動かしながら今度は国王様に頭を垂れた。
「助けて! 助けてください! 国王!! もう一度忠義を尽くしますから!!」
緋月様に言っても助けてもらえないと解ったのか、男は今度は国王に向かって頭を下げた。
なりふり構っていられない状態らしい。それはそうだ。自分の命がかかっているのだから必死になるのは当然だろう。
「……緋月、こう申していることだし……」
「……私は、もうチャンスをやったよ」
揺らめいた銀色の髪を、緋月様は軽く払う。
「私は、事前にこいつらとは話を済ませてる。“最近、どう? 変わったことない?”って。“困ってることがあるなら、力になるよ”、“赤紙にいると息も詰まることもあるだろうから”、“取り返しのつかないことになる前に相談してほしい”って。そうしたらこいつらは平然とした顔で“ない”って言ってた。もう全部裏もとってあって、あとはその反応次第で処分を決めようと思ってた」
――告白するチャンスを与えたにも関わらず、隠し通そうとしたということか……
緋月様に詰められて、隠し通せると思っていたのだろうか。
「もし、そこで何かしら“悪いことをしました”って自己申告した者はここにはいない。申告した者は暗に7区に移動にした。赤紙であった以上、甘い措置はできない。処刑だって大々的に打ち出してはいるけど、私にだって情けはあるし、程度の考慮もしてる。でも、こいつらは平然と私に対して嘘をついた。程度の差は別にして、全く悪びれてないその態度がなにより悪い」
達美さんは「緋月も甘いのだ」と苛立ちを露わにした。「まぁまぁ」と蓮一さんになだめられる。
「挙句の果てに、子供を盾にして自分を護ろうとしてる。赤紙にあるまじき態度。許すことはできない」
怯えて震えながら泣いている赤紙の男は、更に息を詰まらせながら泣きじゃくっている。
「反省……しました……緋月様……っ! 俺と……楽しくお話したこと……忘れたんですか……?」
「覚えてるよ。和也」
「そんな……簡単に……っ殺すんですか!?」
「…………簡単に殺すって?」
緋月様は和也と呼ばれた男の胸ぐらをつかみあげた。
「簡単に決断したわけじゃない」
そう言って乱暴に緋月様を手を離した。尚も和也さんは泣いている。泣き崩れるというのはこういうことを言うのだろう。
崩れ落ちて泣き続けている。他の囚人も何を言わずとも震えていた。
「さて……もうメディアには前段階の告知をしてある。相当沸き立ってるよ。本当……人間ってのは拷問と処刑が好きだね」
緋月様は呆れたようにそう言って、改めて全員に向かって向き直る。
「処刑は明日行う。変更はない。それじゃ、解散」
アダムと共に緋月様は有無を言わさず、囚人たちを連れて出て行った。
それを追いかけるように光さんと渉さんは立ち上がる。第三者委員会と王政府関係者は不満をあらわにしながらも立ち上がって退室しようと立ち上がっていた。
僕も緋月様を追いかけるように退室しようと書類を持って立ち上がる。
すると、後ろから声をかけられた。
「あの、渉さん」
渉さんにつられて僕も振り返ると、かわいらしい顔立ちで背の低い男性が立っていた。第三者委員会の人だ。
「御剣……なにか御用ですか?」
「えっと……メールの返事がなかったので、具合でも悪いのかと思って……」
「多忙だったので返せなかっただけです」
「今度一緒にお食事を……」
「…………私は忙しいので。後にしてください」
渉さんはそう言って緋月様の後を追ってでていった。
「またふられてやんの」
面白そうに光さんは御剣とよばれた青年を茶化す。
「うるさいです! あなたのような野蛮人には関係ないでしょう!?」
「お前もしつけぇな。よくやるぜ」
「あなたには言われたくありません!」
喚く御剣さんを無視して光さんは会議室から出て行く。
僕も御剣さんに軽く会釈をして、そのまま退室する。
――やっぱり……あの姿を見ると可哀想だと思っちゃうな……
「ザンコクって思ってるか?」
光さんが僕に対してそう話しかけてくる。
「やっぱり……可哀想だなって思っちゃいます」
「やっぱ、お前赤紙向いてねぇよ。まして緋月の付きなんて一番向いてねぇ」
「…………そう……ですね」
「けっ……てめぇは父親を10区にしてほしいって最初言ってたのに、あのときのイセイはどこ行っちまったんだよ」
「憎いって思ってましたから……今はそうでもないですけど」
「アレだろ? リュウインとかいうのが下りたんだろ? わりぃことした方がひでぇ目にあって、納得したんだろ」
「…………やっぱり、憎いっていう感情が相手にないと、非情にはなりきれないです」
「お前は自分のハンダンなんか必要ねぇ。緋月が殺せっつったら殺して、緋月が生かせっつったら世話するだけでいいんだよ。どうせ緋月はいう事きかねぇしな」
そんな簡単に割り切れない。
人の人生や、まして命に関わる決定を簡単に僕が下すということはできない。緋月様はずっと悩んでいるご様子だった。
悩んだ末に処刑という方法をとろうとした。
「もう一回、緋月様に聞いてみます」
「無駄だっつーの」
僕は走って緋月様の方へ向かって行った。
確かめたかった。本当にそうするべきなのか。なんとかならないのか。
本当に殺す以外の選択肢はないのか。
「緋月様」
「ん?」
囚人の縄をしっかりと持っている緋月様は紛れもない執行官の装いだった。
「どうしたの? 智春君」
「本当に、処刑してしまうんですか?」
「するよ」
「僕はもうちょっと話し合った方がいいと思います」
「話し合っても、辛い気持ちで処刑を迎えるだけだと思うけど? この中で一番罪の重い、8区のバイヤーをした元司と話してみる?」
緋月様は縄で繋がれている中から一番恰幅の良い姿の男性を解放した。
筋肉質で、且つ体格も大きい。僕は見下ろされて委縮する。
髭を蓄えたその風貌は、威厳が溢れ出していた。
「元司、智春君が話したいって」
緋月様は立ち止まって僕と元司さんが対峙するのを黙ってみていた。
「俺は話すことなどない……」
「もっとよく話し合ったら、死刑を免れるかもしれないじゃないですか! 緋月様は話せばわかってくれます」
「…………許してもらえるとは思えないな。これが普通の一般市民だったら許してもらえたかもしれないが……俺は腐っても赤紙だ」
「どうして……どうして違法薬物なんて……絶対にバレるって解ってたはずですよ」
「……つらかったんだよ。誰かを粛正するたびに、自分の責に耐えかねて、逃げるようにクスリに手を出した」
「その苦しみを相談してくれたら……こうはならなかったかもしれないのに」
「……解りはしない。俺は処刑されてしかるべきだ。俺は緋月様に直接手を下されることに安らぎさえ感じている。邪魔するな。話を蒸し返さなくてもいい。やっと終わらせられるんだ」
――安らぎ……? 死ぬことが……?
そうだと思っていた時期もある。
僕はその安らぎを手に入れようとしていた。
「この子たちは赤紙でいる呵責に耐え切れなかったんだよ。辞めれよかったのに」
「赤紙に入ったらやめられませんよ。自分が暴力を振るう側から、暴力を振るわれる側になるのは恐ろしいことです」
「それでも、死ぬことより恐ろしいことなんてないはずです……」
「……あるよ。息が詰まるようなこの現実が、地獄だ」
元司さんは自ら拘束をされに戻って、緋月様に再び拘束される。
「智春君、よく覚えておいて。赤紙にいた者が罪を犯したらどうなるのか……君はそんなことしないよね? 庇ってあげられないこともあるよ」
希望を僕にかけてくる緋月様に、「はい……」と力なく答えるしかできなかった。
とんでもなく自分の非力さに落胆するしかなかった。
しかし、僕の父がこの場に連ねられていたら、僕は庇おうとはしなかったのかもしれない。
母さんが死んだのは父さんのせいだ。それは今でも変わらない。
未だに憎しみが胸の中にあるから。
――水鳥麗は、こんな気持ちだったんだろうか……
「間違っている」と「助けたい」という思いから、凶行に走らせてしまったのだろうか。
僕は心の準備ができないまま、路頭に迷ってしまっていた。
少し筋肉痛で身体が軋む度、心も体も重く、前に進むことがなかなかできなくなってしまった。




