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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
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第29話 やめておきなさい




僕は緋月様の所有する研究室に再び訪れていた。

ここに来るのは何度目だろう。

時折血液を採ったり、細胞を取ったり、唾液を取ったり、髪をとったり、検査を受けたり、色々なことをする。

メインは血液採取だ。結構な量を抜くため、期間をあけなければならないと緋月様は言う。


「消毒するね」

「はい」

「少し痛いよ」


緋月様の細く、白い指が僕の腕に触れると僕は落ち着かない気持ちでいっぱいになる。

針が刺さった後、専用の試験管を何度か交換し、いくつも試験管に血液を採って行く。


「血液はこれでよしと……」


試験管立てに緋月様は血液を立てていく。

ずっと僕は解っていない疑問について、緋月様に聞くことにした。


「あの、緋月様」

「なに?」

「僕……まだよく解っていないんですけど、悪魔細胞の完全適合って、どういう状態になるんですか?」


緋月様は「そうだなぁ」と言いながら少しだけ考え込む。


「んー、難しい話を省略すると……限りなく自分の身体を“自由にできる”って感じかな」

「自由にできる?」

「そう。それこそ、何にでもなれる。細胞の変形による姿かたちは思いのまま。それに限りなく死から遠ざかれる。負傷しても瞬間的にその傷をふさぐことが可能になるからね」

「その……限りなくというのは、緋月様も死ぬことがあるってことですか?」

「さぁ? 今のところ、色々試してみたけど死んでない……よ?」


その“試してみた”という言葉に、ものすごくひっかかりを感じた。


「ご自身を実験台にされてるんですか?」

「まぁね。だって私しかいなかったし。死んだら、そのときはその時」


あまりにも楽観的にそう言ったことに対して、僕は眉をひそめる。


「でも、痛かったり、怖かったりしないんですか……?」

「痛みは感じないように痛覚を遮断してるから大丈夫。傷がついてもすぐに再生できるようにしてあるし、今のところ向かうところ敵なしだよ」

「僕も……適合したら、そうなるんですか?」

「なるよ。訓練が必要だけど。でも……適合なんてさせないから心配しないで」


それが良いことなのか悪いことなのか解らないが、僕は拒絶されたような気持ちになる。

ただ牽制されただけなのに、少し僕は動揺さえした。


「どうしてですか? ラファエルの人たちは適合させてるのに……」

「あれは……適合してるって言っても一部だけだし、大分薬で押さえてるからなぁ……」

「理沙さん、凄い力でした……あれも適合のおかげなんですよね?」

「そうだね。あぁいう力がほしい?」

「……僕は、何も持ってませんから。役に立てるなら、そうしたいです」

「役に立ってるよ。仕事してくれてるじゃない。助かってるよ」


緋月様は白衣を整えながら座った。

その白衣は使い込まれているものだとは解ったが、しっかりとアイロンがけされていた。

洗濯に出しているのだろうか。緋月様本人には洗濯をするそのいとますらあるようには見えない。


「適合はさせない。完全適合なんかしちゃったら、死ねなくなるよ。不老不死を人間は追い求めていたけど、その実は全然いいものじゃない」

「不老不死ですか…………」

「いつか私は、わ子も、レイも、他の人たちも見送らないといけない。それは決まってる未来だから避けられない。智春君は優しいから、そういう想いしてほしくないんだよね」

「僕は……――――」


「平気です」と、簡単には言えなかった。

そんな簡単にそう言えない。まして緋月様の前では尚更そうだ。


「お母さんがいなくなったとき、かなりショックだったでしょう? それがこれから先、生き続けている限り何度も続く。だから、やめておきなさい」


緋月様の珍しい命令口調に、僕はその事の重さを実感する。

軽く下唇を噛み、そして断念した。


「……解りました」

「そう。いい子いい子」


ぐしゃぐしゃと頭を撫でられる。少し乱暴な撫で方だったが、どこか優しさを感じる撫で方だった。

母さんにもこうして撫でてもらっていたことを思い出す。

しかし、その感覚とは全然違う。撫で方が違うとか、そんなことじゃない。

ドキドキして、何も考えられなくなる。


――……なんだろう、初めての感覚だ……


緋月様の手が離れると、僕は残念な気持ちになった。

そうして僕の検体採取と、検査が終わる。




◆◆◆




「緋月、もう条件は揃いました」


白い髪をまとめているシャーロットは頭を抱える緋月に対してそう言う。メフィストは黙ってそこにたたずんでいた。


「そう……」

「長年追い求めていたことが叶いますよ。臨床実験の結果もそう悪いものではありません」

「そうかな? 私は不安だよ」


シャーロットは緋月のやり遂げたかったことを自分も成しえて嬉しいと思っていた。

結ばれている白く長い髪は、シャーロットの身体が動くたび、それに合わせて揺れて動いている。


「緋月様、ついに悲願が叶われるのですね。このメフィスト、誠に嬉しく思っています」


燕尾服を着ているその、人間ではないもの――――童話に出てくる小鬼のようなメフィストは言う。

上品な口調で丁寧に緋月に向かってその大きな頭を下げた。


「……その件だけど……ちょっと、もう少し考えさせてくれない?」


緋月はずっと一点を見つめて、頭を抱え続ける。その方向は大きな水槽がある方向だ。


「それは構いませんが……そう長い間、もちそうにありませんよ」


そう言った彼女の顔は、寂しげだったが後悔のない表情をしていた。

それを聞いた緋月は考え込むように少し沈黙する。


「シャーロット……あとどのくらいなの?」

「……もう、あと……半年くらいですかね」

「……半年か……時間がないな……なら…………でも……決心がつかなくて……まだ……もう一方が片付いてないからさ」

「『イヴ』ですか」

「そう……あと少しなんだけど……でも事を急ぎすぎてる気がする。それに……危険な橋を渡ってる」


緋月は銀の髪をかき上げて考え続ける。


「私は……怖いんだ……これだけは……どうしてもそう簡単に決心がつかない」

「……イヴが先に見つかったとして、大丈夫なんですか?」

「…………正直、解らない。でも、これ以上先延ばしにはできない」


深刻に言う緋月に、シャーロットは黙って緋月を見つめた。

その場に長い沈黙があった。

緋月も、メフィストも、シャーロットも、考え事をしているようだった。


リリリリリリリリリリ……


そうこうしている間に、次の朝を迎えるアラームが鳴った。


「もう少し、あっちの方は時間をちょうだい」

「ええ。でも、お覚悟を」

「…………できればそうする」


立ち上がると、シャーロットとメフィストに背を向けて緋月は研究室から出て行った。




◆◆◆




朝は7時くらいに目が覚めた。

今日は休みだ。

採血などしてから1日経ったが、なんだかまだ立ち眩みがする気がする。僕はぼーっとする頭を抱えながらベッドから起き上がった。


――確か……赤紙内にジムがあるって渉さん言ってたな……


少しクラクラしている状態でジムなど行って大丈夫だろうかと考えるが、もうすぐ黒旗の潜入だ。

しっかり食べて、トレーニングをして体力を作っておかないといざというときに対応できない。

一日二日程度で体力がつくわけではないが、身体を慣らしておかないとならないと僕は思う。


そう考えた僕は赤紙の食堂に行ってみることにした。僕が何を食べようかと食券を選んでいるときに、なんだか多くの人がざわざわとしていることに気づく。

人々が多く視線を向ける先には、銀色の長髪を一つにまとめて食事をしている緋月様がいた。アダムも大きな身体で何人分かの席を陣取って一緒に食事をしている。


「緋月様がいらっしゃる」

「食堂にいるのは珍しいですね。いつも部屋で食べていると聞きましたが」

「アダムもいるぞ……」

「2人ですごい量食べてるな」


僕は緋月様の方に気を取られ、適当にカレーかなにかの食券を買い、カウンターに出した。


「ちょっと遅れますよ」


と言われ、番号札を渡された。

緋月様の方に向かって歩いて行くと、そこには2区代表の琉依さんも同席していた。


「はっはっは、緋月様。そんなに急いで食べなくても、食べ物は逃げませんよ」

「急いでないけど……?」

「よく噛まないと、消化に悪いですぞ」

「私は消化とか関係ないから」


なにやら楽しげに食事をする緋月様に僕は声をかけない方がいいかなと思った。


――デート……じゃないよね……?


僕はどうしていいか解らなくなって、挙動不審な動きをしてしまう。

琉依さんはその不審な動きをしている僕に気づいた。


「おや? 君は緋月様のところの、智春君……だったな?」

「ん? 智春君?」


緋月様が僕の方を振り返って見る。

彼女のテーブルはところせましと料理が並んでいて、いくつかの皿が空になったものが積み上げられていた。

すでにかなりの量を食べている。


「今日休みだよね?」

「はい、そうです」

「これからご飯? 一緒に食べない? たまには」


隣の椅子を引いて緋月様はそう言う。

そう言われると断れずに、僕はその席へと座った。


「ありがとうございます……」


少し乱暴に緋月様は料理の皿をどかして、僕の料理を置く場所のスペースを作ってくれる。

注文が出来上がった注文番号がモニターに映し出されるはずだが、僕の番号はまだまだ来ない。

緋月様が連続の番号でいくつもいくつも注文していたから、他の人の番がなかなか回ってこないのだろう。


――それにしても……何万円分の食事なのだろうか……


「君が智春君か。緋月様から頑張ってるって話をよく聞く。まぁそう緊張せずに楽にしていい。俺は2区代表の琉依だ」

「智春です」


琉依さんは手のを僕に向けて差し出す。僕はその手をとり、握手をするとガッチリと琉依さんに手を掴まれた。少し痛いくらいだった。


「やっと会えたな。ずっと話に聞くだけで緋月様は紹介してくれなかったから、てっきり俺には隠しているのかと思っておりましたぞ。はっはっはっはっは!」


豪快に笑って、琉依さんは豪快にカレーを食べていた。

見た目通りの人だと僕は思ったのと同時に、何か精神的な問題が琉依さんにあるようには見えないなと感じる。

なんならほかの人よりも元気そうに見える。


「隠してないよ。ちょっと時間がなかっただけ」

「緋月様は今日はお時間があるのですか? 珍しく食堂で食べているとお見受けしますが」

「ちょっとね、食べて頭を働かせないといけなくて。料理長に後で怒られることにするよ」

「もう怒ってますけど?」


背後から足音と共に、低い声が聞こえる。

振り向くと、体格のいい男が腕に目いっぱい皿と料理を持って立っていた。次々とその皿を緋月様のテーブルに置いて、一緒に来た食堂のスタッフたちが食べ終わった皿を下げていく。


「あ、彰吾しょうご、ごめんごめん」

「“ごめんごめん”じゃ、ありませんよ。来るなら事前に言ってくださいと言っているじゃないですか。他の方への食事の供給が滞ってしまうんですよ。あなたたちは大食いなので」


物凄く険しい表情で、彰吾と呼ばれた料理長は怒っている。


「食べ終わったら出て行くからさ」

「いつ食べ終わるんですか?」

「あぁ……あと30食くらい? 食べたら? かな?」

「はぁ……」

「そんな怒らないでよ。いつも彰吾には美味しい料理を提供してもらって感謝して――――」

「お世辞は結構ですから。私としても、いつも完食してもらって嬉しく思ってますけど、いいですか? 来るときは前日にきちんとご連絡をお願いします」

「うん……ごめん……」

「…………弁解があるなら伺いますが?」


シュン……と元気をなくす緋月様に、料理長は少し罰の悪そうな表情をして、弁解の機会を促した。


「……別に、弁解はないよ。ちょっと……考え事をしていてね……」

「考え事は結構ですが、考えている最中に無尽蔵に食事をとられるのはどうかと思います」

「はっはっはっは! そうですぞ緋月様。食事が済んだら俺と一緒にジムでも行きましょう! 力比べでもどうでしょうか?」

「……琉依の惨敗だと思うけど。いいよ。智春君はこれからどこか行くの?」

「僕もジムに行く予定だったので、一緒に行ってもいいですか?」

「いいよ」

「はっはっは! 智春君、俺と勝負だ!」


何の勝負をするのかさっぱり解らなかったけれど、体格のいい琉依さんに勝てる気がしなかった。




◆◆◆




初めて来たがそこは大きなジムだった。

ありとあらゆるトレーニング機器が立ち並んでいる。アダムは蛇の姿になって緋月様に巻き付いて、食べ疲れたのかすっかり眠ってしまっている。

ジムの中も緋月様が現れるとざわめいた。


「よぉし、緋月様、まずはパンチングで勝負ですぞ!」

「パンチングか……気乗りしないな……」

「さぁさぁ、智春君もやってみなさい」


琉依さんは構え、誰も使っていない空いているウォーターバッグに向かって鋭く拳を叩き込んだ。

「パァン!」という大きな音が響き、大きくウォーターバッグが揺れる。


「鍛えてるね、琉依」

「このくらい、朝飯前ですぞ!」

「……もう朝飯後なんだけどね」

「確かにそうですな! はっはっはっはっは!」


琉依さんはとにかく明るく、溌溂はつらつとした性格のようだった。

「智春君もやってみなさい」と勧められ、僕はウォーターバッグの前に立ち、それを力いっぱい殴ってみるが、琉依さんのように気味の良い音はせずに小さくウォーターバッグは揺れるだけだった。

琉依さんの後で、衆人環視の中そんな有様を見せてしまって僕は恥ずかしいと感じる。


「智春君はもう少し筋肉をつけたほうがいいですな。そう思いませんか? 緋月様」

「別に、そんなに筋肉つけなくてもいいんじゃない?」

「僕は、もう少し……つけたいですね」

「そう? 別に私は護身術がきちんとできればいいと思うけどな」

「さぁ、緋月様の番ですよ。どうぞどうぞ」

「……本当に私もやるの?」

「当然です。さぁ!」


勧められる緋月様は浮かない顔をしていた。

そしてウォーターバッグの後ろを確認し、周りの人を近くから遠ざけさせる。


――そんなに緋月様が殴ると揺れるのかな……


そう思ってた矢先、緋月様は目にも留まらぬ速度でウォーターバッグに一撃をいれる。

「バキンッ!」と上の固定していたチェーンが割れて、真正面の壁にウォーターバッグがそのまま叩きつけられ、衝撃に外側がはじけ飛び中の水が辺りに飛び散った。

僕は呆気に取られて緋月様を凝視するしかなかった。


「流石緋月様! ご健在でしたな、はっはっはっはっは!」

「……やっぱり壊しちゃった……」


周りの人たちは拍手している人もいれば、僕と同じく呆気に取られている人と半々くらいだ。


「なんだよ緋月、きてたのか?」


群衆の中からタンクトップ姿の光さんだった。首にタオルをかけて汗を拭っている。左腕の刺青を隠すようにサポーターをしていた。


「お前またウォーターバッグ壊したのか? またジムの管理に怒られるぞ」

「さっき料理長にも怒られてきたところだよ……」

「光もジムでいい汗をかいているようだな。どうだ? 俺と勝負しないか?」

「あぁ? 勝負? やんねぇよ」

「勝負で勝ったら、緋月様への挑戦権を譲渡するぞ? はっはっは!」

「バカかお前? こいつに勝てるわけねぇだろ」


緋月様は破壊したウォーターバッグの外側を拾い上げ、まき散らしてしまった水を、掃除用具入れからモップを出して掃除し始める。僕もそれを手伝うことにした。


「大丈夫だよ、私が片付けるから」

「僕も手伝います」

「ごめんね、滑るから気を付けて」


と、言われている矢先に僕は脚を取られて滑って転びそうになった。

咄嗟に緋月様が僕の手を掴んでくれたおかげで転ばずに済む。緋月様の手を握る形になって、僕は慌ててバランスを保って手を離した。


「ほら、大丈夫?」

「ごめんなさい」

「休日なんだし、私につき合わなくてもいいんだよ? ……まぁ、今私は琉依に付き合ってるんだけど……」


話をしていると、間に光さんが「ずいっ」と入ってくる。


「今日はずっと研究室にいるはずだったんだろ? ルイとクソガキとこんなとこで何してんだよ」


不機嫌そうな声で光さんは緋月様に問う。


「研究が思ったより順調だったからきりあげてきたの。食堂で琉依に会って、勝負しようって言うから、たまにはいいかなと思って」

「俺がさそっても断るのにか?」

「じゃあ今から、光の行きたいところいく?」

「本当か!?」


その会話を聞いていて、僕は光さんがうらやましく思った。そんなふうに緋月様に僕は言えない。

どう女性に対して接したらいいかすらわからないのに、緋月様に対してそう言えるわけもない。葉太さんのしつこい誘いに嫌気がさしている様子を見るに、あまり積極的に誘われるのは好きではないように思える。


「この後ジムの管理長に怒られてから仕事行くから、1件だけだよ」


光さんは少し考えるそぶりを見せた後、ボソリと行きたい場所を告げる。


「じゃあ……ケーキ屋」

「それは一人でいつでも行けるでしょ?」

「男一人で女ばっかいるケーキ屋なんか入れねぇよ。めちゃくちゃ変な目で見られるんだぜ?」

「解ったよ、レイ。このウォーターバッグの残骸を片付けたらね」

「んなもんジムの雑用係にでも任せとけよ」

「私が壊したんだから、私が片付けるのは当然でしょ?」


そこに、またガタイのいい男性が走ってやってきた。

先ほど見た料理長だ。料理長とジムの管理長を兼務しているのだろうかと僕は思う。


健吾けんご、ごめん。また壊しちゃった」


――健吾? 彰吾じゃなくて? 兄弟?


健吾と呼ばれたその人物は、料理長と同じく険しい顔をして緋月様を責めた。


「緋月様、困ります。これで3回目ですよ? どれだけトレーニング器具を破壊すれば気が済むのですか」

「ちょっと力入れただけなんだけど……ごめんね」


《《ちょっと》》力を入れただけという言葉に更に僕は驚いた。

本気で殴ったらいったいどうなってしまうのだろう。


「まぁまぁ、この琉依が緋月様をお誘いしたのです。これはもうジムの風物詩! 俺が弁償しますぞ」

「琉依様……また勝負をされたのですか? 勝てるわけがないのによくやられますね」

「はっはっは! 誰も勝てないからこそ、挑戦するのですぞ!」


琉依さんは厭味を言われても気にしない様子でそう言って笑う。


「後日設備の補充請求をしますので、それを承認ください。片づけも私どもでいたしますので」

「うっ……健吾……ごめんって……」

「…………反省されたなら結構です。もう壊さないでくださいね」

「はい……」


シュン……とする緋月様に、彰吾さんと同じく健吾さんもなんだか罰の悪そうな表情をした。

スタッフが次々と現れ、手際よく片づけを済ませる。


「緋月、もう行こうぜ」

「なんだ、光。もう行くのか? 俺と勝負は?」

「んなもんしねぇよ」


素っ気なく言う光さんに、琉依さんはがっくりと肩を落とす。


「ごめんね琉依。勝負は私の勝ちだったから、今度、花を少し分けてくれない?」

「解りました。緋月様、今度は負けませんぞ? はっはっは」


そう言って手をひらひらとはためかせながら、琉依さんは別のジムのブースへと消えていった。


「相変わらずうるせぇ野郎だぜ」

「………………」

「なんだよ?」

「別に。じゃあね、智春君」

「はい。ありがとうございました」


緋月様は光さんと一緒に歩いてジムの出入り口へと向かう。

その楽し気な後姿を、ただ僕は見つめているしかできなかった。


「凄かったな緋月様」

「お前いつ声かけるんだよ」

「かけられねぇよ! 俺なんか……相手にされねぇし。光がこえぇし……」

「んなことないって!」


赤紙職員たちはそう口にしていた。


――そうだ。そば仕えをしているだけで十分だ……話ができるだけいい方だ


そう思いながら、僕は「ふぅ」と息を吐きだして、ランニングマシンに乗った。

速度設定をして走り出す。


――僕も、誘ってみようかな……でも、やっぱり緋月様は忙しそうだし……


考え事をしながら、僕は懸命に足を動かす。

結局僕は誘い文句が思い浮かばないまま、走り続けることになった。




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