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メンタル・ディスオーダー  作者: 毒の徒華
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第12話 キレイゴトで命救えると思ってるの?




光さんと仕事から帰ってきて自室で報告書をまとめ、渉さんに確認してもらっているときに


「光と一緒で平気だったんですか?」


と聞かれた。

平気かどうかと聞かれると、そうではない瞬間は何度かあったが、別段喧嘩することもなく2人で無事に帰ってこられたとは思う。


「はい、光さんの意外な一面を見ました。思ったよりもいい人というか……」

「……いい人……というか、愚直というか……」


渉さんは僕の書いた報告書を見て、いぶかし気な顔をしていた。


「『教祖の部屋にて、洗礼と呼ばれる儀式を行った』…………『特殊な液体を血液で操るという非現実的実験を――――』…………?」

「はい、ありえないような体験でしたが、確かにありました」

「…………智春君の弟さんも、それはできたと書いてありますが、智春君はそれ以上だと?」

「はい……」


自分でも、こんな報告書を書いていいものか解らなかったが、事実をそう書くしかなかった。

渉さんは眉をひそめたままだったが、僕の言ったことを信じてくれた。


「では、これを緋月様に提出してください」


渉さんは自分の仕事に戻っていったので、僕は緋月様の部屋へ向かった。


「こんな報告書で大丈夫かな……緋月様の手間を増やすことになったらどうしよう……」


僕が緋月様の部屋の扉をノックして開くと、緋月様は相変わらず薄暗い部屋の中で書類を見たり、顕微鏡をのぞいたりしていた。


「緋月様、報告書を持ってまいりました」

「あぁ、ありがとう。無事に帰ってこられて良かった。どうだった? ……は、報告書読むか」


緋月様は僕から報告書を受け取ると、目を左から右へ何度も動かし、その内容を確認した。


「弟さんに会ったのか。よくばれなかったね」

「はい。光さんが僕に変装道具を貸してくれまして」

「ふふ、そうか。なら良かった」


僕は報告書の内容に関して、緋月様が疑問をぶつけてくるのではないかとずっと待っていた。


「うん、わかった。ありがとう。フードの男というのは智春君は見た?」

「いえ、僕は見ていないです」

「そうか……もし、そういう人が接近してきたらまず私に連絡してほしい。あとは……不用意に近づいてくる奴にも十分に注意して。おかしいと思ったらすぐに私に報告してほしい」

「え……あ、はい」


――近づいてくる人? なんでだろう。最近そういう事件でもあったのかな


「智春君、君は観察力がある。相手に下心があるかどうか、よく見極めなければいけないよ」

「ありがとうございます。解りました」


僕は緋月様の言った意味を考えながらその日の仕事を終えて、自分の部屋へと帰っていった。

僕は弟のことが気がかりで、また来ますと言ったのだし、また会いに行こう。

僕だとわかったらきっと雪尋はあんな風に話してくれないだろうから。




◆◆◆




「かねてより、罪人を捕まえる際に怪我を負わせることについて、第三者委員会から『過激では』という声が上がっていたのは皆が周知のことと思う。そこで、私が開発したこのSG《すいみんガス》を使用することによって相手を眠らせ、安全に捕獲するという方法を導入していきたい」


赤紙の上位者とその側近や、各部署の偉い人や第三者委員会、国王も出席している会議の場で緋月様は話していた。

会場は僕が最上位者に挨拶したあの部屋だ。よく会議などで使われるのだろうか。


「使い方は簡単だ。このSGを投げつけると衝撃によって中で化学反応が起き、ガスが噴き出す。ここの赤い部分を押しても出るようになっている。効果のほどは……このまま披露すると全員が眠ってしまう可能性があるので、机に置いてあるガスマスクを全員が装備しておいてほしい」

「全員がつけたら誰がそれを吸うのだ?」


達美さんから指摘が入るのと同時に、大きい方の扉が開いてアダムが入ってきた。

アダムの尾に巻き取られたボロボロの衣類を着た、老若男女5名が運ばれてくる。各々、恐怖からか泣き叫んでいたり、必死に抵抗していた。抵抗はむなしく、アダムからは逃れることができない。


「見ての通り、10区の人間を使用する。全員マスクをつけた?」

「待ちなさい、こんな公の場で人体実験など!」


第三者委員会の席についていた老獪が、緋月様に抗議する。他の第三者委員会の面々も厳しい目を緋月様に向けていた。


「なんで? 死刑待ちの人間だよ?」

「そういう問題ではないだろう!?」

「はー……」


緋月様は面倒くさそうに天井をみた。


「じゃあ君が身体を張ってくれるの?」

「何を言っているんだ! ふざけているのか!?」

「ふざけてないよ。キレイゴトで命救えると思ってるの? これが早く導入できればもっとたくさんの人を危険なく救うことができる。倫理や思想を掲げるだけじゃ誰も救えないよ」

冒涜ぼうとくだぞ! 国王の御前で恥知らずな!!」


緋月様は心底面倒くさそうにしていた。

こういった会議に出席するのは初めてだったが、毎回こんな風に言い争っているのだろうか。光さんがいたら、もっと大変なことになっていただろう。こういう会議の場には光さんは気が向いたときにしか顔を出さない様だった。そのめちゃくちゃぶりを許している緋月様には厳しい意見も多い。

けれど、光さんは会議にでていようが出ていまいが、意見を述べることはないだろう。


「根本的な話だけど、10区に移動になるような人間はもう人権剥奪されてるし、人間扱いしなくていいから」

「我々は、死刑制度反対派だということを知って言っているのだろうな?」

「ははははははっ」


緋月様が急に笑い出したのをみて、赤紙の面々は呆れた顔をしたり、ニヤニヤしていたりしていた。

第三者委員会の人たちは笑っている緋月様を見て、顔を赤くするほど怒っている。


「何がおかしい!?」

「ははは……ごめんごめん、思い出し笑いをしただけだ」


緋月様は口元をおさえて笑わないようにしていたようだが、こらえきれないようで1分程度笑っていた。

その間にも第三者委員会の人の罵倒は続いていた。


「はー……そういう死刑反対をうたっていた人間の身内や大事な人が殺された裁判では、90%以上の人が罪人に対して死刑を望むんだよ。君の家族が理不尽に蹂躙じゅうりんされて殺されても、君は死刑反対と高らかに言えるのか?」

「それは……」

「やりやすくなるように、こいつらの罪名を全部読み上げてやろうか? 左から『強姦・強盗致死』『窃盗・恐喝・脅迫・詐欺』『監禁・傷害・強姦』あと……」


緋月様は下劣な罪状を片端から言った。何の資料も見ずに罪状を全部。凄い記憶力だ。

罪人たちは「ごめんなさい」とか「許してください」とか泣いて懇願こんがんしている者もいた。


「君の家族が、実の娘が、金品を奪う目的のついでに強姦されてバラバラに切断されて、その辺に捨てられたら、君はどう思う? 許してあげられる? 実験に使うなとそれでも慈悲を与えられるの?」

「…………」


第三者委員会はバツの悪そうな顔をして緋月様から目を背けた。


「建前を振りかざすのは別に構わないけど、仮にこの人たちを可哀想とかって思うなら、自分が代わってあげたら? 自分の地位とか、財産とか、境遇とか、全部代わってあげたらいいじゃない?」


誰も何も言わない。


「なんで死刑反対とか掲げてるの? また人道がどうとかって話? いつまでジンドウジンドウなんて言って、問題を先延ばしにして行くわけ?」

「…………」

「いつになったら善良な市民が安心して暮らせる世の中になるの? 私、待ってるんだけど。200年もずっと待ってるけど、まだならないんだよね」


緋月様は言葉を続ける。


「私が生まれた時は、核兵器やらなにやらで無差別の暴力の中にいた。善人だろうが、悪人だろうが、大義名分の元に一方的に奪いつくされて再び世界は滅びた。知ってるでしょ?」

「…………」

「やっと秩序が保てるようになってきた状態なの。それも、グズグズになった元政府を私が実質乗っ取って、ほとんど独裁で進めてきた。犯罪というもの自体が生まれないようにありとあらゆる方面で今も努力と研究を続けてる」


ざわざわと第三者委員会と王政府関係者が話し始める。穏便な雰囲気は初めからなかったものの、更に険悪な雰囲気になってくる。

それを収めたのは王だった。


「静まりなさい。皆の者」


豪奢な服装をまとい、見るからに身体が重そうだというのが第一印象だ。

威厳のある風貌であるものの、顔は優し気だった。この会議室の一番上に座り、その周りには何人か側近がついている。


「緋月、そう投げやりな物言いをするな。グズグズになっていたのは否定できないがな。はっはっは」

「……そこ、一国の王が笑うところ?」

「おい! 国王に対して礼節を欠いた発言は許されないぞ!」

「よい。私の先祖の過ちをそう言われると、私の胸が痛い。すまなかったな」

「別に、ヤスのせいじゃないじゃん。ヤスが謝ることないよ」


ヤスとは、国王のことだ。

保徳やすのりという名前の愛称で緋月様は呼んでいるらしい。


「人は過ちばっかり犯してきてるから。ゲノム編集が活発になった700年でしょ? 980年頃にはバンバン核兵器使ったせいでまた世界が崩壊したし……年に今はもう1200年だよ。ほんっと、学習しないよね」

「そう言うな。それでも人間は前に向かって進んでいっている。この……なんと言ったか、睡眠ガスの兵器も前進のためのものなのだろう。お前がいつも研究室にこもって色々研究しているのは知っている。人体に悪影響がでないような成分を研究していたんだろ?」

「…………まぁ、そんなとこ。0年以前の失われた知識の復元ができたってところかな」

「ほう? 興味深い。後で聞かせてくれないか」

「このクソみたいな会議が終わってからね」


緋月様は吐き捨てるようにそう言うと、手をパンッ……と一度叩いて空気を変える。


「はい、他に異議のある人がいたら、今言って」


室内は罪人以外の人達は硬い沈黙を守った。

赤紙陣営の区代表たちは「やれやれ」といった様子で笑っている。


「よし、じゃあやろうか。ガスマスク早くつけて」


緋月様はガスマスクを使用していなかったが、そのまま手の平程度の大きさのSGを投げた。

『カンッ』という音が響いてそこから白いガスが勢いよく噴き出す。

それを見て罪人たちは叫んでいたが、それを何度か吸い込んだら、ものの1分程度で完全にぐったりとして眠ってしまった。

部屋にそのガスが充満する。モヤがかる程度で視界が特別悪くなることもなかった。大体3分程度は煙が出続けたように感じる。


「今すぐ寝たい人はマスク外してもいいよ。窓あけるから寝たくなかったらもう少し待ってて」


緋月様がふざけ気味にそういうが、誰も外そうとしない。

窓を操作して開けると、換気されて内部からそのガスが消えていった。十分に換気した頃に「もう外していいよ」という緋月様の合図で僕ら全員がマスクを外した。

しかし、ひと呼吸してみて、少しクラクラとしてきて少々の眠気に襲われた。


「はい、罪人をご覧ください。見事に眠っている。脈は全員あるから心配しないで」


アダムに絡めとられている全員が寝息を立てているのを全員が確認していた。


「これの導入だけど、もうしてもいいよね? 麻酔医とか工場と契約して試験的に作らせたけど、なかなかでしょ? まだ数少ないけどね」


少し強引な緋月様は全員に意見を押し切っていた。


――なんというか、決断をしたら早いというか、曲げないと言うか……


別に間違ったことを言っているわけではないので、誰も反論ができなかったのかもしれない。


「緋月様! 流石です!!」


一人立ち上がって盛大な拍手をする人がいた。

やけに派手な装いで、白いファーを纏っていて顔に星のタトゥーをしている3区の代表――――かおるさんだ。


「薫……喜びすぎ」

「いえいえ、緋月様はいつも正しい! 最高です!!」


オーバーリアクション気味に身振り手振りで緋月様を称賛する。


――3区代表も随分変わってるな……確か……自己愛性パーソナリティ障害だったっけ……


緋月様に対して異常な崇拝心を持っていると聞いたことがある。

罪人に対して過剰に罰を与えることもあるらしい。第三者委員会から報告があって、緋月様が減刑を与えることもまぁまぁあるとか。


「また薫のやつ……」

「ふふふ、面白いですね薫は」


区代表の達美さんと園さんがそれを見て呆れたり、笑ったりしていた。


「もう、この茶番いつまでやってるつもり? あたし、この後ネイルサロンいくんだけど」

「優輝……、勤務時間中にネイルサロン行くのどうかと思うんだけど……」

「別にいいじゃない。蓮一も一緒に行かない?」

「僕はいいよ……仕事残ってるし……」


同じく区代表の優輝さんと蓮一さんも話をする。

赤紙区代表たちは事の顛末てんまつが解っているようで、第三者委員会と王政府関係者が険しい顔をしている中、悠然としていた。


「もう話は済んだだろう? 俺たちは帰るぞ」


立ち上がった達美さんはそう言った。


「はい、解散解散ー」


緋月様が手を二度ほど叩くと、赤紙陣営はさっさと立ち上がって出て行ってしまった。


「もう、つまんないことで呼び出さないでほしいわね」

「じゃあな緋月。今度飯でも行こうぜ。ホテルでもいいけどな」

「緋月様本日も最高でございました……ヒヒヒヒヒ……」


一人ひとり、言いたい放題なことを言っていた。とても国の管理者側の人間の発言とは思えない。

僕は唖然としていたが、渉さんが立ち上がるとと共に緋月様の元へと駆け寄った。


「いくよ」

「は、はい……」


緋月様は王に一礼をするでもなく、ひらひらと手をたなびかせてアダムと共に部屋を出る。

僕と渉さんは国王に頭を下げて、部屋を後にした。

本当にこんな強引な進め方でいいのか、僕は2人の後ろを歩いている間、考えていた。




◆◆◆




光さんはアダムの軟らかい身体にもたれかかって昼寝をしている。


――仕事時間中だというのに……自由だなぁ……


波乱万丈な会議から数日後、僕は緋月様の部屋で渉さんに書類の作り方を聞いていた。

すると緋月様が書類整理を済ませた後に、大きく伸びをする。

机の横には大量のお皿が積みあがっている。食事の時間を仕事の中でとっている様で、書類を整理しながら次々とその皿に盛られていた食べ物は減って行った。


――器用な人だな……というか……よく食べる人だな……


緋月様は一息ついてからデザートのパフェを食べながら、作成した書類の二度チェックを行っている。

渉さんは時折それを食べたそうな目でチラッと見ていた。

食べ終わったのか銀色のトレイに空のグラスを置くと、緋月様は立ち上がる。


「さてと……智春君、わ子と一緒に各区の監査に行ってくれるかな」

「監査ですか?」

「そうそう。区代表が悪いことしてないかっていうのもちゃんと見てるんだよね。1区から順番に行ってくれたらいいよ」

「1区だと……優輝さんの管轄でしたよね」


いつも緋月様に対してキツイ態度をとっているだけに、なんだか苦手意識が強い。


「そうそう。優輝のとこの風俗店のチェックとか……あとは優輝がちゃんと仕事してるかとかね」

「優輝様は少し仕事をサボりがちな気がしますが……」


渉さんがため息を吐きながら言うと、緋月様は笑う。


「なんだかんだいって、1区をちゃんとまとめてるよ。ちょっと自分の美容に関することに時間を割きすぎだと思うけど……ま、ちゃんと回ってるなら特に文句ないし」


そんな感じで大丈夫なのかな……と思いながらも、1区はいつも他の区と異なり平和であるため、それほど躍起にならずにもいいのかなと考える。


「わ子も一緒に行ってほしいな」

「……解りました……」

「まぁ、監査はどこの区でも気が進まないだろうけど、頼むよ」

「……妃澄様の9区と、蓮一の6区、佳佑様の7区はそう嫌でもないのですが」

「ははははは、嫌とか言わないでよ」


緋月様は渉さんが肩を落としてため息をつく様子を見て笑っていた。


「行きますよ……智春君……記録係をお願いします」


――渉さんが露骨に嫌そうな顔をするなんて、珍しいな……


そう思ったけれど、

僕はすぐに、何故渉さんがそんなに嫌そうな顔をしているのかわかることになる。




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