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第五話


 最初が強烈な経験だったので、情けなくも俺は、やっぱりこの旅やめたいーとか思っちまったんだけど、笑顔で送り出してくれた屋敷の使用人たちの顔が思い浮かび、なんとかなけなしのやる気を振り絞る。


 ジルベールはそんな俺の気持ちを知ってか知らずか(いやきっと知ってるな、こいつのことだから)いつものように涼しい顔で、

「次はどちらの方面に行きましょうか」

 などと聞いてきた。

「ああ、えー、俺はどっちでも・・・ここでやめたら男がすたるからな! あ! でもさ、あんまり、その、・・・どぎつい所は、ちょっとご勘弁願いたい。中間ていうか、無機質でも濃過ぎるのでもない、どっちにも傾いていないちょうど良い案配のさ、そんなところがいい」

 なりふり構ってられない俺は、なんだかやけにしおらしくそんなことを言ってしまう。

 ジルベールは最初、不思議なものを見るように目を見張っていたが、やがて俺から見えないようにうつむくと、フフ、と笑ったような声がした。

「なんだよ!」

「コホン。失礼しました。あの村はかなり珍しい場所でしたので。坊ちゃまの本気度を測るためにご用意しました。ですがご心配なく、これからは普通の諸国漫遊ですよ。それにしても、貴方は良い方に期待を裏切ってくれますね」

「はあ?」

 なんだよそれ! 俺は試されたのかよ! 




“28歳まで、残りは50年”




 それからしばらくは、ジルベールが言ったように、本当に普通の諸国漫遊だった。

 けど、最初はビジネスホテルだったり民宿だったりした宿泊も、俺に体力が着いてくるとそれがキャンプ場になったり、それにも慣れると自分でテントを張って野宿をすることもある。火のおこし方も、食べられる野草も覚えたぜ! 

 俺はどんどん日焼けして心なしか筋肉もついてきて、反対に身なりに無頓着になっていく。とはいえ、きちんと衣類の洗濯はしてるし、銭湯や公共の温泉で汗や汚れは落としているからな!

 ひなびた片田舎も、最初の村が本当に特殊だったみたいだ。

 今夜の宿を探していて、夫婦や家族でやってるような慎ましやかな民宿を目にすると、ジルベールは「予約していないのですが」と、飛び込みで入っていったりした。けど、そんな時すんなり泊まらせてくれるところは、どこもすごく居心地が良かった。

 リュック一つで旅してる俺たちに、この方面へ行ったらここを頼りな、と手紙を書いてくれたり、お礼に何か手伝いがしたいと言ったら、自分の所じゃなくて、じゃあどこそこの家は老人2人だから、畑を手伝ってやりな、とか、自分たちのネットワークを駆使してなにかと世話を焼いてくれるんだ。

 だから今度は、旅先で知り合った信用できそうな人に、そんな宿の事をちょこっと宣伝しておいたりする。まあ、ささやかなお礼ってわけ。




 で、なぜだかわからないんだけど、ジルベールはあるときから小さな宿の間に、超豪華! これぞリゾート! みたいなところを挟んでくるようになった。

「なんでだよ、俺、こんなところ嫌だよ」

 と俺は、昔の俺が聞いたら卒倒するようなセリフを言ってきびすを返すんだが。

「いいえ、本日の宿はこちらです」

 有無を言わさず、リュックをむんずとつかんで引っ張っていくんだ。

 で、もっとすごいことに、予約もしてなかったりする。

 あのねー高級お宿に予約なしでさー、そんでもって小汚い野郎2人でさー。

 俺がフロントなら即お帰り願うね。


「申し訳ございませんが、本日は満室でございます」

 笑顔の仮面を貼り付けたフロントさんが、案の定お断りを入れてくる。

 ああ、良かった、これで今日もちっちゃくってあったかーいお宿に泊まれる。と、ここでもきびすを返そうとすると・・・。

 ジルベールはどこからか、角度によって七色に色を変えるカードを取り出した。

 そ、それは! 全世界で信用絶大の七変化カード!

 あっけにとられて目を丸くする俺とフロントさん。目が合ったので仕方なくこっちはテヘペロっと笑うしかない。

「予約はしておりませんが、こちらの方は・・・・・」

 俺の素性を明かして、支配人を呼ぶように言うと、秒単位で支配人が飛んでくる。

 その後は、まあ・・・・。

 従業員全員ペコペコへらへら。下へも置かぬ扱いだ。なんだか遠い昔を思い出して、俺は気分が悪くなっちまったぜ。


「ジルベール! なんだよここは! 俺はこんな所嫌だって言っただろ!」

 ぶんむくれの俺に、奴は涼しい顔で答えてくる。

「いいえ、何をどうしようが、ここはもともと貴方が住む世界です」

 う、と詰まると、「ただ」と、柔らかい表情になって続ける。

「これからの長い旅で、こことあちら、どちらが良いのかを決めていくのも、また貴方です。今後も交互に世界を見比べて頂くために、こういう所にも泊まって頂きます」

 このセリフ、どこかで聞いたような。

 けどさ。

 どちらを選ぶ? もうそんなもん、決まってるだろ。


 そのあとは、ドドッと入ってきたホテルのバトラーとその手下たちに風呂に放り込まれ磨かれ、どこぞのブランド服を着込まされ。

 レストランに連れて行かれて、飲んだり食べたりさせられて。

 ふかふかのベッドに入ることになった。

 まあなんだかんだ言っても、これまでの習慣はなかなか消えるもんじゃない。

 情けないことに、俺はあっという間に眠りについていた。


 けど・・・翌朝。

「うう、身体が痛い」

 なんだろう。目が覚めたのはもう朝日がまぶしい時間なのに、あんなによく寝たのに。

 全然疲れがとれていない、って言うか、寝る前より余計に疲れてて、おまけに筋肉痛みたいに身体があちこちが痛いんだ。なんだろう、これは。

 こんなに整えられた環境で、悪い夢でも見たんだろうか。



 筋肉痛その他の原因は、すぐに判明した。

 小さくても人のぬくもりを感じられる所とか、キャンプや野宿の時はいつもぐっすりだ。朝起きても筋肉痛はひとつもない。

 けど、でかくて金ぴかでも、嫉妬と欺瞞とこびへつらいと嘘と陥れが蔓延しているような超高級の方に泊まっているとき、俺は変な夢を見るようになったんだ。


 ぱちん。

 唐突に目が覚める。

 あ、また夢だな。

 何度か同じような経験をしているうちに、夢と現実の区別が付くようになっていた。

 ここは俺が本日泊まっている、超高級ホテルだ。

 シャンデリアきらめく食事会場に集まっているのは、嫉妬と欺瞞と嘘と陥れ等々で構成されている、人としてどうよ? って言う奴らばっかりだ。まあかつては俺もそこにいたんだけどね。

 皆、どす黒い腹の探り合いばっかで、油断も隙もありゃしない。

 けど、なんだかこの夢も現実っぽいんだよな、と、そんなことを考えていると。


 今日もジルベールがやってくる。

 一分の隙もない装いと身のこなしは、いつもと変わりなく見えるんだけど。

「さあ、はじめようぜ、坊ちゃま! 」

 なんだかキャラが、ものすごーく豪快なんだ。

 ジルベールは談笑する人々の間に入っていくと、大声で言い出すんだ。

「うわあお、笑顔なのに目が笑ってなーい。腹の中があまりにもどす黒いんで、お顔がゆがんで気持ち悪ーい! 醜ーい! さっさとどっか行っちゃいなよお」

「なんだと!」「ペラペラと言いたいことを!」「お前こそどこかへ行ってしまえ!」

 今までお上品ぶっていた奴らが、ジルベールの言いぐさに悪態をつく。

 するとジルベールは、ハッハッハッハー! と豪快に笑いながら、そこにひざまずくと地面にげんこつを突き立てるのだ。

 どおん!

 ものすごい音と同時に、地面にひびが入る。

 やがてそれは食事会場を真っ二つに引き裂きながら周りへと広がり、ホテルの建物が次々バラバラになっていく。

 わあー ギャアー うおおー

 偉そうに文句を言っていた奴らが、右往左往しながら外へ逃げようとするんだけど、なぜか誰も建物から出られないんだ。

 ガラガラと崩れてきた建物の下敷きになって、奴らが見えなくなると。

「ほーら坊ちゃま! 貴方の出番だぜ!」

 ガッハハと笑いながら俺に指図するジルベール。だからキャラ違うって!


 俺は仕方なく仕事に取りかかる。バラバラに砕けた地面を後ろに居並ぶ小舟みたいなのに積んでいくんだ。どれくらいとか、どれをどの小舟にとかは、あらかじめ決まっているらしくて、俺はなんにも考えずにただせっせとがれきを運んでいくだけ。これが結構重労働なんだよなー。

 で、すべての船がいっぱいになると、やってきたジルベールが、ポイポイとなんだか黒くて気持ちの悪い塊を一つずつ、船に投げていく。それが乗っかると、小舟は合図もなしに出航して、てんでバラバラの方角へ進んでいくんだ。

 まるで行き先が決まっているかのように。


 ここまでの一連の作業が夢の中身。

 かなり体力が着いてきたと思ってたのに、この仕事はけっこう身体に堪えるんだよなー、俺は「疲れたあー」と叫ぶと、よろよろとそこに倒れ込んで仰向けに寝そべってしまう。



 ・・・と、ここで目が覚める。

 周りは真っ白な布の海、清潔でふわふわのシーツに俺はくるまれている。

「おはようございます」

 のっそりと起き上がって緩く頭を振ると、夢で見たのとは大違いの、ポーカーフェイスで冷静沈着な、いつものジルベールがそこにいる。

「どうぞ」

 奴は、決まって、トレイに乗せた水の入ったグラスを差し出してくれる。

「ありがと」

 俺は受け取って一気にそれをあおるんだけど。

 この水の美味いこと。

 はじめて飲んだときは、「うお! なんだこの水! 美味すぎる!」と、なぜかジルベールに文句をつけたほどだ。

 俺を構成する細胞やらなんやらが、このたった一杯の水でバランスを取り戻していくようだ。


「なあ、ジルベール」

「はい」

「お前ってさ、双子の兄弟とかいる?」

「いいえ、いませんが」

 夢に出てくるジルベールが、あまりにもここにいるこいつと違うんで、ちょっと聞いてみただけだ。まあ、夢が現実と違うのなんて当たり前なんだけど、なんていうのかな。

「それにしても、リアルな夢だよな」

 つぶやく俺に背を向けて、ジルベールはおかしそうに微笑んでいた。


 あ、それから。

 変な夢を覚えているようになってから、俺はその夢も記録として、くだんの日記帳に書いていくことにした。キャラの違うジルベールとかさ、なんかおかしくって、これは是非残しておかねば、と、1日の記録より力が入る時もある。

 そのうち、旅したところがすぐわかるように、地図を貼り付けて印をつけていったり。

 あと、景色や知り合いになった人との写真なんかも貼ってみたり。

 俺の日記帳は、記録と言うより、道中記みたいになりつつあった。

 とはいえ、書かれているのは平々凡々とした日々。現実は冒険小説みたいに毎日手に汗握ってられないもんだ。


 けれど。

 緩やかな変化は、一見、何も変わっていないように見えるものだ。



 屋敷を後にしてから、15年がすぎていた。




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