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第四話


 旅の支度をする俺に、ジルベールがある物を差し出した。

 見るとそれは、分厚いハードカバーの本だった。けれど中には罫線が引かれているだけで、なにも書かれていない。

 日記帳だ。

「なんでこんなもん?」

「お屋敷を離れている間は、こちらに記録をおつけ下さい。これでしたら電気の通っていないような所でも、電池がなくなっても、ペンさえあれば記録が続けられます」

「なるほど」

 そのときは納得したが。

 って事は、ジルベール! 電気が通ってないようなところも行くつもりなんだなお前!




“28歳まで、残りは50年”




 いよいよ屋敷を後にする日。

 使用人たちはずらりと並んで俺を見送ってくれる。


 屋敷の方は、如月きさらぎと言うジルベールの知り合いが留守を預かってくれる事になっていた。

 俺はどういうわけかすれ違いばかりで、とうとう会えずじまいだったが、使用人たちには一通り顔見せをしてくれたらしい。

 皆、一様に「本当にいい方です」「素敵な紳士ですわ」と褒めまくる所を見るとかなり良い奴らしい。まあジルベールが太鼓判を押した人物なら当然だな。無事に帰って来られたら、会って礼をいっぱい言えばいいか。

 なので俺は安心して旅に出たと言うわけだ。


「いってらっしゃいませ」

「お屋敷のことはご心配なく」

「お身体をお大事にして下さいまし」

「ジルベールの言うことを良く聞いて、お利口でいて下さいね」


 最後のあれはなんだ、俺は幼稚園児か。

 ちょっとだけムスッとしていると、運転席に座るジルベールが失礼なことを言う。

「出来の悪い息子は可愛いと言いますから」

「なんだよそれ、喧嘩売ってんのか」

「買いませんよ」

 珍しくクスクスと笑いながら言うジルベールを思わず凝視する。

「私の顔に何かついていますか」

「いや、お前もそんな風に笑えるんだな~と思って」

「当然です」

 これからはこんなジルベールも見られるんだ、ちょっと嬉しいじゃないか、などと思うまもなく、車はどこかの駐車場に入る。

「着きました」

「ええ?、もう?! ってここどこだ」

「駅です。まさか坊ちゃまはすべて車で移動すると思っておられましたか?」

「いや、んな訳ないだろ。けどなんでぇ? まずは飛行機でどっかの国にひとっ飛びじゃないのか?」

 世界を見て回るって宣言したんだから、どこか遠ーい国に行くもんだとばかり思っていた俺は、出鼻をくじかれる。

「灯台もと暗し、です。ご自分の住んでいる国のシステムすら、よくおわかりになっていないでしょう?」

「んなもん、知ってるよ!」


 あれ?

 見得を切った後でなんだが。

 俺は。

 券売機の使い方さえ知らなかった・・・。


 で。

 機械を前にウロウロする俺に、横から人の良さそうなおばちゃんが声をかけてくれる。

「あれえ、兄ちゃんどうしたの」

「えーと、切符を、その、買いたい・・・んです」

「ああ、ここの機械この間新しくなったのよーあたしもこの間やっと使い方覚えたのよお。なんでもかんでもすぐに新しくなって嫌になるわよねえ。で、どこまで?」

 俺はジルベールが言っていた駅名を答える。

「ああ、それならね」

 ほいほいと切符の買い方を教えてくれるおばちゃんは、なんだか嬉しそうだ。

 旅立ち最初の日、俺は自分の世間知らずをこれでもかと言うほど思い知らされ。

 そして世間の親切心に、大いに救われたのだった。

 いや、大げさでなく。

 おばちゃん、ありがとう。


 そのあとは、俺はもう見栄を張ることもなく、行く先々でジルベールに教えを請いながら、交通システムをひとつずつクリアしていく。

 乗り換えを何度かして大きな駅に着くと、どこからわいて来るのか、人がわんさといる。

 それにしても。

 都会ってのは何でこんなに忙しくて無機質なんだろう。

 セカセカと歩く人。ぶつかっても振り返りもしない無表情。チカチカとまぶしい表示案内板。たえず流れるアナウンス。考えなくても乗ればどこかへ運んでくれるシステム。

 まるで以前の俺みたいだ。

 止まったらおしまいだ。

 考えるな、流れについて行け、まわりに同調しろ、考えたってわかりゃしない。


「ちょっとタイム! 疲れた、のど渇いた、どっかで休憩しようぜ」

「おや、もうギブアップですか? 良くない仲間とつるんでいたときは、徹夜も平気でしたのに」

 機械のように動く人並みと無機質に漏れてくる波長に頭がクラクラして、思わず出た言葉に、ジルベールは容赦ない一言を浴びせてくる。コノヤロウ。

「いつの話だよ。それに・・・ここは・・・、気持ちが、悪い・・・」

 俺はなんだか本当に頭痛がしてきて、思わずジルベールの腕に手をかけた。

「・・・かしこまりました。では、いったん都会を離れましょう。とりあえず、水分を補給なさって下さい」

 そんな俺の様子にしばし考えを巡らせていたジルベールは、水筒を俺に渡した後、行き先を変更したようだった。


 だけど、まるで予約してあったかのように特急列車の指定席に座ること2時間弱。ほとんど爆睡してたから、どっちへ向かったのかは皆目見当が付かなかった。

 で、駅から言われるままにバスに乗ってまた1時間弱。



 到着した所は、出発した都会とは真逆の、なんというか、のどかと言えば聞こえは良いが、本当に何もない田舎だった。しかも、なんだ? この感じ。

 俺は知らないが、昭和はきっとこんな感じだろうと言うような、時代が逆戻りしたような寂れた古めかしーい雰囲気。

 それに。

 俺はたいてい自然いっぱいの所に来れば、うーんと伸びて大きく呼吸したくなるんだけど、ここはなんか違った。どう言えば良いんだろう、空気が、重くて湿っぽい・・・。

「どうかされましたか?」

 ジルベールがそんな俺を見て声をかけてきた。

「いや、なんでもない。・・・で? こんな所に連れてきて、どうしようって言うんだ」

「坊ちゃまのご気分が少しでも優れればと、人気が少なく自然あふれる所を選んだのですが・・・。とりあえず、もうお昼ですので、どこか食事ができる所を探しましょう」

 食事が出来る所って、こんなド田舎のへんぴなバス停近くに、何があるってんだよ。

 けど、腹は減った。

「ああそうだな」

 ぐるりとあたりを見回していると、車のエンジン音が聞こえてきた。人が住んでるんだ! って、失礼だよな。

 その車は俺たちの姿を認めると、親切にも停車してくれる。

「おやまあ、あんたたち、こんなところでどうしたの、迷子かい?」

 助手席に座るばあちゃんが聞いてきた。けど迷子って。

「どこか食事が出来るところがないか、探しているのですが」

 ジルベールが答えている。

「はあ? それならもっと先へ行かなけりゃーダメだよ。よりによってなんでこんなところで下りたんだい。いいよ、一番近くの食堂まで乗せてってあげるよ」

 ばあちゃんはあきれたように言って、「後ろのドア開けて、乗りなのりな」と、言ってくれる。

 すると、珍しいことに、ジルベールがなんの遠慮もなく乗り込むので、俺も慌ててその後についた。

 そこから5分ほどで、いかにも田舎の食堂って感じの、日用雑貨店も兼ねてるような店に着く。

 送ってくれたばあちゃんに丁寧に礼を言って、店へ入ると。

「いらっしゃいませ。お待ちしてましたよ~こんな田舎の食堂だからお口に合うか。まあゆっくりしていってね」

 店のおばちゃんがお冷やとメニューを持ってきて言う。どうやら俺たちが来ることは、連絡済みだったらしい。でも、電話してた様子はなかったんだけどな。

 腹が減っていた俺は、がっつりカツ丼を頼む。ジルベールは無難にカレー。あ、それも美味そうだな、とかつぶやくと、「半分差し上げますよ」と、あいつはいつものように口の端を持ち上げる。


「どうぞー」

 で、なんと!

 俺のカツ丼の横に、ちっこいカレーがのっている。

「え?」

 思わず言うと、おばちゃんがニンマリ笑って言った。

「なんか聞こえたんでねー、こっちはサービス」

「あ、ありがとうございます」

「いいのよー若い人はお腹減るもんねー」

 俺はちょっと嬉しくなって、やっぱ田舎は暖かくていいな、と、ほくほくしながら箸を取った。

 俺がにやけながら食事をしていると、ジルベールがじっとこちらを見つめてくる。

「なんだよ、俺が食べてるのがそんなに珍しいかよ」

「いいえ」

 返事を返すと、奴はすました顔でスプーンを口に運ぶ。

「あらまー都会の人って、食べ方が優雅で、素敵ねえ」

「おわっ」

 いきなり後ろから声がしたので、俺は変な声が出てしまう。振り向くと、いつの間にやら、店のおばちゃんが俺の後ろの席に座っていた。

「ああ、びっくりした」

「あら、ごめんねえ・・・・あら、いらっしゃい。なーに? 珍しいわね」

 新たに客が来たようだ。

「ああ」

 おっちゃんが入ってきて、こちらにチラと視線を走らせた後、隣の席に座る。


 するとその後、次から次へと店にお客が来るわ来るわ。

「あらー」「まあー」「椅子がないから自分で裏から持ってきてよね」

 ただでさえ狭い店内はすぐに満員になる。

「あれー一家揃って来てくれたのー」

 家族連れが入ってきて、俺たちはもう食事が終わっていたので席を譲ろうとすると、隣のおっちゃんが、「ここ座れ」と自分の丼を持って立ち上がる。

「あ、俺たちもう食べ終わったんで」

 立ち上がろうとする俺を手で制して、おっちゃんは家族連れに席を明け渡した。

 新たに隣に座った家族の、5歳くらいの子どもが興味津々という感じで俺たちを見る。

「ねえ、お父さん。この人たちがよそ者? 」

「しー! 」

 慌てて制する父親の努力もむなしく、俺の耳にはしっかりそのセリフが聞こえてしまった。

 まあ、よそ者には変わりないな。けど、今どきよそから来た人間が、そんなに珍しいもんなのか?

 改めてそっと周りを見る。

 すると、雑貨が並ぶ棚の外から、窓越しにこちらを伺ういくつもの視線。店に入れなかった者たちが俺たちを見に来ているのか。

 なんだこれは? なんなんだここは? 俺たちは動物園の動物か? 


 そしてとどめの言葉が聞こえた。

「まあ、ここは隣町との通過点みたいなもんだからね。人が来るのが珍しくてねえ。良かったら一晩泊まっていけば? なんの楽しみもないけど、夜は、ね」

 そう言って少し卑猥な笑みを見せる店のおばちゃん。

 俺は背筋がぞっとした。今どき、夜這いめいた事を平気で言ってくる人々。時代が大昔で止まっているような、信じられない感覚だった。

「いいえ、このあと本日の宿泊先に向かいますので。・・・ごちそうさまでした。ありがとうございました、美味しかったです」

 ジルベールの落ち着いた声に救われる。

「まあ、そう言わずに」

「そうそう、夜はおさがおもてなししたいと」

 マジかよ! 勘弁してくれ! 

 俺は身体が震えだし、おまけに気持ちが悪くなってきた。けどそんなこと言おうものなら、こいつらの思うつぼじゃないか。

「ありがとうございます。ですが、迎えが来たようですので」

 うつむいた俺の目に、カツ丼とカレーにしては、多すぎるほどの紙幣がテーブルに置かれたのがわかる。

「あらあ、まあ、こんなに」

「せっかくご足労頂いた皆さまにも、これをおわけ願います」

 その横には、どこから取り出したのか、帯で巻かれた紙幣が、ドン! といくつも置かれる。

 皆が息をのんで、その目がテーブルに釘付けになっている間に、ジルベールは俺を抱えて上手いこと入り口の人間バリケードをくぐり抜けていった。


 すると。

バリバリバリバリ・・・・


 上空にヘリの爆音が響き渡る。

 またまた驚く人たち(ついでに俺も)の視線をよそに、落ち着き払ったジルベールが、俺を背中から包み込むようにして下りてきた縄ばしごに捕まると、クイ、と合図する。

 あっけにとられる人々を置き去りにして、ヘリは空高く舞い上がったのだった。



「ド田舎はどうでしたか?」

 ようやく落ち着いたヘリの中で、ジルベールが聞いてくる。

「・・・」

 しばらく返事が出来ずにいた俺だったが、答えではなく疑問を返す。

「なあ、ジルベール。なんて言うか、あれほど時代に取り残されたような地域って、今でもいっぱいあるのか?」

 すると今度はジルベールが首をかしげる。

「坊ちゃまはどう思われます?」

「お前に聞いてるんだよ。俺にわかるわけないだろ」

「そうですね・・・」

 しばらく考えていジルベールは、冗談とも本気ともつかないような答えをはじき出した。

「バスに揺られている途中、場の空気が変わったように感じました。あれは、どこか違う所に迷い込んだのかもしれませんね」

「まじかよ」

「ですが、この狭い国にも、一つくらいああいう所は残っていても不思議はありませんね」

「・・・まあ、そうだな。だけど、さすがにあんなド田舎はごめんだね」

 俺は心底そう思った。人と人の間が希薄すぎるのも問題だが、あまりに濃密すぎるのもまた気持ちが悪い。

 人は、そのどちらかでしか、いられないんだろうか?




 都会と田舎、どっちも最悪の思いをしたその日、俺は夢を見た。


 どこかへ向かう人の群れ、その背中が見えている。皆、同じ速度で歩いている。

 俺もいつの間にかその中にいて、同じようにどこかへ歩いて行く。何かが気になってふと横を向くと、そいつの顔は真っ白で、おまけに白い目と口しかない。

「うわあ!」

 思わず叫んで周りをよく見ると、そこにいるのはすべて同じ顔だった。何百何千の無表情。みんなみんな同じ顔。

「や、やめてくれよ」

 ぞっとして列を離れた俺は、今度は沢山の笑顔に取り巻かれている。

 ホッとして肩の力を抜いたのもつかの間、俺はなぜか檻の中に入っていて、周りには大勢の人がそれを取り巻いて俺を見ている。

「よそ者」「よそ者? 」「珍しい」「よそ者」

 皆、貼り付けたような作り笑顔を浮かべている。

 やめろ、やめろ・・・・。うう、気持ち悪い・・・。


 さあ、どちらを選ぶ? と、声がした。


 どっちも嫌だ、なんだコレは、と、うなされる俺の前に、誰かが立っていた。

 その人は言うんだ。

 自分がこうであれと思う世界。こうありたいと思う世界を、強く心に思い描きなさい。そうして常に努力を怠らないように。

 と。



 飛び起きたおれは周りを見回す。そこは、今夜の宿にとジルベールが選んでくれた小さなホテルの部屋だった。

 適度な広さと心地よい色づかい。

 ああ、ここはなんて気持ちがいいんだろう。

 その中で俺は、再度自分に問うていた。



 人は本当に、どちらか極端でしか、いられないのだろうか。




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