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第三話


〈三〉


 え? なんでやんすか?

 こんな悠長な事をやっていては、108(ひゃくやっつ)下界のお人が流行病で全滅してしまう、って?

 ああ、そのことをご説明してませんでしたね。

 最初に、あっしが言ったこと、覚えてやすか?

 本来なら、時間とか空間の隔たりはないもんなんでございますってね。


 娑婆のお方には理解しにくいと思うんですが、かーなーり下の方にあるとは言え、108下界もその法則に則っております。ですんで、浄瑠璃世界でみごと薬草が育つまで、ちょっと待っててねーって言うのが出来るんでやんす。

 ええ、何億年、何十億年、事によっては何兆年でも。



 そのあと、薬師如来さまの強いご意志とお働きにより、浄瑠璃世界は見事にその役目を果たすことが出来ました。

 地球には、それはそれは沢山の種類の植物が生い茂って行きました。もうどんなお薬でも自由自在に作る事が出来るほど。


 ですが、一つ問題が起こりました。

 比重があまりにも重いため、如来さまはもとより、菩薩さまでさえ身体を顕現させることが出来ないのでございます。このままでは薬草を摘み取ることも出来ず、それでは流行病に効くお薬も作る事が出来ません。

 そこで考えられたのが、108下界のお人を地球に派遣して薬草を摘んできてもらう、と言うことでした。

 ですがね。

 説明したとおり、108下界のお人と言うのは、自分勝手な奴ばかり(おっとこれは失礼)、ですんで、けんかはするわあたりを荒らし回るわ、ましてや他人のために薬草を摘んでやるなんてとんでもない、と、自分には必要なんてこれっぽちもないのにむしゃむしゃ食ってしまう始末。

 見かねた如来さま方が相談して、地球を特別地域にすることに決めたんです。


 特別地域とは。

 この銀河で厳重に定められていた比重をなくし、産まれたいと言う強い思いがあれば、どの段階にいる者でも産まれてこられる、と言う定めでやんす。

 まあ特異点のようなものですな。

 これにより、菩薩さまでしたら普通に地球に顕現出来るようになったのでございやす。

 さすがに如来さまはもうすべて通り越しておられますので、お身体が繊細すぎて、顕現されても数分間が限度の、重くてきつい世界なのですがね。


 そんな特別地域になった地球、いろんなお方が産まれられたので、そりゃあもう混沌、カオス、ごちゃ混ぜの闇鍋のような世界でしたが、薬草は超一流でしたんで、108下界の流行病も、みごとに終息されたんでさあ。

 それに関しては、めでたしめでたし。


 ただ一つ、当初の予定と違ったのは。

 せっかく苦労して創り上げた浄瑠璃の星を、ここで終わらせるのは忍びないと言う意見が多く寄せられ、しばらくはこのままこの星を見守っていこうと取り決めがなされた事でございます。





 そんなある日のこと。

 いつものように、えもいえぬ清々しい感じがしたかと思うと、案の定、なじみの如来さまがお越し下さいました。

「邪魔するよ、シナリオ屋」

「へい、如来さまでしたら、いつでも大歓迎でさあ」

「はは、それはそれは」


 鈴のようなお声で笑われますと、こちらまで嬉しくなってしまいます。そしてあっしが勧めたお席に腰掛けられました。

 ちょっと前に見つけたとっておきのお茶をお出ししようと、いそいそと奥へ引っ込もうとするあっしを、如来さまが呼び止められました。

「シナリオ屋」

「へい」

「実は、頼みたいことがあるんだよ」

「へい、あっしに出来ることでやんすか?」

「うーん、地蔵菩薩、いや、この場合は閻魔大王かな、が、ぜひシナリオ屋にって、聞かないんだよね」

「えっ!?」

 閻魔大王さま。ご存じの通り、地獄の門番でございます。如来さまが言い直されたように、実は閻魔大王さまは、地蔵菩薩さまのもう一つの姿なのでございやす。

 あっしは嫌な予感がしましたが、恐る恐る頼み事の中身を聞いてみました。

「時と場合によりますが、お話しだけはお伺いします」

「そんなに警戒しなくても・・・」

「警戒しやすよ! 相手はあの閻魔大王さまですよ!」

 思わず声を荒げるあっしに、如来さまはまったくとんでもないお願いを持ちかけてきたのでございます。


「いやですよ! あっしはシナリオ屋だ! なんで地球になんぞ下りていかなきゃならないんですか!」

 そう、その頼み事って言うのは、あっしに地球に下りていって、これから起こることを記録してもらいたいって言うんですからね。

 とんでもない。

 ご存じの通り(ご存じないかもしれませんが)地球はもう、下りて行かれたお人たちの自分勝手のせいで、いつ壊れるかって言う時期に入っております。そんな危ないところに、なんのとりえもないあっしなんかが行っても、すぐに死んじまって帰って来るのが目に見えてます。

 ましてや記録なんぞ。シナリオを書くのとは大違いです。

 あっしは人様のために物語を書くのが大好きなんで、事実を記録するだけの仕事なんて、面白くもなんともありやせんし、すぐに飽きてしまいます。


 と、あれやこれやで難癖をつけてお断りしまくったんですが、なぜか如来さまはしょんぼりとうなだれて、本当に悲しそうな顔をなさいます。

「そうか、そうだよね。お前はシナリオ屋だったよね」

「いわれなくとも」

「・・・ああでも、閻魔大王が怒るだろうな~、あいつ、地蔵菩薩の時は慈悲の塊なんだけど、閻魔大王になると、すっごく怖いんだよね~、ああ、どうしよう」

 そう言われて、本当に恐ろしそうにぶるぶる震えだされました。

 あっしはなんだか自分が如来さまを怖がらせているような気分になってきました。

「あの、如来さま?」

「うん? ああ、いいんだよ。私が閻魔大王に叱られれば良いだけの話」

 如来さまは今度は、あきらめきったご様子で、またショボンとうなだれます。よく見ると、そのおきれいな眼にはうっすらと涙が?! 

 ええーー?!


 あーもう。

「わかりやしたよ! あっしでお役に立てるんなら、下りていきやすよ!」

 結局こうなるのは、わかっていたんですがね。

「ああ、本当かいシナリオ屋? ああ、ありがとう!」

 するってえと、本当に珍しいことに、お顔をぱあっと明るくされた如来さまが、がばっと抱きついて来られたんです! こ、これは! こんなことは未だかつて経験したことがありやせん。

 あっしは如来さまの芳しい香りと、えもいえぬ清々しさに、頭がぼうっとなってしまいましたよ、はい。

 けど。如来さまがここまで感激なさるとは。

 閻魔大王さまってえのはよっぽど怖いお方なのだなと、このとき改めて思ったのでした。


 ですがね、転んでもただでは起きないあっしのことですから。

 ましてや、崩壊間近の地球なんぞへ行くんですから。

 あっしは、厳しい? 条件をつけさせていただきやした。


「あの、もしかしてあっしがシナリオを書くなんてのは、出来ないですよね」

「さすがにそれはね」

「だったら」

「うん」

「地球に下りるときは、超良いとこのぼんぼんで、超モテモテの絶世の美男子がいいです! でもって、絶世の美女とラブラブになって、け、結婚したいです!」

 あっしの必死の言葉に、しばらくポカンとしていた如来さまは、そのあと本当に嬉しそうに楽しそうに大笑いをはじめられました。

「あっははは! シナリオ屋が自分の容姿にそんなにこだわるなんて。で、大金持ちねえ、で、絶世の美女ねえ、あっははは、シナリオ屋もすみにおけないねえ」

「い、いいじゃないですか! 決死の覚悟で下りていくんだあ、ちっとは良い思いもさせてもらわなけりゃ、割が合わないってもんです」

 口をとんがらせて言うあっしの頭に、ポンと手を置いて、如来さまは今まであっしに見せたことがないほど、慈悲のこもったお顔をされました。

「ああ、絶世の美男子にしてあげるよ。そして絶世の美女に合わせてあげよう、結婚もさせてあげよう。けれど、約束だよ、たとえどんなことが起ころうと、君は最後まで地球に立って、記録をしなくては、ならないよ」

 そう言って微笑むお顔の神々しさ。それは。

 この後どんなに長く生きても、決して忘れることが出来ないほど、あっしの脳裏に深く刻みつけられたのでした。




「一緒に下りて行ってくれるんだってえー、ありがとよ!」

 綿密な打ち合わせと、緻密で取りこぼしのない、文句のつけようがないシナリオと。

 そして、この方と一緒なら、何があろうと、どんなところへ行っても大丈夫だと思わせてくれる、ものすごい安心感をお持ちのお方。

 閻魔大王さま。

 いいえ、今は慈愛をたたえた地蔵菩薩のお姿のその方とともに、あっしは地球と呼ばれる、浄瑠璃世界へと旅だったのでございました。




ここまでお読み頂きまして、ありがとうございます。

おなじみシナリオ屋の新作です。ですが、今までとはちょっと違う趣の物語です。

さてこのあと、どうなるのでしょう、第二章に続きますので、どうぞお楽しみに。


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