第二話
(二)
薬師如来さまは、眷属さんが帰られた後、日光・月光両菩薩さまをお呼びになりました。
「108下界とは、また難儀な」
「されど宝生さまの眷属さんの慈悲にも心打たれますな」
日光菩薩さまと月光菩薩さまは、脇侍と言って薬師如来さまの補佐をされるお方です。まあ言えば執事のようなものですかな。
おふたりはすでにお話しを知っておられるようでした。
「では、わたくしたちはとりあえず、お知恵を拝借に方々をまわってみましょう」
言うが早いが、両菩薩さまはあっという間に消えてしまわれました。
「おやおや、気の早いことよ」
薬師如来さまはちょっぴりあきれられたような微笑みを浮かべたあと、まずはご自分の中で解決策を探すべく、思惟に入られるのでした。
銀河は広うございます。
如来さまも菩薩さまも、浄土もそれこそ星の数だけございます。
日光菩薩さま月光菩薩さまほどの方でしたら、直接お目にかからなくともやりとりは出来るのですが(いわば無線通信のようなものですかな。けれど、中継器は必要ありやせんし、その範囲は無制限です)、やはりお近くに行って、その息吹をお感じになりながら、というのは大切なことです。
行く先々では、皆さま興味深そうにおふたりのお話を聞かれ、即座にお答えなさる方、ちと考えてからと思惟に入る方、等々、如来さまや菩薩さまとは言え、その性格は様々でございやす。
そんなおふたりがとても興味を引きつけられたお考えがありました。
現世を作る。
というものでした。
それはもちろん浄瑠璃浄土を写した世界のことでやんす。
108(ひゃくやっつ)下界のお人の身体を通り抜けないような、重い実態を持つ薬草が育てられる世界。けれどその種類は多種多様でなくちゃあ、いけません。
現世を作るって言ったって、そりゃあそんなに簡単にできる物ではございません。
まず、どのあたりに作るか。
どんな形状のものか。
そこにお人もいられるようにするのか。
もしお人が住むなら、決まり事だって、そりゃあ沢山いりますわな。なんたって108下界のように重いからだを持つお人は、自分勝手で野蛮で嫉妬深くて傲慢で・・・・とまあ、人間の悪いところを全部ひっくるめたような性質の持ち主でございやすからね。
そして。
当初の予定ではこの現世は、108下界の流行病が治まった後、消してしまうことになっていました。
さて、この現世制作プロジェクト? のお話しは、瞬く間に銀河に広がっていきました。ある程度の高みにまで行かれた方々は、楽しいことが大好きでございます。皆さまそれはそれは協力的で、
「うちの浄土をお使いなされ」
「いや、浄土では下界の者が住めませんぞ」
「では、108下界に人をやって、可及的速やかに全員を修行させましょう」
「いやいやそれでは、この宇宙の約束事を破ることになる」
「やいのやいの」
「どうしたこうした」
「こんなに大ごとは、久方ぶりですな」
「そうそう、それも宝生の眷属のおかげ」
「!!!」
「???」
とまあ、みなさま何やら大騒ぎでございます。
銀河の騒ぎをよそに、深い思惟に入られていた薬師如来さまでしたが、戻ってこられたのは、ちょうどその頃。
「日光、月光」
涼やかな瞳に強い意志をたたえて、薬師如来さまが呼ばれます。
「「はい、ここに」」
そろそろお戻りの気配が見えていたので、両菩薩さまは如来さまのおそばにおられました。
「私が眠っている間に、何やら銀河で起きた様子。・・・さて、これは」
「はい、実は」
日光菩薩さまが答えるより先に、薬師如来さまは微笑みながら大きく一つ頷かれました。
「現世をもうける。これはまた」
「はい、如来さまのご意志もそうであるかと」
今度は月光菩薩さまが嬉しそうに答えます。
「うぬ、さすがふたりは、よくわかっておるの。難儀な事ではあるが、日光、月光よ、私の手助けをしておくれ」
「「はい!」」
慈悲をたたえた面持ちで仰る薬師如来さまに、両菩薩さまは力強く返事をされたのでした。
そのあと薬師如来さまは、日光月光両菩薩さまを引き連れて、銀河をくまなく見て回られました。
決意を固められた薬師如来さまに皆さまことのほか協力的で、行く先々でお三方はそりゃあ真摯なもてなしを受けられました。浄瑠璃浄土でのお仕事もそつなくこなされている薬師如来さまに、どうぞ疲れを癒やして下さいと差し出される数々に、(ですが実際、あっしたちのように疲れることなどないんですがね)そんな皆さまのお気持ちはどれほど嬉しく、また心強く思われたことか。
これはどうあっても、素晴らしい現世を創らねばと、決意を新たにされたことと思います。
そんな中、天の川銀河の端っこの方で、今まさに一つの星が産まれようとしています。
アマテラスさまが置かれた太陽の一つを中心に、ぐるぐる回るその世界に、3番目の星が現れようとしているのです。
その星は、まだ真っ赤に燃えていましたが、氷の彗星がぶつかって割れた後、くるくると渦を巻くように回り始めました。割れたかけらがひとつ、どこかへ飛んで行かずにその星のまわりをくるくると回り始めます。
その後も氷がどんどん飛んできて、星にどんどんぶつかって、冷やし固めていきました。
やがてその星は、美しい瑠璃色に姿を変えたのでした。
「如来さま!」
日光菩薩さまが、遠くに光る瑠璃の星を指さします。
「おお、これはこれは」
「瑠璃色の星でございますね」
月光菩薩さまも手をさしのべられます。
「そうさな」
一つ頷いた薬師如来さまが、銀河に響き渡るお声で宣言なされました。
「この星に、浄瑠璃浄土の現世を置こう。浄瑠璃世界のはじまりを」
すると、銀河のあちらこちらから、歓喜が響き渡ります。
「よきかな」
「やんやー」
「げに美しき星よ」
「!!」
「♪~♪」
それは如来さま、菩薩さま、天上の神さま方が薬師如来さまをたたえるお声の数々でした。
そして、浄瑠璃世界は、「地球」と名付けられたのでした。
そう、皆さまがお住まいの娑婆でごさいやす。