中間世界にて
「え? するってえと、なんですか? あっしがシナリオを書き換えたおかげで、事が早く済んだって訳ですか?」
地球が進化を終えたので、あとの始末は残った方々にお任せし、あっしたちは早々に中間世界へと帰って参りました。
あっしが落ち着くのを待って、地蔵菩薩さまが種明かしをして下さったところによると。
浄瑠璃世界が出来てから、どれほどの時間が流れたのでしょう。
自分勝手が過ぎる人が増えすぎて、このままでは星を保っていくのが困難だと感じた地球さんは、特異点(特別地域の事ですな)をやめる決意をされました。
さすがに、目に余るような悪さをする輩に心を痛めておられた如来さまや菩薩さまも、それには大賛成でした。
レベル10に落ち着こうと決められたのも地球さんです。
でですね、当然、レベルの低いお人には地球を去ってもらわねばなりません。そんな輩を見極めて、とっ捕まえて、それぞれのレベルに見合った場所に送り出す役目を引き受けられたのが地蔵菩薩さまでした。
なんせ閻魔大王さまですからね、うそやごまかしなんて通用しませんから、はい。
あっしが恐れていた、頭が良くて心がない奴なんかも簡単に見抜いてしまいます。
ですがねえ。そんな、同じ穴の狢ばかりが集まった世界は、どれほど冷たいんでしょうかね。考えるだけで寒気がしてきやす。
そしてそして、この特別地域の最後の瞬間を記録するお役目が、あっしに回ってきたって訳だったんですが・・・。
最初書かれたシナリオでは、あっしはただ顔がいいってだけのへたれないいとこのボンボンで、あんな妻とも別れられず、ジルベールに無理矢理連れられて大名旅に出て、そんなジルベールに文句ばかり言って、足を引っ張りつつ道中を記録していくって事になっておりやした。
ですが、思いの外「俺」は気骨のある人物だったようで。
妻とは別れると言い、勉強したいからジルベールを家庭教師にすると言い、おまけにリュック1つで旅に出ると言い出す始末。おかげで旅が思いのほかはかどったようです。
「何度かやめさせようと思ったんだけどな、お前さん、絶対にあきらめねえし。なんせシナリオ屋だから、シナリオをちょいと書き換えるなんてお手のものだし」
「へへえ、申し訳ありません」
またあっしは平謝りでさあ。
「いや、怒ってるわけじゃないんだぜ。おかげでギリギリ50年かかると思われた進化が30年ちょっとに短縮されて、地球もずいぶん楽だったろうよ」
そうなんです。この進化の計画は、地球の時間で言う50年が、ギリギリタイムリミットだったんです。いや、それが過ぎても進化は出来るんですが、難しさに拍車がかかっちまうらしかったんです。
「お前さんはやっぱり腕の良いシナリオ屋だぜ。俺の見立てに間違いはなかったって事だ」
地蔵菩薩さまはそう言うと、あっしの背中をドンと叩いて、ガハハと豪快にお笑いになりました。
「ごほ、・・・ありがとうございやす」
「それに、お前のお手伝いも、かなり短縮に役立ったしな」
お手伝いとは、「俺」が見ていた夢の中でのお話し。あのがれきを積んだ小舟には、新しい地球にはとうてい住めない魂が一つずつ乗せられて、それぞれの行く先へ運ばれて行ったんでやんす。
お手伝いには、地蔵菩薩さまの眷属さんたちも大勢おられましたが、夢の中とは言え、地球で肉体を持つあっしの働きがけっこうお役に立ったようで、それに関しては嬉しい限りでございます。
もうひとつ、あっしは地球に28歳の姿で降り立ったんです。
生まれたばかりからでは時間がもったいないってんで、ちょうど切りの良い? と言うか結婚する歳からはじめたわけでやんす。
「記憶」は植え付ければいいんですが、「記録」はあっしが書かなくちゃ意味がない。
ってな訳で、28歳までの記録が、どこを探してもないのは当たり前の事なのでした。
それとね、あっしの書いた道中記は、特異点をやめる地球さんの顛末記として、またその資料として宇宙ライブラリに所蔵され、いつでもどなたにでも閲覧して頂けることになったそうです。あっしなんかの書いた記録が何かのお役に立てるんなら、物書きとしてこれほど嬉しい事はございやせん。
ひととおり説明をされたあと、地蔵菩薩さまは休む暇もなく、人々を救わなくちゃならねえ、と、またどこかへ旅立たれてしまいました。
なんやかんやあって疲れているだろうと、しばらくシナリオの仕事は休んで良いと言われたのですが、あっしも大概この仕事が好きなんでやんすね。なんだか落ち着かなくて、すぐに店を開けてしまいました。
それと、地球での体験は、おおいにあっしのシナリオの肥やしになりやしたよ。
百聞は一見にしかず。あんなに重い身体でしかもなかなか事が運ばない歯がゆさを抱えて、それでも皆さま頑張っておられたのですな。これからはもっと良いシナリオが書けそうです。あ、とは言え、地球はもう進化しちまったんでした。
そんなある日、またひょいと如来さまがお越しになりました。
「邪魔するよ。なんだい、もっと休んでいればいいのに。もう店を開けてしまったんだね」
「如来さま、いらっしゃいまし。いえいえ、あっしはシナリオを書いてる方が落ち着くんでさあ」
「そうかい」
いそいそとお茶とお菓子をご用意するあっしに、如来さまが聞いてこられます。
「地球向けのシナリオが少なくなったんで、仕事も減ったんじゃないかい?」
「いえいえ、地球は特異点でなくても、そりゃあバラエティに富んだ動物や植物がいますんで、研究者や薬師志願の方が、転生したいとけっこうたくさんこられますんで」
「ああ、そうだったね」
しばらくはそんなたわいもない世間話をしていたんですが、ふ、と目を遠くへやられた如来さまがこちらに視線を戻しながらおっしゃいました。
「ああ、また新しい銀河が生まれるようだよ」
「そうなんですか? そりゃあ楽しみだ。どんな銀河ですか」
あっしは新しい銀河と聞いて、なんだか嬉しくなってしまいます。
「シナリオ屋嬉しそうだね。そうさな・・・おや、天の川銀河にとてもよく似ているよ」
「そりゃあ素敵でございます」
「本当に」
そこでいったん言葉を切った如来さまが、ちょっと楽しそうに微笑んで言われました。
「どうだい? そこにもし特異点ができたら、また降りて行くっていうのは」
「へ?」
あまりにも予想に反したお言葉だったので、あっしは一瞬固まった後、ぶんぶん手を振ってお断りいたしやした。
「冗談じゃない! もう嫌ですよ! 勘弁して下さいまし」
すると、さすがに如来さまもこの反応は当然だと笑っておられます。
「そうだね。お前はシナリオ屋だったね」
「そうです。あっしはシナリオ屋です!」
鼻息も荒く宣言するあっしに、如来さまは楽しそうに笑ったあと、「さあーて」と、ポンとひとつ手を打って立ち上がられました。
「わかったよ。それじゃあわたしは今日はこれでおいとまするとしよう。美味しいお菓子をありがとう」
言いながら向けた背に、どういうわけかあっしは「まいどありい」ではない言葉をかけてしまいました。
「じ!」
「?」
不思議そうに振り向いた如来さまに、自分でも思いも寄らない言葉が出てしまいました。
「ジ……、ジルベールが一緒なら、行ってやってもいい! だぜ!」
おまけに、無意識なのに格好つけようとして失敗したあっしは、恥ずかしさで顔が真っ赤になっているはず。
一瞬きょとんとしていた如来さまはそのあと、本当に楽しそうに笑いながら答えて下さいました
「あはは、それは良い。今度会ったら伝えておくよ。ジルベールもきっと喜ぶだろう」
「はい」
かくん、と頷いたあっしの頭をクシャリとなでて、如来さまは微笑みながら店を後になさったのでした。




