第6話 5Sはイイ仕事の基本だよ!
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怪我人の治療薬を買いに街の薬師へとやってきたフラン様。
しかしこのお店もなんだか様子がおかしいようです。はてさて。
――扉を開けた瞬間から嫌な予感はしていた。
なぜって? それは店がビックリするくらい雑然としていたから。最悪だ。
私が店に入って十分は経ったかと思う。けれど頼んだ薬は一向に用意される様子がない。
「あれえ? あの薬は確かココに……おかしいなあ」
この店の女店主は、先程からこの調子である。
「あ、あった、ありましたよ。えっと乳鉢はっと」
そしてまたゴソゴソやりだした。お尻をこちらに向けてふりふりとなんとも無防備な姿をさらすので、見てるこっちが恥ずかしくなる。
おっと、こんなトコにおじい様のスネが。
「あいたっ! な、何をするんじゃフランよ」
「あらごめんなさい、つまづいちゃって」
おじい様があまりにだらしない顔で彼女のお尻を見るもんだから、つい。
おじい様のお目当てはどうやらコレだったみたい。本当に行く先々で私に弱みを握られることのリスクを、この御老体は真剣に検討すべきだと思う。
結局全ての薬が用意されたのは三十分を優に超えた頃だった。
「はぁー、お待たせしました。こちらが治療薬の」
「おそい」
「は、はい?」
にこやかに薬の入った袋を差し出す主人に対し、ついつい言葉がきつくなってしまった。
「遅い! 一つの注文にどれだけ時間をかけてるの! 今日は時間が無いから帰るけど、明日また来ます。それまでに店を片付けておくように。いいですか」
「えー……ボクお片付け苦手で」
「返事!」
「ひゃい!」
ずれたメガネをなおしつつ店主は背筋を伸ばした。
「ええじゃないか、何もそんなに」
「公爵様ぁ!」
店主はおじい様のやさしーい一言に涙目になっている。
けれど邪魔するな、おじい様よ。
「待ってる間おじい様が何をされていたか、彼女に説明して差し上げましょうか?」
「……ふむ。時には厳しい指導も必要かもしれぬな」
おじい様の言いようのあまりの変わり具合に店主はぎょっとしたような目をした。
「じゃ、しっかり片付けておくのよ」
「そんなぁ、ボク、片付け下手なんですぅ」
ドアを閉じる際、半泣きの彼女の顔がひとこと泣き言をいった気がするがしらない。
――そんな感じで言い置いて今日来てみたものの。
「あなた、本当にこれ、片付けたの?」呆れた口調で言い放ってやるも、「頑張りました」
とぺったんこの胸を張ってドヤる。えっへん、まで言いそうなその様子に早くも頭が痛くなってきた。頭痛薬、出してもらおうかしら。いやだめだ、また三十分は待たされる。
「それにしたってこれ。ただ棚に詰め込んだだけでしょ」
「だから片付け苦手って、ボクいいましたよ?」
口をへの字にして答える。わかりきったことを言うなと言わんばかりの物言いに少しムカつく。
「いつもどうしてるの」
「ええっと、アレコレ何とか探して上手くやってますよ? 昨日は、少し時間が掛かってしまいましたが」
「あなた、商売する気あるの!? 必要以上に客を待たせるなんて。やる気がないなら辞めてしまいなさい!」
「え、それは……お店がお取り潰しということですか? そんな、困りますよぉ!」
「こんな状況で、急病人にすぐ薬を届けたいってなったときにどうするの、また時間を掛けてえっちらおっちら引っ掻き回して探すの? それで間に合わなかったらどうするの」
「そ、それは天命が尽きたということで」
「取り潰し」
「ひえっ。ふええ……お嬢様……なにとぞお取り潰しはご勘弁くださいぃ……」
目の前では女店主が涙目でオロオロしている。
いじめるつもりは全くないんだけれど。
……ゴメン、少し嗜虐心がそそられているのは否めない。だってこの子が可愛いのが悪い。
身長はおおかた百五十センチくらい。こっちの世界でも小柄な方だ。歳は十六と言ったか。成人年齢は十五だから別に変ではない。
しかし年齢以上に幼くみえる。栗色のおさげ髪や大きなタレ目がそうさせるのか。そばかすがチャーミングな、体つきも起伏がないこども体型。大きな丸メガネも手伝って、トータルで醸す雰囲気が……うん、これは近所のカワイイ子にちょっかい出したくなる気持ち。きっとだれしも彼女を見たらわかってくれるはず。
「いや、別に取り潰すとかそんなつもりないから」
「ほ、ほんとですかぁ?」
上目遣いにこっちを見てくる。くっ、そういうところだからな?
「ホント、ホント」
「よかったぁ」
ようやく安心したのか、胸をなでおろしたかのように身を起こした。ニッコリ笑う姿はタンポポみたい。あー、綿毛のほう。
「けどこの店の状況は看過できないわ」
「えっ」
私の言葉に今度はギョッとした表情を見せる。くるくる変わるその様子がまた楽しい。
「指導を行います」
「あの、お嬢様が、ですか?」
今度は探るような目つき。
「そうですよ? なにか問題が」
「ひいぃ、何もないですうぅ」
また怯えだした。小動物っぽい。ホント悪いけどウケる。
「なんでそんなに怯えてるのよ」
「だ、だって公爵様のお孫様にありゃせられましゅから」
「ね、使い慣れない言葉使わなくていいよ」
「は、はひぃ」
「とにかく、5Sが出来ないのでは話になりません。仕事の基本です」
「ご、ごえす? どえすなら聞いたことありますが」
「ああ、聞いたことないのはこの店の様子を見たら分かります。でもドSと混同しないでちょうだい」
「はぁ」
「整理、整頓、清掃、清潔・維持、躾。この言葉の頭文字です……と、その前にあなた、名前は?」
そういえばここまで話していたのに名前を聞いていなかった。
「あ、ボクの名前ですか? ペトラ・マイヤーです!」
「わかったわペトラ。よろしくね」
「えへへ、よろしくおねがいします、フランツィスカお嬢様。ところで整理整頓は出来てないですか? さっきも言いましたけれど、頑張りましたよボク?」
首をかしげてペトラがたずねる。
「フランでいいわ。あと、この状態で整理できていると言い切るアナタの度胸に免じて、怒鳴りつけることはやめておくわ」
「えへへ、褒められちゃった」頭をかきながら照れ笑いをする。
「褒めてないわよ」
キョトンとするのを見て軽くため息をついてから、思わず苦笑いが漏れてしまった。なんか憎めないわ、この子。
「いい、まずは整理の基本。それは『いるものといらないものを区分し、不要なものを処分する』こと。この店はそもそも物が多すぎるわ」
「ええっ。そう言っても不要なものなんて……」
ペトラがキョロキョロと店の中を見渡す。
「たとえばこの臼。ホコリかぶってるけど、なんでこんなところにあるの?」
ペチペチと巨大な臼を叩きながらたずねる。
「あっ、それはですねー。先々代のおじい様が大事にしていた種子を挽くための臼で、長年このお店を支えた由緒正しいものでして」
「由来はわかったわ。で、これ今でも使ってるの?」
「使ってませんね。ボクも正直少し場所をとってて邪魔だなぁと思ってはいます。でも由緒正しい」
「不要ね」
「ええっ」
「こんなお店の一等地に飾るにしては無粋がすぎるし、何より無駄に大きくて邪魔でしょ。撤去」
「そんなぁ」
「それはお父さんが愛用していた」「撤去」
「あ、これはおばあさんが」「撤去」
「それは」「撤去」
向かいの商店の親父とせがれを動員して無理やり引き取らせた結果、カウンターには銀貨が十枚ほど並んでいる。それを焦点の合わない目で見つめるペトラ。
「我が家の由緒正しい品が……たった銀貨十枚……十枚……じゅう……」
「よかったわね、引取料取られなくて。それに」
「……だいぶ床が見えてきたわね」
「フラン様……ボク、ダメです。こんななにもない空間、耐えられませ、うっ」
「普段はほら、そこのカウンターの影に座ればいいわよ」
私が指差したところにペトラがフラフラしながら木箱を置いた。彼女がソコに腰掛けると、頭からすっぽりカウンターの影に隠れた。
「あ……ここ狭くて暗くておちつきます~……」
「そう、よかったわね。じゃ次行きましょうか。次は整頓」
「ねえフラン様。……もしかして意地悪な人です?」うらめしような顔だけをカウンターからのぞかせ、私に問いかける。
「心外ね。意地悪だったらあなたの店の片付けの手伝い、すると思う?」
「しませんね」
「ならそういうことよ。さ、わかったらソコから出てきてちょうだい。次いくわよ」
「……やっぱり意地悪だ」
ペトラがため息をつきながらカウンターの影からのろのろと出てきた。
「はい、じゃあ整頓の基本。『いるものを使いやすい状態にする』こと。それをするためには、使う流れを考える必要があるの。いい?」
「流れってなんですか?」
首をコテンと倒してたずねるペトラ。
「仕事の流れ。業務フローともいうわ。例えば熱冷ましを処方する時の流れ、あるでしょ?」
ペトラが軽くうなずく。
「それをやることを順番に書き出していくの。そうすると、その作業で必要な材料と道具が見えてくるでしょ」
「ふんふん」
彼女は意外にも黙って私の話を真剣な表情で聞いている。右手を顎に、左手を右肘にそえる格好で聞いているのがアイドルなポーズでなんとなくムカつくがまぁいい。
「それをすべての商品分書いて、注文の多いもの順に並べるの。そうすると、共通で使うものや頻繁に取り出す材料が見えてくるはず。大体一日にどれくらい使うかも見えてくるでしょう。そうすると、作業台に近いところからそれを配置していけば……」
そこで彼女に目を向けると、先程まで眉を寄せ目を細めていた彼女が「頻繁に使うものがすぐに使える!」と途端に笑顔になった。
「最後のピース、見つかった? わかったら早速取り掛かってみましょうか」
しばらく見ていると、ペトラは鼻歌を歌いながらサラサラっと資料をまとめ、あっという間に道具や材料の優先順位を決めてしまった。この子は頭は決して悪くないようだった。
けれど身体の扱いはそうでもないようだ。
「で、片付けるときは作業途中でも荷物を足元に置かない。さもないと」
「わあっ!」
盛大な音を立ててペトラが尻もちをついた。
「……そうやって下着が丸見えになる」
「やだっ」
私の声に気づいたのか、あわててスカートを押さえるがもう遅い。
「あなた、パンツスタイルにしたほうが良いんじゃなくて? 今後見られなくてすむわよ、下着。……結構大胆なの身につけるのね」
「もうっ。やめてくださいよ、フラン様」
真っ赤になったペトラが頬をふくらませる。
途中からは笑いの絶えない作業になった。が、ふと気づいてしまった。
「ああ、そういえばペトラ」
「え、なんです、フラン様?」
「楽しい雰囲気についつい忘れそうになってしまったけれど、5Sのうち二つしかやってないわね」
その言葉に彼女はぎょっとした表情となった。それを見て思わず吹き出してしまった私に、ペトラは「やっぱり意地悪だ」とつぶやいた。
まぁ、後のことはやりながら指導していけばいい。それより次の段階に行こう。
彼女はもしかしたら、我が領地を豊かにする一つの鍵になるかもしれない。
そう考えると、すっごくワクワクする。
最後までありがとうございます。
雑然としたお店って、探すのも大変ですよね。買う気も失せませんか?
整理整頓って、掛け声だけだとやる気も失せますが、ハラ落ちすればやる気も湧くと思うんですよね。




