第5話 標準なき所にカイゼンなし、だよ!
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製粉工場のボイラートラブルの現場にやってきたフラン様。
作業員に対して業務のカイゼンをさせようと孤軍奮闘しますが果たして……?
「……そりゃまたどうして?」
しばらく考えていたようだけれど、男は素直に聞くことにしたようだ。
うん、素直な子は嫌いじゃないぞ?
「だってね、設備が悪いって言っちゃうと、その理由を明確にして、設計に反映して、改造しなきゃいけない。もしかしたら作り直さないといけない。……それを実行するのは相当大変だから、考え尽くした最後の手段になるよね。それでもやるっていうなら、まぁ、私は止めないけど……やる?」
私が首をかしげてたずねると、数人の運転員が互いに見合って苦笑いを浮かべる。
「でしょ? 確かに設備もどうにかしたほうがいいと思うけれど、今回は先にやることが多くあると思う。ハイ次」
「設備の動作が悪くなっている、というのはどうですお嬢様」
「あ、それいいね! 具体的にどんなこと?」
私がほめると、作業員たちの目がキラキラとかがやく。うーん、みんな素直だなぁ。
「普通配管が壊れる前に、逃がし弁が開いてそこから蒸気が漏れるはずなんですが、今回それが起きなかったんですなぁ」
「なるほど。いいね、それつかえる!」
「そういやぁ、今日の朝、誰か計器のチェックしたか?」
運転員はしばらく互いにキョロキョロ見渡していたが、どうやら見ていたものはいなかったようだ。
「朝の点検も、時々忘れちゃう感じなの?」
「というか、俺、計器の読み方わかんないっす」
一番若そうな運転員が手を挙げると、その頭を安全帽の上から先輩運転員がはたく。
「ばかたれ! 俺がこのまえ教えただろうが!」
「あいった! ……もう、そんなポンポンやらないでよ親父」
「会社では先輩だ!」
「じゃ、せ・ん・ぱ・い! もう少し丁寧に説明してくれないと、わかんねっすよ」
――どうやら、原因が見えてきた。
「まとめると、どうなるかな?」
「まぁ、一つは『逃がし弁の動作不良』で決まりですな。あとは……そうですね、『運転員に必要な知識が不足している』ってところでしょうか」
「さっすが、工場長」
幼女のヨイショに、工場長がデレデレと照れる。ちょろい。
「では知識を入れる教育と、逃し弁の修理をすれば」
工場長がポンと膝を打つも。
「ごめん、まだこれ途中。これはまだ『問題点』に過ぎないから」
工場長がガクリと肩を落とし、事務所にはドッと笑いが起きた。
「ここからさっきの二つが起こった真の原因を探っていくの。それはなぜ? って繰り返して根本原因を探っていくんだよ。なぜ? なぜ? って繰り返すから『なぜなぜ分析』っていうの」
「意外と名付けは単純なんですな」
「そうしないと、現場の人はなかなか理解してくれないでしょ?」
工場長はなるほどと頷いた。
「じゃ、まず『運転員に必要な知識が不足している』を深堀りしていこっか。どうして知識が不足しているのかな?」
「何が必要か、明確になってないかもしれませんねぇ」工場長が顎を撫でる。
「ボイラーの運転方法は、どうやって教えてるの?」運転員の一人に尋ねてみる。
「経験で覚えるものだからねぇ。口伝えかなぁ」
肩をすくめてその運転員は答えた。
「ということは、マニュアルみたいなものはないんだ」
「最初の頃はあったかなぁ。改造に改造を重ねてるもんだから、今は役に立たないんだよ」
「それにマニュアル化出来んのですわ。経験とカンで動かしているところもあって」
ひらひらと手を振って答える。大方そんなもん役に立たない、くらい思っているんだろう。
「経験とカンで動かしているの? 本当に?」
「ああ、そうだよ」
腕を組んで自信たっぷりに答えるおじさん。
「それは本当に、『可視化できないもの』なの?」
「どういうことですか、お嬢様」
「単に自分の仕事を確保したいがために、わざとみんなに伝えてない……そんなこと、ないよね?」
「なっ、そ、そんな了見の狭いものなどここには居りません!」
私の言葉に反応してか、おじさんの顔がさっと赤くなった。
「ホント!? よかった~。じゃ、『単純に書いてない』だけなんだね?」
「いや、ですのでカンに基づくものは書けません」
おじさんは首をふる。
なんでおじさんって最初からできないって決めつけて話すんだろう。
「何いってんの? そんなこと、あるわけない」
「は? お、お嬢様?」
「自然相手の仕事じゃあるまいし。操作の手順にカンが必要、なんてのがそもそもおかしいと思わない?」
私の言葉に「そうでしょうかね」などというおじさんたち。かっちーん。あったまきた。
「今日は寒いから炉の温度を上げないといけないとか、雨が降っているから粉がベタつく、だから経験で微調整する……大方そんなことを言いたいんでしょうけど」
そうですね、みたいなしたり顔をする。バカなのかな?
「例えば炉の温度を調節するのは、あなたの役割なの?」
「そうですね。私にしかできない仕事です」
「そう、あなたしか出来ない、と。それは困ったわね」
「大事な仕事なので」
腕組みをして自信たっぷりにはなす。ホント最悪。
「では今後、そういう一人作業がないようにしなければならないわ」
「は? 今大事な仕事だとお伝えしたはず」
今度は虚をつかれたように呆気にとられた表情になる。百面相だ。
「だからこそ、よ。あなた、仮に今日の帰りに死んでしまったら、明日から工場はどうやって運用していけばいいのかしら?」
「それは……例が極端じゃ」
「外気温と湿度、炉の温度の相関を出しなさい。経験的に『わかっている』なら、とっくに表とかになっているわよね?」
「い、いやそれは」
「ないの? ないなら今すぐ作りなさい」
そしてみんなを見て宣言する。
「他の人もいい? これから、一人しかできない作業は原則撤廃。必要な作業なら他人にもわかるようにしなさい。『作業の見える化』が出来ない作業員は不要です」
私の冷たく言い放った言葉に、事務所は一気に静まった。
あら? おじい様までそんな顔、しなくていいんですのよ?
「どう工場長? なんか見えてこない?」
「これはあれですね。マニュアルがないことが原因ですね」
工場長はアゴを撫でながら呟くように答えた。
「そうだね、マニュアル……『運転標準』がないことはもちろんだけれど、もう一つ」
「もう一つ?」
「よりこっちが大事かも。『運転標準』を仕事にあわせて順次更新していないことが原因なんだよ」
「順次更新……? なんだってそんな無駄な」
「無駄じゃないよ? だっていつも『できれば今より良くしよう』って思ってるでしょ? それにいつまでも同じ環境で仕事なんかできない。設備もどんどん更新していく。違う?」
「うーん、確かに」
「お仕事って、常に変化しているの。その変化に対応出来ないと、今回みたいな事故も起こっちゃうし、ゆくゆくは工場の存続も危うくなる」
「えっ、俺たちクビになっちゃうってことっすか!?」
黙って聞いていた若い作業員が不安そうに叫んだ。
「極端な話、そういうこともあるってこと。大丈夫よ、今のところは。まずは『運転標準』を作るところから始めよっか」
そんな表情に笑って返した。
「は、はいっ」
あれ? なんだか作業員の男の子、顔赤くなってないか? 幼女にほれんなよ?
「あれ、するってーと、もしかしてお嬢様。安全弁の不具合ももしかして、『点検の標準』がないから起こった……って話になるんですかい?」
奥に座っているおじさんの一人……油まみれの様子から、整備担当なんだろう。
「そういうことになるよね! すごいおじさん。そうだよ、『点検標準』も必要なんだよ」
事務所にどよめきが起こった。
「最後のピース、見つかったね! 修理はもちろん継続。合わせて二つの標準を作る。これがないと以降、工場の操業は認めないからね。以上」
「うへぇ~!」
口々に悲鳴を上げる中に、おじい様もいた。
そんな事務所に別の若い工員が飛び込んできた。
「すみません! 怪我の治療薬が足りません!」
その声に何人かが立ち上がる。
「なんだって。じゃ街の薬師の所に走るか」
「そういったって、手が離せるやつなんていないぞ。呼べないのか?」
「あ、それなら私が行ってくるよ。みんなは現場の様子をみつつ、標準を考えておいて」
「ほう、ではワシも」
おじい様も立ち上がった。ん? なんでこんなにフットワークが軽いんだろう? いつもならこんな面倒なこと、絶対に乗っからないのに。
そんなやり取りがあって、街の薬師の店に向かった。
作業員をいま現場から離れさせるわけにはいかない。そう考え、馬車をお願いして薬師の所に治療薬を買い足しに来たけれど……。
薬師の店のドアを開けた瞬間悟った。
「いらっしゃいませ~」
やっぱり神様は私をこき使う気満々だということと、なんでおじい様が付いて来たのかを。
最後までありがとうございます。
さて、カイゼン活動はいったん現場の諸君にゆだねられました。
まずは怪我人の治療が最優先、ということで街の薬師のところへ。
……ですがここもなにやら不穏な雰囲気。フラン様を待っていたのは?




