第3話 安全への出費は投資だよ!
ご覧頂きありがとうございます。
さておじい様に無邪気で切れ味鋭いナイフのような一言を投げつけたフラン様。
カイゼル公爵家はどうして経営が厳しいのでしょう?
まずは得意分野から洗脳、もとい教育をしていくみたいです。
「うっ。……つらいところを突いてくれるなフランよ」
眉を寄せて苦笑いを浮かべるおじい様。かつては猛虎と呼ばれ恐れられたらしいけど、これではただの老猫だ。
「ぜーんぶ、なんかいまいちよね? なにより安全面。とにかくひどいわ。人の命をチリ紙くらいにしか思ってないんじゃないかなあ?」
「チリ紙とは、なんとも身も蓋もない言い方じゃの。ところで安全……というのはなんじゃ? フランよ」
「えっ」
そうか。この世界、まだ安全という概念がないのか。でも無理はない。あっちの世界でも実は半世紀経っていない比較的新しい概念だ。
「安全というのはね、簡単にいえば『作業中に無視できない悪い事が、起こる可能性がないこと』、だよ」
「フランは難しいことを言うんじゃのう。はて、そのようなことを書いてあった本があったかの?」
「先週の神父様の説法で聞いたわ。おじい様がさぼった日よ」
「いや、あれは視察に来ていた王に呼び出されてだな、仕方なく」
おじい様はバツが悪そうに頭をかいた。
「知ってる。王様とお忍びで夜の街に遊びに行ったのが王妃様にバレたのよね」
その言葉にぎょっとした表情を見せるおじい様。
「……なぜ、それを」
「否定しないんだね」おじい様、ホントちょろい。
「うっ。……どこで聞いたんじゃ?」
「お付きの侍女の人に教えてもらったの」
「……情報管理がまるでザルじゃな。してウチのには」
「言ってないよ。まだ」
「ふむ。やはりかわいいのう、フランは。どれ、何か欲しいものはあるかの」
買収する気満々だな、祖父よ。
「特に無いけれど、おじい様の領内の視察についていきたいわ」
「そんなことで良いのか。おうおう、勉強熱心な孫でワシは嬉しいぞい」
この爺さんは行く先々で弱みをさらに握られる可能性について検討しないのだろうか。
「話を戻すね。もっと簡単にいえば、働いてる人たちみんなが、長く元気に働けるようにすることだよ」
「ふうむ、そういうものか。じゃがフランよ。それが儲けとどうかかわってくるのじゃ? 話を聞いても安全? とやらに対策するのは、どう考えても費用が増えるだけのようにしか思えんのじゃが」
「違うよ。安全対策はコストでなく投資。わかりやすい例をお話しするね、おじい様」
そこでトッ、とおじい様の膝から降りて向き直る。
さて。ちょっとした安全と経営の紐付け授業の始まりだ。
「ここに一時間に金貨一枚分の種油を搾る機械があるとするわ。一日に八時間搾り続ける機械ね。油を受けるボトルは日に一回、正午に交換よ。けれどこの機械、とても危ない機械で、注意していないとすぐに作業員を搾っちゃうの」
「ちいさな子が話す内容とは思えんな」
「そう? さて、うっかり別のものを絞っちゃった場合は清掃のため、二時間は設備を止めないといけないの。そして残念ながら週に二回はうっかりしちゃう」
私が肩をすくめるのにあわせ、おじい様が眉を上げる。
「その際にはそれまでに搾った分もあわせて廃棄しなきゃいけない。不純物が混ざっちゃってるからね。そんな理由で、毎週平均金貨四枚分を廃棄することとするね」
指を四本立ててみせるとおじい様は軽く頷いた。
「この金貨四枚のことを『リスク』というの。危害のひどさと発生頻度を掛け合わせたものね」
先ほどから揚げ菓子をつまんでいたおじい様は菓子を見つめると、顔をしかめて皿に戻した。揚げ油の中身に想いが及んだのだろうか。こういう繊細なところカワイイよね。
「この問題を解決するために、我々は設備の改造を行うことができる。改造すればうっかり搾りは二週に一回程度に収まるんだけれど、改造するのに金貨二十枚かかるとしたら。さて、おじい様はどうする? 改造する?」
「二十枚!! いやそれはかかりすぎじゃろう。儲けがなくなってしまうじゃあないか」
両手を机の上に広げてそんなの無理だろアピールをするおじい様。ちなみに金貨一枚あれば一家四人が家賃込みで、贅沢しなければひと月普通に暮らせる。
「まあ確かに、金貨二十枚は一週間の儲けとほぼ同額になるよね。じゃあ、改造しない? ……搾り放題だけれど」
油の原価率は確か五十パーセント。もう少し取ってもいいような気がするけれど。
「うっ。……仕方ないではないか。だって、金貨二十枚じゃぞ?」
「ファイナルアンサー? 答えは決まった?」
「ふぁ、ふぁい? なんじゃ? 答えは改造せずに気をつけて頑張る、じゃ!」
おじい様、頑張るなんてすっごい日本人っぽい。
「そっかー。うーん。残念ながら、我が公爵家が儲からない原因の一端が図らずも見えちゃったかも」
「なっ。これだけの問答でか?」
私の言葉に素直に驚くおじい様。可愛いなぁ。
「うん。控えめに言って、最悪の回答。やっぱり一つは『安全に投資できない体質』にあると思うの」
「安全に……投資」
「ちなみに今回のケースで行くと、投資は七週目で回収可能だよ」
「なっ!? たったの七週なのか?」
今日は驚きっぱなしだね、おじい様。
「改造前と比べて一割ちょっと利益が増える計算になるからね」
「ななな……それはまことか」
「……簡単な算数よ? ほら」
そういって私は簡単なグラフを書いてやる。そこに最初こそ従来の搾り方を下まわるものの、そこからぐんぐん伸びて七週目には並び、そのまま従来の線を置いてけぼりにする改造後の線を描いた。
「……この絵はなんじゃ?」
グラフも知らんのか!
「先ほど私が説明した内容を絵にしたものよ。『グラフ』と呼ぶわ。縦軸が収量、横軸が経過時間……週数ね」
「ほうほう、はぁー! これはわかりやすい! フランや、このような学問、どこで知ったのじゃ?」
あ、やっべ。
「あ、きょ、教会の図書館にあった本だったような気がしたんだけれど……どこだったかな、覚えてないや。は、はは」
そんな私の焦りに気づく様子もなく、しきりにグラフを見ているおじい様。
「これが『安全に投資する』って意味よ。不安全状態の設備を使い続けると、そこにはムリ、ムダが発生するの。それに不安全行動が重なった時、事故の発生率は飛躍的に高まるわ。不安全状態を投資で解消してやることでムリ、ムダがなくなり、効率があがる。私の言った意味、理解してくれた? おじい様」
「おお、おお! 理解したぞ、フランよ! やはりおぬしは神子じゃったか!」
最後のピース、見つけてくれたかな?
でもうーん、神子っていうのはどうなんだろう。でもま、理解してくれたから、いっか。
おじい様は私をなでくり回すのが好きなようだ。それはいいんだけれど、髪型がくちゃくちゃになるまでやるのはちょっと勘弁して欲しい。
今回はそれを見越して若干髪型が崩れてきたところでご遠慮いただいた。
残念ながら、我が公爵家の領地経営は、お世辞にもほめられた状態ではないと思う。
実際のところ格下のガメトゥイ伯爵家に比べて、儲かってないしね。ま、あちらは宝石やら鉱石やらが結構産出されるから、っていうのもあるんだろうけれど。
不安全だから効率が悪くなることに気づいていないのだ。いや、そもそも安全という概念がない。だから思うままに作業をしてしまい、ケガをしたり、死んじゃったり。
だから作業が止まる。人の入れ替わりが激しいからノウハウが残らない。だからそのサイクルがますます加速する。
不意にざぁっと。私の中を何かが通り過ぎたのを感じた。
『あなたがやれば良くなくって――?』
そうだ。
これから私が工場や農場、鉱山などすべて見回って、どんどんカイゼンしていけば?
この領地はもっともっと豊かになっていくはずだ。
この土地、この立場、この知識。すべては与えられた役割であるようにも感じる。
神子。ある意味そうなのかもな。
「なんじゃフラン、楽しそうじゃの」
「えっ」
はずかしい。いつのまにか笑っていたようだ。でも今日ではっきりした。
「ねぇおじい様。私、もっともっといろんな工場とか、農場とか見て回りたい。そして、どんどん良くしていきたい。そうすることで、領民みんながきっと幸せになる。どうかな、私、変かな?」
そんな私の言葉に、おじいさんはとてもやさしい目で頷いてくれた。
「フランならできるかもしれんの。お前は不思議な力を持っておる。きっと、領民をもっと幸せに導いてやれることじゃろう。それが貴族の務めでもあるしの」
「うん、私、頑張るよ! もっといろんなところにいって、どんどんカイゼンしまくる!」
そんなときだ。どこからかの使者がやってきたとの連絡が執事より入った。
通すなり肩で息をする使者は休むこともなくおじい様に告げた。
「じ、事故です!! 製粉工場で、ボイラーが!」
「おじい様!」
「うむ、フラン、早速参ろうぞ!」
「はい!!」
私の初陣がこうも早くやってこようとは。神様、実は人使い荒くない?
最後までありがとうございます。
安全は投資。いまでこそ割とメジャーな考え方ですが、この時代では無理からぬことです。
けれどそれこそがチャンス。安全衛生を軸に、公爵領は今後どのように盛り返していくでしょうか。




