第2話 カイゼン幼女、降臨。
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さて前回。製粉工場で指差呼称のルールを守らなかった工員さんに「メッ!」とした後工場長さんを締め上げたフランちゃんさんですが、そもそもこんなチート級幼女がどのようにして生まれたのでしょうか。今回はその理由を少しお話したいと思います。
そう。アレは半年くらい前のこと。
目が覚めるとふかふかのベッドの中だった。
いいにおいのするベッドだ。ダンディーでアラフォーな俺、高梨洋二が最初に感じたのはそれ。
ぼんやりとする頭を抱えつつ起き上がる。視界に金色の髪がハラハラと入ってくる。手ですくうと絹糸のようなそれは陽の光をはらみ存分に輝きつつ、わたしの手からこぼれていく。
我ながら詩人だ。
……しかしやけに小さくないかい、俺の手。
え? わたし、ってあれ、俺は確か、いやだってわたし。……ああ、頭の中ぐちゃぐちゃだ。なんだ、どうなってるの?
視界の外でパリンと何かが割れる音。振り向くと花瓶が落ちている。同時に女性の悲鳴。
「お、奥様! お嬢様が、お嬢様がお目覚めにっ! おくさまーっ!」
パタパタと駆けていく女性の後ろ姿を目で追った。
お嬢様って……だれ?
おかしい。俺の名前は高梨洋二。アラフォーのおっさんだ。だがどうした。この手はまるで幼児ではないか。
状況を整理してみよう。今朝は定時に出勤。朝から安全巡視(※1)で工場の中を回り始めた。プレス工程を巡視する際、二枚同時に金型を吊っている現場に出くわした。
明確な禁止行為(※2)だ。
注意しようと近づいたら上の型が滑りバランスを崩した。時をおかず上の型はずりずり滑り落ちてくる。その先に新人の女性社員がいて。思わず危ない、と飛び出して突き飛ばして――
そこで汗がどっと噴き出た。
そうだ、その時俺は――。
なんだ、ぐちゃぐちゃなのは頭の中だけと思ってたけど、物理的にもぐちゃぐちゃってか。
「はは、……ウケる」
いやいやいや、ウケねーよ! ってなんだよこの状況! なにネタにしようとしてる俺!
その時部屋の扉が乱暴に開くと、きらびやかな女性が駆け込んできた。
「フラン! ……フランツィスカ! ああ、目を覚ましたのね、よかった!」
「あ……お母様」
部屋に飛び込んで私を見るなり泣きながら縋り付く女性。
ん? お母様? なぜこの超絶美人のおねえさんを俺は母親と呼ぶんだ。銀座でもなかなかお目にかかれないぞこのレベル。それに俺のお袋は九州の片田舎で頑固オヤジと一緒につましく暮らす普通のばーちゃんなはずだ。
……いいえ、そう。私の名前はフランツィスカ。
フランツィスカ・デニス・カイゼル。カイゼル公爵家に連なるもの。
確かお昼過ぎ、お兄様と外を散歩している時に――あれ? 何があったんだっけ?
「このまま目を覚まさないのかと思いましたよ母は」
目じりを押さえながら、超絶美人のおねえさんは微笑んだ。
なんでも私が城壁の脇を兄と共に散歩をしていた時、外壁工事の部材のレンガが一つ、作業台から零れ落ちた。それが真下を歩いていた私を襲ったのだという。
「二週間、あなたは眠っていたのよ。もう、だめかと思っていたけれど、ああ神よ」
そしておねえさんは私をまた強く抱きしめる。豊かな胸が顔に押し付けられて、うれしいはずなんだけどなんだろう? 行きつけのおねえさんの店でも「こんなサービス、滅多に無いんだからね!」って言われそうなこの状況。だがそこまで嬉しくない。これはいったいどうしたことか。
「幸い傷は残らなかったのよ。女の子なのに、傷がついたら可哀そうと思っていたけれど」
はあ、おんなのこ。女の子なのに? 女の子!? は!?
「あ、あの、お母様。わたし」
「ああごめんなさいね、目覚めたばかりで疲れたのね。もうすこしゆっくりするといいわ」
パタパタと大人たちは部屋から去り、そしてまた一人になった。
間髪入れず、服の中に手を突っ込む。
「あー……」
ないわ。確かに。……ないわー。この展開本当にないわー。最悪だー。
そして得も言われぬ罪悪感。自分の身体を触っただけなのに。なんか、ごめん。自分。
うそだろ、なんだよこの展開。たぶん俺は死んだ。で、生き返ったら女の子。なんだそりゃ、どういう冗談だよ。
「あ、これ夢だわ」
ぼふっ、と再びベッドに身体を沈める。もう一回寝よう。明けない夜はない。
……まぁ結論からいうと、残念ながら夢ではなかった。翌朝目を覚ましても、俺は私のままだった。しかし子供の体はすごい。どんだけでも眠れる。しかも身体が痛くならない! 子供、最高!
そうだ、もう悩んだって仕方ない。理屈はわからんがこうなっちまったんなら、この条件で何とかするしかない。せっかく拾った命だ。若返ったんだから、謳歌しなくちゃな! 切り替えの速さは俺の自慢の一つだ!
それからリハビリをし、体力をつけ、あわせてこの世界の知識をどんどん入れて半年。
「いいですか、『安全は全てに優先する』。大事な言葉ですが、本来の意味は――」
私は今、こうやって異世界でもやっぱりカイゼンしている。
目を覚ましてからの私のあまりの変わりように、周囲は大層驚いたという。それもそうだ。たかだか六歳の幼女。二週間も寝たきりのあとようやく目覚めたと思えば、突然難しい本を読み漁りだしたかと思うと、実際の大人たちの働きぶりを見て指導しはじめたのだ。
もっとも、まわりは文句をつけて回っていると言っているけれど。
「いい感じに頭を打ったのだ」
最初はあっけにとられていたおじい様だったけれど、実際はおっさんの知識でブーストしているだけに過ぎない孫娘の非凡さにすっかり騙されているようで、
「この子は神が遣われし神子じゃ。我が孫の言うことはワシの言葉と心得よ」
などと配下の者に触れて回っている。
どんな時代、世界だろうが相手は給金をもらって生活するサラリーマン。公爵閣下が言うなら仕方ない、とばかりに当初はママゴト程度に話を聞くのは誰もが一緒。そこから私の指摘を聞いて顔を赤くしたり青くしたり、へつらったり。それぞれ違いが出てくるのは面白い。
大体青くなる奴が偉くなっていく。細かい、神経質な奴がマネージャーとしては成功する。ちなみにかくいう私もわりと細かい。重箱の隅にへばりついた栗きんとんなんかは特に好きだ。
そうそう! 驚いたと言えば私だって驚いた。何なのこの子? 超カワイイんですけど!?
いや、お母様を見ていたから何となく予想はしていたけれど、もうとにかくびっくり。すごい。語彙崩壊するくらい。公爵の孫で美人、しかも俺の知識ブーストの結果だがはたから見れば頭もいい。
もしかして、将来めちゃくちゃモテるんじゃね? ああいやでも待って。にへらとだらしなく崩れそうになる顔を引き締めて想像する。
自分、女。恋愛対象……男、今のところムリ。
ま、今考えても始まらないかぁ。なにせまだ六歳だしね。もしかしたら年を重ねたら変わるかもしれないし。最悪一生独り身でも……。
ああいや、今は考えないでおこう。
そして今は膝に乗って地図を眺めながら、足をプラプラしておじい様を教育――もとい、お話を聞かせてもらっている。
「ねぇ、おじい様」
「なんじゃ、フランよ」
おじい様は私の話をいつもニコニコしながら聞いてくれる。ちょろい。
「おじい様の領地って、ここから……ここまであるんだよね?」
私は地図をぐるーりとなぞりながらたずねる。
「ほほ。フランは物知りじゃの。そうじゃよ」
そうなのだ。我がカイゼル公爵家は、比較的裕福なこの国の中でそこそこの領土を持っている。
「農地も広い、凍らない港もあるからお魚もいっぱい獲れる。燃料も自給できる。工場も、ダンジョンだってある。すごいよね」
「ほうほう、フランはすごいのう、よく調べたのう」
そうやってこの好々爺は私の頭をなでてくれる。悪い気はしない。
「これだけ資源があるのにおじい様」
そこで小首をかしげてたずねる。
「どうして経営は苦しいの?」
■文中の注釈(フランの主観も多少入ってるけど、別にいいよね?)
(※1)安全巡視
不安全状態、および行動を抑止するため、抜き打ちで行っていた活動。主に安全面に振った巡視をおこなってた。ちなみに労働安全衛生法で月イチ実施を規定されている職場巡視とは別物。私、産業医じゃないから。
(※2)禁止行為
職場によって細かい違いはあるだろうけれど、ウチの場合は金型は絶対一枚ずつ扱うということになっていた。固定するから大丈夫、と横着する人間が後をたたないけど、いくら型同士固定するといってもあんな重量物、しっかり固定する手間を考えたら素直に一枚づつ扱ったほうが早いし何より安全に決まってるじゃない。
ちなみにもう少し状況を詳しく説明すると、金型っていうのは上型、下型の二つで構成されていて、その間に鉄のシート、鋼板を置いてプレス機でガシャーンって挟むと部品ができるんだよね。で、作りたい部品ごとの金型をプレス機に運んで入れ替える必要があるわけ。
金型を運ぶのは天井に設置されている大きなクレーンでやる。金型ひとつ二トンを優に超えるものもフツーにあるからね。当然手でなんて無理だし?
金型を入れ替えて、生産する品目を変える作業を「段取り替え」って言うんだけれど、その間は生産が止まるから、押せ押せのときはその時間も惜しいのよ。だからムリをしちゃう。
型が固定されていない「不安全状態」、二枚の金型を一度に運ぶムリをした「不安全行動」。その二つが重なった結果こそが、いま私がここにいる理由、というわけ。
最後までありがとうございます。
豊かな国の、広大な領土を持つ公爵家。けれどお財布事情は厳しいようです。
次回はその一端が明らかになります。




