エピローグ フラン様は今日も現場です。
元ガメトゥイ伯爵領。今は王家直轄領のこの地に入ったのは7年前。私も14歳になった。
『人は財産』。民衆が平穏に、豊かな生活を送れること。それこそが国を支える最も大切なことであると、私は信じてここまできた。
一時期は農民の反乱も心配されたくらいだった。そんな荒れた領地だったけれど、荒みきっていた人心も落ち着きを取り戻し、今はおじい様の公爵領と肩を並べるほどの豊かな地になった。
最初は本当に大変だった。ほぼ何もない状態からのスタートといってもいい。
何かを定着させたいと思うたび、自ら実演してみせて、メリットを説明し、なんとかやってもらって、成果をみんなで褒めあって。それの繰り返しをとにかく夢中でやり続けた。
『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ』
かつての上司が、職場への定着が進まないと愚痴る後輩によく言っていた言葉。
山本五十六。連合艦隊司令長官が言ったとされる言葉。
実際にこのような立場に置かれた私にとっては、まさに金言だ。
今でもときおり近場の村の農家に、畑の手伝いに行ったりする。
工場の稼働が落ちれば、行って機械の調子をみたりする。
クレスは「警備が大変だからやめてくれ」と言っていたが、最近は諦めたようだ。
民に還元し、民を信じ、民とともに過ごし、苦楽を共にする。
そして、民の生活と心を豊かにする。
最初は影でバカにする貴族たちも居たのは事実。
けれど今の、この地で得た結果。これこそがすべてだ。
今や『民にへつらい、自らは麦粥をすする貧乏貴族』などとと揶揄する声も聞こえなくなった。
民を中心とした元気な生産活動のおかげで、我々貴族はこのような生活が送れるのだ。
自ら率先して範を垂れないと。『働かざる者、食うべからず』なのだ。
今日は屋敷の庭にしつらえた東屋で、この手記を書いている。はじめは日記程度の軽い気持ちで綴っていたけれど、習慣となった今では書かないと気持ちが落ち着かなくなってしまった。
あれからいろんなことがあった。
疫病、飢饉、――そして戦争。
私の力は、私自身が想像していたよりも遥かに便利で、他人を惹き付けるものであったようだ。金の卵を産む雌鶏の噂を聞きつけた隣国が、難癖をつけ攻め込んできたのだ。
病気や飢えに対して腕を振るうならまだしも、殺し合いのために知識を使うのはさすがにためらいがあった。
――けれど。
「こんなところにいたのか」
顔を上げると凛々しさの中にも甘さを兼ね備えた青年。
「ニコラスさま」
自然と頬がゆるむ。ペンを置いて立ち上がる。
――彼のためなら、彼と一緒なら。彼が望むなら。そして民を救えるのなら。それも許されると思えた。
首を少しかしげ、彼を見上げる。すこしお顔が赤いかしら?
随分身長差がついてしまった。頭一つ分くらい彼の方が背が高い。17歳の彼は、キラキラを背負ったという表現が本当に似合う、素敵な王子様。
彼は髪をそっと撫で耳に触れる。くすぐったさに目を細めたところに、実に自然な動きで腰に手を回し。顎をつい、と持ち上げられたとたん、優しく口づけされる。
野鳥のさえずりと噴水の音、それに穏やかに木々を揺らす風の音。
ほう、と静かに息を吐き、目をひらく。端正な彼の顔がすぐ目の前にあって、慣れているはずなのにドキリとする。
「もう、こんなところで」
そんな気持ちを知られたくなくて。むっとしたふりをして彼の胸を押す。
「人払いは、しているけれど」
爽やかな笑顔。ずるい。
くい、とネクタイを軽くつまむ。
「そういうこと、言ってるんじゃないの」
そのまま引っ張る。「え、わっ」と顔を下げてきた所を狙ってこちらからキスしてやる。ついばむようなキス。背伸びしてギリギリ。
少し乱れたネクタイをキチンと戻しながら、「慣れてらっしゃるのね」と言ってやるも、「え、何を?」なんていうから上目遣いで胸を指で突いてやった。
「女性の扱い方、よ」
ニコラス王子は苦笑いを浮かべながら頭をかくと、「こんなことするの、フランにだけなんだけれど」という。
「どうだか」
知ってる。けれど言わせたいの。確認してるの。不安だから。
逢うたび繰り返す、私のKY活動。や。んー、始業点検?
――10歳を過ぎた辺りから、自分の考え方に変化がうまれていることを感じていた。それは身体が女性のそれになっていく中でより顕著になっていった。
前の世界での記憶。それは確かに今でもある。けれど具体的にどんな日常だったかは、実はもう、よく思い出せない。
以前は男性を恋愛対象に見れなかった私。けれどいまや目の前の男性が、自身の将来の伴侶となるであろうことを、抵抗なく受け入れている。それどころか他の女性への嫉妬まで。そして羨望の的である彼の愛を一身に受けている事実が、嬉しくて誇らしくてたまらない。
はっきり自覚している。
今や身も心も、私は一人の女なのだと――。
二人東屋に並んで腰掛け、庭園を眺める。こてん、と彼の肩に身を預けるのも心地良い。
「来月だね。誕生日」
「ええ。私も15歳。成人しますわね」
「いよいよ結婚、だね」
「ほんと、王子は気が早いんですから」
「フランはまだしたくない? 結婚」
「んー、そういうわけではありませんけど、心構えというか」
受け入れられるか少し不安というか。……いろいろと。
「――王子こそ、まだ遊び足りないんじゃないですか?」
「なにいってるの? 言ったじゃないか。ボクは婚約の前から、ずっとずっと、君と結婚したいんだって」
「そうおっしゃってましたわね。あは、ホント、懐かしい」
この地に来るきっかけとなった、あの時のこと。
とても遠い日の、まるで別人の記憶のように感じられる。
「あの頃の君は、本当にひどかった」
「あら、そうでしたか?」
「そうさ。あからさまに嫌がったり逃げ出したり」
「あの頃は、本当に嫌だったんじゃないですか?」
「他人事だね。そういうところ、変わってない」
「ふふ、いいじゃないですか。今は……貴方様に夢中なんですから」
そして彼の手に触れ見上げる。
「フラン……」
彼が私の頬をそっと撫でて……。
「えー、お取り込み中のところ、失礼しますわぁ」
「へ、ヘレン!?」
背後から突然声がかかった。ムダだけれどあわてて王子と距離を取る。……びっくりした!
「はい、アナタのヘレンですー。昼間っから乳繰り合ってるところ大変申し訳ありませんが」
「く、繰りあってない!」
「はいはい。どっちでもいいですわぁー。でもすみません、バッドニュースファーストですのでー」
ここまで言うと、ほんわかした彼女の表情は急にキリッと切り替わる。
「食品加工工場で災害が発生しました。現在リアとペトラが現地に移動中ですわ」
彼女の言葉に私の脳もピンク色から醒めたブルーに切り替わる。
「状況は?」
「今のところ死者は出ていないようです。負傷者が少々と連絡がありましたわ」
「ヘレン、中、頼める?」
「はい、もちろん大丈夫ですわよ。あ、でも王子のお相手は」
「したら怒るよ。……ごめんなさい王子、そんなわけだから」
「いいよ、いってらっしゃい。気をつけてね」
「じゃ、ヘレン。諸々よろしく!」
立ち上がり、机の上の筆記具なんかをひっつかんでから、王子の頬にキス。
目をパチクリしている彼に微笑みかけ、「行ってきます!」と駆け出す。
なんだかんだで現場は今でも楽しい。こうして事件が起きると心配なのはもちろんだけれど、「今度はどこを改善したらいいのかな?」と楽しみでもある。
今でも結局、現場人間なのだろうか。場所が、立場が、性別が変われど、やってることは結局現場カイゼンだ。自分の境遇に思わず吹き出してしまう。
だから私は愚直に言い続けるのだ。
『今日もご安全に!』と。
―― 完 ――
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
フランちゃん様の物語はここで一旦終わりになります。
10万文字程度、32話完結は当初のプロット検討初期段階から決まっていたことでした。
(文字数は大幅オーバーですが……)
本当はもっと書きたいことはたくさんあります。
具体的にはファビアナの話。ペトラ、リア、ヘレン、ニケのそれぞれの話。
メインストーリーから泣く泣く外したエピソード。
そして改善事例の一問一答を一回分とした連作短編風エピソード。
終わりを意識しだしてから、逆にアイディアがわき始めました。
今度はこういう観点のエピソードを短編形式で書くかもしれません。(ニーズがあれば……!)
もしそのような機会が生まれましたら、もちろん続けさせていただきますので、もしお目に留まった際も変わらぬご声援を賜りますよう、よろしくおねがいします。
重ねてではございますが、本作をお読みいただき、本当にありがとうございました。
次の作品でお会いできる日を楽しみにしております。




