第31話 夜襲
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最初で最後の荒事回となります。
窓からそっと外をうかがうと、守備兵と賊が交戦しているのが見えた。控えている連中を含めると数十名はいそうな雰囲気だ。物盗りというにしてはずいぶん大人数。これはきっと、物ではなく、別のものが目的なのだろう。
外の守備兵がしばらく頑張っていたけれど多勢に無勢。最後は押し倒されてしまった。雪崩をうって敷地内に賊が侵入してくる。何度かドン、ドン、とたたく音が響いていたけれど、まもなく階下で何かが破壊される音が聞こえた。斧かなにかで玄関でも壊されたか。
部屋に視線を戻すと、不安げにしているニケと目が合った。頭をひとなですると目を細める。そんな彼女に精一杯の笑顔をしてみせた。
「さ、行くわよ」
彼女は軽く頷くと立ち上がった。
廊下に出るとボディーガードのクレスが控えていた。
「皆さんは公爵閣下の執務室へ集まっておいでです。お早く」
先に立って彼に話しかける。
「状況は?」
「よくないですね。奇襲でしたので外のものはたおされてしまいました。現在玄関で踏ん張っていますが、どれだけ持つか。先ほど信号弾を上げましたので訓練校の方には連絡が届いていると思うのですが、二時間ほどは耐える必要があるでしょう」
おじい様の執務室にはすでにペトラやリア、ヘレンの姿があった。みんな不安げな表情で寄り添っていたけれど、こちらに気づくと少し笑顔が見えた。
「お嬢様。何が起きてるんです?」
リアが意外に冷静なことに驚いた。けれど情報がない。そのまま、何者かに奇襲を受けたとしか言えない。
「なんだ、お嬢様もわからないんですね」
飄々とした態度に、ペトラも苦笑いをうかべた。
「リアさーん……こんな状況でそんな軽口、よくたたけますね」
「だって変に深刻そうにしたって何が変わるわけでもなし。だったら緊張を解いて少しでも頭が働くような状況にした方が得かなー? って」
「ホント、そのリアのポジティブさ。今はありがたいわ」
長く焦れる時間が続いた。剣を交える音がひっきりなしに聞こえてくる。そして徐々に近づいてくる。まだ増援は来ないのか。そもそも来てくれるのか。
おじい様は椅子に腰かけ目を閉じ微動だにしない。ニケ達と寄り添い、この時が何事もなく過ぎ去ることを願った。
けれど現実は無常だ。
外の喧騒がやんだかと思えば、唐突に扉が開かれる。
「お、ここに勢ぞろいじゃねーか。親方ー!! 見つけましたぜ! ったく手こずらせやがって」
戦いは、我々の負けのようだった。この部屋で戦えるのはいつの間にか左腕を負傷しているクレスと、おじい様の近衛数名だけ。抵抗するだけムダだ。
しばらくすると今回のリーダーと思しき大柄の男と、その隣にはこのような連中には不釣り合いなくらい小柄で華奢な人物――おそらく女だ――が部屋に現れた。小さいほうは我々の姿を見たとき、わずかに身じろぎをした気がした。何者か知りたいが、皆仮面や布ををかぶっているため、何者どころか、何を考えているのかさえわからない。
「さて、ここにお邪魔したのはほかでもない。公爵閣下。即刻爵位を返上して、隠居していただけないだろうか。家の跡継ぎは……そこのお嬢ちゃんはダメだ。アニキのアルフォンゾ君の方でな」
「……ウチの事情をよく知っておるようじゃの」
腰の剣を撫でながらおじい様がつぶやく。
「まぁこんな強盗まがいのことをやらかすんだ。しらべるもんは調べるさ。なぁ、フランツィスカ様?」
「ことわる、と言ったら?」
「そしたら残念ながら、ここにいる全員仲良くあの世行きだ。せっかく今のところは全部生かしてやってるんだ。俺の精一杯のやさしさ、ちゃんと汲んでくれよな。だから、妙な気は起こすなよ?」
おじい様はしばし押し黙った。
やがて静かに目を閉じると、ふーっと長く息を吐いた。
「……是非もなしか」
「おじい様!」
「仕方ない。お前たちの命には代えられんでのう」
「賢明な判断、感謝しますよ」
ここで脇にいる小さいほうの人物が先ほどから話す男の腕を小突いた。
「な、なんでしょうか?」
顔を寄せ何事か話す。
「は!? いや、それは……しかし……わ、わかりました」
小柄なの人物は大男より上役なのだろうか。
「あー、フランツィスカ様? アンタは別だと。悪いがアンタはお持ち帰りさせてもらうよ」
「な、どういうことじゃ」
お持ち帰り? 連れ帰ってどうするつもりだ。どこかのカイゼン活動を無理やりさせられるのか?
「連れて行って、どうするつもりよ」
「ま、こういうことさ」
そう言って男は両手を前に突き出して手首を合わせる。
「ま、まさか……奴隷?」
一瞬で目の前が真っ暗になる。
「ウチのエライさんの御意向でな。悪く思わんでくれ」
アゴで隣の人物を指すと、肩をすくめた。
「フラン……孫は関係ないじゃろう!? そんなこと、はいそうですかと呑めるか!!」
「おいおい、これ以上の荒事は勘弁してほしいんだがな」
おじい様の抗議に聞く耳を持つ様子はない。
「……よかろう、ならば決闘じゃ」
「おいおいじいさん、そんなのこっちに何のメリットもないじゃねーか。さっさと諦めて……? うん? 何だ、騒がしいな」
気づけば表が何やら騒がしい。あれよあれよと音は大きくなり、次第にそれが怒号と剣戟の音であることに気づく。
「申し上げます! 敵襲です! おそらく、訓練校上がりの冒険者連中かと」
「なに!? 予想よりかなり速いじゃねーか。クソ、こうなったら」
「フラン!! 頭を下げい!」
ペタンとその場に座り込むと同時に頭の上をかすめるように空気の塊がゴウ、と薙いだ。
あわてて男は身を引くが、手持ちの剣が飴細工のようにポッキリと折れ、床に転がった。勢いそのままに二の太刀を袈裟斬りに斬りつけるところで、ようやく今のがおじい様の剣筋だったことに気づいた。
「いりゃあああア!!」
おじい様の剣は男のバックラーをパックリと両断し、更にうっすらとキズを付けたようだ。遅れて腕にスーッと赤い筋が入ったと思うと、そこからプクプクと血の玉が浮かび上がる。
男をかばうように数名の男が、おじい様との間に割って入り剣を構える。
「公爵を仕留めろ!」
「いいえ、先にあの子を始末なさい!」
仮面の女の指示に呼応し、別の男がこちらに向かってくる。それに立ちふさがる影。
「そういうわけにはいきませんよ。あなたの相手は、この私です」
クレスだ。ぴたりと剣を中段に構え、油断ない足運びで相手に無言のプレッシャーを与える。
先に動いたのは相手だった。上段からの打ち下ろし。クレスは受け流す。二度三度。そのたびに剣同士こすれる悲鳴のような音。散る火花。クレスの肩に、相手の脇にそれぞれ一撃入るが鎧のおかげだろうか、互いに致命傷にはなっていない。
けれどバランスを崩された。よろめいたクレスに男は袈裟懸けに打ち込む。剣で受けるクレス。派手に火花が散り、そのまま鍔迫り合いに。
「ほら、嬢ちゃんが見てるぜ、がんばんな」
「くっ!」
その挑発に乗せられてか、クレスは剣を押し込む。
あっ、と声がでてしまった。男はわずかに剣を引く。その直後男はクレスを足蹴にした。たたらを踏んで尻もちをついた彼の喉元に剣が突きつけられ、クレスは動きを止めた。
「まだまだ青いな、坊主。 ……おい、早いとこやっちまえ。そろそろヤバい、ガキ殺って窓から逃げんぞ」
その言葉にまた別の男がぼやきながらこちらに近づいてくる。
「ったく、嫌な役ばかりさせやがって」
「帰ったら女おごってやるから」
「へーへー」
「フラン様! お逃げください!!」
喉元に剣を突きつけられるクレスは動けない。
「さてー? えー、恨みつらみはございやせんが、これも命令なんでね。悪く思うなよ」
上段に構える剣をぼんやり見上げた。
「フラン様あ!!」「フラン!」
まるでスローモーションのように振り下ろされる剣。どこか他人事のような中、ドンと押しやられる感覚。
「させるか!」
ニコラス王子だった。振り下ろされる剣を受ける。しかし大人と子供。力の差は歴然だ。押し込まれ、男の剣が鎧をつけていない彼の肩を、じわり傷付ける。
「くっ!!」
「いやああ、王子!」「王子!」
自身の声と別の声が重なった。仮面の女だ。
「なにっ、王子?」
男は驚いた様子で思わず剣を引く。周りの男どもも、突然のニコラス王子の登場に戸惑いを隠せない様子だ。
その瞬間、頭の中でスパークが弾けた気がした。
気づいたのだ。一連のバラバラな出来事が、はらはらと寄り添い、集まり、一つのパズルを完成させようとしていた。
「最後のピース……これだったのね」
王子は顔をしかめながらも男に突きを食らわせ、撃退することに成功した。男はヨロヨロと後ずさり、再び剣を構えるも、先程のような殺気は感じられなくなっていた。
「はやく! さっさとあの女を始末なさい!!」
「し、しかし」
「殺して! あの女だけは! 絶対に!!」
王子は傷を負いながらも、油断なく立ち上がり再び剣を構える。
「やめて、王子。死んじゃう」
「婚約者も守れずして、後の王を名乗れようか。……安心して。君はボクが、絶対守る」
そんなこと言って、怪我して顔も脂汗流してるじゃない。なのにやせ我慢して、笑っちゃって。
もう、文句なくカッコいいよ。
「ありがとう、王子。すごくうれしい。……でもここは、私が」
「え……フラン?」
そして立ち上がると仮面の女に向かって声を掛ける。
「ごきげんよう。こんな夜更けのご訪問とは、少し無粋が過ぎるのではないですか? ……ファビアナ様」
「ファビアナ!? ガメトゥイの? ほ、ほんとうか」
王子も剣を構えながらも、意外な展開に戸惑いを隠せない様子だ。
「だ、だれのこと……かしら」
「アナタのことです。仮面のひと」
「引きますぞ」脇に戻った男が仮面の女に声をかける。
「王子がここにいた事。よほど計算外だったようですわね。いっそのこと、その仮面をお外しになってご挨拶されればいかがですか?」
仮面の奥の表情は伺いしれない。しかし固く握られ震える両のこぶしが、彼女の気持ちを雄弁に語っている。
「もう時間がありません、引きます」
「……わかりましたわ」
「引くぞ!」
男が撤退を指示するも。
「その判断は、すこーしばかり遅かったようだな」
声の方を見ると、見慣れた胸章をつけた者たちが部屋の入口に立っていた。訓練校の教官や冒険者たちだ。
「はは……うそだろ……? 早えよ、お前ら……」
賊はみな剣を投げ捨てる。ガラン、ガランと雑な音を立てたきり、剣たちはおとなしくなる。仮面の女はペタリと床に座り込んだ。
「アンタさえ……アンタさえ居なければ……こんな……っ!」
静かになった部屋。
仮面の奥から、絞り出すような声が漏れた。




