第30話 むき出しの悪意
「クレームの内容は?」
会談が行われる部屋へとつづく廊下を歩きながら、おじい様と言葉を交わす。
「訓練校についてじゃ。ウチの訓練校出身の冒険者が、ことごとく組合を利用せず直接加工業者などと取引していると。わかっていたことじゃが、腕も稼ぎも段違いじゃからな。よほど悔しいのじゃろうて」
おじい様は肩を揺らし、横目でこちらに目線を向ける。
「自明ですわね。しかし種も蒔かずに取り分だけ要求してくるとは。随分勝手な物言いですね」
「まったくじゃ。ま、どんな難癖つけてくるのか知らんが、おかしな事を言ったら叩き潰すまでじゃがな」
「おじい様、勇ましいですわね。でも、喧嘩はやめてくださいね」
「それは相手の出方次第じゃろう」
そう言ってはっはっは、と愉快そうに笑った。
謁見の間の扉を執事が開く。役者はすでに揃っているようだった。
部屋には組合長、冒険者の街の代表と、もう一人。組合長は「後見人」と説明した。おじい様に視線を向けると「しらん」と首を振った。どこの者だろうか。
「そちらの方は、どちらの方じゃな?」
後見人と紹介された人を見て、おじい様がマルコに尋ねる。
「普段からいろいろご相談させていただいている商人様の、配下の方にございます」
「商人とは?」
「それはご容赦を」
領主にも言えない間柄、ね。
「よろしいでしょうか」と挨拶もそこそこに、組合長のマルコが本題に入る。
「最近『魔素結晶』の仕入状況がよくありません。冒険者たちからの協会への買取依頼が減っているからなのですが……」
とここでチラとおじい様の表情を盗み見るマルコ。けれどおじい様は至ってにこやかだ。苦虫を潰したような表情を一瞬見せ、言葉を続ける。
「どうも近年訓練を受けている冒険者が、直接仕入業者に売却をしているようでして」
ほう、とおじい様が相槌をうつ。
「協会は、国へ魔素結晶を納品せねばならない契約をしておりますから、買取量の減少に困っております」
「そうか、それは大変じゃのう」
「ええ。そこでお願いなのですが、国内の魔素結晶の取り扱いを協会に一任いただけないかと」
ふむ。と少し思案しているふりをするおじい様。
「それは民業への介入にはならんかの。それに冒険者とて、メリットがあるからそうしているのではないのか?」
「そ、それはそうかもしれませんが、戦略物資を正規の流通経路以外で流すのは」
「まあそれは言えるかもしれんの」
嘘だ。今でも国への納品には困っていないはず。半分ほど横流ししてるくせに、どの口がそれを言う。
「でしたらぜひ前向きに」
「検討しておこう」
つばでも吐き捨てそうな表情をマルコがみせる。腹芸が出来ないやつだ。
「それに亜人を飼っているのは存じ上げております。そしてなにやら魔道具開発までされているという」
「うむ。彼らの人権を守るため、非人道的な労働から彼らを解放するためにやらせておる」
「協会に販売権をいただきたい」
「ほう。なぜじゃ」
「より広く普及させるためにございます」
「ムリじゃな」
「何故です!?」
「魔素結晶が手元にあるそなたらに販売権を譲っては、国としては都合がわるくなるじゃろうからな。それに彼らを『飼う』などと言う者に、とても許可はできん」
マルコ氏、こめかみに血管が浮いてきた。血圧あがるよ? おちつきなよ、お茶ドゾー。
「あと、病院経営も非常に厳しくなっております」
次に口を開いたのは街の代表と名乗る男だ。
「ん? どうした。あそこはいつも冒険者で溢れておったろう」
「それが、2ヶ月ほど前から患者が激減しておりまして。大怪我で運び込まれる者もほぼ居ない状況でございます」
そんな訴えにおじい様は無邪気に応える。
「ほう! 良かったではないか、けが人が少ないのは良いことじゃ!」
絶対わざとでしょ。
「そ、それはそうですが、このままでは病院の運営自体が困難に」
「ふむ。それも気がかりじゃな。事務方に伝えておこう」
「いやいや、ぜひ今この場でご検討いただけないでしょうか!」
「そうはいってもの。うるさいんじゃ、ウチの事務方は」
なんとも情けない表情をみせつつ、内心おかしくて仕方ないのか、こめかみあたりがわずかに震えている。
「……ではお早めのご検討を。次に宿屋です。こちらも利用者がどんどん減っております」
「おお、それは見当が付くぞ! 自らの家に毎回帰っているからじゃ!」
「では利用促進のお触れなどを出しては……」
「というてものう、民業に介入は」
バンッ!!
乱暴に机を叩く音におじい様の言葉はかき消されてしまった。
「……何じゃ、マルコよ騒々しい」
「いい加減にしていただけないだろうか、閣下!」
そうカッカするなよ……。ってくだらない。くだらなすぎる。
懲らしめの最中なんだから、笑っちゃいけないんだから。
「ほう? 何をじゃ」
「とぼけないでいただきたい! これはすべて、閣下とそこの男爵様が仕掛けたことではございませんか! あの訓練校、アレのせいで我々の商売は上がったりだ!」
マルコは口角泡を飛ばしつつ両手でアピールする。
「おや妙なことをいう。組合は冒険者の稼業を支援する互助組織ではなかったのか?」
「この期におよんで綺麗事はご遠慮願いたいものですな!」
彼のテンションは下がるどころか、おじい様の言葉を聞いてますますヒートアップしているようだ。
「そうはいうてもな、ワシとしては領民が穏やかに暮らせるよう取り計らうのが仕事であって、お主たちの利権を守るためには動いておらんのでな」
一瞬、んが、と息をつまらせたマルコは、いちど深くため息をついた。やがて先ほどとは打って変わり、静かに言葉を発した。
「……冒険者を全員、協会に強制加入させるよう要望する」
「何を言い出すかと思えば。そんなことをして、冒険者たちの利益になるわけなかろう」
「街の利益はどうなのです!」
「お主たちの利権、の間違いなのでは?」
マルコたちの表情が険しくなった。
「このままでは協会はジリ貧でございます。どうかご検討を!」
「お主は冒険者に対しての貢献をどう考えておるのだ?」
「協会が存続できないのなら、貢献も出来ませぬ!」
「冒険者への対応は長年協会に一任していた。民業を圧迫しないという方針に基づきそうしておったのじゃが……正直見直す時期かと思っている。厳しいとは思うが解体も視野に入れておる」
「そ、そんな」
マルコの表情が絶望の色に染まった。
「冒険者の街そのものの有り様も含め、有識者を交え、近く検討会議を始めようと思う。お主も参加してくれ」
しばらくの沈黙。やがて絞り出すようにマルコが言葉を発する。
「心変わりは、ございませんか」
「ワシは組合を作るとき、最初にいうた。『冒険者のための組織たれ』と。今の有り様がもしそうだったならば、このような議論にはならなったのではないか?」
マルコはフラフラと立ち上がった。
「……失礼いたします」
そのままマルコは振り返りもせず部屋を後にする。あとの二人も彼に付き添うように去っていった。
「よかったの、おじい様?」
おじい様は寂しそうに笑った。
「あの組合を立ち上げた時は、もう少し若者のことを思う、キップのよい男じゃったと思うのじゃが……権力というのものは、ああも人を狂わせるのじゃろうか」
ちょうどその時、執事さんがやってきた。
「旦那様、お嬢様。王子様が」
その背後からヒョコッと顔を出したニコラス王子が爽やかにわらう。
「や、今日も来たよフランツィスカ! やー、さっきの小太りの人、お客さんだったの? なんだかすっごい怒って帰っていったけれど。お客さんが廊下で怒っちゃダメだよねー、誰が聞いているかわかんないんだし! あ、これおみやげね、生菓子だから早く食べろって! ネコと遊びたい、今日こそ慣れてもらうんだからね! あ、そうそう今日泊まっていってもいい? もっともウチには公爵家に泊まるって言ってあるけれどね、あはは!」
執事さんの背後からするりと前に進み出ると、私の手をパッとつかむやぶんぶん振りながら話し出す。毎度のことながら、ひとテーマごとで話して欲しい。適当に答えて迎える。
「わーい、生フランだ!」
なんて言ってギュって抱きついてくるのにも、もうなれた。でも。
「フランいいにおーい。ふんふんふん」
「やだもう! それやめてっていいましたよね!?」
「あっははは! やっぱフラン面白い! だいすき!」
「もう、私はキライです! ニオイ嗅がないでってあれほど言ったのに、ひどい!」
からかわないで欲しい! 子供か! って子供か。
「……くそ」
どうしてこうもウザがらみされているというのに。
腹をたてるどころか、なんでこんなに喜んでるんだ、わたし。
食事のときも、その後の歓談も、ずっとそんな調子なので心が休まるときがない。相手するのにへとへとになりながらも、ついつい相手をしてしまう。
ニコラス王子には不思議な引力があるのだ。
そして仕事でもプライベートでも、油断は大敵なのだ。機械であれば故障するし、人であれば関係が軋みはじめ、悲鳴をあげ、……やがて壊れる。
皆疲れて眠りについてどれくらいたったろうか。ふと目覚めると外が騒がしい。窓から見える空はまだ暗い。夜半すぎといったところだろうか。王子がなにかバカなことしてるのかしら? などとぼうっと考えていると、まもなくメイドさんがノックもなしに部屋に飛び込んできた。
「お、お嬢様、賊です! 何者かが屋敷に……お支度を、早く!」
夢うつつだった頭は、まさに冷水を掛けられたように、一気に現実に引っ張り出された。




