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第29話 かんばんは魔法じゃない。ただの道具

今回もご覧頂きありがとうございます。

「さっきも言ったけれど、『かんばん』はあくまでツール。『後工程引き取り生産』を円滑に実行するためのね」


 いつものようにサロンで講義がはじまったので、メイドさんたちが慌てて支度を始める。お茶の準備と、そうね――お昼がたべられないかも、ってパンにハムなんか挟んだやつをしばらくしたら持ってくるかも。彼女たちもすっかり心得たものだ。


「そもそも『後工程引き取り生産』とは、後工程が、必要な物を、必要な時に、必要なだけ、前工程から引き取るやり方。 前工程は引き取られた分だけを補充生産するの」


「あ、そういうことですか。ならそんなに大幅に設備なんかを変える必要はないか」


「そうねリア。基本的に設備の変更は伴わない状態で始めるのがいいでしょうね。なれてくると工程の3M、ムリ、ムダ、ムラが見えてくるから、工程変更をそのときに考えればいいわ。それは今まで通りよ」


「あのお嬢様。後工程からということでしたら、聞いた感じボクのところは変更不要なんでしょうか?」

「んー、リアのところから物を引くという流れになるだけで、出す情報はさほど変わらないでしょうね」

 その言葉にペトラはわかりやすくため息をつく。


「けれどアナタのお店の中はどうなのかしら? 工程、細かくしたんじゃなかったっけ? いるでしょ、従業員が」

「あ」

「そういうこと。しっかり聞いておきなさい」

「はい……やっぱりいじ」

「意地悪、じゃあないわよね、わたし?」

「ソウデスネ」


 若干光を失った目でペトラが見つめる。手抜きは許しまへんで?


「そうすると物流は大きく変えないといけませんわね。今まで円形にまわしていた物流網は、それぞれの前後工程を往復するようなイメージになりますわ。これだけで輸送工程は2/3。更に互いの街の距離は近いので、実質一日で往復できるはず。最短三日が一日に短縮できるというわけですわね。これは画期的ですわ!」


 うーん、惜しい! 惜しいよヘレン! もう一息だった。


「あ、あら? フランお嬢様。どうされたんですの、ニヤニヤされて。もしかして」

「うん。いい線いったけれど残念。もう一声だった」

「やっぱり。どこか、考え方がおかしかったでしょうか……?」


 ヘレンは首をひねって悩み始めたようだ。


「物流の体制はいい。そこは正解。けれど在庫に関してはもうひと工夫をしたかった」

「と、いうと?」


「うん。薬草、ううん。薬草に限らない。生鮮品全般に言えることだけれど、あれってさ。積んで放置していたらどうなる?」

「え、すぐに萎れて鮮度が落ちたり、モノによっては焼けて崩れてしまって、使えなくなってしまうこともありますわ。……あ」


「後工程引き取りってさ。在庫を必要な分だけ引っ張る、って生産方式っていうのはさっきの説明で理解してくれてると思う。ただナマモノは取り置きができないから、ヘレンの農場では従来どおり押し込み生産をしてもらう他無いの。普通ならね」


「でもお嬢様。ウチの()()を使ったら!」

「そうなのよリア。今日も冴えてるね!」


 リアはでへへとだらしなく笑う。ここはさわやかに笑っときなよ。


 今回、生の薬草を保管するという重要な役割を担うのが、先月稼働を開始した『冷蔵庫』。まだ効率が悪いようで、冷やせる温度こそ10℃程度がせいぜいだけれど、薬草を数日保管するには十分だ。


 この冷蔵庫、電気を使わない。なんと、蒸気機関で冷やすのだ!


 おそらくアンモニアと水を使った冷却器。これを蒸気機関で動かしている。

 この世界の技師もなかなかに柔軟な発想力の持ち主が多い。いくつかアイディアを教えるだけで、後は勝手に実験を始める。で、壊しては作りをそれこそ寝る時間も惜しんで取り組む。きっと楽しいんだろうな。リアも寸暇を惜しむ働きぶりで、少し心配ではある。


 正直技術レベルはこの辺が今の所限界。今後に期待、というか電気を早く発見して欲しい。

 とはいえ彼らの技術レベルはまさに日進月歩。これからの発展に期待したい。


 こちらから言えることはただ一言。『今日も一日、ご安全に!』だ。


「なので工場の『冷蔵庫』に薬草の在庫スペースを用意して、そこの在庫状況をみて補充発注ができるような仕掛けを考えればいいとおもうの」


 ヘレンはわかりました、と頷く。


「さて、そろそろ『かんばん』の説明していくね」


 それからかんばんの種類、使い方などを実例をまじえながら説明していく。彼女たちも質問はその場でどんどんしてくるので、この場で答えられるものは都度回答していく。


「種類の説明は以上。次にかんばんを運用するために、不可欠なことを説明します」

「意外と条件厳しくないですか、お嬢様」


「そんな事言わないのリア。説明が多いだけで、やることはそれほど多いわけじゃない。さて、かんばん運用には、『平準化』が必要不可欠となるの」


 かんばんを正しく運用するためには、すべてにおいて平準化を意識する必要がある。量だけでなく、種類もだ。

 量を平準化するということは、負荷を平準化することでもある。日ごとのバラツキを月、週単位でならし、平準化する。負荷の平準化だ。

 さらに製品を作るのに、一般的には単一の工程では行えない。複数の工程にまたがる場合、それぞれの工程の能力にばらつきがあれば、全体の能力は最も能力の低い工程に引きずられる。その結果、それ以外の工程で工程内在庫が発生してしまう。つまり、工程能力においても平準化が必要、ということだ。

 当然不良率も大事になってくる。平準化を進めるということは、不良が多く発生してしまうことでバランスを簡単に失してしまうということ。けれどこれは日頃から工程改善を徹底している彼女たちだ。そこまで心配していない。


「『かんばん』の運用ルールとして大事なこと。不良は後工程に送らない。これは以前話した自工程完結の考え方でもあるんだけれど、この辺りは大丈夫ね?」


「そのへんは大丈夫ですよ、お嬢様。今の不良率は千個に一個程度です」


 0.1%か。標準と目視だけでそこまで追い込んでるのは驚きだ。ま、物が薬なので万に一つ、0.01%あってはいけないのだろうけれど、『不良率ゼロ』なんてファンタジーを口にするほど脳内はお花畑ではない。数学的に理論値を知るために、一度オペレーションズ・リサーチ(文末参照)を試してみるのもいいかもしれない。


「あと次にかんばんは、外れた分だけ前工程が生産をする。押し込み厳禁」

「作り過ぎのムダ、ですわね」


「そうねヘレン。なまものは特に廃棄率が高くなりがちだから、気をつけたいわね。それに生き物の成長も待ってはくれないから、この場合『内示情報』も出すべきなのでしょうね」

「『内示情報』?」

「だいたいこの製品をこの時期に、これくらい生産をしますっていう情報をサプライチェーン全体で共有するの。これを定期的に出して、かんばんの精度をより高めるというわけ」


 ヘレンが頷いたのを見て、再び口をひらく。


「次。かんばんが外れた順番で生産する。前工程の都合で前後を入れ替えてはだめ」

「絶対ダメなんですか?」

「絶対ということはないわよリア。その順序入れ替えが後工程に影響を与えない限りは。生産側だって、段取り替えとかあるしね。効率を考えるのは悪ではないわ」


 ただそれが常態的に続くのなら、工程もしくはかんばんに問題があるので、改善を検討すべきかな、と付け加える。


 この後も基本的なルールを説明していった。

『かんばん』がないときは作ってはいけないし、勝手に運んでもいけない。

 現物に必ず付け、物と一緒に動かす。

 やむを得ず『かんばん』の数量に満たない欠品を出してしまった時は、出来上がりしだい後工程に届ける。そしてなぜそのような現象が起きたのか、しっかり検証する。などなど。


 最初はなかなか大変で、ベースとなる基礎知識がある程度必要なのは確かだけれど、流れてしまえば楽な仕掛けだ。彼女たちなら問題なく運用できるだろう。


 前の世界ではわけも分からず『かんばん』だけを導入して上手くいかないというケースをよく聞いたけれど、当然だ。道具だけを導入してうまくいくわけがない。


 現場における下地作りがあってはじめて成り立つ仕組みだ。本来は数年単位でようやくモノになるのだけれど、このサプライチェーン自体、出来たのはつい最近だし、なにより作業員たちがまだ素直で『悪癖』に染まっていないので、好きな色にすぐ染められたということもある。習慣というのは恐ろしいものなのだ。



「ま、とりあえずこんなところで悩んでいるだけってのは馬鹿らしいでしょ? 一度それぞれの現場に行って考えたほうがいいとおもうの。その上でまた困りごとを聞こうかしら?」


 そういって彼女たちを追い出してかれこれ一週間。そろそろニケやネコと戯れているだけの日々に飽きてきた頃、一つの知らせが舞い込んできた。



「おお、フランや。来たか」

 おじい様の執務室の扉を開けると、彼はニヤニヤしながら出迎えた。


「なにがあったのです?」

「はっはー。いやなに。『冒険者協同組合』()から、さっき正式にクレームが入ったのじゃ。面会要請もあわせての」


 そろそろ干上がってきたのかしら。なんにせよ、また話し合いが必要と思っていたところだったから都合がいい。どんな難癖つけてくるのか知らないけれど、公爵家(うち)をコケにしたバツを受けるがいい。そして思い知るがいい。


 冒険者の街に行ったあの日から、ずっと我々のターンだったことを。




 ■文中の注釈(フランの主観も多少入ってるけど、別にいいよね?)


 オペレーションズ・リサーチ

 数学、統計学、アルゴリズムを使って、計画に際して最も効率的になるよう決定する手法、誰もが納得する方法で解決する為の学問って言えばいいのかな。

 今回のケースで言ったら、どんだけ品質上げる投資をしたら一番得するかってことを調べようってこと。


 基本的に品質を上げれば不良は減る。つまり、品質向上のためにコストを払えば、不良による損失コストが減るということだけれど、この二者は背反する。なのでその和が最小になるよう、品質向上に対しコストを掛ければ良いことになる。それ以上はムダだからね。

 ただ損失コストの中身が人命、なんて言った瞬間プライスレスだから、そんなこと言わないお約束。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうお話、大好物です。ザ・ゴールと同じく楽しんで読んでいます。
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