第28話 押し込みと引き取り
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叙爵式のあと、身の回りはどう変化したのか。そのあたりから今回の話は進みます。
爵位をもらってからすぐに、父親が家族を連れて屋敷を出ていった。
などというとすわ、家族不和かと言われるかもしれないけれど、そうではない。
先日も話したとおり、以前金属加工工場のカイゼンで行った港町周辺は、領都から距離があり、元々目が行き渡っていない土地だった。
私を送ればよいはずのところ、名前を口にしてはいけない、ってことはないだろうけれどやんごとなきお方からのご意見があり、急遽父が赴任することになった。それに母と兄も同行した。言ってみればそれだけなんだけれど、外からのご意見でってところが気に入らないといえばそうだ。
ペトラには翌日から屋敷に入ってもらっている。リアやヘレン、それにニケと楽しくやっているようだ。特に持ち前の薬の知識はリアのアカデミックな部分に刺さりまくっているのか、サロンでも熱心に話をしている様子が見られる。
ヘレンは農園に銀行にと、忙しくしているようだ。少し負担を下げたいのだけれど、なかなか余人に代えがたいところがある。
『現場にスーパーマンはいらない』。言ってた自分がそれに頼っている現状。お恥ずかしい限りなので、一日でも早く解消したいものだ。
ニケも徐々に環境に慣れ、彼女たちと一緒に過ごしている姿をみることが多くなった。流石にいきなり社交的になるということは無いけれど、ニケなりにポツリポツリと口にする言葉がいちいちツボに入るらしい。リアがスケベなオジサンのような迫り方をしてはヘレンにたしなめられるという、漫才のようなやり取りをしてはみんなで笑っている。ニケは首をかしげているだけだけれど。
そして他の大きな変化をいえばボディーガード。私に専属が付くようになった。
クレス・ドンペルト。好青年。しかもイケメンときた。ちなみに誠実が過ぎて眩しすぎる。だから見つづけていると目と心がやられそうなので、長時間の直視は禁忌だ。
彼には結構前から身辺警護をやってもらっていたけれど、どちらかというと家族全員をチームで見ていたウチの一人。それが逆単身赴任の影響で相当な数が父の方について行ったので、ここには一人、二人しか残らなかった。
もっともそれは子爵家の、という意味。元々おじい様のボディーガードも相当数いるわけで、外出の際はこのクレスと残ったもう一人がリーダーとなって、おじい様のところの生きのいいのを数人借りる、といった運用になったらしい。
ヘレンはクレスにいい顔をするけれど、リアはそんな誠実男なぞどこ吹く風。大人の男には全く興味がないらしい。マトモなら、相当魅力的な女性になりそうな気がするんだけれど。まったく残念な話だ。
ペトラは相変わらずドジな性格が服を着て歩いている。一日一回はパンツを見せないと気がすまないのかというほどよく転ぶ。またいやらしい太もも見せつけやがってってやつだ。しかも必ず前に、でなく尻もち。今までの人生の中で、選択的に尻もちがつける人間はこの子以外に見たことがない。
そして以前に増してクスリがともだち。「ちょっと言い方」って言われそうだけれど、あの様子を見たらだれだってそう思うはず。ヤツはヤバい。あ、服用するほうじゃなくって作る方だから、その辺りは本人の名誉のため、はっきりさせておこう。
あとどうでもいいこととしては、晩餐会からこっち、ニコラス王子がちょくちょく遊びに来る。鉄は熱いうちに打てということかはわからないけれど、毎度お土産を持ってきては私の反応をみている。
いや、ありがたい。ありがたいのは間違いないけれど、ちょっと間隔を開けたほうがいいと思う。いや、開けてほしい。それに反応が薄かったら露骨にヘコむのやめてほしい。回り回って、おじい様から二人の仲を心配するヒアリングを受けるのがぶっちゃけ面倒になってきた。
さて。今日は『サプライチェーン・ワーキング』の定例会。略してサワ会。茶話会と掛けてるんだろう。名前は仰々しいが、何のことはない。いつもの四人の座談会だ。
しかし今日の議題は少々難題っぽい。
『流通に即した適正な製造量と在庫量の決定方法について』
いつものノリはどうした。近所の野良猫の里親募集の件とか野外バーベキュー大会についてとか。そんなのをお菓子をつまみながら、お茶飲んで駄弁る時間じゃなかったのか。
確かにここ数ヶ月で、そして叙爵式からこっちはさらに、薬の需要が伸びているとか。今までは近隣の町までが商圏だったのが、最近は領内全体、はては王都まで広がっているという話もある。人を増やし、教育をしながらの生産はなかなか大変なことだろう。
「いくつ生産したらいいのかわからないから、多めに作ったら残ったり、逆に少なかったりするから予測が難しくなってきたんだよね」
切り出したのはリア。加工工程での需要変動が、無視できない位に振れ幅が大きくなってきたことを示唆している。
「ほしい時にすぐ調達できなくて、お客様をお待たせすることがあるんですよね」
ペトラは消費者への供給不安を口にした。確かに需要に応じ注文を増やしたとしても、現状では中三日は最低かかってしまう。顧客満足度の低下を心配しているのか。
「やっぱり三日は長いよね。かといって、慌てて作ってもその後在庫が積み上がるしね。なのでそういう変動は避けたい。その分価格に織り込まなくちゃいけなくなるし」
リアはペトラを気遣いつつも製品全体のコスト上昇を気にしている様子だ。それはすなわち、製品価格への反映を意味する。
「生産側から言わせてもらっても、急に言われて慌てて収穫するのは難しいですし、それをおして数を揃えようとすると、やはり価格に転嫁しないと難しいですわね」
ヘレンも同様に急な作業を行うことによる主に人件費だろう、コストへの影響について、懸念を口にする。
規模の拡大に伴うライン大型化、人材確保と教育。その上変動のリスクも増えていると。彼女たちの負担はけして馬鹿にできるものではない。
「在庫を持たないと変動に対応できない、ということね。そのため在庫分のコストを転嫁せざるをえない、と。ふむふむ。いよいよ次なるステージに上がるときが来たようね!」
「とおっしゃるということはですよバロネス!」
「リア。今まで通り呼びなさいといったわよね」
「あれ? そうでしたっけ。やー、やっぱり敬意をもって接しないと行けないかなーと」
わざとか。
「フランお嬢様。何か秘策をお持ちのようですね。というか、この状態になることをあらかじめ予測されていたかのようなご発言ですわね」
だったら最初から教えていてほしいものです、と珍しくヘレンが愚痴をこぼす。相当大変なんだろう。
「うーん、予測していたのかと言われれば微妙なんだけれど……こんなに早くこの状況になるなんて思ってなかったから。と生産方式について話す前に、一つ大事なことをあなた達に伝えます」
「え、生産のやりかた以上に大事なこと?」
リアが腕組みをして首を捻る。
「そ。それは値決めの考え方について」
「値決め? いくらで売るかという、アレのことですの?」
ヘレンの言葉に「そうよ」と応えると、彼女はさも当然だと言わんばかりに続けた。
「それは製造原価と販売管理費、それに取るべき利益を足した額の近辺でキリのいいところで付ける……のでしょうか?」
ああ、やはりか。この考え方はいけない。
「なるほど、よく陥りがちなことなんだけれど。商品の価格は、コストの積み上げで決めてはいけないの」
「えっ。しかしお言葉ですがフランお嬢様。確実に儲けるためには、必要な費用を積み上げる必要があるのでは?」
「そうねヘレン。けれどその考え方には大事な要素が欠けているの。なんだか分かるかしら?」
「大事な……要素?」
「そう。それは『顧客の立場に立っているか』。どれだけいいものであっても、お客様が買える値段でなければ誰も買ってくれない。買いたくなるような価格設定。これが最初にあるべきなの」
「し、しかし実際にかかる費用というものが」
「費用がかかる前提で話を始めてしまうと、価格を上げるという発想になる。そうじゃないの。最初に値段は決めたら動かず、原価や販管費を抑えることを考える。そして利益を乗せ、狙った値段に収める。順番はこうでないといけない。『売値は最初に決める』。いい? これは徹底しなさい」
「原価を抑える……しかし今の状況ではとても」
「ヘレンの言いたいことはわかってる。でも現状は変えるためにあるのよ? ここで工程改善に対しての『秘策』を伝授します」
『秘策』と聞いて三人がぐっと身を乗り出してきた。もっとも、この『秘策』、いままでの彼女たちの経験が無いと実現不可能だから、最初からこの方式にはできなかった。
「おお……。こほん。負荷が掛かっている大きな要因は、あなた達の生産方式が『前工程押し込み生産』であること。これに尽きるわ」
「「「『前工程押し込み生産』?」」」
三人が見事にハモった。
「そ。ペトラからの注文――生産の計画から各工程に作業計画を流して生産する方式。計画通りに作って、次の工程に押し込むってやり方。そうでしょ?」
皆一様に頷く。
「管理が難しくないから規模がさほど大きくない、初期の生産管理の方式としては優秀なのよ? けれど計画に変更があると全体を見直さなければならないし、注文情報が先行するから、変化に弱いのね。だからどうしても在庫を多めに持たなきゃいけないことになる」
「そのとおりです。でも他にやり方あるんですか? 私には全く見当もつかないです」
リアのボヤキにペトラがうんうんと頷く。
「あるわよ。前工程押し込み生産に対して、『後工程引き取り生産』ってやり方」
「後工程、引き取り……?」
リアは首を捻った。
「最終的な後工程でもあるお客様から順次、前工程へ物を引くように生産するやり方よ。造り過ぎや在庫のムダを抑えるために役立つわ」
「そ、それ今ボク達が欲しいやつかも」
ペトラはこっちを指差してワタワタする。てか人を指で差さない。失礼よ。
「そうかもね。ただ『後工程引き取り生産』を円滑に行うために、あるツールとルールを使うの」
「ツールとルール、ですか? 設備とかではなく? それにどうやって前工程が生産するものを決めるんですの、フランお嬢様?」
ヘレンのやや太い眉が寄せられる。
「そうね、言ってみれば今でも使ってるけれど、それの役割と考え方を変えるの」
「い、いまでも使ってる? 一体何です、それ? ああんもう、勿体つけずに教えて下さいよお!」
リアがまさに辛抱たまらん、といった感じでジタバタ始めた。
「今回あなた達に伝授する必殺ツール、それは『かんばん』とよばれるものよ」
「『かんばん』? え、ボクの店の前とかにかかってるアレですか!?」
「おしい、ペトラ。発想は商店でなく、辻馬車に掲げられている行き先表示、あれに近いかも。現品を入れた箱なんかに掛けて、一緒に運ぶ情報が書かれた板よ。いずれにせよ、『かんばん』は後工程引取りのためのツールに過ぎないわ。導入したからって、即在庫や単価の心配が消えるというものでもない」
はあ、と三者三様の返事が帰ってくる。確かに言葉で理論だけ話しても難しいかもしれない。
「『かんばん』は、生産と運搬の指示情報なの。つくっても良い、や引き取って欲しいという情報が書かれていて、何を・いつ・どこに・どれだけ・どういう順序で生産するか、運搬するかの指示をするものよ。生産の指示書なら今でもつかってるでしょ? 簡単に言うとそれに情報を追加して、情報の流れを逆にするの」
フイ、と立ち上がって黒板に歩みを進める。チョークをつまみ上げ振り返る。
「じゃあ、いつものように考え方から説明しないとね」
最後までありがとうございます。
今回はちょっとした? 日常と値付けの心得、生産管理の考え方について書かせてもらいました。
そしてとうとう出てきました。「かんばん」という単語。
次回もおたのしみに。よろしくおねがいします。




