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第1話 指差呼称は大事だよっ

ご覧頂きありがとうございます。


環境カイゼン内政ものです。かわいい男の子、女の子も登場します。

ガチのカイゼン活動からは随分マイルドに仕立てております。ぬるーく見守ってください。

「ああ、こういう手法とかツールがあるんだな」程度に見てくださいね。


シリアス無縁です。途中で利害が対立する人たちと一悶着は起きますが、

基本ほのぼのストーリーです。


それでは本編をお楽しみください。


「今日もゼロ災でいこう! ヨシ!」

挿絵(By みてみん)


「大旦那様、それにお嬢様まで。こんなむさくるしいところまでお越しいただき、ありがとうございます」


「じゃまするよ。最近はずいぶん品質が上がっているそうじゃないか」

 おじい様が山高帽を取る。私たちを迎えたのは笑顔が素敵なおじさん、工場長さんだ。


「ええ、おかげさまで。最近様々な工夫を取り入れることで、品質と効率が桁違いに上がっております。それもこれも……」

 おじい様と工場長が話す中、私は工場の中を覗き込む。


「フランや。あまり覗き込んだら危ないよ」

 おじい様がさりげなく注意してくる。もう、いつまでも子供じゃないんだから、心配しないでほしい。


「はーい」

 私はフラン。フランツィスカ。今日はおじい様が経営する工場の見回りについてきている。ここは製粉工場。穀物を挽いて粉にする工場ね。私はこういった工場を見て回るのは嫌いじゃない。むしろ好き。


 変だってよくいわれる。同い年の子からは引かれる。大人たちにとってみても、私みたいな女の子が髪の毛や服が埃まみれになるのも気にせず、大きな機械に夢中になるのは奇妙なんだろう。


 すこし。ほんのすこーしだけ自覚はある。


 けれどワクワクするじゃない? 私の背丈の何倍もある大きな機械がぐおんぐおん動いて、どんどん製品を作り出すのを見ていたら、なんだかこう、心が浮き立つというか。


 特にこの製粉工程は大きな臼のような機械を動力で動かしている。大きな歯車がいっぱい仕事をしている機械。


 ああ……。


 歯車の歯同士が近づいて、やがてかみ合って。ゴリゴリ互いを摺り寄せて、そして名残惜しそうに離れていく。その様子がたまらなく好き。刹那的な出会いと別れ。控えめにいっても、そう。


「はぁ……尊い……」


 あの力強い歯車達に抱きしめられたら、どんなに――


「フラン? ……フランツィスカ?」


「はっ!? な、なにおじい様?」

 見上げるとおじい様がやれやれといった表情で見ている。

 いけないいけない、少しあっちに逝ってしまってた。工場でぼうっとするのはタブーよね。

 ……よだれとか、垂らしてないよね。


「いくら機械が好きだと言っても」

「稼働中の工場は、危険がいっぱい、よね。ごめんなさい、おじい様」

「……フランはまだ小さいのに、いろいろ知っていてえらいのう」

 そう言っておじい様は私の頭をなでる。……もっとも、今は安全帽(※1)の上からだけれど。こそばゆい気持ちでかぶり直す。


 私のおじい様。とってもカッコよくて、やさしいの。いつもこうやって、私のことを気遣って、そして可愛がってくれる。


「な、何か問題でもございましたか、フランツィスカお嬢様」

「えっ? 特にないですよ、今のところは」


 私の名はフランツィスカ・デニス・カイゼル。カイゼル公爵家に連なる者。けどたかが六歳の幼女に対してのこの態度。身分だけがそうさせているわけでない、んだろうなぁ、やっぱり。


「あ、大旦那様、お嬢様。こんにちは!」

 振り向くと、年若い工員があいさつをしてくる。こんにちはと挨拶を返すと、ニコニコとこちらを見ながらそのまま歩いていく。あ、ちょっと、そんなことしたら。


「あっ、危ない!」


 声かけもむなしく、工員は小麦粉の袋を満載した台車とぶつかった。彼はその場に仰向けに倒れ、衝撃で荷台の小麦粉袋がバラバラとくずれていく。破れた袋からはもうもうと粉が舞い、辺りをあっという間に白く染める。


「おい、大丈夫か、おい! ……ごほっ、けほっ」

 工場長があわてて駆け寄っていく。


 後を追った私は、一歩引いた位置でハンカチを顔に巻いて様子をうかがう。

「だ、大丈夫ですぅ、げほっ」


 どうやら意識はあるようだ。

 粉が風に流され、徐々に視界がもとに戻る。工員は起き上がり、床に座り込んでいた。


「大丈夫? ケガははないですか?」

 私がみたところ、外傷はないみたいだ。安全帽をかぶっていてよかった。頭も大丈夫そう。


「あー、すいません。やっちゃいましたね、てへへ」


 バツが悪そうに工員が笑った。

 その様子にホッとする半分、困ったなというのが半分。


「ほら、立てますか?」

 座り込んでいる彼に手を差し出す。


「え、いや大丈夫です、そんなことしたらお嬢様の服が汚れてしまう」

「そんなことどうでもいいですから。さ」


 観念したのか、おずおずと差し出される手。けれどつかんでひっぱってもビクともしない。


「ん? んーっ!」

 両手で思いっきり引っ張ってもやっぱりダメ。


「はっはっは! お嬢様のお身体ではコイツの身体を引き起こすのはちょーっと難しいかもしれませんなぁ。さ、オレにつかまれ」

「あ……すいません工場長」


 彼は工場長の手を掴み、ゆるゆると立ち上がった。頭をかきながら恥ずかしそうにしている工員と、それを肘で小突く工場長。


「ケガがなくてよかったね。でもねおにいちゃん」

 私の声に、二人が見下ろしてくる。


「歩くときは前を見ないと。そして話すときは立ち止まる。基本だよ。横を向いて話しながら歩くなんて、言語道断。それに」


 ビシっと指を伸ばし、ぴっぴっ。左右を指さしてから工員を指差す。

指差呼称(しさこしょう)しなさいって、いつも言ってるよね」


「はい……すいません」

 工員は目をぱちくりしてから、反省の言葉を口にした。


「今回はケガがなかったからよかったものの、へたすれば死んじゃうんだから。気をつけてね? おにいちゃん」


「わかりました……すみません、副工場長(・・・・)!」

「わ、私はこの工場の者ではないんですから、その呼び方、やめてください……」


 つつつ、と視線を外す。『おにいちゃん(はぁと)』に副工場長って返しはなくないか? 世の男子には誰しも妹属性があるんじゃなかったのか。


 ……結構恥ずかしかったのに!


 ずれた安全帽を直すフリをして目深にかぶりなおす。


 その頃には周りの工員も集まってきたので、工程を停め、片づけをするように告げて工場の外に出る。


「あいかわずじゃの、フランは」

 戻ってきた私に、おじい様が笑いかける。


「やだ、見られてましたか。恥ずかしいな」てへへ、と頭をかく。


 おじい様がにっこりと微笑んでくれて、私も思わずにっこり。


 けれどごめんなさい、私はここで終わらせることができない子なんです。


「ねぇ、工場長さん」

 工場長に振りかえりジロリと見上げる。すっかり可愛いフランは脱ぎ捨てた。


「は、はいっ」

 対する工場長のおじさん、直立不動で私の言葉を待っている。


「歩行帯(※2)と指差呼称ポイント。なかったけどいつ整備するんですか? アレ言ったの確か先月でしたよね」

「はっ、じ、実は今週末に整備する予定で」

「ソバ屋かよ(※3)」

「はいっ?」

 ボソッとつぶやく声は幸い聞こえなかったようだ。まったく、最悪だわ!


「いいえ。ただ今の騒動は、整備されていれば防げたかもしれないなと。では週末には確実に。……従業員の安全教育のほうは」

「それはご指示通りに」

 汗をふきふき工場長が答える。キチンとしておけば焦らずに済むものを。


「うそ。全然ハラに落ちてる感じがしなかったんですけれど。安全感度(※4)、低すぎるんじゃないかしら」

「は、面目次第もなく」


 そのまま歩きだす。あわてて後をついてくる工場長。はたから見たらご機嫌ナナメの幼女と、そのご機嫌取りをするアヤシイおじさんだ。


「ボイラーの運転標準(※5)は」

「そちらはもう、滞りなく」

「後で拝見、できますか?」

「もちろん、このあと事務所にて」

「あ、あともう一つ」

「まだ何か」

「ええ。小麦粉袋の台車への積み方。交互列積みにしてください。やり方は後で皆に展開します」



 確かに私はカイゼル公爵家に名を連ねる者。ただ最近は我が公爵家の威光のみならず、その家名をもじった呼び方をして、最近私に対して恐れをなしているらしい。幼女相手に、まったくもって情けない話だ。


『カイゼン幼女』。


 誰ともなく私につけた二つ名だ。ダメな所を見つけたら、お構いなしに改善しようとするかららしい。

 ちなみにダメなところという表現は適切でない。『不安全状態、不安全行動(※6)』をカイゼンしているのだ。間違ってはいけない。



 ……そしてさらに私には、決して誰にも言えない秘密がある。


 実は私には、もう一人(・・・・)の記憶があるのだ。

 高梨(たかなし) 洋二(ようじ)、四十二歳。日本人。男。独身。


 そう、市井の皆にはまったくもって申し訳ないことに、この金髪サラサラロングにすこし広いおでこ、ぱっちりとした空色の瞳に桜色のぽってりとした唇をもった、天使のような可憐な外見のフランツィスカ・デニス・カイゼルちゃんの中の人は、花も恥じらうオッサンなのだ。


 こんな状況になったのにはちょっとばかりの事情があるんだけれど。

 簡単にいうと私、どうやら一度、死んじゃったみたいなんだよね。

 あ、フランちゃんじゃなくて、おっさんの方。


 どうやって死んだのか。

 いかにも工場でって感じの死に方だったよ。

 もっとも瞬間は覚えてないから恐らく、だけど。

 そうだな、まずはこの世界に来る前後の話からお話ししようかな。




■文中の注釈(フランの主観も多少入ってるけど、別にいいよね?)


(※1)安全帽

頭のケガを防ぐ頑丈な帽子ね。あっちの世界ではプラスチックとかで作られていたけれど、こちらの世界にはそんなのないから、もっぱら金属ね。だからすごく重いの。


(※2)歩行帯

作業場に向かうまでの道のりや作業場の中に設置する、労働者が使用するための安全な通路のこと。ここを台車とか、馬車が使ってはいけないし、物とか置いたらダメ。


(※3)ソバ屋

日本のソバ屋の約九割が、出前が届かないと確認の電話が入ったら「いま出ました」って嘘ついた経験があると答えているわ。ソース? 私よ。


(※4)安全感度

何が危険か、どうなると危険な状態になるのかを直観的に把握できて、どれだけヤバいか、どんな頻度で起こるのかを敏感に感じ取れる能力。フォースの力なんかじゃなくて、『知識・経験からくる確度の高い未来予測』だからね?


(※5)運転標準

設備を円滑、かつ正しく稼働させるために、要素作業や設備等の管理項目などを順序だてて詳細に文書に落とし込んだもの。どの計器がどういう状態であることが正常、ここからが異常という情報や、起動手順、変更操作手順、停止手順など運転上必要な操作が書かれてるよ。


(※6)不安全状態、不安全行動

不安全状態とは、機械や物の事故がおこる可能性がある状態、または事故の発生原因が作り出されている状態。

対して不安全行動は、労働者本人や関係者の安全を脅かす可能性のある行動を意図的(・・・)に行うことをいうわ。


不安全状態、不安全行動、いずれかで発生する災害というのは少なくて、そのほとんどは不安全状態と不安全行動が合わさった結果起こるのよ。


最後までありがとうございます。


少しでもいいな、気になるな、と思っていただけましたら


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[良い点] 軽くてサクサクです。 感想、スナック菓子みたいですみません。 [一言] まだ実質1話ですが、この先のワクワク感がすごいので感想(ってほどじゃないけど)書かせていただきました。 ゆっくりです…
[一言] テンポもよくて、話も分かりやすい展開になっています。 フランちゃんの専門用語の解説もわかりやすくて好きです。 今後、おっさんみがじわじわ出てきたら…と想像するとニヤリとしちゃいますね。
[良い点] まさかの工程改善物語! ょぅじょが工場を闊歩し、安全衛生パトロール……これは続きが気になる……! 中世〜近世くらいの世界に、近代的な安全衛生で工業革命を起こす……! 他には無い切り口が新…
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