第27話 フランの気持ち、私の気持ち
「どうしてこうなった……」
だだっ広い部屋にどっかと置かれた重厚な、といえば聞こえのいいやたらでかい机。それとセットのこれまた歴史を感じさせる時代遅れなデザインの椅子。
今日からここがあなたの仕事場ですよ、と言われても実感が湧かず、どうにも座りが悪い。
そもそもこの椅子と机、私にあってない。せめて椅子がもう少し高くならないものかしらとガタガタ頑張っていると、執事さんがつい、と現れた。
「フランツィスカ様。稟議書をお持ちしました。ご決裁をお願い致します」
「あー、わかりました。書類受にいれておいてください」
よっこいしょ、と再び椅子に腰掛けると、執事さんはうやうやしく一礼し、部屋を後にした。
「こんな書類仕事もしないといけなくなるとは……とほほ」
書類受けに積まれた紙の束をぺらりとめくり、思わずため息をもらす。
ここはカイゼル公爵家の居城。その副官室。つい先日までお父様の部屋だったところだ。そこに今は私が座っている。
副官といわれて思い浮かべるイメージは軍隊。司令官を補佐する実務のトップというものだったけれど、こちらでも大体似たようなものらしい。公爵代理、といったところか。こんな役職に幼女を据えるなど、人材不足も甚だしい。
「正当な評価と喜ぶべきだろうけれど、これはいくらなんでも想定外だったわ」
胸にキラリと光る徽章を一瞥し、ため息をつく。
どう考えてもこの待遇はおかしいだろう? だって見た目はたかだか六歳(もうすぐ七歳)の女の子ですからね!?
おじい様たち、酔っ払って適当なこと言っただけなんじゃなかったの……?
あんな発表までしてくれちゃって。夢ならさっさと覚めて欲しい。
この状況を少し説明するために、時を二日くらいさかのぼってみます――
「レディー・カイゼル。……あの、レディー? フランツィスカ様?」
「え? ……あ、私か。すみません、なんでしょう」
朝食を終え、サロンで本でもと、ソファに腰掛け数ページ読んだところに声をかけられた。顔をあげると数人のメイド数人がニコニコと笑顔をうかべ、めいめい挨拶をする。何事だろう。一番前のメイドさんが言葉を続ける。
「おくつろぎのところ大変申し訳ございません。すこし、よろしいでしょうか」
どうぞ、と本を閉じると「ありがとうございます」と顔をほころばせ、一歩前に進み出た。
「我が王よりのお達しで、レディー・カイゼルにお召し物のご確認をいただきたく、お声がけさせていただきました。非礼をお詫びいたします」
「いえいえ。構いませんよ。それより王からのお達しとか。お勤めご苦労さまです」
晩餐会の衣装かな。あんまりふわふわしたの、着るの苦手なんだよなぁ。
――などと余裕をぶちかましていたけれど、衣装部屋に着くとすぐに様子がおかしいことに気づいた。
「あの、これですか?」
「はい、こちらになります」
「あのでもこれ――儀礼服ですよね?」
そこにはマネキンに飾られた白いドレスが。たすき掛けのように肩から腰にかけ、青い落ち着いた色味の、大きくそれでいて上品なリボンのような意匠がついている。まるで昔見た映画の王女様みたいだ。城を抜け出してジェラート食べてニケツのバイクで走り回るやつ。
「ステキなドレス。でも私みたいな子供が着ても」
「なにをおっしゃいますか。貴女様のように華やかな方にはピッタリかと存じますよ。ささ、フィッティングを」
いやそうじゃなくて晩餐会になんで儀礼服? ああそうか、畏まった形式なんだ。他の国の要人でもみえるのかしら。
あとこれと、これも、なんて結局先程のドレスと合わせ三着用意するとのことで、文字通り着せかえ人形のような扱いを受けた。一方的に遊ばれている気分の本人をよそに、周りのメイドたちはああでもないこうでもないと、大変楽しそうでいらっしゃいました。
すっかりぐったりとした様子を見かねてか、再びサロンにもどりお茶を準備してくれた。
香りのよいお茶を一口含み、ほっと一息ついたところで次の爆弾を取り出すところ、この城のメイドさんたちも随分人が悪い。
「それでは続きまして、午後の叙爵式の段取りについて――」
「え!? 今、なんて?」
突然の展開に、思わずソファに沈めた身を起こす。
「ええ、午後の段取りについて」
「じゃなくて、叙爵式ってなに?」
「はい、レディーの叙爵の式典です。おめでとうございます」
おめでとうございます、と控えている他のメイドさんたちも続く。いやいやいや。ちょっとまっておかしい。
◇ ◇ ◇
叙爵会場の扉が開いた時、起こった歓声に思わず足がすくんだ。何だこの数。たかだか叙爵の見物になんでこんなに人が集まるの。ひまなのかしら?
つい、と一礼してから会場に入る。拍手のなか、高揚する気持ちにあわせ頬があつくなっていく。「かわいらしい」「あんな少女が」などの声も耳にくすぐったい。
何を語られ、何を話したのかもよく覚えていない。夢中になって話したような気がする。何度か笑いが生まれた気がする。おじい様が何やらワタワタ手を振っていたのだけ、かろうじて覚えている。
「――以上の多大なる功績を讃え、ここに女男爵の称号を与えることとする。
フランツィスカ・デニス・カイゼル。こちらへ」
そして胸元に徽章がつけられた。
「息子を頼んだぞ」
ボソリと耳元で穏やかならぬことをつぶやくウェンドランド王。驚いて見上げると、悪い笑みを浮かべる王の顔があった。
今の言葉の直後にはにわかに言いたくないけれど、この場は言うしかない。王への忠誠の言葉を告げると、会は無事終了した。そのまま会場を移して晩餐会へと移行する。
愚かなことに、メイドさんに引っ張られ、再び衣装部屋に連れて行かれてからはじめて気づいた。
なぜ三着もドレスを準備したのか。
なぜたかが叙爵式にあれほど客がいたのか。
なぜ王は「息子を頼んだぞ」と言ったのか。
いや、こんな予想が外れて欲しい。外れるべきだ。今後の彼と、自身のためにも。
晩餐会は王の掛け声とともに始まった。それはいつもどおり。いつもどおりでないことがあった。席順だ。
「どう? オイシイでしょ。今日のメニュー、フランの好きなものにしてもらったんだよ」
「そ、そうですね」
ニコラス王子が爽やかな笑顔を振りまきながらあれはね、とかこれはねとか、それは丁寧に説明をしてくれる。ありがたい。大変ありがたいけれど、どうして私が王子の隣に座っているんだ?
「それは今日の主役がフランだからでしょ?」
などとまるで気にする様子もない。肝が座っているというか、王者の貫禄とでもいうのか。もう何食べても味しないよ。
だって、王、王子、私、おじい様ってお誕生席に並んでるんだよ!? 両脇からずっと下座にかけて、並み居る諸侯のお歴々が居並ぶこの場所で、皆さんからはいろんな視線をぶつけられて。こんなのまともに食事を味わうどころじゃないでしょ。
嫌な予感はどんどん確信へと変わっていく。これはもう、そういうことなのかもしれない。
「さて諸君」
王の声に会場は一斉に会話をやめ、こちらを向いた。
「今日はこの小さなレディー、いや、新たなバロネス、カイゼル男爵の誕生に立ち会っていただき、大変感謝する」
あわてて立ち上がり、会釈する。あたたかい拍手につつまれ、頬のほてりを感じた。
「知っての通り彼女は齢六つにして多彩な知識を持つ、まさに我が国の宝だ。私は彼女にはこれから一層、カイゼル公爵の領地、ならびに我が国を豊かにするため、力を奮ってもらいたいと思い、今回の叙爵とした。みな、依存はなかろうな」
再び拍手。いやー、一般人でもぜんぜんいいんですけれどねー。
「彼女の知識で我が国を豊かにし、隣国と遜色ない豊かで文化的な暮らしを営むためにも、彼女や公爵家、そして我が王家を皆でもり立てて欲しい。私からの願いだ。よろしく頼む」
王に手で合図をされたので、着席させてもらう。
「さてここまで話して勘のよいものはすでに気づいておるやもしれんが……」
王は一旦言葉を切り、会場をぐるりと見回した。
「私としては、国の宝であるカイゼル男爵と王家の関係を、より強固なものとしたいと考えている」
ああ、もしかしたらと思っていたけれど、やはりそういう話になるよね。
「今宵、ここに我が息子ニコラス・ベネディクト・ウェンドランドと、こちらのフランツィスカ・デニス・カイゼルとの婚約を、正式に宣言する」
王の高らかな宣言に、会場はにわかに沸き立つ。まわりから賛辞が降り注ぐが、大変ありがたいことに気分的には大惨事だ。
「なおこの縁談は既にカイゼル公爵、ならびに男爵の親御であられる子爵両氏からは承諾の意を得ておる」
ジロリと隣のおじい様をにらむ。
「これこれ、そんな怖い顔をするでない。王の賓客に見られてしまうじゃろうが。恥をかかせるつもりか?」
おじい様は正面を向いたまま涼しい顔でたしなめる。悔しいが確かに今はいけない。それにこのような場で宣言した以上、今後もいけない。
イヤな予想は必ず当てに行く。昔からの得意技だった。
けれどこんな大事な局面で発動してほしくないスキルだった。
「王よ。いえ、おじさま。どういうことですの、これ」
今度は努めてにこやかに王――おじい様の夜遊び仲間――に問いかける。物心ついてからというもの、あまりにおじい様とともに近いところでコミュニケーションを取っているからか、君主であることを結構な頻度で忘れる。私にしてみれば酒癖と手癖が悪い、タダのオッサンだ。
「どういうこともなにも。息子と年頃の近い貴族の女子のなかで、そなたがずば抜けて優秀だからに決まっておろう。ニコラスとも仲が良い。それに、器量もよいしな」
ウインクを一つかましてくる王。
「おだてたところで薄気味がわるいだけです」
正面を向いてにこやかに、澄ました声色で返事をする。
「そう可愛い顔で怒ってくれるな。……突然言ったのは……やはり、すこしまずかったか?」
「自惚れるわけではありませんが、予想はしていました。……それが今日とはおもいませんでしたけれど。それと顔のよしあしで怒るわけではないので、そういう表現は謹んでいただければと」
「ははっ。これは手痛い」
「フランは、ボクがきらい?」
「えっ」
ニコラス王子。今それは聞かないで欲しい。
「ボクはフランのこと、大好きだよ。結婚できたらいいなって、いつも思ってる」
「そ、そんなこと。人前で言わないでくださいまし」
とりあえず恥ずかしがるフリをして全力回避だ。
「あ、そ、そうだね、ごめん。でも、嘘じゃないから。ボクはフランが大好きだから」
なんていい子なんだろう。耳まで真っ赤にして。随分恥ずかしいだろうに、それでも逃げずにこちらをしかと見つめる深い海のような瞳。誠実が服を着て歩いているかのような彼の言葉に、私の中のフランは、たしかに喜びに打ち震えている。
けれどごめん、フラン。まだ気持ちの整理がつかない。
私は、彼女の幸せを奪ってしまっているのではないだろうか。
いっそのこと、知識と経験の記憶だけをこの子に与え、高梨 洋二は消えてしまえればいいのに。
◇ ◇ ◇
――そんなことがあったのだ。どうしてこうなった。
「そうですの。フランお嬢様もたいへんでしたのねぇ」
「そう、大変だった……って、ええ?」
我に返ると目の前のソファにはペトラ、リア、ヘレン、それにニケ。全員勢揃いで腰掛け、お茶していた。
「ど、どこまで聞いてた?」
転生者としての、オッサンの名前は、私は話していたっけ?
「王子様に愛の告白をされて困っているフリをしているところ?」
ペトラが思い出そうとしているのか、頬に指を当て天井を眺める。あっ、無理やり思い出さなくてもいいよ!
ヘレンがお茶を入れてくれたので、自分もソファに腰掛ける。さっそくニケが太ももに頭を乗せ、グリグリと擦り付けてくる。
「ま、そういうわけで、私が公爵領の領都であるこの街を管轄することになりました」
リアが「おー」などと感心したように手をパチパチ叩く。
「あの、ということは子爵様はどうされますの?」
ヘレンが首をかしげた。
「それなのよヘレン。ちょっと聞いてよ! ほら、例の港町! あそこを中心に周辺の町の統治をするように指示されて、なんと私を置いて家族三人で赴任しちゃったのよ!? 信じられる!?」
まさか逆単身赴任状態になるとは思わなかった。このだだっ広い屋敷におじい様と二人……と言い掛けてやめた。私には今、この子達がいる。
「こほん。けれども貴族としての肩書がついたので、色々便利になることもある。例えば」
ペトラをビシッと指差す。
「ペトラ・マイヤー。アナタにはこれから我がカイゼル公爵家付きの薬師として活動することを命じます。ただし店舗運営は継続して構わない。そのためのヒト・モノ・カネは公爵家にて用意する。これはカイゼル公爵家、副官としての命である」
最初きょと、として自分を指差していたけれど、すぐに表情がゆがむ。
「ふええ!? お付きの薬師!? ボクが!?」
「そう。弟子とか抱えてもいいから、我が領地で薬師育成をしてほしいの」
「で、でもでも」
不安がるのもムリはない。いくら成人年齢といっても所詮は十六歳の娘。いきなり重要な決定をしろというのは酷な話かもしれない。
彼女の肩にそっと手を添える。うつむき加減だった彼女は、ハッと顔を上げた。
「ペトラ。アナタの薬師としての腕は本物よ。私が保証する。だからお願い、私に力を貸して」
「お嬢様……わかりました。どこまでお力になれるかわかりませんが、微力ながら、お手伝いさせていただきます!」
「リア、ヘレン。あなた達も引き続き、この屋敷で腕をふるってほしい」
「もちろんですよ、お嬢様。いや、今はバロネスですか?」
リアが軽い口調で肩をすくめる。
「やめてよ。今まで通りでお願い」
「わかりましたわ、フランお嬢様。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ヘレンには秘書としての立場も期待してる。また忙しくなるわよ!」
「フラン……いつまでもここにいる?」
ニケが太ももの上から見上げる。
「ニケ。いつまでもここにいるかはわからないけれど、どこかに行くときは一緒だよ」
「へへー」
ニケはこれでもかとばかりにグシグシとすり寄ってくる。
「で、結局最後、なんて返事したんですか? 王子様に!」
もう。リア、うるさい。
それはフランの気持ちだから。もちろん、ナイショだ。




