↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/48

第20話 冒険者の街、それはダンジョンの街

 ダンジョン。この世界で言うところのそれは、多くが自然の洞窟か、かつての鉱山跡、いわゆる廃坑、もしくは大昔建築され打ち捨てられた砦など、人が立ち寄らず手入れがされない場所だ。


 そこに『瘴気』と呼ばれるものが澱のように溜まり、引き寄せられた動物が毒気に当てられ、時を経て凶暴化する。それを人々は『魔物』とよんでいる。

 ダンジョンは魔物に独自の進化をうながし、一つの生態系を確立している。彼らにとってそれはゆりかごであり家であり、墓場だ。


 前の世界では子供の頃はテレビゲームのロールプレイングゲームをやり込んでいた。剣一本で魔物と対峙し、打ち勝つ。実際そんな世界に生きられたら、なんと痛快なことだろうと思っていた。


 大人になってから、仕事が忙しくめっきり遊ぶ機会は無くなってしまったけれど、この世界に生を受け、そんなファンタジーなワクワクが、そんな体験が待っているだろうと。もしかすれば今日実現するかもと、昨夜は眠れなかった。


 それくらい、本気で無邪気に思っていたのだ。

 公爵領最大のダンジョンにほど近い、冒険者の街に降り立つまでは。



 おじい様が街に付く少し前に、伴のものに馬車の窓を閉めさせた理由は、ドアを開けた瞬間すぐに分かった。


 鉄さびと腐臭。真っ先に届いたのは実に不快な臭いだった。積み上げられた魔物の死体が出どころのようだった。その傍らで解体する者。皮をなめす者、加工するもの。それぞれが肩寄せ合うように軒を連ねている。


「フランや。ワシから決して離れるでないぞ」

 細身の剣を腰に下げながらおじい様がいつになく険しい。息を呑んでコクコクと頷くことしかできなかった。

 おじい様が帯剣するところなんて、初めて見るかもしれない。


 通りをおじい様や伴の者と歩く。刺すように、あるいは舐めるように向けられる数多くの視線に辟易とする。しかし通りを歩くに連れ否応なしに気づくことがある。


「……けが人が多いね」


 包帯や添え木をしている人によくすれ違う。頭、腕、足。ケガの程度もそれぞれだけれど、無傷な者を探すほうが難しい気がする。


「ダンジョンは危険だらけじゃ。できれば魔物なぞ、相手にしたくないというのが本心じゃろう。じゃが放っておくとあぶれたモノがダンジョンの外に出てきて周辺を荒らす。ある程度数を減らさんといかんのじゃ」


「それに、中で穫れる鉱石が貴重なのよね? だからやめるにやめられない」

「まぁ、身も蓋もない言い方をすればそういうことになるのかの」


 確かにダンジョン産の鉱石は珍重され、高値で取引されるときく。産出されたものほぼ全てが王都に流れるので、実物を見たことがない。なんでも油の不要なランプなどを作るのに使うそうだ。固形燃料のようなものだろうか。


 しかしそれでは――


「まるで養殖みたい」

「なんじゃ、フラン?」

「なんでもありません」

 ボソリと漏らした声は、おじい様には届かなかった。


 想像と随分ちがう。正直、ワクワク感返してほしい。こころなしか、空もどんよりとその青さが霞んで見える気がした。


 ちょうど差し掛かった病院が目に入った。

 外の壁には四肢のいずれかを失ったものが、まるで生気を失ったかのように数人、寄りかかっている。脇の裏口からは、白木の箱――真新しい棺桶か――が一つ運び出されてきた。そのまま黒づくめの数人の男に抱えられ、細い通りの奥に消えていく。


 表通りから覗き見えた待合所には、血まみれの包帯を押さえて看護師に訴えかけるもの、土気色の肌をした横たわる男に取りすがり、医者の名を叫ぶ者。


「地獄だ」うめくように出した声を聞いてか、伴の者が視線をさえぎった。抗議のつもりで見上げると小さく首を振った。そのまま優しく背中をおされる。早く立ち去りましょう。そういう優しさを、背中に感じる彼の手のひらから感じた。


 そうだった。すっかり忘れていたけれど、自分は六歳の幼女なんだった。

 それなのにおじい様、こんなところに連れてきて! とここまで考えてハッとしておじい様を見上げた。


 彼は真剣な眼差しで、正面から私の視線を受け止めた。

 おじい様。アナタはここもなんとかして欲しいと。

 私になんとかしろと、そういいたいのか。

 背中にじわりと、嫌な汗が伝った。



 そんな時、何気なく交わしたペトラとの会話が、ふいに脳裏に浮かんだ。


「――『魔法』? 急にどうしたんですかフラン様」


 ペトラが棚に薬草が入った缶を置くと振り返った。


「ペトラも見たことない? 魔法」

「『も』ってことは、フラン様も見たことないんですね」

 カウンターに向かい合う形で彼女が腰掛けた。頬杖をついてこちらを見る。


「そんなのが実際あるんだったらさ、傷なんてあっという間に」

「いやそれは困ります!」

 パッと顔を上げて抗議をする。形の良い眉がハの字に曲がった。


「そうなるとー、薬師の商売上がったりだよね?」

「やめてくださいよ、民業圧迫です」

 ニヤニヤして言ってやると、ペトラは口を尖らせて応酬する。


「難しい言葉知ってるのね。……で、魔法使える人に心当たりない?」

「フラン様に言われたくないかも……うーん、私の知り合いにはいませんよ? だって人間は使えないじゃないですか」


「えっ、そうなの?」今度は驚く番になった。

「知らなかったんですか? んもう、フラン様ったらしょうがないなぁ。ペトラお姉ちゃんが教えてあげますねっ」


 今が好機とばかり、意地の悪い顔をしてペトラはそれからしばらくイジりモードに入った――



 あのときはムカついたことしか印象に残らなかったけれど、『人間には使えない』。それって言葉通りに取ると、人間以外が使えるってこと。


「ねぇおじい様。ここで取れる鉱石って、誰が使うの? 人には扱えないんでしょ?」

「……そういえばフランは目にしたことはないか。我が国にも数人しか居ないからのう。ワシも現役時代は何度か世話になったか」

「数人しかしない?」

「うむ。『亜人』――と呼ばれておる。彼らが『魔法』を行使するために、あの鉱石――『魔素結晶』が必要なのじゃ」


 この世界、人と魔物の間に生まれた者がごく少数存在するという。それが亜人。

 母親は人間だ。その存在を知られたくない母親の多くは生まれたばかりのわが子を人買いに売る。理由なぞ、推して知るべし。こんなときの「なぜなぜ」は罪だ。


「そういった者たちでないと魔素結晶は使えない。ただの石ころと同じじゃ」

「その、魔素結晶? は何に使えるの? 燃料の代わり?」


「一番の用途は明り取りかの。火を使わないので安全なのじゃ。その程度しか力はないのじゃがな」

「そうなんですね。まぁもっと力があったら、とっくの昔に国は亜人を根絶やしにしてるでしょうね」

「フランは時々発想が恐ろしいのう」

「現実的と言ってほしいです」


「ただ一度明かりを止めてしまうと、再起動にまた彼らの力が必要なのじゃ」

「だからずっと抱えておく必要があると」



 疎まれる存在にも関わらず、その力は必要。だから飼い殺される。


「おじい様、このことをご存知で」

「じゃ、じゃからせめて我が領内にはおらん! ワシもあのような扱い、納得しておるわけ、なかろう……!」


 なるほど。いかに公爵といえど、国単位で見れば所詮子会社。国王(親会社)の言うことに対しては「使わない」という選択以外は取れないということか。


「おじい様を責めてなんかないですよ」

「そ、そうしてもらえるとありがたい」

「だってギリギリの選択ですもん、むしろ尊敬できます。さすが我がおじい様」

「ふ、フランやぁ~!」


「あ、ちょっと、抱きつくのは禁止です」

「いかんのか」



 そんなやり取りをしているうちに目的地に到着したようだ。

 全体的に作りの粗末なこの街において、唯一と言っていいほどまともな見栄えの建物だ。見上げると玄関の上に扁額が掛けられている。


『冒険者協同組合』


 伴の者に先導され、「邪魔するよ」と開かれた扉から中に入る。

 すると奥からでっぷり太ったハゲオヤジが現れた。


「これはこれは公爵閣下。出迎えもせずとんだ御無礼を」

「ふん、ワシらが街に入ったことは先刻承知しているじゃろうに。白々しい」

 揉み手をするオヤジに、おじい様が不快感を隠しもしない返事をする。


「そんな滅相もない……こちらが例のお孫様でいらっしゃいますか?」

「はじめまして。フランツィスカともうします」

 今度はこちらにターゲットを定めたようなので、スカートをつまんで軽く膝を折る。もう慣れたものだ。礼儀なので仕方ない。仕方ないのだ。


「いやはや確かに聡明そうでいらっしゃいますー、その若さでいくつも工場など立て直してらっしゃるとか! ……お噂はかねがね。お嬢様のご高名はこんな片田舎でも轟いておりますですよー! あ、失礼。組合長をさせてもらっています、マルコと申しますー。以後、お見知りおきを」


 はあ、と答えようとした矢先、マルコと名乗ったハゲオヤジは手を掴んだと思ったらそのまま手の甲にキスしやがった。


「ひっ」

 素で悲鳴が出てしまった。気持ち悪い。あとでよーく洗おう。



 組合長室に通された。街の様子から想像できないほどの豪奢な内装となっている。いや、訂正しよう。嘘は良くない。ゴテゴテと飾り倒した、ギラギラと目にもよろしくない、どうにも落ち着かない内装といえた。


「で、本日はどのようなご用向きで」

「うむ。最近また冒険者の死亡率や重傷者率が上がっているという報告をみての。お主の話を聞きにきた」


 ハゲオヤジの背後に置いてあるツボ。あんな趣味の悪いの、どこで買えるんだろう? このツボは良いものだ、みたいに愛でてるのかな。


「ふむ。春ですからな。新人が増えるタイミングですのでどうしても」

「新人が犠牲になっていると。そういうことか」


「まぁ、生きるためのノウハウも、腕もまだまだですからね」

「そこをなんとかするのが、お主の仕事ではないのか」


「新人には『はじめてのダンジョン安心パック』というものを別組織の『冒険者協会』が用意してございます」

「なんじゃそれは」


「新人に必要な心構えですとかの基本的な知識を書いた冊子と、組合の各種施設などを初心者価格で利用できるクーポンやらをまとめたお得なセットですね」


「それを読んだら新人が陥るトラブルを解決できる、と。そう考えておるのか」

「冒険者からはご好評いただいておるようです」


「どうせお前たちがわけも分からず買わせているだけだろうに。それに冊子ごときで新人冒険者が死なないようにできると、まさか本気で考えているのではなかろう?」


「そう言われましても閣下。組合の仕事は冒険者の稼業を支援することであって、教育は我々の業務ではありません。むしろボランティアの側面が大きいかと」


「では誰が新人の犠牲を減らすのか」


「少なくとも我々(組合)の仕事ではないかと。それに毎年多くの若者が冒険者を目指します。なので現状のままでも誰も全く困りません」


 この言葉にゾッとした。このオヤジ、新人を消耗品扱いしていると公言したようなものだ。


「お主、本気で」

 さすがにおじい様も我慢ならないのか、にわかに色めき立ったがちょっとクールダウンしてもらおう。


「あの、ちょっといいですか?」

「どうしかされましたか、お嬢様」

 小さく手を上げて可愛らしいフリから入ってみたら、ハゲオヤジ――マルコの表情は幾分和らいだ。


 ここで冒険者の死亡原因について深堀りしてみる。


「冒険者の死亡原因てなんなんですか?」

「そりゃあもちろん、魔物との戦闘ですよ」

 マルコは手のひらを見せ軽く上げる。当然だろうと言わんばかりだ。


「そうなんですね。ところで戦闘の何が原因で、事故がおきたのでしょう?」

「原因、ですか? いや、魔物と戦って命を落とす。よくある話だと」

 怪訝そうに彼はわずかに眉を寄せる。


「戦闘の何が原因で起きたのかはわからないのでしょうか」

「いやそこまではわかりませんよ。意味がない」

 わずかに口角をあげ、手をひらひらとする。さしずめ『何いってんだ小娘が』といったところか。


「なぜ意味がないと?」

「組合としては、人が死ぬ理由を知る必要がないからです。理由を調べたところで、死んだものが生き返るわけでもない」


「原因を調べては頂けないのですか?」

「ですから理由がありません。それに我々も通常業務で手一杯でしてね」


「人手が足りないから、調査はムリと?」

「意味もないですしね。暇ができたらやってもいいですが」

 多分、いや絶対何を言ってもこのオヤジは動かない。今回は我々、ううん。自分がやらなきゃ誰もやらない。やれない。


「なら私の方で少し調べさせてもいいですか?」

「いいですが……いったいどうやって」

 議論は平行線だけれど言質(げんち)は取った。


「冒険者の動きは台帳か何かで管理を?」

「ええ、受付で管理してます」

「去年と今年、傾向は異なりますか?」

「いえ? 例年通り順調です。冒険者も同じくらい死傷してますね」

「こちらで調べますので、去年の資料を拝見しても?」

「それは構いませんが……我々が対策するというのは、先程の理由で難しいので、その点ご承知おきくださいませ」


 マルコはその後、話は終わりだとばかりに話題を無理やり切り替えた。



 冒険者の動きは受付で管理しているという。去年の台帳を一通り見せてもらうことにした。


 そもそも冒険者という職業はない。

 本人が「自分は冒険者」と決めたらその瞬間、その人間は冒険者だ。

 冒険者協会が冒険者証なるものを有料で発行しているけれど、もっぱら外で死亡した際の身元確認のために首に下げるものとされている。登録せずとも全く問題ないらしい。収集品の買取も、組合でなくても周りの店が買い取ってくれる。買取額を自分で交渉する必要はあるが。


 今はその台帳を宿のベッドの上に広げ、内容を眺めているところだ。

 あとおじい様に頼んで手紙を寄越(よこ)し、病院から去年分の治療記録を持ってきてもらった。


 治療記録には死傷の発生状況が、分かる範囲で記録されている。ここの病院はかなり真面目な性格の医師がいるようだ。なかなかに良いデータで助かる。


 まずはこの膨大なデータを整理するところから始めなくてはならない。

「よし、やるか」

 腕まくりをして資料に向き合った。



 ◇ ◇ ◇



 結局は病院のデータが役に立った。組合のものは本当にただの台帳に過ぎない。しかし。


「頭がボーっとする……」

 内容は大したことはないんだけれど、なにぶん量が半端なかったので、すっかり疲れてしまった。夕方からはじめて夕食を挟み、日が変わる前にはなんとかまとまった。表計算ソフトが欲しくて仕方ない。


 犠牲者は年齢別では十代がダントツ。しかも経験年数が一年未満に偏っている。対して一年を超えた冒険者においてはほぼ横ばい。ベテランの域で少し盛り上がるのはダンジョン深部での事故か、加齢か。ともかくルーキーがどんどん使い潰されている現状が見て取れる。


 ケガに関しても同様だ。深部に入っている冒険者の重傷率が多少上がるかと思っていたけれど、そこまで有意には上がらなかった。これは多分、外に運ぶ途中で息絶えているのだろうと推測される。


 死傷の理由はある意味予想を裏切られた。

 きっかけとしては、暗闇や疲労からの転倒、落下。床面や壁面の突起物での負傷。腹痛などの体調不良からの襲撃対応遅れ。背後や脇道からの急襲。


 意外にも戦闘中の負傷が主因であることが少ない。

 これはもしかすると、工場における対策と同じもので相当数防げるのではないだろうか。組合に掛け合ってルーキーたちに教育する機会を――。


 いや、ダメだ。あの組合長に期待してもムダだろう。元々思想の原点からしてことなる。若い冒険者の命を救う。それはもはや彼ら(組合)には期待できないと、直感が告げるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。