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第13話 作業を担保するには? チェックでしょ!

ご覧頂きありがとうございます。


声をかけてきたのは何のためでしょうか。

今やっていることを考えたら作業についてに決まってるでしょ、っていうね。

 顔を上げるとリア、と呼ばれていた技師だった。もっとも女性の声だったから間違えようもないんだけれど。先程はよくわからなったけれど、安全帽を脱いだ今なら容姿がよくわかる。日に焼けた浅黒い肌、切れ長の目、ベリーショートの髪と瞳は墨を流したような黒。

 そして彼女はけして笑わない。いわゆるクールビューティー、いやどちらかというと……


「……イケメンだ」

「はい?」


 しまったつい心の声が。


「いいえ独り言です。それよりなんでしょう?」


 十五歳といったか。今年成人。将来ステキなイケメンになるよねきっと。女の子だけど。


「組み立てを行うのが技師だけだと、どうしても全体の時間がかかってしまいます。なんとか従業員の皆さんに手伝っていただきたいのですが、難しくて。お知恵をお借りできないかと」


「もちろん、いいよ」と返事をする。やはりボトルネックは技師の数だよなぁ。しかし専門的な作業で難しいと……あれそういえば詳しく聞いてなかった。


「作業が難しいということだったけれど、具体的にはどう難しいの?」


「作業じたいはさほどのことではありません。組み付ける際の部品の向き、順番とネジの締め付けトルクなどに気を払えば」


 ん? ということは、作業が正しく行われさえすれば品質は確保できるということか。


「組み立ての手順化は可能ということ?」


「それは可能ですが、ただ組み立てるだけでは……」

 そこでリアの表情が曇る。


「調整が必要、と。それはいつもやっている事?」


 彼女は慌てて首を振る。


「いえ、技師(われわれ)が行う分にはほぼ調整不要な品質で組み上げられます。一般の方にお任せしたとき、見た目は組み上がっているように見えても個々の部品の組付け状態がわからないので、どのみち調整というかチェックが必要だと思っているんです」


 リアはちらと脇にあるミシンを横目に見やってから、再びこちらを見た。

 なるほど、難しいと思っているポイントはそこか。


「ではその暗黙知……コツや勘でやっている事を明文化できる?」(※文末「暗黙知」参照)


「そうですね、気をつけているポイント、見るポイントを明らかにすればいいということでしたら、おそらく可能です」


「うん、それが従業員にも無理ない内容なら、彼らに組み立て作業を分担してもらうこともできると思うよ」


「ですが実際はなかなか難しい部分もあるのではと」

「もっと気になることが?」


「組み立てはどうにかなるにせよ、チェックをどうするかなんです」


「さっき言っていたことね。気になっていることは具体的にはどんなこと?」


「はい、仮に奥の方に取り付けられてる部品の組付け不良が原因でチェックが通らない時、その原因を特定して分解して再組み立てして……となると、普通の倍以上の時間と手間がかかってしまいます」


「それはそうだろうけれど。でもさ、『部品ごとの正しい取付状態』ってのは定義できるんでしょう?」


「え、そ、そうですね」


 面食らったように彼女は目をパチクリさせた。そんなに意外なこと言ったかな。


「だったら、手順書の最後にチェックリストをつければいいじゃない。『アナタが組んだ部品は手順書通りに組まれてますか?』って組んだ従業員に確認してもらうの。そうすれば従業員は自分で自分の作業の良し悪しを判断できる」


 この考え方、発展させればあるシステムに至るんだけれど、これ以上言うと混乱しそうだ。今はここまでにしたい、というか時間的コストパフォーマンスが悪い。


「例えば、部品と本体の合いマークがこの位置にきていることとか、出代(でしろ)がこれだけ、とかを示すということですか」(※文末「合いマーク」「出代」参照)


「そういうこと。そうしたらその時点で組み付け方が合ってるか間違ってるかわかるよね。で、それを積み上げればかなり精度良く組めるんじゃないかな?」


 リアはほう、と息をはいた。


「そう、ですね。うん、いけるかもしれません。お嬢様、ありがとうございます」


 折り目正しくお辞儀をしてリアは自分の机に戻った。




 翌日の午前中は工場の床清掃を全従業員でしてもらいつつ、こちらはミシン修理の準備にてんやわんやだった。


 結局全ての手順書の準備と内容の確認がすべてできたのは、夜半を過ぎた頃だった。


 トラブルが発生したときは徹夜で対応、というのも前の世界ではやっていたけれど、今の幼女の身体にはなかなか堪える。というか、眠い。

 ムリを言って少しお昼寝をさせてもらったくらいだ。


「お嬢様も、やっぱり年相応なのですな。ある意味ホッとしました」


 と工場長に言われたのがなんだか悔しい。いや、寝てない自慢をするつもりは全く無いけれど。いやー、やべーわー、俺二時間しか寝てないわー、とか何だよってね。いたずらにリスク増やして喜ぶ奴の気が知れない。



 午後から実際に修理のラインを稼働させた。最初こそ戸惑いも多かったようだけれど、二時間もせずにみんな慣れてくれ、想定タクトタイムで回せるようになった。


「組み立ての手順書もうまく運用できてます」


 リアは変わらずのクールフェイスで報告してきたけれど、昨日より幾分ほおに朱が差していた。彼女なりに興奮しているのだろうか。


 正直こんな短時間で立ち上げられたのは奇跡と言ってもいい。

 工程や部品点数がしれているとはいえ、一日でよく作業要領が書き上げられたものだ。それにその手順に基づき淡々と作業をこなせるこの工場の者も、相当に地力は高い。



 これはきっちり仕込めば、もしかすればもしかするかもしれない。


「あ、あの、お嬢様」

「ん? なに、リアどうしたの」

「や、その」


 いつもはきはき話す彼女にしては珍しく歯切れがわるい。何かあったのだろうか。


「なにか、現場で問題が?」

「いえ、そういうわけでは……、な、な」

「な?」

「にゃんでも、ないですぅー!」


 そういうが早いか、彼女は脱兎のごとくその場を去っていった。……にゃん?



 結局多少の工程変更があったものの大きなつまづきもなく、翌日の夕方にはすべてのミシンの修理が完了した。


「一月かかると言っていたものが、ものの二日か! どんな魔法を使ったんじゃフランや?」


 工場にずらりと並ぶ整備済みのミシンを眺めながらおじい様が聞いてくる。


「ライン生産の考え方で修理をしたんです」(※文末「ライン生産」参照)


「ら、らいん生産? なんじゃ、それは」


「今度屋敷でじっくりお教えします。ふあ……とりあえず眠いです、寝たいです」


 既に数えることを諦めた、今日何度目かのあくびをしながら返事をした。

 なんとかなったけれど、実質生産停止を三日間に抑えられたのは奇跡に近い。工場のみんなの頑張りあってこそだな。


 それにリアちゃんか……真面目で腕も立つし、キレイだし。今度色々相談しようっと……


 心地よい疲れに馬車の中でウトウトしてしまったけれど、宿についた途端目がバッチリ覚めてしまった。


 宿に着いた私達を、暗い顔をした初老の男が待っていたからだ。


「公爵閣下。ご相談があります」


 今度はなにかしら。領地経営も楽じゃないんだね。





 ■文中の注釈(フランの主観も多少入ってるけど、別にいいよね?)


「暗黙知」

 対義語は形式知。暗黙知は更に二つに分類され、認知的暗黙知、技術的暗黙知に分かれるの。特に私が言っているのは後者、技術的なほう。いわゆるノウハウ、カンコツ、技能や技巧のことを指すんだよ。


 よく言われるのは「技術はいくら言語化して説明しようとしても伝えきれないもの、だから経験して覚えろ」ってことだけれど、それだと教える側が思考停止に陥っているだけ。


 今回のように作業を細分化して、その時々で必要なコツ(このマークが正面に来るように、とかじわじわでなく一息で押し込む、とか)を伝えることで、作業における明文化、形式知化していくことが可能なの。


 そうすることによって作業(品質、時間)の均質化が取れ、生産性と品質が上がる。

 言葉でいったら簡単なんだけれど、それが難しいんだけれどね。あ、これこそ暗黙知だね。



「合いマーク」

 位置合わせのマークのこと。部品を組み付ける際、位置合わせがシビアなものに関して部品に組み付け位置を知らせる筋とか矢印とかが刻印されているの。エンジンのタイミングベルトとか、カウンターギアとかが身近かも。


 同じような考え方なのが逆挿し防止の為に切り欠きがしてある端子。HDMI端子、ディスプレイポート端子なんかがそう。(真っ先に思い出したのがPS/2端子なのはナイショ)


 もっとも最近の端子は逆刺ししても大丈夫なように設計されてるから親切よね。iPhoneのLightning端子とか、USB-C端子とか。



出代(でしろ)

 言葉そのまま、必要な出っ張りのこと。

 そんなの何に必要なの? って言わないでね。結構いろんなところで必要だから。

 例えばスライサー。野菜をスライスするときに使うやつ。あれ刃がちょーっと出てないと、もしくは隙間が開いてないと切れない。同じく(かんな)。あれもほんの少し刃が出ているから木が薄く削れる。


 機械でもあるよもちろん。ちょっと趣味の世界で行くと、バイクのフロントサスペンション。あの一番上はハンドルにくっついてるんだけれど、ハンドルのトップブリッジから何ミリ上に出すかっていうのがセッティングの妙だったりするの。ちなみに私は気が付かない方かな!(鈍感っていうな)



「ライン生産」

 ある期間において、単一の製品を大量に製造するための方法、と紹介されることが多いけれどそれはあくまで一側面。加えてより安全に、品質と量を安定して生産できる方式ともいえる。今回やったことで、全行程を細分化して、一人ひとりが同じ作業を繰り返し行い、流れ作業で製品を完成させる方式。熟練工は不要、素人も数時間で投入可能というのが今回のケースに見事ハマったというわけ。


 普通にラインをつくると、違う製品を作りたいってなったときにその段取り変えが大変という側面があるの。まぁ想像つくよね。それを解決したのが「多品種組立ライン」。自動車なんかは「混合品種組立ライン」化して複数車種を混流させて製造してるわね。


 対する生産方式としては「セル生産」というものがあるわ。逆に一人で全部やるの。


 特徴としては数個単位の需要変動に柔軟に対応できる、個人の責任が増すため、責任感から士気や品質が上がる可能性もある一方、全ての工程を知る必要があること、品質が作業員間でばらつく可能性が高いから、熟練工を揃えなければいけない点が上げられるかな。


最後までありがとうございます。


一難去ってまた一難? フランちゃん様はトラブルの神に好かれているのでしょうか。

初老のおじさん、一体どんな話を持ってきたのでしょうか。


お楽しみに。


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引き続きのご声援、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] リアちゃんにフラグが立ったかな?w イケメン女子が「にゃん」状態になるのはかわゆいですなあ ギャップがええね ライン生産の考え方も興味深かったです しかしかなり抑え気味にしてあるのは感じ取れ…
[良い点] ふむ、リアさんはクールなギャップ美人と……φ(..)メモメモ ライン生産の基本が実践できたようですね! 染織や縫製だと応用は難しそうですが、何かと役に立ちそうです。 そして文末のキーワ…
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