第二章 5
万一魔術師が結婚に乗り気だった場合、メイベルがどんなに拒否しても断れない可能性がある。
だがユージーンは全くこの結婚に関心がないようだ。つまり上手いこと国を守ってもらう算段さえ付けば結婚の必要はなく、円満にこの話を収めることが出来る。
(でも一体どうしたら、イクス王国を守ってもらえるのかしら……)
結婚はもちろん意味がない。
となればお金かと考えるが、その力一つで国を亡ぼせる魔術師に、お金の魅力はない気がする。だからと言って事情を話してお願いしたところで、メイベルを馬鹿姫呼ばわりする性格のねじ曲がった魔術師が聞くはずがない。
となれば残る方法はあと一つ。
(弱みを握って……脅す!)
毒をもって毒を制す。
魔術師の強大な力を利用するために、その弱点を握るのだ。
いくら魔術師とはいえ彼らも人間。人に知られたくない秘密の一つや二つはあるはずだ。それを探して、それを秘密にすることを条件にイクス王国を守護してもらう。これだ。
「とっとと帰ってお前の主とやらに言ってやれ。結婚をしても僕はお前のために力を使うことは絶対にない、とな」
ユージーンはそう言うと、手にしていた結婚の誓約書らしき書類を細かく破いた。その破片をぐしゃりとメイベルの両手に押し付ける。自らの結婚について書かれた書面が、こんな惨状になったことにメイベルは少しだけショックを受けたが、唇を噛むとそれをこらえた。
(ダメよ、ここで引き下がるわけにはいかないわ)
彼の弱みを握るためには、誰よりもそばで彼を観察する必要がある。そのためには何としてでもこの城に残らなければならない。
「そ、そんなことは出来ません!」
「は? 何が」
「わ、私はメイベル様のお世話係として来ています! 勝手に帰る訳にはいきません」
必死にユージーンを見つめて反論する。ユージーンはそんなメイベルの様子をしばらく見つめ返していたが、やがてどうでもいいとばかりにため息をついた。
「好きにすれば」
「え?」
「お前がいようがいまいが、僕には関係ない。どうせ数日すれば逃げ出すだろうし」
「ぜ、絶対逃げませんから!」
「どうだか」
そういうとユージーンは鼻で笑うと、床に落ちていた毛布を拾い上げてどこかへ行ってしまった。その背中を見ながら、メイベルは手の中でぐしゃぐしゃになった紙切れを、唇を噛みながらそっと握りしめていた。