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コミックス2巻発売お礼ss:臆病者の恋



 ――その人は『グレートマザー』の魔術師だった。



 めったに人の立ち入らない深い森の中。

 つたが生い茂る小さな館のバルコニーに、赤い髪と翼を守った男が舞い降りる。それを見て、窓辺の椅子に腰かけていた女性が顔を上げた。


「お久しぶりです、ベルデ」

「あらロウ、またどこかの女の子を泣かせてきたのかしら」


 その言葉に男――ローネンソルファ・アントランゼはやれやれと肩をすくめる。普段身に着けている赤い仮面も、彼女の前では必要なかった。


「そんなことしませんよ。俺はこう見えて優しいんです」

「ふふ、知っているわ。昔から、あなたはとてもシャイだったものね」

「昔って……いったいなん百年前の話です?」

「さあ」


 苦笑するロウを見て女性――ベルデライトもまた目を細める。

 美しい銀の髪は綺麗に結い上げられており、目の下にある泣きぼくろが微笑みとともに自然と動いた。その瞳は深い緑色をしており、容姿だけであれば三十代、いや二十代に間違われてもおかしくないだろう。


 だが彼女もまた、れっきとした『仮面魔術師』。

 その齢はロウを遥かに超えていた。


「でも懐かしいわね。小さかったあなたが泣きながらうちを尋ねてきて、『仮面魔術師の家はここですか?』って。それはもう必死で」

「俺にとっては死活問題だったんです。他に行くところもなくて」


 魔術師は人ではない――と巷でよく言われるが、実のところ、魔術師が誕生する経緯は今もはっきりとは分かっていない。

 人と同じく生まれ落ち、その後、人と同じように成長する。

 ただし齢三歳を超えた頃になると、常人にはありえない不思議な力――魔術を発揮し始めるのだ。

 その現れ方は個人によって異なるが、その多くは周囲の人々を『魅了』し、昏倒させてしまうことで発覚することが多い。

 ロウもまたそれに漏れず、災いを招く子どもとして、忌避されるようになった。


「まあ、確かに同情すべきところはあるわね。本来であれば、自分と同じ『元型(アーキタイプ)』は保護下に置くよう、師匠から厳しく指導されるものなのに」

「俺たちは『トリックスター』ですからね。魔術師の中でも変わり者が多いんですよ」

「あら、素敵な自己紹介だこと」


 またも両肩を寄せるロウを前に、ベルデライトはくすっと小さく笑った。

 彼女の言う通り、生まれたばかりの魔術師は、同じ『元型』である先輩魔術師によって保護され、魔術の使い方を教えてもらったり、長命種としての処世術などを伝授されたりする。

 だがロウの属する魔術師たちは性格上、自由な気風の者が多かったらしく――ロウが魔術師として露見しても、誰も迎えに来ようとしなかった。

 結果ロウは、人の中で長い間孤立し――やがて実の親からも見放されたのだ。


「昔のように数が多ければ、魔術師だけの村でも作れたでしょうに」

「そんなところがあれば、いちばんに駆け込んでいたでしょうね。でもそんなものはどこにもなくて……あなたの噂を耳にしなければ、本当に危ないところでした」

「ふふ、感謝してちょうだい」


 自分がいったい何者なのか。

 それすらも分からなかったロウは狼狽し、必死に助けを求めた。

 そこで大陸の僻地に住むという『仮面魔術師』――ベルデライトの存在を知ったのだ。


「本当に感謝しています。あなたのおかげで、俺は自分が『魔術師』であると知り、この力を使いこなすことが出来るようになったんですから」

「あら、珍しく殊勝なこと。空から魚でも降らないといいけど」

「魚は降りませんが、こんなものはいかがです?」


 そう言うとロウは、中空からぽん、と小さな花束を生み出した。

 ただし普通の花ではない――花弁が氷のように透明なもの。一枚一枚の色が異なるもの。透き通った蕾の中にキラキラと輝く宝石がいくつも転がっているものなど、どれもこれもこの世のものとは思えない造形美の数々だ。


「まあ素敵。また腕を上げたのね」

「先日、イクスの花の祭典(シャン・ド・フルール)に行きまして。それを参考にしました」

「ありがとう。飾っておくわ」


 ベルデライトの白い手に花束が渡ったのを見て、ロウはふっと口元をほころばせる。

 出来るだけ必死なところを見せないよう、そのままさらりと口にした。


「ところでベルデ、前に言った提案は考えてくれましたか?」

「提案って?」

「一緒に暮らしませんか、と……。俺からしてみれば、魔術師はみんな一人が好きすぎると思うんですよね。ユージーンも、最近知り合ったムタビリスってやつも」

「まあ、そうね」

「でもこの世界には楽しいことがたくさんある。俺はそれを、あなたに見せたいんです」


 ロウの心臓が、どきん、どきんと大きく拍動する。

 まるで、好きな女の子をはじめてダンスに誘った少年のように。

 だがベルデライトはゆっくり唇を引き結ぶと、やがて静かに破顔した。


「せっかくだけど、遠慮しておくわ」

「……やっぱりまだ、忘れられないのですか? 彼のことが」

「ええ。亡くなってもう随分経つけど……私にはまだ、昨日のことのようなのよ」

「…………」


 その言葉を聞き、ロウは名前だけしか知らない男のことを考える。

 かつて、ロウが生まれるよりもずっと昔にここに住み、ベルデライトと生涯をともにした一人の人間。当然寿命は短く、彼はベルデライトを残して亡くなった。

 でもベルデライトは、彼が亡くなってからもずっとこの館に住み続けている。

 たった、一人で。


「別にこの家を捨てろというわけじゃありません。ただ、あなたにはまだ――」

「ありがとうロウ。その気持ちだけで嬉しいわ」

「だったら――」

「それでも私は、あの人だけを愛し続けると決めたから。だからあの人が眠っている、この場所を離れたくないのよ」

「……っ」


 予想していた答え。

 これまでだって、何度も何度も同じように返されてきた。

 彼女の心は、きっと一生変わらない。でも――


(どうして……人間を選んだのですか?)


 せめて同じ、魔術師であったならば。

 彼女をこんな――気が遠くなるような時間、たった一人で置いていくことはなかっただろう。

 ともに生き、ともに遊び、どちらかを看取る。

 そんな未来もあったはずなのに。

 今すぐ心変わりしてくれたら、すぐにでも、この呪われた場所からさらって行くのに。


(でも……そんな彼女だからこそ、俺は……)


 花瓶を探してくるわと立ち上がり、こちらに背中を向けたベルデライトの方を見る。

 ロウはたまらず足早に歩み寄ると、彼女の細い腕を摑み――






「――っ‼」


 ロウが目覚めた時、そこは見覚えのある長椅子の上だった。

 慌てて体を起こす。

 抱き寄せたと思ったベルデライトの姿はなく、代わりに古びた毛布が掛けられていた。やがて起床したロウに気づいたのか、一人の少女が近づいてくる。


「おはようございます、ロウさん」

「メイベルちゃん……」

「大丈夫ですか? なんだか苦しそうでしたけど」

「……ちょっと昔の夢を見てね」


 ちらりと視線を上げると、書斎机に向かっているユージーンがものすごい顔で睨んでいた。それを見たロウは再度メイベルの方を振り返り、いつもの調子で「ふっ」と笑う。


「心配してくれてありがとね。そうだ、お礼にどこかで食事でも――」

「ロウ‼」


 流れるような所作でメイベルの手を取ると、彼女はすぐさま狼狽した。

 ユージーンが椅子からがたんと立ち上がったのを目の端でとらえ、ロウはまたも口元をほころばせる。だがその表情とは裏腹に、先ほど見た夢の名残が色濃く残っていた。


(人間と魔術師、か……)


 この二人が、どんな未来を迎えるのかは分からない。

 でも自分は――残された彼が一人で悲しまないように、こうして時々遊びに来てやるくらいは出来るはずだ。

 呪われた場所に、綺麗な花を届けるくらいは。




(了)

 

コミックス2巻発売お礼ssでした!

本当に好きな人には好きとすら言えない、臆病者だから のお話です…。

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