第二章 3
石壁には蔦が生い茂り、あまり管理がなされていないようだった。
生物の気配がないその城に近づき、玄関の大きな扉と向かい合う。錆び付いたノッカーを見る限り、やはり長い間掃除されていないことが想像できた。
ゴンゴン、と重々しい音が響く。だが中からは何の音もしない。もう一度叩いてみるが、そもそも人の気配がない。それどころかギイと音を立てて扉が開いてしまった。
「失礼します……」
申し訳ないと思いつつ、魔術師に会わなければ帰るにも帰れないと足を踏み入れる。中は案の定暗く、埃と黴のにおいが充満していた。
一階のいくつかの扉に手をかけるが、どれも鍵がかかっていて入ることが出来ない。仕方なく中央のホールに戻り、左右に分かれるように円状にかかっている階段を上る。敷かれた深紅の絨毯から何とも言えない匂いと煙たさが巻き上がった。
(ここ、ほんとに人が住んでいるのかしら)
二階に上がるが、ここもまた薄暗い。かろうじて廊下の左右には窓があるようだが、すべてにカーテンがかかっていて、わずかな陽の光が漏れている程度だ。
まっすぐに続くそれを歩きながら、途中にある扉にも順番に手をかけていく。だがやはりどれも開かず、メイベルは途方に暮れていた。そして廊下の突き当り、一番大きな扉を前にメイベルは顔を上げた。
そっと手をかける。
するとその扉だけ、きいと音を立ててあっけなく開いた。
「あ、開いた……」
そろそろと中に入る。薄暗いその部屋は壁沿いに大きな本棚がいくつも並んでおり、そのすべてにぎっしりと本が詰められていた。そこに入りきれなかった本は床に山積みされ放置されている。
その本の山の合間に置かれた木箱には、何かの草や石などよくわからないものが雑多に詰め込まれており、少し息をすると香辛料のような匂いが鼻をくすぐった。
(すごい数の本……魔術師というのは勉強家なのね)
メイベルが進んでいくと、その奥にはもう一つ部屋があった。そちらにも本棚があり、締め切られた窓と大量の羊皮紙、そして部屋の中央にはぼろぼろの長椅子と毛布が置かれていた。
あまりの埃っぽさと何とも言えない匂いに、メイベルは思わず窓の方へ向かう。窓は分厚いカーテンに覆われたかなり大きいもので、壁の一面を占めていた。
(とりあえず換気しないと、病気になっちゃうわ)
窓の傍には立派な机と椅子があり、何やらよくわからない文字がびっしりと書かれた紙が積まれている。メイベルは埃で涙目になりながら、窓の鍵を探しあて、固くなっていたそれを力の限り押し上げた。
長い間開けられていなかったのだろう、鍵は外れたはずなのに、窓枠が軋んで動かない。メイベルは半ば自棄になりながら勢いよく開く。バァンと派手な音を立てて窓が開いたかと思うと、日焼けして生成り色になっていたカーテンがぶわりとなびいた。
部屋の中に気持ちの良い風が流れ込んでくる。春の匂いを抱いたそれは、暖かい陽光とともにメイベルの顔に当たった。窓の外には半円状の広いバルコニーが広がっており、その向こうには高く伸びた木と、青々とした葉っぱがざわざわと揺れている。ふう、と満足げにカーテンを左右にずらすと、改めて部屋の方を振り返った。
するとその時、部屋の中央にあった長椅子が動いた。いや、正確にはそこで丸まっていた毛布が動いたのだ。