第二章 2
(それにしてもすごい場所だわ……)
湿り気のある地面に、確かな靴跡をつけながらメイベルは歩く。相変わらず陰鬱な雰囲気が漂っており、遠くからずっと何かの鳴き声が聞こえていた。何度も地図を見ながら魔術師の館があるという方向を目指す。
だが目印らしいものもなく、メイベルは額にじんわりと汗がにじむのが分かった。一歩足を進めた先で、何かがさっと逃げるような音がし、思わず足を引っ込める。正直今すぐ帰りたい。帰りたいが、ここで頑張らねばイクス王国の平和がなくなるかもしれない。
(まだ着かないのかしら……)
木の根に足を取られ、ひゃ、という短い悲鳴の後べしゃりと前のめりに倒れる。なんとか立ち上がるが、手の平や膝にはべっとりと泥が付いていた。だがメイベルは適当にそれを払い落とすと、なおも奥へと進んでいく。
そのままどのくらい歩いただろうか。
周囲に見えるのはどれも似たような鬱蒼とした景色。一応してきた化粧は汗ですっかり落ち、手についた泥は乾燥し始めていた。洋服からもぱらぱらと泥の欠片が落ちていく。最小限に減らしてきたはずの荷物も、今のメイベルには非常に重たく感じられた。
もしかしたらこのままここで遭難して死ぬかもしれない、メイベルがそんな不安を現実のものとして考え始めた頃、一歩踏み出す足が止まった。意図したわけではなく、わずかに心臓が痛んだ気がしたからだ。
(……?)
帰りたい、という気持ちからかもしれない。だがそれ以上にこちらではない、と心に語り掛けてくるかのような違和感があった。その直感に従いメイベルが方向を変えて進む。するとまたある程度行ったところで、心臓のあたりを締め付けるような感覚があった。
嫌な予感を感じる方向は避け、メイベルは都度方角を変えながら進んでいく。そうしているうちに、木々の向こうが明るくなっているのに気付いた。思わずそちらに向けて走り出す。
「で、出られた……!」
森を抜けたそこは、丁寧に刈り揃えられた庭のようになっていた。若草色の草が短く切りそろえられており、太陽の光も十分に降り注いでいる。メイベルはようやく息ができるとばかりに大きく深呼吸をした。
両腕を伸ばし、はあと息を吐く。するとその視線の先に古びた石造りの居城があった。