第二章 2
「――用事は終わったか」
「はい。すみません、お待たせしてしまって」
用事を終えて商会を出たところで、律儀に外で待機していたアマネに礼を言う。
きょろきょろと辺りを見回しているアマネに、どうしましたかとメイベルが尋ねると、彼は家々の軒先に飾られた造花を指さした。
「あれは前に言っていた祭りの準備か?」
「あ、そうです! お祭りは明日ですからね」
王宮へ戻る道を二人で歩きながら、メイベルはあちこちに視線を巡らせた。
「こんな風に家の前に飾ったり、お店の看板につけたり……当日配る造花は、一か月くらい前からみんなで作って、港にある倉庫にまとめて保管しておくんです」
「そんなにかかるのか」
「たくさん必要ですから。イクスの子どもなら、誰でも作り方を知っていますよ」
感心するアマネを連れて、メイベルは久しぶりの城下町に心を躍らせていた。だが同時にユージーンのことを思い出して胸を痛める。
(お祭り、ユージーンさんと来たかったな……)
あの時は断られてしまったけれど、実はもう一度だけ誘ってみるつもりだった。
驚かせてしまうから、とユージーンは遠慮していたが、ユージーンがどれだけ素敵な人か、ちゃんと見てもらえるきっかけになるかも知れない、とメイベルは考えていたのだ。
(今考えてみれば、勝手よね……)
自分の心無い行動を思い出して、メイベルは落ち込む。すると気持ちに呼応するかのように、どこか騒めくような空気をメイベルは感じ取った。
――気のせいか、道行く人や買い物客がメイベルの方をちらちらと見ているのだ。
恰好がおかしいだろうかとメイベルは衣服を改めるが、特におかしい様子はない。
派手な美形であるアマネが隣にいるから、目立っているのだろうかとも考えたが、視線はどうやらメイベルへと向けられているようだ。
中には口元に手を当て、ひそひそと囁きあっている人たちもいる。
(……? どうしたのかしら)
不安を覚えたメイベルだったが、遠くから飛んできた「あっ!」という声に弾かれるように顔を上げた。すると小さな男の子が駆け寄って、メイベルに向かって勢いよく抱きつく。
「メイベルさま!」
「リッド! 久しぶりね!」
よく見知った男の子の登場に、先ほどまで抱えていたメイベルの不安は一気に吹き飛んだ。きゃっきゃとはしゃぐ二人を前に、アマネが不思議そうに首を傾げている。
「知り合いか?」
「そうなの。この前作ったハンカチはリッドたちが売ってくれるのよ」
イクスにある孤児院は国が管理しており、リッドはそこで暮らす一人だ。孤児院では、運営資金を得るため定期的にバザーを行っており、今度の花の祭典でも開催される。
「メイベルさま、最近全然来てくれないね」
「ごめんね。また会いに行くから」
メイベルはよしよしとリッドの頭を撫でる。気持ちよさそうにしていたリッドだったが、ふとメイベルを見上げると無邪気に微笑んだ。
「ねえ、メイベルさまは『かわいそう』なの?」
「え?」
「みんなが言うんだよ、メイベルさまは――」
「おっと、そこまでだ」
どういうことだろう、と聞き直そうとしたメイベルだったが、それを制するように突如アマネが間に入ってきた。メイベルの手を取ると、リッドと引き離すようにぐいぐいと足を進めるアマネに、メイベルは戸惑いながら声をかける。
「ア、アマネさん⁉ 急にどうしたんですか⁉」
「いやなに、イクスの港を案内してもらおうと思ってな」
悪いな少年、と宣言すると、アマネはそのままメイベルを連れて大通りを歩いていく。二人を見た周囲の人が、目配せや内緒話をする様子も見られたが、アマネは一切気にする素振りも見せない。
最初はアマネの突然の行動に驚いていたメイベルだったが、あまりに堂々とした彼の態度に、反論する気力を失い苦笑した。
長く続く煉瓦道を下っていくと、やがて潮風の匂いがメイベルの鼻をくすぐった。
そこはイクスと他の大陸とを結ぶ海の玄関口――港だ。石造りの街路は深青の海へと続いており、波止場には大小の帆船が整然と並んでいる。
近くの倉庫街まで来ると、アマネはようやくメイベルの手を放した。
「どうしたんですか、急に」
「言っただろう。港を見たいと」
たしかに言っていたけど……とメイベルは呆気に取られる。
「見たいって……アマネさんは船で来たんですよね」
「そうだ」
「だったらその時に見ているんじゃ……」
「そうだな」
よくわからないアマネの返しに、メイベルは疑問符を浮かべた。そんなメイベルに気付いたのか、アマネは結んでいた唇を緩める。
「冗談だ。案内などされずとも、一通りは見て回っている」
「じゃあどうしてこんな所に……」
「――ユージーンと何があった?」